第02話「月の使者【ムーンデビル】(その1)」
突如現れたのは全身白い肌の怪物。マーシィは人間の皮を破り、別の生き物へと姿を変えてしまった。
「マ、マーシィ?」「一体、何が」
連れの学者仲間二人は変わり果てたマーシィの姿に怯えている。
『〓〓〓〓??』
全身白肌の怪物は振り返ると呻き声を漏らす。口もない。呼吸をするための穴が何処かにあるようにも見えない。どこから発しているのかも分からない奇妙な声を。
「ま、まさか……待ってッ! 今のマーシィに近づかないでッ!!」
フーロコードの叫びがこだまする。
「私の見間違いでなければそれはっ!!」
しかし、その叫び。その忠告はあまりにも遅かった。
『〓〓〓っ。〓〓〓!!』
「「あっ……」」
瞬間、学者仲間二名。
----共に絶命。心臓を貫かれて。
白肌の悪魔の指先が伸びている。真っ赤に染め上がった指先が怪物の下へ戻ってくると、貫かれた学者二名は綺麗な風穴を残して地に伏せる。
「うわぁああアアアアッ!?!?」
絶叫。悲鳴が上がる。その場に集まっていた野次馬達が逃げ惑う。
「キサマァァア! そこで何をしているッ!!」
その場にいた帝都騎士の一人が剣を引き抜き、白肌の怪物に何度も振り下ろす。
「お前は何だッ!? 一体何者だッ!? その姿は何だァアアーーーッ!?」
何度も何度も何度も。幾度となく剣を怪物に叩きつける。
『〓〓〓〓。』
白肌の怪物はうんともすんとも言わない。
ブヨブヨとした見た目からは想像も出来ない金属音が聞こえてくる。振り下ろされる剣撃を何の抵抗もなく弾き返しているのだ。
「近づくなって言ってるのが聞こえないのかッ!?」
「ば、馬鹿な! なんて、固、さ、」
次の一撃を加えようとした直後、騎士の体が宙へ上がる……まただ。白肌の怪物は指先を槍のように伸ばし、騎士の心臓を貫いたのだ。
その細い腕からは想像もつかない力と頑丈さだ。何せ鋼鉄の騎士甲冑を貫き、その重身の騎士を持ち上げてみせているのだから。
「おっ、こほっ----」
騎士は何をされたのかすら分かることなく殺された。胸を貫いていた触手を引き抜こうとしていた両腕から力が抜け……その身は朽ちた果実のように真っ青に染まり萎れていってしまう。
「何よこれ……だってこれじゃあッ! 今のマーシィはまるでッ!!」
その光景を目の当たりにしたフーロコードは驚愕する。
「【
“ムーンデビル”。
異種族とも半魔族とも違う。異端なる種族の名を彼女は口にする。
それはこの怪物の名なのか。逃げ惑う野次馬達には分かるはずもない。
「やぁあああッ!」
キョウマは刀を抜き、白肌の悪魔・ムーンデビルへと接近する。
「近づくなって何度言えば分かるのよ!? 無茶だっ! 無駄死にをするッ!!」
「否ッ!」
フーロコードの撤退命令を引き受けず、キョウマはただひたすら前進。
「そうはさせん! フーロコードの御友人であらせられるが……!」
突き抜ける。
「最早その姿は人にあらずッ!! 斬り捨てっ、御免ッ!!」
ムーンデビルに刀を差し込み斬り抜ける。
帝都の騎士の剣程度ではどうにもならなかった白肌に……刃を入れ込んだのだ。
『〓〓〓??』
ムーンデビルはそっと自身の腹へ顔を向ける。
真っ二つだ。上半身と下半身が真っ二つに割れている。あまりに一瞬の出来事。ムーンデビルは己が切り殺されている事に気づくのが遅れた。
切れ込みの入った腹部から真っ白の液体が噴き出す。それは血液なのか体液なのか。その噴出を前、ムーンデビルはうっすらと口を開き、体を揺らし始める。
「や、やった……?」
フーロコードは思わず声を漏らす。まさかあの怪物を仕留めてみせたのかと。
『……〓〓〓〓!!!』
瞬間、ムーンデビルは発狂する。
----何もなかったはずの真っ白なのっぺらぼうの顔に突如浮き上がる……瞳孔も輝きも何もない真っ赤な両眼が。
赤い瞳は空を向く。口は歪む。その痛みをようやく実感したのか咆哮は続く。
「なっ! こっ、これはッ!?」
キョウマは驚きのあまり言葉を失った。
「傷が塞がって……治っていくッ!?」
再生している。
斬り捨てたはずのムーンデビルの腹部の傷が徐々に塞がっていく。怒りの咆哮と思われる鳴き声が大きくなれば大きくなるほど、その再生力は早まっていく。
「この刀をもってしても仕留められぬとはッ!?」
「絶対の自信があって挑んだ! その刀に何か仕込みがあるのだとは思うっ! でもやはり……その程度では殺しきれないのよッ!」
フーロコードは立ち上がり、キョウマの下へ迫る。
「フーロコード殿ッ! この物の怪は一体ッ!?」
「余所見をしないッ!!」
キョウマの問いに対し返ってくるのは警告だ。
『〓〓〓〓ッ!!』
ムーンデビルは咆哮すると共に、背中の羽を変形させる。
「その羽も刃と化すのかッ!?」
羽の形から数十本近くの触手へ。指先同様に伸ばされる凶器は一斉にキョウマ目掛けて突っ込んでくる。巣に迫ったハチの大群のように容赦なく四方八方から。
「ぬおぉおおおおーーーッ!? こ、この量はッ……!!」
回避。回避。多数のレンジからの一斉攻撃をキョウマはとにかく避け続ける。
「このっ……だがしかし! やられるわけにはいかぬッ!!」
相当な反射神経と身体能力。それを持ってしなくてはこの一斉攻撃を避けることは出来ない。刀一つでは対応しきれない為、鞘も拾い上げ攻撃を弾くために使用する。
(あの身のこなし、反射神経。そして馬鹿力……ふーん、なるほどね)
フーロコードはあたりを確認すると、一呼吸整える。
既に野次馬は一人としていなくなっている。帝都騎士も近くにいた住民達を避難させるために動き出したようだ。今この場に残っているのはムーンデビルとフーロコードとキョウマのみである。
「そこらの騎士よりは役に立つと考えていいわよね!! このド田舎騎士はッ!」
実力を認める。タダの新米じゃない。
期待のホープと言えるかはともかく……あの異国騎士。あの
「ぐぅうッ……、ま、またっ!?」
一斉攻撃を避け続けてはいたものの、ムーンデビルはまだ両腕を残している。
変形した翼の触手攻撃だけで精いっぱいだった。隙だらけとなったその瞬間、ムーンデビルはすかさず両腕の触手も伸ばしてくる。
「もはや、これまで……!?」
無念と言わんばかりにキョウマは瞳を閉じ、歯をかみしめた。
「物分かりが良すぎるのも考えものね! そういうところは潔くなくていいッ!」
----一閃。
----一筋の青い光がムーンデビルの両腕を貫く。
「!」
青い矢。ものの一瞬でムーンデビルの両腕が破壊された。
『〓〓〓〓〓―――ッ!!!』
ムーンデビルの悲鳴が再びこだまする。またあの不気味な赤目がギョロリと天を向き、直後に攻撃を仕掛けたフーロコードへと一斉に視線が傾けられる。
「やるなら最後までやれッ! それも勝つ気でねッ!! そんなわけで時間を稼いでちょうだいよッ!!」
逃げも隠れもせずにムーンデビルへ対抗するフーロコードの姿。
フーロコードの指先に青い小さな魔法陣が展開されている……放たれた青い矢はあそこから射出されたのだろうか。アレがフーロコードの嗜む魔術の一部なのか。
「その怪物をどうにかするわよっ! 私達二人でねッ!!」
「どれほど!?」
「短くても15秒ッ! 稼げば稼ぐほど仕留められる確率は高まる……ほらっ、急ぐッ!!」
最低でもそれくらいは稼げ。それがフーロコードからの新しい指示だ。
ムーンデビルへと向けられるフーロコードの人差し指の先端に再び青い魔法陣。この怪物を仕留めるため可能な限りのチャージを行いたい。キョウマにはその時間稼ぎをしてほしいという命令であった。
「……御意!」
指示に即答。キョウマはそれに従い、刀を手にムーンデビルへと再接近する。
ムーンデビルはまた発狂と共に腕の再生を開始する。翼の触手攻撃だけならばキョウマ一人でも対応はできる。
「見慣れた攻撃なら最早鈍いッ!!」
避ける。回避する。何が何でも再接近してみせる。フーロコードの指示を完遂するために。
『〓〓〓〓ッ!!』
接近成功! しかし! 再生を終えた両腕を刀代わりに振るってくる!
「なんとか時間を……時間をッ!!」
両腕の触手を弾き、時折距離を取って背中の触手攻撃を回避。一進一退を繰り返し、指示された15秒以上を上手く稼いでいく。
「ハァッ、ハァアッ…すまぬ! 限界にござる!」
キョウマのスタミナの限界が近づいた。ムーンデビルから距離を取り、今まで我慢していた一呼吸を漏らしつつフーロコードに伝える。
「上出来よッ! こんだけ稼いでくれたのならッ!」
稼いだ時間。その時間なんと42秒。
「あとでいっぱいご馳走してあげるから何とか生き延びてッ!!」
「ぎょ、御意ぃいいッ!!」
掲示したノルマの二倍以上の時間を稼いでくれた。苦情の一つ出せるはずもない。これだけの頑張りを見せたのなら褒めるのが当然のことだ。ご褒美もセットで。
ムーンデビルの攻撃を上手く掻い潜って射程外へと逃げろ。それが新たな指示だ。
「何としてでも殺し切る……!」
指先に展開されていた魔法陣が巨大化し、突如ムーンデビルの頭上へ移動する。
「消え失せなさいよッ! 私のこの
巨大な魔方陣が光を放つ。
無数の青い光の矢だ。一発一発破壊力の込められた青い矢がマシンガンの如く悪魔へ降り注ぐ。その数はなんと千発以上。
『〓〓〓!!!』
ムーンデビルは発狂と共に、光の矢の雨に飲み込まれる。
一発一発また一発。絶え間なくムーンデビルに降り注ぐ。次第にムーンデビルの発狂は足場の破砕音で掻き消されていく。
「……よしっ!」
無音。弾切れ。
巨大な魔方陣は空から消え失せ、その場には砂ぼこりによる煙だけが残る。
「こんだけやれば、流石に怪物だろうとっ、」
これで終わってくれ。フーロコードはそう祈った。
「「……ッ!!」」
二人は、驚愕した。
『aaaaa』
生きている。
『みど、ぬべーる……みド、ヌべぇル……!!』
肉体は残っている。風穴だらけの胴体に半分削げ落ちた顔。ムーンデビルは獣にも似た唸り声をあげ、二人の戦士を睨みつけている。堂々と立ち上がって、
「そんなっ……殺しきれなかった……!?」
「ぐっ!!」
二人の悲嘆。
『〓〓〓〓ッ!!!!』
ムーンデビルの勝利の咆哮。
可能な限りの力を出し尽くした二人にはもう抵抗する手段もない。そんな二人に再び強靭な触手が伸ばされようとしていた。
「駄目よ」
漆黒にまみれた砂煙。ムーンデビルの咆哮。
帝都の街にまみれた暗雲は……突如として姿を消してしまう。
「そんなこと許しはしないわよ。だって彼は」
瞬間。入れ替わるように現れるのは……純白の霧。
「私の恩人で」
霧の中から現れたのは……半魔族の紋章を肩に浮かべた銀髪の少女。
「私の
その前方。少女の姿よりも、キョウマとフーロコードはその目の前で広がっていた光景に驚愕することになる。
氷のオブジェだ。
銀色の輝きを放つ凍てついた氷の中に、ムーンデビルの姿はあった----
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