第01話「峡真[キョウマ]とフーロコード(その3)」


「----ッ!!」

 キョウマは言葉を失った。

 地を這いつくばる少女はあまりにも綺麗な顔立ち。その身はあまりにも醜く薄汚れていた。衣服も洗濯されていない穴だらけの布っきれ一枚。

 ガラスのように透き通った銀色の髪。捻じれた二本の角。

 触れてしまえば溶けてしまいそうな白い肌。キョウマはそんな少女を前、虜になっていた。

「早く立てって言ってんだよ!」

 皮なんかじゃない。鉄でできた鞭だ。大柄な男は家畜の豚を扱うかのように頑丈な鞭を少女の柔肌へ問答無用に叩きつける。

 地に足を着け、そこから一歩も動こうとしなかった鎖つき首輪の少女は崩れるようにその場へ倒れ込む。泣くことも叫ぶこともしない。ただ静かに男を見上げるのみ。

「おぬしっ……その所業ッ! 我慢ならんぞッ!?」

 その光景を前にキョウマは激怒した。荷台から手を離し、腕まくりをしながら男達の下へ迫ろうとする。

「やめなさい!」

「ぐぇっ!?」

 しかし、それよりも先にフーロコードの腕がキョウマの服の首元へ届く。締められた首、キョウマの下半身はブランコのように宙へ上がり、ガクンと戻ってくる。

「フーロコード殿! 何故!?」

「……アレは人間じゃない。よ」

 何故止めるのか。怒りのままに問うキョウマの疑問にフーロコードは答える。

「貴方、【半魔族はんまぞく】って知ってるかしら?」

 キョウマの首を掴みながら、止めた理由を続ける。

「人間と魔物のハーフ。一方的に魔族に強姦されて出来てしまった子供の事……中には本気で魔物と愛し合って子供を作った奴もいると話を聞く。要は魔物の血と人間の血の両方を宿した人間の事」

 惑星クロヌスに存在する生命には特殊なものがある。

 人間、動物。そしてクロヌスの生命全体の脅威となり得る悪夢の生命体・


 かつて魔物は人類相手に戦争を起こしたことがある。数千年前に。

 人類は勝利をおさめこそしたが、魔族の脅威はそう簡単に鎮まることはなかった。戦争が終わってからも人類の滅亡を目論み陰で活動を続けているという。知性ある魔族も、本能のままに暴れる野性的な魔族も。


 さて、ここで再び半魔族の話に戻ろう。

 この世界には人間、動物、魔物。そして半魔族。

 半魔族とは、魔族と人間の間に生まれた子供。呪われた子供だ。

 魔族の存在は当然人類の間では煙たく思われている。この帝国は特にだ。

 故に半魔族は人間として見られない……それを良い事に好き放題やられている。


「学会や協会の研究によって、しっかり面倒見れば人類の脅威にはならないって証明されたけど……この星全体の脅威である魔物の血を流しているのよ。そう易々と受け入れられるはずがないわ」

 人間としての意識がある。しっかり人間として生きている。だが魔物の血を流しているという理由で結局は人の形をした化物として扱われる。

「結果、奴隷商人に目を着けられちまったってわけ。片っ端から捕縛された奴がああやって良い様に扱われるのよ。頭の角と、両肩についている”紋章のようなもの”が見える? アレが彼女が半魔族である証よ」

 粗末に扱える命という理由で、半魔族は奴隷商人から商品として扱われる。

 半魔族には人間にない特徴がある。魔族の血が人間の肉体の一部に“黒い紋章”を浮かび上がらせるという。彼女は正真正銘、半魔族だ。

「アレはあそこの商人達の商品よ。それを横から奪い取れば立派な窃盗ってワケ。裁かれるのはアンタの方」

 泥棒扱い。ヒーローになんてなれやしないとフーロコードは冷めた返事をする。

「どうしても助けたいっていうのなら、それなりの額で購入する以外方法はないわね。まぁアンタのような田舎坊主にそんなお金が」

「たのもう! そちの少女を買う! いくらだ!」

「あるとは思えないし。可愛そうだけど諦めて……って、オイーーーッ!!」

 気が付けば、キョウマはフーロコードの腕の中から消えていた。

「話を聞いてたのかアンタはぁあ~~!? 金はないだろって忠告してんのよォコッチはさぁああッ!?」

 フーロコードの言葉には最早聞く耳持たず。

 キョウマは怒り心頭でドシンドシンと音を立てて商人達へと。リュックサックから取り出した巾着袋を片手に。

「お前の誠意次第だ。幾らで買う?」

「手持ちはあまりない。なので今ある額、全てを渡す」

 キョウマは持っていた財布を商人二人に押し付ける。

「……おいおい」

 商人二人は財布の中身を見るとイヤらしい表情で笑い始める。

「充分あるじゃないの。むしろお釣りがくるぜ。この額なら」

「毎度あり」

 商談が成立すると、二人の商人は満足げにその場を去って行った。

「失礼」

 キョウマは少女の首輪に手を伸ばし、それを腕力のみで引きちぎる。

「大丈夫にござるか?」

 半魔族の少女に微笑み、そっと手を伸ばす。

「……」

 少女はそっと手を伸ばし、キョウマの手を掴むと静かに立ち上がる。

「酷い怪我……! ちょっと待つでござる! 確かここに……よし、これをこうして」

 リュックを降ろすと中から包帯や絆創膏、ガーゼなどを取り出していく。鉄の鞭で叩かれ傷だらけの少女の体を治療していく。

「これで自由の身。次は捕まってはならぬぞ。では御免」

 治療も終えたところで、キョウマは少女に別れを告げた。


「買った挙句、野生に返すか……まぁいいんじゃない? 美しくて? 私は別に嫌いじゃないけど。でもさ?」

 フーロコードは誇らしげな表情で戻ってきたキョウマに対し、呆れた表情を浮かべっぱなしである。

「今のアンタの全財産でしょ。今後の生活どうすんのよ」

「……ッ!!」

 誇らしげな表情。ニッコリと頬が緩んでいる表情のままキョウマの顔色が青ざめていく。体も震えている、これは間違いなく武者震いではなく焦りであろう。

「……せ、拙者! 演舞が得意でござる! 出稼ぎでどうにか!」

「バリッバリの異国人だし注目されやすくて客は寄せられるかもね。自分でどうにかなるってんなら言いたいことは何もないわよ。ほらとっとと荷物を運ぶ」

 キョウマは再び荷台に手を伸ばし、フーロコードの自宅へと向かい始める。稼ぐ方法はあると口にはしているがキョウマの顔は不安で青ざめたままだった。

「と、ところでフーロコード殿。折り入って相談が、」

「言っとくけどねぇ~? 今日初めて知り合ったような奴に貸さないわよ」

「せ、拙僧な……」

「自業自得じゃっ!」

 現にこうやって救いの手を求めるくらいには。

 惚れ込んだ少女にカッコをつけて助けるのは別に問題ない。だが後先考えず破滅しては意味もないだろうに。荷物を運びながら情けなく泣き始める侍、武士らしさも何もない姿にフーロコードはやれやれと首を横に降っていた。

「家くらいはどうにかなるんだから早くする! この後も仕事が、」

「ぎゃぁあああーーーーッ!!!」

 悲鳴。フーロコードの自宅からは反対方向だ。

「「!!」」

 キョウマ、フーロコードの二人は悲鳴を聞いた途端、その方向へと向かって行く。実に二分ほど、荷台を引きずる音が街中に響いただろうか。やがて二人は人の多い大通りへと出てくることになる。

「どいて! どけったらッ!!」

 街中の人だかり。フーロコードは特殊階級エージェントのエンブレムをかざし、その人だかりをスムーズに避けていく。

「す、すまぬ……! どうか、道を!」

 一方キョウマは荷台から手を離し、人波に揉まれながらフーロコードを追いかけていく。彼女よりは断然てこずっていた。

「一体、何が」「起きている!?」

 人波を越え、二人は悲鳴の聞こえたその先へと到着する。

「「……!!」」

 途端、二人は言葉を失う。





 眼を開き、倒れているのは帝都の市民。

 眉間、心臓部分が同時に射抜かれている。ぽっかりと開いた穴から漏れ出す赤い濁流。何が起きたのか分からぬまま、この市民は即死したのだろう。




「……ここで何があったって言うのよ」

 フーロコードは遺体へ近づく。

「銃撃にしては火薬の匂いはしない。魔術だわ……魔術を食らって即死しているのよ。コイツ……けど何故かしら。この違和感は何?」

 傷口から弾丸らしきものは見当たらない。普通に考えれば魔法による殺人かと思われる。しかし----

「魔力らしきものがこの傷口から漏れていない。これは、魔法じゃない……? 一体これは、」

「違う! 俺じゃない!」

 遺体から離れた場所で声が聞こえる。

「見つけたのは確かに俺だ! だが、俺が見た時には既にこうなってて……!」

「他に目撃者がいないんだ」

 騒ぎ立てる帝都市民。その男を前、何かを問いかけている魔術協会メンバー。確か名前はマーシィと言っていたか。

「仮に君じゃなかったとしても、詳しく聞く必要があるだろう?」

「だからといって連れていく必要はないはずだ! 俺を疑ってるだろ!?」

「一番の容疑者は君なんだから。連れていかなければならないのは仕方のない事だ」

 尻もちをついて必死に反論を続ける市民。てこでもその場から動こうとはしないとズッシリその場で踏ん張ろうとしている。

「これ以上騒ぎ立てると騎士団を呼ぶぞ! さぁ!」

 マーシィは右手を足掻く帝都市民へと伸ばしていく。


「……ッ!」

 その瞬間だった。

「御免ッ!」

 動き出すキョウマ。突き出す片腕。

「うぐっ!?」

 突き出した片腕は怪しい帝都市民を捕縛しようとしたマーシィを軽く突き飛ばす。胸を押し出されたマーシィは苦しそうな声を上げた。


「……何してんのよッ!!」

 フーロコードが立ち上がる。咆哮する。

「無礼の次にまた無礼! 意味不明な事ばっかやりやがって!! 思いがけない事ばっかやって困らせんなァアッ! この阿保ったれがァアッ!!」

「……」

 また奇妙な行動を取ったキョウマに対し説教の声を浴びせるフーロコード。しかしキョウマは謝罪をするどころか、その場から一歩も動こうとはしない。

 怪しい帝都市民を庇っているように見える。彼の盾になろうとしているのだ。

「こらこら。気持ちは分かるが駄目だよ」

 マーシィは表情一つ変えず、大人な対応でキョウマに話しかける。

「すまなかったわね、マーシィ。あとでキツく叱っておくから」

「構わないよ。この子は『まずは話し合いを』と言いたいって事だろう? コッチもちょっとばかり強引だったから気に入らないのは分かる。だが今からその話し合いをするんだ。だからキョウマ君。その男を、引き、わたし、て、、、」

 彼を説得しようとした、その時だ。

「、、んぐっ……!?」

 マーシィは嗚咽する。胸を押さえ、その場でフラつき始める。

「こ、」

 胸に触れた途端、マーシィは何かに気づく。

「これは……!?」

 自身の衣服。その胸元に“見たこともない文字が書かれた札”が貼られている。

だ。その内に隠れたをさっきから感じていた」

 キョウマは苦しむマーシィに吠える。

「これ以上奇妙な演技をする必要はござらん……物の怪めッ! その中から拙者達の前に姿を見せいッ!」

 姿を現せ、と。

 その言葉はマーシィにではなく……別の誰かに向けられているように聞こえる。


「ぐぐっ……ぐぐぉおおおお……!!」

 頭を掻きまわし、その苦痛はより激しくなっていく。マーシィの顔色は次第に悪くなり、その発狂はより激しいものになっていく。

「だ、駄目だっ、この、この場所、では……」

 何かを呟いている。何処か足掻いているように見える。

「キョウマ! マーシィに何をしたって言うのよ!?」

「見ての通りにござるッ! フーロコード殿! 既にこの男はッ!!」

 何をされたのか。キョウマに一体何を仕込まれたのか誰にも分からない。





 しかし、彼の判断おこないは正しかったと言わざるを得なくなる。





『みせ、ら……なdfはおえいooAA〈Κφ水&、э_$z〉』

 発狂。失禁。

 マーシィの体が真っ白に染め上がっていく。

『f青江ふぉいえ、尾dふぁおえおい、vgへいヴぃおdkfづえjoidideoiagdkejodaeoiejdoig///////…….,,,,,!!!!』

 衣服を突き破り、ブヨブヨと膨れ上がる白い肌。鋭く尖る爪。奇抜な羽。

 顔のパーツが次々と解けていき、そこから現れるのはのっぺらぼうの白い顔。



「これがお主の、正体にござるか」



『nuoxaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』

 異種族。或いは魔物とも違う怪物。

『ああぁぁああaaaaAAAAA〓〓〓〓〓〓!!!』

 この世のものとは思えない奇妙な化物。

 人類の歴史から消えるにはまだ浅い


「……マーシィ?」

 悪魔が彼らの前に姿を現した。

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