第03話「落ちてきた月 と 裏切りの賢者 (その2)」


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「さっきのが十年前の悪夢【落ちてきた月】よ。そして、」

 場所は変わり協会本部。魔導書に記録された映像を見て次の話。

「……目の前にいるコイツが

 極秘資料室の次に連れて来られたのは特A級極秘研究機関室である。特殊ガラスを何重にも張りつめた一室の中。保管されているのは凍りつけにされた白体の悪魔。

「確かに似てるでござるな……」

「こっちは少し肉がついてる。十年前の奴と比べるとズッシリしてるというか」

 ガラスの向こう側で数名の研究員が怪物を観察している。

 半魔族の少女の氷が解けないよう特殊な保存方法で管理。氷には魔術を封じるアイテムの一つとして特殊な鎖が巻き付けられている。

 これにより氷が解けてムーンデビルが出てくることも、突然氷が砕けて中から飛び出してくるなんてこともない。誰かが外から手を加えない限りは安全だ。

「それとコイツ。目がついてた……攻撃のやり方は映像の奴とほとんど同じだったけど、こいつは本当にムーンデビルなのかしら?」

 この個体は顔面に突然、赤い眼が現れた。

 そのような個体は映像で一体たりとも現れなかった。この怪物は似て非なるものなのか……謎は深まるばかりである。

「ねぇ、情報班から連絡はあった?」

「と、いいますと?」

 研究員の一人がフーロコードの発言に首をかしげる。

「私が後で頼んでた件……【ミド・ヌベール】という単語について」

「いえ。まだそれといった報告もありません」

「えぇ、そう」

 わかりきっていた表情でフーロコードは溜息を漏らす。

「ミド・ヌベール?」

 キョウマは当然首を傾げた。

「コイツ。凍らされる前に妙な言葉をつぶやいたのよ……『ミド・ヌベール』って。しっかりと私達にも分かるよう人間の言葉でね」

 先日のことを思い出す。ムーンデビルは凍りつけになる前、何かをブツブツと一瞬呟いていたのは分かる。

 キョウマはよく聞き取れてなかったようである。あれだけ必死に逃げ回った直後、意識の集中が出来なかったのだろう。

「それが何なのかサッパリなのよ。私もそれを見たことも聞いたこともないんだから。ただ何か情報は集められるかもと思って調査をお願いしたんだけど……」

「難題でござるな。何か分からないモノを何のヒントもなく探すというのは」

「モノかどうかは愚か、実在してるかすらも分からない」

 ミド・ヌベールとは何なのか。ムーンデビルの謎は深まるばかりである。

「だけど今は藁にも縋りたいのよ。少しであっても情報が欲しいんだから……」

 閉じた魔導書を手に、フーロコードが呟く。

「これから先、何が起ころうとしているかも分からない。この不穏の正体を一秒でも早く見つけ出して安心したい。ホント、日々不安でイライラして仕方ないわ」

「フーロコード殿。先ほどの映像の最後に現れたのは……何奴でござるか?」

 フーロコードの仕事は十年前の悪夢に関与するであろう“一週間前の事態”の対応だ。その情報を一つでも多く、そして早く手に入れるために……ヒントとなり得るものを微かでも掴もうとしている。それをキョウマは理解している。

 故に質問する。映像に出てきたあの謎の男は何者であるのかは知っているのかと。

「彼は、」

「【ミレニア・イズレイン】」

 フーロコードが答えようとしたその矢先。

「それはかつて、月の悪魔から帝都を救った【伝説の三賢者えいゆう】の一人さ」

 誰かが代わり、キョウマの疑問に答えたのだ。

「帝都の魔術学院を首席で卒業。その後は帝都の魔術協会に所属し、幾つもの研究とレポートを残してきた。魔法による技量は確かなもので、帝都では右に出る者はいない最強の魔法使いの一人さ。帝都に現れた未知なる生命体ムーンデビルへ勇敢に挑み、そして勝利をしてみせた男なのだから……ただ彼はちょっと真面目と言うか、冗談が通じないところがある。メンバー同士のパーティに誘っても顔なんて出さないし、むしろ競争意識が激しいせいか優劣を先に口に出してしまう嫌な癖がある。まぁその孤高さが良かったり悪かったりするんだろうけどね。僕からすればつまらない男だと思うけどね、うん」

「え、えっと、はぁ……?」

 その後、長々と例の魔法使いの説明が続く。突如現れた何者かは混乱しているキョウマの事など気にもせずに話を続ける。

「あー……」

 フーロコードは途端に頭を抱えた。その人物を前、嫌悪感を隠すこともなく。


 まるで何かが爆発したかのようなモジャモジャ頭。アンティークな丸眼鏡をくいっと上げ、魔導書片手にニッコリ笑顔の男。見た目的に老人ではない。

 聞いてもいないのに続く補足。謎の男は今も長々と“叛逆者”の話を続ける。かつてヒーローであったというミレニア・イズレインという魔法使いのファンなのか、それともアンチなのか。

「え、えっと」

「【ビアス・エクスペンデンス】」

 本人に代わり、フーロコードが頭を抱えながら男の紹介をする。

「協会のベテラン。帝都では有名人よ……嫌な意味でね」

「どうも、はじめまして。侍さん」

 ビアス・エクスペンデンスは笑顔で会釈をし、御挨拶。

「伝説の三賢者、とは?」

「帝都の中でも指折りで最強の魔法使いよ。ミレニアはその一人だったワケ。落ちてきた月の防衛線にも参加していたわ……映像にいたでしょ?」

「……あぁ! 確かに映っていた!」

 ポンと手を叩く。ムーンデビルとの戦闘の映像、前線に三人の魔法使いがいた。

三人は他の魔法使い達と比べ明らかに格が違かったのも自然と印象に残っている。

「だがしかし、姿が当時と違い過ぎるような」

「そりゃあ十年前の映像だからね~。そんだけ経てば流石に老けるよ。僕と一緒で若作りなんて考えてなかったみたいだしね」

 聞いてもいないのにビアスは話を続行する。

「……何故」

 キョウマが注目してる点は一つ。

「何故、帝都を救ったという魔法使いが人類の脅威の真上で宣戦布告など……」

「なんでだろうね。僕には彼の考える事なんて理解出来やしないよ。昔っから何考えているか分からない頭でっかちだったし」

 何というか、あのミレニアという男の悪口ばかりが続いているような気がする。この男、やはりアンチなのだろうか。

「……ビアスさん。ミド・ヌベールって何かご存じ?」

「うーん。そうだね」

 不意なフーロコードの質問。ビアスは自身の顎をそっと撫でる。

「僕はよく分からないけど……【トリヤくん】なら知ってると思うよ? うんうん、きっとそうだ。長年の感がそう告げているんだ」

 満面な笑みでフーロコードの問いに答えた。

「……ご存知なんですね~? もしかしなくても知ってますよね~? イジワル大好きなビアスさん~?」

「あっはっは。悪戯坊主を見るような目はやめなさいな。君には負けるよ」

「そう御謙遜ならず~? 貴方は相当ですよ~?」

「はっはっは」

 ビアスはムーンデビルに背を向け、片手を振る。

「では僕は仕事があるんでね」

「そうですね。貴方程の身分のお方が? お暇なわけありませんものね?」

「ほっほっほ。じゃあね」

 それは逃げるようにと言うには何処か落ち着きがあるような。笑顔を一つも崩すことなく、ビアスはスタコラさっさと部屋から去って行った。

「マッジで趣味悪いわね! 若者を年甲斐もなくからかってさ!!」

 フーロコードは彼の姿が見えなくなるとすぐに舌打ちをした。

「か、変わった人でござったな……」

「変わってるどころの騒ぎじゃないわよ。あのおじさんは!」

 あっさりと片付けていい人種ではないぞとフーロコードの警告がこだました。

「まったくイライラする……ほら、行くわよ。早くする!」

「行くって何処に?」

「ミド・ヌベールの事を聞きに行くわ! 天才ビアスさんが言うんだから、何かは掴めるはずよ! クソッタレっ!!」

 魔導書を近くの研究員に突き返し、キョウマと共に保管室の外に。

「私よ」

 すると今度は別の小型魔導書を開き、独り言を呟き始める。

 魔導書とは”能力に恵まれていない人種のために用意されたお助けアイテム”。誰でも簡単に魔法を扱うことが出来るアイテムなのだ。

 その中には『遠距離での会話を可能とする』だなんてものもある。それを通信手段として利用し連絡を取り合うのだ。

「【トリヤ・サレヴァトル】との面会をお願い……ええ、至急よ。私だってヘドが出るほどイヤなんだけどね~? 残念なことにコレも仕事よ」

「……?」

 会いたくもないのに会いに行く。会いに行かなければならない。

「注意だけしとく。腕を引きちぎられたくなかったら私の後ろでずっとおとなしくしてなさい。私より前に絶対出るな? いいわね?」

「しょ、承知にござる……」

 そのトリヤ・サレヴァトルという人物は何者なのか。疑問を浮かべたままキョウマはフーロコードについていった。


「……さっきの男。何処かで?」

 その途中、キョウマは首をかしげていた。

 あのモジャモジャ頭のベテラン魔法使い、ビアス・エクスペンデンス。何処かで見たことがあるような気がした。しかし彼とは間違いなく初対面。会ったことはない。

「いや、気のせいでござろう」

 そう片付けることにしておいた。


 その身に覚えのない既視感。割と早めに知ることになるのかもしれないが----


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 ----数分後。協会本部地下。

 蝋燭数個で照らされた薄暗い場所へとキョウマは案内される。

 冷たい鉄の棒の羅列が見える。

 ここは牢獄だ。呻き声をあげる者もいれば、フーロコード達をみるなりほくそ笑む連中もいる。

 そんな人物達のことなど気にもせず。フーロコードは地下牢獄のかなり奥。

 特S級犯罪者隔離空間。何重もの結界で封鎖されていたその先へと向かう。

「ここ、は……」

 さっきまで目にしていた錆だらけの牢獄とは全く違う。特殊な加工を施された檻……ワンランクどころか十単位近くランクが上の狭い牢獄。




「よぉ」

 牢獄の中、下品な笑い声が聞こえてくる。

「久しぶりだなァ~? 生真面目エージェントちゃん?」

 囚人服ではなく私服姿。その姿のまま両手両足に手錠をつけられ、身動き一つ取れないよう壁で磔にされている女性。


 優雅どころか、女性としての気品の欠片もない。

 女性とは到底思えない醜悪な笑みを見せつける何者かが二人を歓迎した。

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