第03話「落ちてきた月 と 裏切りの賢者 (その1)」


 ----1970/08/21 魔術協会本部 09時25分。

「ふぁあ~……はっ!」

 魔術協会には研究機関と呼ばれる時計塔以外に本拠地がもう一つある。それはここ帝都エルーサーでは時計塔の次に目を引く建造物。

 城である。要塞にも見える巨大な城。

 城らしき建造物に帝都のヒーロー達の本拠地がある。

「朝は苦手?」

「今日はたまたまにござる……」

 たまたまアクビが出ただけで朝は苦手ではないとキョウマは返事をする。

 フーロコードとキョウマは魔術協会本部へと向かっている最中だった。

 昨日と変わらぬ姿、ただ邪魔になるので大荷物のリュックだけはフーロコードの自宅に置いていった。

「城そのものが協会本部とは恐れ入った」

「エルーサーにも王様はいたのよ。まぁ王様は王様でも帝王を名乗ってたけどね」

「過去形でござるな?」

「今はこの国に王様はいないわよ。帝都については勉強してないの?」

 少しばかり学習の必要があるか。人に物を教えるのは好きなのか知らないが、移動中の暇つぶし程度にフーロコードは語りだす。

「百年も前の事……このエルーサーは城だとか要塞だとか独自に人員を用意していたのよ。帝王が世界征服による進軍を発言したと同時、一端の街でしかなかったこの場所を帝都と名乗るようにした。王都と帝都では帝都のほうがランクは上だし」

 王都と帝都。似ているように見えるが、れっきとした違いがある。

 王都はその名の通り、国の長である王が取り仕切る国のようなものと考えていい。

 そして帝都は……その“複数の王と国を取り仕切る”もの。帝王もまた同じ。

「ただ世界を手にしたいっていう夢見がちな男の野望だったわけだけど……無謀に喧嘩を売りまくって、挙句の果て惨敗しちゃったわけ。この国から王の存在はなくなったけど、帝都としての名前は残してあるのよ。『昔、世界に喧嘩を売った馬鹿な国がいました』っていう皮肉のためにね」

 ようは博物館のノリで残してあるというわけだ。結果としては晒し者。

「ハッキリ言えば、この国は当時の人間からすれば相当ヤベー国だったワケ。敗戦国よ敗戦国。変な真似はするんじゃないぞ~って釘を刺された軍事国家がここエルーサーよ、OK?」

 その後はクロヌス最古の王都であるファルザローブがこのエルーサーを管理している。魔術協会と帝都騎士団は申し訳程度、この国を管理する機関として残しておいたようだ。

「王はいないけど大臣くらいならいる。流石に国のトップの一人がいなくちゃ馬鹿だらけの無法地帯になっちゃうからね。そして、」

「ふぁああ」

「……勉強はガチで苦手って覚えておくわ」

「面目ない」

 大まかなこと以外、説明はチンプンカンプンで置いていかれていた。今のアクビもたまたまではなく、心の底から『退屈』と思ったが故、無意識のアピールである。

「今のでちょぉおっと好感度下がったわよ~? 上司のお話に付き合えない部下なんて私は大嫌いだからね~? ご理解お~けぇ~?」

「ま、誠に申し訳ござらん……」

 キョウマに罪悪感が芽生える。彼は申し訳なさそうに頭を下げていた。



「……大丈夫でござろうか」

 城の外。フーロコードの家がある方向を見てキョウマは呟く。

「あの子の事なら、あの子次第よ」

 それはもしかしなくても。今日はここにいない“半魔族の少女”の事だろう。銀色の髪と儚げな姿がとても美しいあの少女だ。

「『外には出るな。大人しろ。』とは警告してあるし、食事もちゃんとしたものを用意しておいたわ。不満があるような状況にはしていないわよ。私に命令されたって事以外はおそらくね」

 半魔族の少女は外に連れ出すことが出来ないのだ。住民達の目とか、理由は他にもいろいろある。

「ただ妙な真似をした時は……こっちもそれ相応の対応はさせてもらうわ。アンタもその時は覚悟しておいて」

 万が一のことになったら心を鬼にするようにとフーロコードは警告する。

「承知。責任はしっかりとる」

「よろしい。本当聞き分けがいいわよね、アンタは。そういう部下は好きよ、私」

 彼女を自由にし、そして懐柔したのはキョウマである。彼女の行動次第、その際はしっかり責任を取ること。キョウマはその約束をしっかりと胸に刻みつけた。

「……あの少女」

 同時、疑問に思うこともあった。

「あの冷気、あの魔力。只者ではござらんかった……あれほどのモノがあのような商人どもに後れを取るものか?」

 あの怪物を一瞬で凍らせるほどの冷気。遠目で見ても、その威力と魔力の膨大さは相当なものだった。

 それほどの少女が何故あのような奴隷商人に手も足も出せず、思うが儘にされていたのか分からなかった。

「半魔族の肉体は人間なんかと比べて発達してるし、体内に宿す魔力も桁違いだわ。だから妙な真似をさせないためにも力を封じさせるためのアイテムをつける。思い当たる節、あるんじゃない?」

「思い当たる節。身を封じるような道具……あっ! もしや!」

「ご名答よ。アンタの想像してるもので多分あってるわ。良い子良い子~」

 少女を助けてすぐ、鎖付きの首輪を引きちぎったことを思い出す。

 おそらくアレが力を封じるための拘束具だったのだろう。無意識のうちに彼女を本当の意味で自由にしていたのだ。

「疲弊しきってるとこで捕まって、首輪をつけられて……運が悪かったのよ」

「だが、やはり納得出来ぬ。金や生活のためとはいえ、同じ人間の命をどうしてあんなにも簡単に……」

「理由は単純よ」

 残酷であるが、この一言に尽きる。

「奴らは半魔族を。それだけ」

 家畜、商品。金儲けの道具。そのくらいの認識でしかないのだから。



「さぁ、ついたわよ」

 フーロコードと共にやってきたのは本部の“極秘資料室”だ。

 魔術協会でも上の立場の人間しか立ち入ることが許されていない特別な場所。開かれた扉の中には複数の資料と魔導書が保管されている。

「……今日から本格的に忙しくなる。調べものとか色々と動かないといけない。私は猫の手じゃなくて人間の手が借りたいのよ。そのためにボディガードの一人寄越してくれって王都に申請したわけ」

 キョウマが部屋に入るとフーロコードは資料室の鍵を閉める。

「どういう仕事か聞く? 凄く大変だから、荷物纏めて帰るなら今の内だけど?」

「否、フーロコード殿を手伝うにござる」

「よろしい。アンタの事、好きになってきたわ」

 彼の肯定と同時、フーロコードは一冊の魔導書を本棚から取り出した。

「アンタは【落ちてきた月】という、人類の危機にもなった大事件を知ってる?」

「い、否……」

 魔導書は輝きを放ち、映像らしきものを浮かび上がらせる。

 どうやらその魔導書で……”とある日の記録”を見せてくれるようだ。


「私達の仕事はその大事件と大きく絡みがあるわ……今ここで纏めて話すわよ。準備はいい? それじゃ、始めるわよ----」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 今から十年前の帝都。世の中は聖夜のお祭りで賑わっていた頃だ。

 帝都の外に隕石が降り注いだ。それは月のある方向から落ちてきたとされ……一部の人間は月の欠片だと発し、中には『月そのものが落ちてきた』とほざく者もいた。


 大地に降り注いだ月の欠片は人類にとっての神秘などではなく、脅威であった。


 月の欠片から現れたのは……だった。

 独特な羽。魔物のように鋭い爪と手脚。言葉ではなく金切り音にも似た咆哮を放ちながら人類に襲い掛かった未明の怪物。


 人類はその怪物を【月の使者ムーンデビル】と名付けた。

 ムーンデビルはその場にいた人間を次々と虐殺し……聖夜を一瞬にして、悪魔の血祭りに変えてしまった。




 しかし、その悪夢は一夜にして片付いた。

 英雄だ。怪物に立ち向かった英雄達がいたのだ。


 ムーンデビル達は立ち向かってきた戦士達に敗れ、封印されたという。

 空から降ってきた月の欠片と共に----



           ・

           ・

           ・



 帝都の外。そこに存在する巨大要塞。

 複数の防御結界により封鎖されているあの建造物こそが……その月の欠片が封印されている籠そのものなのである。


 あれから数年。月の欠片を要塞の中で監視していた。

 しかしムーンデビルが現れることはなかった。それらしき生命反応も確認されていない。月の欠片は輝き一つ発しない、ただの石ころとなっていたのだ。


 もう脅威は去ったのかと考えもした。



 しかしその数年後……

 人類には解明できない謎のエネルギーが発見された。

 そのエネルギーの正体が何なのか。魔術協会はその要塞の中で解明を続けていた。



 更に、その数年後----

 【落ちてきた月】から十年目手前となる一週間前の事。



            ・

            ・

            ・



 映像が切り替わる。とある日の記録だ。

 それは日付としては一週間前。つい最近の事なのだ。

 要塞にいた人間。協会本部にいた魔法使い達によって観測された“映像”だ。




 ----それはあまりにも突然の事だった。




『聞け!!』

 月の欠片の封印要塞。その上空。

 たった一人の人間。ローブを羽織った一人の男が……片腕を上げ、叫ぶ。

『新たなる時代の誕生の刻は訪れた……!』 

 長髪の男だ……男は天高く声を張り、何かを口走っている。

『今こそ、選出の時』

 その男は帝都の戦略砲台兵器によって狙いを定められており、真下にある要塞も謎の男の撃墜を試みようと砲台を構えている。

『この封印を解き、全てを放つ時が来た』

 絶体絶命の状況であろうと、男は何一つ怯みやしない。

『進歩を忘れた哀しき生命達よ……今こそ、選ばれし者たちの供物となれ!』

 帝都の戦略砲台兵器から放たれる特大のレーザー光線。

 レーザー光線は瞬く間に……上空で説き続ける謎の男を飲み込んだ。

 








 殲滅の光と共に。

 一週間前の映像はブツリと途絶え切れた。

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