第4話/ホラ吹きに惑わされて

 放課後まで、あの人が気がかりで仕方なかった。授業も疎かになってしまったし、気になり過ぎて部活には今日は顔を出さないことにして、かつ友人の誘いも断って我先にと、沈む太陽を背にして帰宅する。


 充を信用していないわけではないし、寧ろ大丈夫だとは思う。けれど記憶喪失ということもあり、どうしても落ち着かなかったのだ。


 多分子供を持った親が、我が子に留守番させるときの気持ちはこういう気持ちなのかもしれないな。なんて、青春のない学生生活を送る僕には、親の本当の気持ちなどわかるわけはないが。


「ただいま!充!あの子は!?」


「へいへーい、優人。ここ一応、君の家でもあるけど、いきなりドアを開けるのはないぜー。乙女のプライベートをそんなみたいのかー?」


「充にはそんなの期待してないから大丈夫。というか、今朝の人は!」


 あまの荘に入るや、リビングの扉を思い切り開き咄嗟にでた問に対して、ソファーでくつろいでいる充は頭を後ろへ向けて、ジトっとした目線を投げてくる。


 確かによくよく考えれば女性が住むこの家で、扉をいきなり開けるのはデリカシーに欠ける。けれど、今はそれどころじゃないくて、急かすように問いただす。


 すると小さいため息をついてから、表情が渋い顔にころっと変わり、しかし姿勢は保ったまま、充は謎の少女の現在を口に出した。


「あーあの子ね。いやー説得するの疲れたよ。女の私でさえ警戒されて大変だった。五百年も話し合うなんて」


「老いて死んでるからそれ」


「私は不老不死なのだー。まあ、あの子なら今頃優人の部屋で寝てると思う。一度寝れば記憶戻んじゃね?的な軽いノリで」


「なんで僕の部屋なんだよッ!?」


「別に減るもんじゃないしいいでしょ。そのほうが面白いし」


「面白いってなんだよ!こっちの気持ちを少しは考えてくれよ……まあ、寝てるならいいけど」


「てか、そんな心配だったん?優人はあの子の親じゃあるまいし、そんなに心配することでもないと思うけどなぁ」


「あ、いや、なんか無性に気になっただけ。それに僕が先に帰ってきておかないと、充が他の住居者に変な噂を流しかねないし」


「うへへ、バレちった」


 面白そうなら人を弄る選択肢を取ることがある充の考えることだから、案の定早く帰ってきておいて正解だった。けれど、それは彼女の存在を周りに気づかせないタイムリミットが、ただ遠のいただけ。


 それでも変なことだけは言われないだけましだし、ここに住まわせるということは遅くても今日の夜食時に、住居者に知られることになるから隠す必要はない。


「ただいまー。って今日やけに帰ってくるの早いね天藤」


「あ、由乃ゆのー、美羽ちゃんー、聞いてよ優人がねー」


 話に夢中で今回も一切気づかなかったが、相変わらずソファの背もたれを使って、首をのけぞらせている充が言った名前で、由乃こと櫻井と、須藤先輩が帰ってきたことがわかる。


 ていうか櫻井は何気なしにただいまと言っているが、彼女はここに住んでない。あくまでもご近所さんだ。それでも毎日来てるからか時々言ってしまうらしく、別に気にすることでもない。


 今気にしなければならないのは、余計なことを言おうとしている充の口。反射的には充の方が上だったから、口を押さえつけるのは無理と判断してわざと大きな声を出して充の邪魔をする。


 これならばホラ吹き充の口を封じ込めれる。勝った。なんて思ったのが運の尽きだった。


 ――ドタンッ!


 大きな声を出した刹那、家のどこからか響く鈍い音。それが僕の部屋から聞こえたのは言うまでもなく。


「え、なに何の音?」


「優人が女連れて来たんだよー」


「えっと?」


「そのままの意味だよー。だから今の音は女だと思う」


「天藤……まさかそんなやつだとは」


 音に気を取られている間にホラを吹き始める充。案の定櫻井がドン引きして、須藤先輩の手を掴んで僕から距離を置かれる。


 これは流石に収拾つかなくなりそうだし、最悪の場合もありうるから、へたくそな口笛を吹いている充の頬を思い切り横に引っ張って、敢えて低めのトーンで名前を呼ぶ。


 するとまるで心のこもってない謝罪が呪文のように放たれ、改めて充から本当のことが話され、誤解が溶けた直後のこと。


「あの、話終わった……?」


「あ、起きてきたね。まあこんだけ騒いだら起きるわな。うん」


 なぜかワイシャツ――それも僕のワイシャツ一枚だけを身に着けた銀髪の美少女が廊下からこちらを見つめていた。


 って、よくよく考えればめっちゃ僕を警戒してたのに僕の部屋で、僕のシャツを着て寝てたのか……?あ、いや、多分充だ。適当なこと言って面白半分で僕のシャツを着させて、僕の部屋に閉じ込めたんだ。そうとしか考えれない。うんそうだ。ぜったいそう。


「あ、服一着しかなかったから適当に優人の着させただけだから。これ本当。私のは昨日洗濯してまだ乾いてないし。かといって美羽ちゃんとか、の漁るわけにもいかないからね」


「だからって僕のをあさって着させないで!?」


 まさかの面白半分とかじゃなくて、ちゃんとした理由があったことに驚くが、だからと言って男の部屋を無断で漁るのは、流石にどうかと思う。


 大体僕は思春期真っただ中な健全な男だぞ?あんなものや、あんなものを隠してるかもしれない年頃――かくいう僕はそもそも持ってない――なんだから、プライバシー侵害にもほどがある。


 そんな恥ずかしい気持ちを乗せて突っ込みをいれるも、逆に「なんだおめー、女々しいな」と返されて、更に自分の心にダメージが入る。それもクリティカル。思わずグハって言いそうになるほどの、会心のダメージ。


 そんな僕のことは気にも留めず、充はゆっくりとふわふわソファーに根付いた身体を起こして、悠長にも背伸び。綺麗で美しい体のラインがくっきりと見えるも、直ぐに力を抜いて、謎の少女の方へと歩み寄って。


「別にいいでしょ、こんな美少女が着たシャツが、いい匂い付きで後で手元に戻ってくるんだから。それとも?」


「毎回勘違いさせるようなこと言わないで!?ていうかここで脱がそうとするなぁぁぁぁぁ!!!」


 近づいた理由は、おそらく悪戯もあるだろうが、僕があーだこーだ言うから、その言葉通り、今ここで脱がしてやろうと思ったからだろう。


 これだから充は苦手なんだ。

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