第02話「月の使者【ムーンデビル】(その2)」
殺しきれなかった。倒しきれなかった。
用意された少数のカードで状況を打破寸前にまで追いやった。だが、ここまでだ。怪物を相手にどうしようもなかった。そう思った。
「……」
そこにいたのは半魔族の少女……数分前、キョウマが助けたあの少女だった。
手のひらから放たれるのは半透明に輝く真っ白な霧。身も凍るような息の中、白銀色に輝く髪と、瞳の奥。
「嘘でしょっ……」
ムーンデビル。そう呼ばれた怪物は再生を許されず凍り付いた。
「私達が死に物狂いで戦った怪物をあんなに簡単にっ……すべての生物は冷気の中で生きることは出来ないっ。それはあの怪物だろうと同じって事なのッ……!?」
「やったで、ござるか……あの女子が……?」
ムーンデビルが鎮まり、次第にあたりから声が戻ってくる。
『やったのか?』
『誰がっ、誰がやったんだ!?』
『あの少女は、一体……』
そろりと戻ってくる野次馬達。その避難を任されていた帝都騎士達もぞろぞろと。
『なんなんだ、あの怪物はっ……エージェントがっ。時計塔書庫のフーロコードがやってくれたのか!?』
『あの異国の騎士が? いや、違うっ。やったのはあの女の子だ……?』
あの怪物を倒したのか。峡真か、フーロコードか。二人でやったのか……それが違うと分かると、やがて野次馬達の視線は“半魔族の少女”へと向けられる。
『おい、あれって……』
『はん、まぞく?』
野次馬達の視線の中、少女は歩き出す。
「……大丈夫?」
白い霧が消えていく。ムーンデビルのオブジェを残したまま。少女は喘息でバテていたキョウマと魔力切れのフーロコードのもとへ。
「動くんじゃないッ!!!!」
少女に気づき、凍てつくように止まっていた時間が動き出す。
真っ先に動き出したのはフーロコードであった。フーロコードは瞬時に半魔族の少女のもとへ迫り、利き腕を突き出す。拳銃を取り出すかのように。
「この化け物がッ!!」
「……ッ!!」
風船が破裂したような。耳を傷める音があたりに鳴り響く。
張り手。所謂ビンタというもの。フーロコードは半魔族の少女の頬目掛け、手加減もなく粛清を放ったのだ。銀髪の少女は思わず地に倒れ込む。
「……妙な真似をすれば、その首を切り落とす」
ビンタに困惑し、気を放心させていたその瞬間に少女の腕関節を封じ込める。片腕を捻りながら、青い魔方陣の展開された人差し指をそっと首に添える。
魔方陣からは青い矢が。矛先は少女の首だった。
「くっ! あぁああ……ッ!」
押さえつけられている腕が痛み、少女は思わず叫び出す。手加減も何もない、骨が折れる勢いだった。
「フーロコード殿ッ! 何をしているのだッ!」
キョウマは激怒した。怒りに身を任せ、フーロコードのもとへ迫る。
「拙者たちを助けたのだぞ! それをこうも恩を仇で返すような事があってよいものなのかッ! いいや、よくはないッ!!」
「黙りなさいッ!!」
顔を間近にまで近づけるキョウマ。しかしフーロコードはどれだけ反感を買おうと表情一つ歪めやしない。
冷酷な瞳だった。これ以上逆らうような真似をするのなら上司としてやらなければいけないことがある。そう脅しをかけるような目だった。
「いいや、黙らぬ! 納得がいかぬからだッ! その手を離すまでは退かぬッ!」
自身の処遇がどうなろうと知った事ではない。キョウマはこの目の前の光景に納得が行かなかった。だから反抗を続けた。彼女から手を離せと。
「……あぁ、そう」
落胆したような表情を浮かべ、フーロコードは溜息を漏らす。
銀髪の少女の体を取り押さえたまま……凍てついた視線を浮かべ、キョウマの耳元へ迫る。告げなければいけないことが、あるのだから----
「半魔族。私に合わせて」
瞬間、小声でフーロコードは少女へと告げる。
「あんたもよ、キョウマ……この子が殺されてほしくなければ、お願いだから大人しくして。いいわね?」
「「!」」
二人の表情が一瞬強張った。
「「……っ」」
少女の方は腕を押さえられたまま大人しくなり、キョウマに至っては自身の無礼を詫びるように一歩ずつ後ろへ下がっていく。
「この街で魔法を何の躊躇いもなく放つ半魔族……この街を救ったヒーローだとしても、協会として放っておくわけにはいかないわ」
二人が大人しくなったところでフーロコードはさっきと違って大き目のトーンで口を開く。先ほどよりも冷淡に、より冷酷に。
「フーロコード! その少女は我ら帝都騎士で身柄の確保を」
「……は?」
駆け寄ってきた帝都騎士を前、フーロコードは返答する。
「手柄を横取りする気? こっちの仕事は私達が引き受けていた。アンタ達が受けるべき応酬は他にあるはずでしょうが」
「いえ、しかし……よくはありませんよ。半魔族となれば何をしでかすかわかりません! 我々騎士団の手をもってすれば、たった一人の処理ひとつくらい」
「だからッ! それを今からコッチでやるって言ってるのよッ!!」
ブチギレたかのように。話を強行しようとする騎士へ反論する。
「 アンタ達には他に仕事があるはずッ! そっちを優先しなさいよ! はい、これ以上の反論はもう許さないから! さっさと退く!!」
騎士を片手で押し出す。フーロコードは少女を連れ、キョウマと共に前進する。
「この一件は協会が引き受ける! その得体のしれない怪物も協会で回収する!」
特殊階級エージェントであるフーロコードには協会の一部メンバーへの命令権限を持っている。戻ってきた協会メンバー数名に指示を送る。
「例の一件に繋がる重要な手掛かりになるかもしれないわ!」
「「「……ッ! 了解!!」」」
例の一件。その単語を放った途端、帝都騎士と協会メンバーの顔色が変わる。
突然現れた怪物。半魔族の少女と侍風の男。
何から何までスキャンダルの連続……野次馬達の騒めきはより大きいものに変わっていく。
「そういうわけだから。行くわよ、助手」
助手。フーロコードはキョウマを呼ぶ。
「……はい」
キョウマはただ、無言でフーロコードの指示に従っていた。
何の抵抗もせず、まるで人形のように大人しくなった少女。瞳の奥の光が一切見えなくなった儚いその姿を目の当たりにしながら。
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