第5話/決定事項は急に決まるもの

 その後僕は逃げるようにして病院に来ていた。別にどこか悪いわけじゃなくて、病気で入院してる祖母にその判断をゆだねるため。実際彼女の今後のことまでは考えてないし、だからと言って放っておくこともできないし――


「それで私のところに来たのかね」


「ごめんばあちゃん」


 贅沢にも個室の病室を使っている――正確にはルームメイトが今は誰もいないだけ――祖母は病気でベッドからは身体を起こせずにいる。


 病院での生活はそんなに苦ではないらしいけど、みるみるうちに痩せこけていって少し怖さを覚える。でも「私の目が白いうちはまだ死なんね」とおかしく言って余命宣告を無視して力強く生きているが、医師曰くまだ安心はできないからと、未だ入院中なのだ。


 そんな祖母に頼るのも実際どうかと思うし、充が「今は優人が大家なんだから」とは言っていたが、所詮僕は代理に過ぎないし、かといってあまの荘にいる僕は両親には頼れない。となると必然的に祖母の元に来るしかなかったのだ。


「あまの荘の人たちは一癖も二癖も、十癖もあるからね」


「いや、どんだけ癖あるんだよ!」


「おや、何も間違ってないと思うがね。まあそうさね、記憶が戻るまで家で暇を潰すのも退屈だろうしね、なにより拾ってきたお前さんが面倒を見るべきだね」


 当たり前のことをさらっといいのける祖母は、皺が目立つ細腕で腕を組むと、突然思いもよらないことを言い出した。


「でもそうさね……暫くは面倒見ないとだろうし……よし、優人。明日からその謎女はお前の妹として学校に通わせるさね」


「なるほどな、確かにそのほうがってえぇぇぇ!?いやいやいや急すぎない!?第一両親にも言わないと」


「別にいいさね。バカ息子どもは話を聞かないからね。まあ学校の方には私から話を付けとくさね。これは大大家の決まりさね。優人は早く恋人でも作りなされ」


「今の話でそれを言う!?」


「私は早くひ孫の顔が見たいさね。早く見くて仕方なくて、夜しか眠れないさね」


「夜に寝れたら十分だよね!?」


 これだけ元気な祖母。実は僕が通っている学校の理事長先輩らしくて、仲がめちゃくちゃいい。ただそれを利用して、ただでさえ女性しかいないあまの荘に僕をおいてくれるようにしたり、暫く僕が大家代理になるにあたって色々サポートしてくれるように手配していたりと、かなり理事長に負担をかけている。


 けれどそうでもしてくれないと、僕は地元に戻らないといけなくなるし、長く続いてきたあまの荘が無くなってしまうから、意外と助かっている。


 だからこそあの人をどうするのかを決めるために来たんだけど、だからと言ってまさか家族扱いにされるとは思ってなくて、病院を出るころにはそれをどうやって伝えたものかをずっと考えていた。


「ただいまー」


「あ、おかえり、えっと……ユート?」


 あまの荘の古びた引き戸を開けた瞬間、僕の時間は一瞬止まった。でも胸は痛くない。痛いのは頭だ。しかし何かがぶつかったわけではない。というのも扉を開けた先に、僕のワイシャツを着たまま、丸みの帯びた尻をこちらに向けて座っていたのだ。


 手元を良く見れば彼女が床を吹いているがわかるけれど、だからと言ってその格好はいかがなものか、というかなんで服を着させない!?


 という思考が約三秒。こちらを振り返って名前を呼んできた瞬間には、思わず扉を思い切り閉めていた。


「やーうぶだね、流石童貞君」


「おい充、なんであのままなんだよ!」


「なんでって、着替えさせといてなんていってなかったし、脱がすなっていったじゃん?」


「あれは僕がいる目の前でっていう話であって!ともかく色々不味いから何でもいいから早く何か着させてあげて!?」


「はぁ、めんどくさい男は嫌われるよぉ?」


「余計なお世話だ!!!」


 二階の部屋に住んでる充が、自室の窓を開けてにやけ面を浮かべて高みの見物をしている。人の不幸を笑うくらいなら早く服を着させてほしいところだ。


 ただでさえほぼ女子寮と化してるここに、もう一人増えたうえ、無防備なのはたまったものじゃない。なんて考えてると、玄関の方から「終わったぞー」と充の声が響いてくる。


 ここは家、それも俺が住んでる家でもあるのに、戸を開けるのが中々しんどくなってきた。なんとなく更衣室の前で待つ男の気持ちがわからなくもない。いや、彼氏彼女じゃないからまた別か。


「全く、少しは男がいるってことを認識してうぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 再び扉を開け、真っ先に目に映ったのは細い棒を咥えた充の横にいる銀髪少女。何を着ても似合っているとしか思えないほど綺麗……なんだけど、彼女が着ている海のイラストが描かれ、気の抜けた『しー』という文字が刻まれた服にはすごく見覚えがあった。


 というのも服の安売りで、なんとなく目に映ったやつだけど、つい買ってしまった服。勝ってしまったからにはと時々部屋着として来ていた僕の服だ。


「そんなに驚くこと?優人が何でもいいって言ったんだぞ?」


「いや、確かに何でもいいとは言ったよ、言ったけどまた僕の服!僕が病院に行く前に須藤先輩も帰ってきてたでしょう!それに櫻井だっていたのになんで!?」


「簡単な話だって。胸のサイズが合わなかった!以上!っていうかこいつ着やせするっぽくて、脱いだら凄いんだぞ?」


「やめてぇぇ!健全な男子に!それも本人がいる前でそんなリアルなこと言わないでぇぇぇ!!!」


 ぬふふふと不敵な笑みを浮かべて、他人の事なのに自らの胸をアピールするように持ち上げて言ってくる充。もうやめてほしい。


 ていうか、合わなかったということはつまり銀髪少女はそれなりにはデカいと……って何を考えてるんだ僕は!!

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