第6話/訪問者

 まあ、何を言っても、もう着てしまったからには仕方ない。でも流石に男物を着ているだけあって、ちらりと除く胸元は無防備のそれ。正直理性と戦わなきゃならないけど、服装についてはまた改めて言うことにした。


 今は、その子の今後をどうするかの話をするべく、太陽が沈み切った時間。一つのテーブルに住民が集まる夜食の時間に、僕は口火を開いた。


「念のため祖母と話をしてきたんだけど、今日からこの人は正式にあまの荘の住民になることになりました」


「まあ妥当だね」


 テーブルに置かれた僕が用意をした夜食に箸を走らせながら、充は言った。確かに僕が連れてきたようなものだから、住民になることは妥当ともいえる。なんなら覚悟すらしていたし。


 でもそもそもいつの間にか住民が増えていることに驚いている、ポニテのお淑やかそうな人物が、丁度僕の正面にいて、「話が見えへんのやけど……」と眼を丸くして呟いていた。


 彼女は、充と同じ社会人組の大坂那智おおさかなち。ただ、ここには一時的にお世話になるだけで、しばらくしたらここを出るらしい。


 ここが合う合わないの問題じゃなくて、お金が溜まったらもっと上の方に行くと聞いているから、間違いなくここを出ていく気がある。いやそもそも明日にはもう出発するらしく、今日が最後の夜だ。


 そんな関西人な大坂さんの質問に、どこから説明しようかと悩んでいると、案の定充が口を開いて。


「今朝がた優人が拾ってきたんだよ、なっちゃん」


「ほ、ほんまかいな……」


「なんでその冗談にのるかなぁぁぁ!!あ、いや、間違ってないかもしれないけど、ちょっと事情があるんです。というのも、この人記憶がないみたいで、身元もわからない以上放っておけなくてここで預かることにしたんです」


 そのことについては、夜食を作る前に本人に伝えていて、僕の妹としてここに住むことと、しばらくしたら学校に行くことも、潔く了解してくれた。だからこそ、この話を僕の隣で聞いて、頷いてくれる。


 本当なら妹として生活するなら、色々と誤魔化したほうが都合がいいかもしれないけど、ここに住む以上バレるのは時間の問題。ならばこちらも潔くありのままのことを伝える。


「にしても妹ねぇ」


「う、うん、えっと名前も決まってるみたいで、ボクはしばらく天藤凛花として過ごす……のかな?」


「ふーん。まあ、このご時世養子とかざらだし、優人のおばあちゃんが決めたんならいいんじゃない?」


 急な決まり事で受け入れてくれなかったらどうしようかとは考えていたけど、意外とあっさり受け入れてくれた充。須藤先輩も黙々とご飯を食べながらも賛成とばかりに頷いてくれたし、大坂さんも戸惑いこそしてるけれど、サラサラな茶髪を揺らして受け入れてくれた。


 いや、あと一日だから大坂さんにとっては何も変わらないのも同義だけど。


「よっし!じゃあ明日、凛花ちゃんの歓迎会&女子会しよう!あ、優人には女子会を拒否する権利はないからね?」


「人権とは!?」


「そんなもの私が食ってしまったよ、ふぉっふぉっふぉ」


「いや食べんなよ!食べるならせめてご飯だけにしてくれ!というか僕の人権を返せ!!」


 充のボケで真面目な雰囲気が壊されたところで、今日の幕は閉じる。でも一応なにもわからないままだと困るから、凛花の身の回りのことは須藤先輩がやってくれることになった。


 ただ、彼女も暇人ではなく、大坂さんがいなくなって二日目にして僕に世話を放り投げられた。曰く「世話は拾ってきた優人がやるべきだって充さんが」と言っていたから、間違いなく充のせいだ。


 いやまあ猫とか拾ってきたら、拾ってきた人が世話をするのが普通だからそう考えれば妥当ではあるけれど、女子の世話なんて男の僕に任せていいものなのか、普通。


「ユート。誰か来た」


「え?いや誰も来てな――」


 そんなことを思いながらいつの間にか一週間の始まりを告げる日曜日になり、暇な昼を過ごしていると、なぜか僕の部屋に入り浸る凛花が呟く。刹那、あまの荘の中を電子音が駆け巡り、本当に誰か尋ねてきたのがわかる。


「あ、はーい。今行きまーす……て、なんでわかったの」


「なんとなく」


「まあ、いっか」


 客を待たせないように、凛花の言葉に頭を悩ませながら玄関に向かって扉を開ける。


 秋の寒さを帯びた風が身体を撫でて震えるものの、目に映ったのはいつもと変わらない風景。今のご時世、古いピンポンダッシュをする子供が沸いたのかなんて思ってると、「どこ見てるのよ!」と高い声が耳を刺激する。


 声が聞こえたのは目の前なのにもちろんそこにはいない。ならばと視線を落としてみると。


「ちっちゃくて悪かったわね!」


 目線を落とした先には、麦藁帽が良く似合う黄色のワンピースを着た少女が、むっと頬を膨らませて、下から蒼い瞳が睨んでいた。けれど、ここら辺では見ない顔で、あまの荘の住人の知り合いでもない。


 完全に知らない子。となると迷子と考えるのが妥当で。


「えっと、どちらさま?というか迷子?お母さんは?」


「迷子じゃないわよ!」


「えっと、じゃあなんでここに?」


「それは……」


 迷子じゃないとまた睨まれて気迫のない怒りをぶつけられたけど、なんでここに来たのかを聞いてみれば怒りから一変して、迷いの曇りを表情に映し口ごもる。


「ユート、その子誰?」


 僕の背中を追ってきたのか、話し声が聞こえたのかはわからないけど、後ろから凛花の声が聞こえ、直後目の前の子供が、僕の後ろを大げさに指さして叫んだ。


「あ!!!そう、そいつに用があってきたのよ!!!」

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