第03話「落ちてきた月 と 裏切りの賢者 (その3)」
……例の人物との対面だ。
手首につけられた手錠の鎖を鳴らし、歪に笑っている。その姿はまるで獣のよう。人としての扱いなんてほとんど受けていないようなものだった。
何日も手入れされていないボッサボサの紫髪がペタンと地面についている。何か月も散髪されていない……この扱い。まさか半魔族なのだろうか。
「来て早々だが頼みがあるんだよ。さっきから腹が減ってなぁ~……なんでも良いから食い物恵んでくれよ?」
挨拶がてらは頼み事。食事をくれと一言だ。
「今日の分の朝食はしっかり支給されましたよね? 小麦のパン、干し肉のシチュー、ゆでた夏野菜のサラダ……牢獄生活にしては十分すぎるフルコースでしたよねぇ~?」
「あれじゃ足りねぇんだよォ~! 肉が足りねぇんだ、肉がっ! そこんとこ頼むぜ? 期待の新米エージェントちゃんよォ~?」
玩具を買ってもらえなかった子供の様に駄々をこねる。それっぽく手錠を揺らし、女はニヤつきを浮かべる。
「こちとら帝都の英雄だぜ? もうちょっと扱い良くしたってさぁ~」
「良い大人がぁあっ! ワガママをゴチャゴチャ喋るなぁッ!!」
沸点を越えたのか、ブチギレたフーロコードは叫び出す。
鬱憤を吐き出すかのように牢獄の檻を蹴り上げる行為にまで走り出した。打楽器よりも耳障りな騒音にエコーがかかる。
「英雄らしくしろッ! 今は犯罪者の癖に!」
「ちぇ~。冷たいでやんのォ~」
ケチと言わんばかりに頬を膨らませ大人しくなる。
まるで男のような振る舞いをする変わった女だ。
「フーロコード殿。この御仁は……?」
「ほう。そっちも新人か? ヒョロっとした頼りない新米じゃねぇーか」
黙り込んだかと思ったら、また許可もなく女は喋り出す。キョウマが気にしている禁句を堂々と口にして。
「【トリヤ・サレヴァトル】だ」
フーロコードから教えを受ける前にトリヤは自身の名を名乗る。
「元・帝都騎士団長だよ。つまり英雄だ、英雄!」
「……なにぃいい~~~!?」
何と言う事だろうか。この女、帝都の騎士の中でもトップ中のトップ。
最高階級のお偉いさんだったのである。全くイメージが付かなかっただけにキョウマは絶叫する。
「フーロコード殿!? 嘘か真かっ!?」
「本当よ……トリヤさんは元・帝都騎士団長で、さっき見せた映像にもいたわよ。隊を率いて、月の悪魔達の一掃に健闘していたわ」
彼女の話を聞いて、またもさっきの映像の事を思い出す。
最前線の中には“勇敢な騎士達”の姿も目に焼き付いたのを覚えている。そんな騎士達を引き連れていた騎士団長こそが当時のトリヤだったのだという。
「そ、それだけの御仁が、何故このような場所に!?」
帝都を救った英雄。それほどの人間が何故、牢獄にぶち込まれているのかが疑問だ。どれだけの重罪を犯せば彼女ほどの人間がこんなところにブチ込まれるのか。
「……この人はね、戦争やりたくて騎士やってんのよ」
淡々と説明が始まる。
「そ、そんな理由で騎士に……?」
「ええ? そんな理由で騎士になる奴なんて幾らでもいるわよ? 帝都の騎士は犯罪者相手なら合法でブン殴ることもブチ殺す事も出来るわけだし。ルールさえ守れば好き放題暴力振るえんのよ……けどねぇ~。この人は格が違い過ぎたというか」
呆れるように。口にする事すら情けないような気がして。
フーロコードはトリヤを見つめる。帝都の恥でも見ているような視線だ。
「百年前の帝都叛逆。十年前の【落ちてきた月】。それだけのことがあってからもこの街はすぐに平和続き。結果、戦争やりたいこの馬鹿はやりたい放題始めたのよ」
頭を掻きまわしている。心の底から困っているように見える。
「同期の騎士と酒場で殴り合ったり、違法も違法の裏闘技場で荒稼ぎしたり、頼まれてもいない一件で勝手にそこらの盗賊団を全員半殺しにしたりとか、あと----」
聞けば聞くほど、物騒な話が続く。
「んで挙句の果てには一部同胞を引き連れて、そこら辺の国家に喧嘩を売りに行こうとしてたのよ……もう一種のテロリスト集団よ、これ」
「わおお……」
和風の異国人らしからぬリアクションでキョウマは思わず言葉を失う。
「ここまで来れば流石に放ってはおけないでしょ。百年前の帝王紛いなことをされても困るし……だから死に物狂いでこの馬鹿をとっ捕まえたワケ。英雄の面汚しよ、こんな奴」
こんなのに沢山の命が救われたなんて事実。考えるだけで協会のメンツとしては惨めに思えてくる。
戦死してくれたほうがマシだったとまでは言わないが……このクズに恩を売られたという事実も結構重いモノだ。
「んで、何の用なんだよ? 疲れを晴らすためのサンドバックにでもしに来たか?」
「仕事熱心なモノで。真面目な話をしに来たんですよ、私達は」
無駄話に華を咲かせにきたのではない。謎の単語【ミド・ヌベール】について何か心当たりがないのかを聞きに来たのだ。
「あぁ~、腹が減ったなぁ~。腹が減りすぎて話もまともにする気にならね~」
するとどうだろうか。鎖を鳴らしながら、わざとらしく呟きだしたのだ。
「……条件は?」
「ワニ肉あたりが噛み応えあって丁度いい」
「直ぐに手配するわ。少し待ってて……もしもし! 聞こえる!?」
するとどうだろうか。フーロコードは嫌々ながらも通信用の魔導書を使い、部下の協会メンバーに肉を用意するよう指示をした。
「……はい! 頼んだわよ! それじゃぁ、話を、」
「肉を食ってからだ」
腹を満たしてからじゃないと話をする気にならない。トリヤはそうほざいた。
「……ざっけんじゃねぇぞォオッ! この英雄自称のドグサレ恥知らずがァアッ!! あと二時間もしたら昼食だっていうのに困らせんじゃねぇわよォオッ!?」
一発どころじゃない。十回近くトリヤのいる牢獄の檻を蹴り続けていた。
フーロコードのストレスがより募っていくのが分かった。鉄檻が凹み始めているように見える。キョウマはその光景を前に震え始めていた。
「……おい新米。子リスみたいに怯えちゃってよォ。そんなんで兵士が務まるかぁ~?」
そんなフーロコードを他所にトリヤはキョウマに話を振る。
「帝都騎士団長の私が一発締めてやろうか?」
「き、騎士団長ほどの御仁と手合わせ願えるとは恐悦至極! 機会があれば、是非ともお願い申し上げたい!」
「ぎゃっはっはっ! お前は生真面目エージェントちゃんと違って話が分かるな! 私が復帰した時は部下にしてやるよ!」
新米らしく、というよりもこの青年の性格なのだろう。
今は犯罪者だからと邪険に扱うこともなく、その礼儀を重んじる性格をトリヤは深く評価していた。
「フーロコードさん! ワニ肉、用意できました! 落ち着いてくださいッ!」
数分後、やってきたのは小包を片手に走る協会の下っ端の男。フーロコードの怒鳴り声と鉄檻を蹴る音が聞こえてきたせいか焦っているようだった。
「ハァッハァアッ……ちょっと早すぎない?」
「たまたま今朝、行きつけの肉屋でお裾分けを貰ってたんです! 昼食にと思ったのですが! 急ぎの用に見えましたので、お役に立てるのならと!」
「……今度、倍の大きさのものを自宅に届けさせるわね」
「お気になさらず!」
男は敬礼と同時に、牢獄の間を去って行った。
「ほらっ! これでいいかしら!?」
小包を牢獄の中に放り込む。
「おっと!」
身動きの取れないトリヤのすぐ目の前。口元目掛けて放り投げられた肉をすかさず口でキャッチする。手も足も使わず、器用に口だけで肉をかじっていた。
「調理済みじゃねぇか。気が利くぜ」
直火で焼いたワニの肉だ。塩コショウで味付け済みの肉を前、サバンナの獣のように肉へ食らいつく。
「大人なら約束の一つくらい守ってくださいよね?」
「あぁ、一つや二つ答えてやるよ」
口に物を含みながら、トリヤは気分よく返事をする。
「……【ミド・ヌベール】って、何か知ってる?」
「あぁ~、知ってる知ってる」
ビアスの言う通り、トリヤはその単語が何なのかを知っているようだった。
「戦争商人の名前だよ。私以上に戦争大好きな物売りの野郎さ。テロリストだとか、盗賊団だとか。結構な奴らの前に姿を現しては物を売って姿を消す……私の前にも現れてな。一国と喧嘩出来るほどのモノを用意してくれたよ」
話を聞くに、ミド・ヌベールは兵器を売りさばいて回る“死の商人”の名のようだ。
トリヤもミド・ヌベールという人物から戦争の為に兵器を購入していたらしい。
これを聞いてフーロコードとキョウマは改めて思う。この女のヤバさ。この牢獄に一生放り込むという判断は正解かもしれないと。
「てなわけでさ。私はその商人に踊らされちまってこのザマってワケさ。良いように騙されたんだよ~? そういうことだから私は悪くないッ! さぁ、こっから出してくれよな~♪」
「図に乗んなァッ! 帝都の信頼を地獄にまで引きずり落とすクソ疫病神ッ!!」
またも牢獄の檻を蹴り上げる鈍い音が響き渡る。
「ちぇ。んで、そいつがどうしたんだよ?」
「訳あって追ってるのよ……その死の商人が現れそうな場所に心当たりある?」
「さぁな。幽霊みたいに突然現れるような野郎だからな……まぁ? 何かよからぬこと考えてる奴の前に出てくるんじゃね? 組織とか団体様のとこにな」
トリヤは手足を使わずとも、ワニ肉を高速で飲み込んでいく。
「……ご馳走様っと」
満足したのかトリヤは口元の肉の油を舌で舐めとる。
「ちなみにおかわりは?」
「あるわけないでしょうがッ!!」
またも牢獄を蹴り上げ、どころか痰を吐き出して振り返る。
「帰るわよキョウマッ! こんなところにもう一秒もいたくないわ!」
礼なんて一言も言わない。ズカズカと音を立てながら牢獄の間を後にする。
「……コッチは友人殺されてイラついてんのよ。これ以上逆鱗に触れないで」
「ま、待つにござる!」
キョウマは慌てて彼女を追いかける。
一分も経たず、二人はトリヤの前から姿を消した。
「へぇへぇ~?」
ニヤついた表情のまま、唇の周りの油をトリヤは舐めとる。
「外は面白い事になってるみたいだなぁ~……こりゃぁもしかして」
外の世界の騒めき。その予感に興奮で身震いを起こしている。
「ここから出れるのも、そう遠くはないかもな」
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