幕間 邂逅する若き奇跡達
----数分後。フーロコード邸。
彼女の家はまるで隠れ家のようなものだ。時計塔から歩いて約20分ほど。
特殊階級のエージェントという上の人間とはイメージのかけ離れた……薄汚れたアパートメントの一室に彼女は住んでいる。
「……はぁああっ! 疲れたぁあ! 女優じゃないよっ、私はッ!!」
部屋に入ってすぐ。フーロコードは汗を流し、ドッと息を漏らす。今までの緊張感張りつめる空気がまるで嘘のように砕け散る。
「ほらっ、もういいわよ! はい、二人ももう終わり!」
声も呑気というか。何かから解き放たれたかのように安堵したような。フーロコードは黙り込んだ二人に向け、目を覚ませと言わんばかりに両手を叩いて鳴らす。
「ほっ……つ、疲れた……」
キョウマはその場で腰を抜かすように座り込んだ。
「貴方はそこにかけて。はい、座る。人間なら言葉は分かるわよね?」
少女からそっと手を離し、近くの椅子に座るよう少女を誘導する。
「さっきはごめんなさいね? まだ痛むかしら?」
フーロコードは椅子に座った少女の真っ赤に膨れ上がった頬を撫でるように触れる。玄関の靴箱に入れてあった救急箱を取り出し、軽く治療を行い始める。
「……」
少女は不機嫌そうにフーロコードを睨みつけていた。
「私達協会にもイメージってものがあるのよ。ここ帝都は半魔族の存在をよしと思わない奴らが多い。帝都のヒーローである協会が庇護するような真似をすれば結構なイメージダウンに繋がりかねないのよ。私の言いたい事、分かる?」
悟らせているのだろうか。それとも言い聞かせているのだろうか。何処か言い訳じみた言い方で告げ始める。謝罪も兼ねて。
「街を救ったヒーローにあんな暴力じみた事をしてもイメージダウンになるはなるけど……前者の方が決定的なのよね。残酷なことに」
半魔族は人類の脅威。なにせ魔物の血を流しているから。そんな極端な理由で帝都の住民達はその考えに至る。
この街はそれだけ半魔族という存在を邪険に扱う街だという。それを庇護するような真似をすれば、帝都にとって中心的派閥である協会は信頼を失いかねない。
故の行動であった。あんな胸が痛むような残酷な真似をした理由は。
「そういう事よ。むかっ腹が立つのなら一発くらい殴っても、」
「えいっ!」
せめてもの詫びの提案。言い切る手前だった。
「いっでぇええええッ!?」
----豪快なビンタで仕返しされた。
「!?!?」
全力全開のビンタがフーロコードの頬に襲い掛かる。フーロコードはそのあまりの威力に思わず床に倒れ込む。
フーロコードのビンタとは比べ物にならない破裂音だった。これには気を抜いて安心していたキョウマも思わず鳥肌を立てて驚愕する。
「さ、さすが半魔族……腕力がある。ちょっと舐めてたぁ……いってぇええ……」
鍛えていなかったら首の骨を持っていかれていたかもしれない。フーロコードは唸り続ける。軽はずみだったかと。
「やれとは言ったけど容赦なくやるじゃない……」
「ムカついたから」
半魔族の少女はさも当然のよう、そっぽを向いてそう答えた。
一回くらい仕返ししてもいいと提案したのはフーロコードの方だ。
だが、それを言い切るよりも前にやるのか、普通。少しばかり『理不尽じゃないか』だなんて
「……お礼を、言わせてくれる?」
打たれた頬から手を離し、フーロコードは少女の前に立つ。
「貴方がいなければ……私もアイツも、街の人間も危なかったかもしれない。帝都魔術協会の一員として、貴方の勇敢な行為に敬意を称させてほしい」
頭を下げ、半魔族の少女に礼を言った。
「……私もお礼を言いたいの。ありがとう、助けてくれて」
「大したことは出来てないわよ。私の方はね」
この様子、フーロコードは半魔族という存在にそこまで反抗的な意見を持っていないようだ。半魔族からの礼を快く受け止めていた。
「フーロコード殿は半魔族を悪くは思っていないのでござるか?」
「そうは見えない子だと思ったまでよ……ただ? 悪人であるのを隠している悪い子ならすぐにでも騎士隊に突き出してやるけど? あそこは拷問のスペシャリストもいるし、趣味にしてる奴も多すぎる。悪い子を矯正するにはうってつけの場所よ」
悪人には見えなかった。だからこその対応だとフーロコードは語る。
「どうなのかしら?」
「『違う』と言って信用してくれる?」
「今後次第でしょ」
妙な真似はするな。あの警告は嘘でも何でもない事だけは釘を刺しておいた。
「ねぇキョウマ。さっきのアレ、何? 胸に何かを貼ったけど」
半魔族の少女への礼を終えたところで、気になっていた事をキョウマ本人に問う。
「アレにござるか。アレは拙者の家系に代々伝わる“不浄を清める滅却札”にござる」
不意打ちの質問であろうと、キョウマはしっかりと受け応えていく。
「拙者は【
あの札。そして勘の鋭さ。それはキョウマの一族代々の特性のようなものらしい。
「特に拙者の家系は狩人たちの中でも優秀な一族と謳われていたようでござる。父上、母上、そして妹……全員、拙者なんかより優秀でござった」
「ふーん。妹いるんだ? 可愛いの? 仲良くしてる?」
意外にもお兄ちゃんであったようだ。イタズラ気味にフーロコードは問う。
「……」
直後。キョウマの顔色が悪くなる。
「妹は……魔族との戦いの末、拙者よりも先に」
どうやら既に亡くなっているようだ。魔族との戦いに敗れて。
「聞いちゃまずかったわね。ごめん」
「構わぬ。一族の戦いは壮絶なもの。数え切れぬほどの死者が出ている……妹は最後の最後まで一族としての任を全うしたとのこと。家族として妹の死は悲しくはあったが、その生き様を忘れることは決してない」
キョウマは自身の髪を束ねるリボンに手を伸ばす。思い出深そうに、とても大切そうに触れるそれは……妹の形見なのだろう。
「拙者はまだまだ修行の身。感は鋭くとも退治の腕は未熟にござる。今日は助けられた故、自身を情けのうと思った次第」
「いいや。助けられたのはコッチの方だと思うわよ」
あれだけ出来れば上出来。フーロコードは微笑み返す。
「ありがとうね。話も分かるし、腕もある。見直したわよ、新米騎士」
「……もしかして拙者、初対面は『頼りない男』と思われてた?」
「思ってなかったら言わないでしょ」
「そんな……とほほ」
これにはキョウマも肩を落とさざるを得なかった。
「私はそうは思わないわ。初めて会ったあの時から」
立ち上がり、座ったまま落ち込んでいたキョウマのもとへ少女が寄り添う。
「素敵だった。あなたの事」
----途端、少女は自身の唇をキョウマの唇へと重ねた。
「おっとぉおっ……!?」
フーロコード、驚愕。
「なっ!?」
何の躊躇いもなく近寄ってきた少女の顔。女性慣れもしていないのか、それが初体験だったのか。キョウマは顔を真っ赤にし、少女から少しだけ距離を取る。
「罪づくりな男とまで来たか……その気にさせたのなら責任は取りなさいよ。色男」
「ど、どういう意味にござるか!?」
「あら? もしかして遊びだったかしら?」
「フーロコード殿ォ!?」
一体何が言いたいというのか。天然なのか、朴念仁なのか。キョウマは涙目で救いの手を求めるだけであった。純真無垢な表情で首を傾げる半魔族の少女を前に。
「さて、と」
フーロコードは窓を開き、ホコリっぽかった部屋の換気をする。
「マーシィ……忙しくなるかもね。これから」
窓から顔を出し、空を見上げる。
「月が、また牙を剥いたのだから----」
白く輝く太陽。
真っ青な空に浮かぶ少量の雲が、その太陽の光を微かに遮っていた。
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