第04話「1.9.7.0 月は地より牙を剥く(その2)」


 -----後日。

「はい、急ぐ! 協会の小型艇とはいえ操舵士を待たせすぎないで!」

「了解にござる!!」

 帝都の街中。時刻は朝の八時。商人達も次々と店を開け始める時間帯だ。

 前回はたまたまアクビを出してしまい情けない姿を晒してしまったキョウマであったが、今日はピンと背を張り元気よくフーロコードに応える。

「……アンタも返事くらいしなさいよ。

「はーい」

 すると、キョウマの後ろからピョコンとウサギのように現れる。

 学園制服と長身のコート。頭を覆い隠すベレー帽から現れる銀色の髪。その手にはフーロコードから持つように頼まれた荷物の一部。

 昨日のボロボロの服とは全く違う別の衣装。半魔族であることがバレそうなパーツは全て隠した服装で街中を出歩いていた。

「……うん。特には気にならない。昔の制服をとっておいて良い事あるものね」

 気だるげな返事がやってきたところで、フーロコードはすっと笑みを浮かべる。

「どう?動きやすいかしら?」

「少し暑い」

「でしょうね。その制服ってば布生地厚いし」

「あと胸がキツい」

「慣れろクソが」

 協会にはモルモットとして預かっているエメリヤではあるが、そうは言いながらも丁寧に扱われている。こうして身分も、モルモットではなく“研修中の学生”という設定で隠してある。

 エメリヤもキョウマ同様に助手としての立場であるのだ。これから彼同様にコキ使われることになるだろう。

「コートだけでも脱ぎたいのだけれど……」

「半魔族であることがバレたくなかったら少しは配慮なさい。というか配慮しやがれ、私の立場ってのもあるから」

 制服のサイズは(胸以外)エメリヤにピッタリで紋章や角を隠すのにもうってつけ。丁度いい服があったものだとフーロコードも安堵したものである。

 あとは彼女を隠し通すだけだ。半魔族を良いように扱ってるだとか噂になれば、フーロコードも協会の信頼も落ちるのだから。周りの目を色々と誤魔化すための工夫はかかせない。

「……フーロコード殿」

「何よ」

 キョウマに呼ばれ、フーロコードは振り返る。

「不躾であることを承知でお訊ね申したい」

「なんとなく予想ついてるけど、いいわよ」

 キョウマの質問が何なのか予測出来ているが、その無礼を敢えて聞く。



「フーロコード殿……?」

「24だけど?」

 “二十四歳”。


「馬鹿なッ……!」

 その返答にキョウマは驚愕する。膝を地につけるくらい衝撃を受けた。

 そりゃあそうだ。なにせ見た目はキョウマと同じくらいの若さの少女である。エメリヤとそこまで変わらない……彼女の年齢はキョウマよりも一回り上の二十四。

「プロの魔法使いよ~? 見た目を五・六年くらい誤魔化せるのなんて余裕だってば、余裕~」

 ちょっとばかり細工をして見た目を幼くしているらしい。その方が動き回る身としては体力的にも楽になるらしい。

「貴方も騙されないよう気をつけなさいよね? 八十過ぎの老婆に口説かれでもしたら、人生の半分を介護の奴隷にされるんだから」

「き、肝に銘ず……」

 魔法にはそのような使い方があるのかと“非魔法使い”であるキョウマは首を何度も縦に振った。いまだに目の前の少女が年上であることを信じられないようで。

「……エメリヤ殿は嘘をつかぬでござるな?」

「そればっかりは貴方でも許せないわ。キョウマ」

 エメリヤは軽く頬を膨らませ、不機嫌にそう答えた。

「それじゃあ、早いとこ小型艇へ……」

「おやおやおや」

 目的地へと向かおうとした矢先、その対面から見慣れた顔がやってくる。

「これはこれは、ミス・フーロコードとその愉快な仲間達」

「ゲゲッ……」

 この人にだけは遭いたくなかったと言わんばかりの表情でフーロコードは喉奥から声を漏らす。

「やぁ、おはよう。今日は良い天気だね。君達若い衆のようにサンサンと太陽が輝いているじゃないか! あはははははっ」

 ビアス・エクスペンデンス。

 協会のベテランの一人。見るも愉快なモジャモジャ頭が一同の前に現れたのだ。

「……私はたった今、空が真っ白になったわよ」

「大丈夫かい? 朝の目覚めにはスパイスが良いと聞くよ。もしよかったら僕手作りの香辛料がここにある。直に舐めると効果覿面だが」

「御厚意だけで十分でございますのでッ!!」

「あっはっは! 元気な返事だね、それならコイツは必要なさそうだ」

 彼女の気持ちなど知った事ではないと図々しく距離を詰めてくるビアス。そのたびにフーロコードは頭を痛めるばかりであった。

「ビアス殿。おはようにござる」

「おはようございます」

 フーロコードの助手である二人はしっかりと先輩のビアスに頭を下げる。

「うん、おはよう……って、むむ?」

 挨拶を返すと同時、ビアスはエメリヤのもとへ。

「むむむっ、むむむ~?」

「……ッ」

 ぞぞぞと寄ってくるビアスを前に、エメリヤは顔を引きつらせる。

 相手は協会のベテラン。ともなれば魔法使いの中でも指折りの実力者の可能性もある……それほどの人間であれば“エメリヤの正体”にも気づいてしまうか。

「どういう風の吹きまわしだい? フーロコード君」

「私じゃないわよ。その子は彼が買ったの」

 招き入れたのは自身ではなくキョウマであるとフーロコードは訂正をする。

「ほうほうほう……!」

 すると、ビアスの表情がより陰湿深い笑みに変わっていく。

((ま、まずい……?))

 キョウマとエメリヤの二人は冷や汗を流す。やはりバレてしまったか。



「こう見えて割とお盛んだったりするのかなァ~ッ!? いやそれとも? 一目惚れしちゃったのかねぇ~? どちらであれコイツは棘の道となるだろう! だが僕は君の事を応援するよ! 夢であれ、欲望であれ、それに正直になることはいい事だからねぇ~!! 若いうちにやりたい事やっておかなきゃ!!」

 まるでミュージカルの如く、その場でくるくる回りながら賞賛をしている。タンバリンでも叩くかのようにビアスは両手を叩いている。


「良いかい? 女の子は優しく抱いてあげるんだよ?」

 いやこれは賞賛なのだろうか? それとも小馬鹿にしているだけなのか? 如何にも大胆なターンを繰り返す。バレリーナを意識しているのか。

「い、いや! ビアス殿! 拙者はそんな破廉恥な……っ!」

「無駄よ。その人、話聞かないから」

 どのようなイメージが植え付けられようと諦めてそれを受け入れろ。フーロコードからの軽い処刑宣告にキョウマは肩を落とすしかなかった。

「はっはっは。さて……ところでこれから仕事かい?」

 早い朝。今日も仕事なのかとビアスは問う。

「貴方様のおかげで、ミド・ヌベールの情報が手に入りました。外に出てる部下に情報を集めさせたところ……南のオルナ村にて怪しい動きを見せる盗賊団がいると聞きつけました」

 あれから昨晩も情報収集は続けていたらしい。

 キョウマとエメリヤが休んでいる最中、フーロコードは一人で情報を待っていた。結果、深夜にその情報はやってきたという。

「ミド・ヌベールはそういった輩の前に現れては何かを売るという……まだその人物が【落ちてきた月】と絡みがあるかは分かりませんが、可能性があるのなら探ってみます」

「なるほどね。了解したよ」

 ビアスは用件を聞いたところで唇をそっと歪める。

「となれば……コッチの仕事はしばらく僕がメインになるかな?」

 吉報を受け取れたと、喜ぶように。

「そうかと思いますよ。貴方程の人の方が他の面々も安心すると思いますし」

「ははは。期待に応えなければいけないね。将来有望な頼もしい若者たちの見本として! おじさん元気いっぱいに頑張っちゃうぞ~!!」

 ビアスは照れるように頭を掻く。同時に胸も張る。気分が良くなったらしい。




「----では、は任せたよ」

「はい、はお願いします」



 お互い話に折り合いがついたところで、互いに背中を向けて歩き出す。



「……フーロコード殿。ビアス殿はそれほどの立場である、と」

「そういえば言ってなかったっけ。てか気づいてないのか。いい? あの人は----」

 フーロコード達の姿が遠く小さくなっていく。

 彼女達は帝都の平和を脅かす悪と戦うために、これから南へと飛び立つのだ。

「さてと、約束の時間はそろそろのはずだが」

 ビアス・エクスペンデンス。

「……ああ、来た来た」

 彼は帝都魔術協会に十年以上は属している大ベテラン。

「おはよう、【レフシィズ・ミラーテリー】。今日も良い朝だね。学生時代、日々レポートと青春に奮闘していた若き君のようキラッキラに輝く太陽が実に魅力的じゃぁないか~?」

 彼が待っていたのは一人の魔法使いだ。

「そう? 私はたった今、お空が真っ白になったけど」

 姿を現したのはルビーの輝きをわずかに放つ黒髪を二つに結う女性の魔法使い。ブランドものの眼鏡をつけた知的なイメージの女性だ。

 名を【レフシィズ・ミラーテリー】。彼女もまた協会ではベテランの魔法使いだという。

「大丈夫かい? 朝にシャワーを浴びると血行が良くなるらしいよ? それとも僕の作った香辛料でも舐める?」

「……少し貰おうかしら。もうしばらくの間は休めないだろうし」

 ビアスとレフシィズ。二人の魔法使い。

「そ、れ、よ、り、も! アンタ、また後輩達をイジメたりしてなかった? フーロコードが困っているのが薄目で見えたけど」

「いやぁ~? 朝の挨拶をしただけさ~? やましい事はしてないよ」

「……良い歳なんだから、少しは気を配りなよ」

 この二人が一体何者なのか。

 それを知っておく必要はあるだろう。フーロコードが彼等の事をキョウマとエメリヤに教えているように----





の評判が何やらで、私にも飛び火してるから」

「ハッハッハ。彼よりは優しい方だと思うよ。僕は---」


 そう、この二人は---

 かつてミレニア・イズレインと共に【落ちてきた月】の脅威と戦った。

 

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