第3章 決戦のとき、来たり来なかったり!

キタノ砦攻防戦 編

キタノ砦には幼なじみが 前編

 ここは帝国の北の端。

 カケルの目の前には、通称キタノ大峡谷が広がっていた。


 切り立った山肌を見上げるように、深い谷の入口が大きく口を開けて横たわっている。

 暗闇がどこまでも続いており、谷底がどこにあるのかまったくわからない。


 はるか向こうに見えるのは魔王が支配するという謎の土地。

 この大峡谷を通って魔王ってヤツが来るのかと思うと、ゾッとする。



 この身の毛もよだつキタノ大峡谷が最も良く見える高台にそびえるのが、帝国最北端に位置する砦、通称キタノ砦である。


 キタノ大峡谷といい、キタノ砦といい、帝国の人間のネーミングセンスは安直すぎる気がする。

 それは、まあいいとして。



 チイキ・サイハケーン村近くの炭焼き小屋から4日かけて、カケルはついに剣道部鶴木ツルギ心立コダチら5人の女生徒たちが守護するキタノ砦を望む高台へたどり着いたのだ。


 この砦には兵士も100人ほどいるそうだ。いつもより警戒が必要である。


 舞の透明ボードの最大高度は6mぐらい。弓兵に狙撃される恐れがあるため、徒歩で近づくことにした。


 まずはカケルと蹴人とセイレーンが、カケルのスキル『隠蔽(本当は姑息こそく)』を使って砦への侵入を試みる。

 他のメンバーは、近くの街で待機することにした。

 キタノ砦は見晴らしのよい丘の上に建っているため、不用意に近づくと危険なのだ。


 蹴人を連れてきたのは、女子からの人気が高いため。

 セイレーンは用心棒といったところだ。

 なんといってもセイレーンの攻撃力は桁違いなのだ。


 砦の周囲には見張り役の兵士の姿が見られた。

 兵士たちの中には、指輪をはめている者もいる。

 おそらく『スキル防御の指輪』だろう。


『委員長のスキル“説教”は、防御されるだろうな』

 カケルはそんなことを思いながら、スキルの力で自分たちの身体を透明化したまま、兵士の側を通り過ぎた。


 『スキル “防御” の指輪』は、直接相手に影響を与えるスキル——委員長の『説教』や舞の『芸人』——を防御する力を有する聖道具であり、スキル発動者自身に影響を与えるスキル——カケルの『隠蔽(本当は姑息こそく)』——の効果を打ち消すことは出来ないらしい。




 ♢♢♢♢♢



 砦内への侵入に成功したカケルたち。


 砦の中で一番立派そうな部屋を発見。

 そのドアには、プレートが下げられていた。


『わたしたち、ただ今、外出中、ハート・ハート・ハート……』

 この世界の文字が、丸文字風にアレンジされて記されている。

 どうやらここが同級生の女子たちの部屋で間違いないようだ。


 魔王の侵攻に備えてこの地に来たとはいえ、やはり女の子だな。かわいいものだ。

 プレートの下にはまだ続きがあるようだ。続きの文字に目を向けると……


『勝手に入ったヤツは、ブッ殺す! 命はひとつ。大切にしろよ』

 ……前言撤回。


 そう、ここにいる女子5人は、スポーツ科に在籍する女子の中でも、指折りの荒くれ者たちだったのだ。



 プレートに書かれた言葉にビビりながらも、カケルたち3人は念のため部屋の中へ入ってみた。

 鍵はかかっていない、いや、もともと鍵なんてものはついていないようだ。



 部屋に入ってみると——

 いたるところに、下着が脱ぎ散らかしてあった……


「ゲエエエエ! イテエエエエ!」

 カケルが床の上を転げ回る。


「なんでパンティ見ただけで、『エロいこと禁止聖紋』が発動するんだよ! 設定がピュア過ぎますよ、お師匠様!」

 カケルは聖紋を刻んだ、お師匠様ことブユーデンを呪った……

 お師匠様、良い人なのに。


「女子ばっかりだと、だらしなくなるんだね」

 やれやれといった表情の蹴人。


「ま、まあ。教会の女子寮も、こんなものでしたよ」

 と言ったのは、苦笑いしている聖女セイレーン。


「誰かいるのか!」

 廊下の方から、男の声が聞こえた。


「カケル様、早く立って下さい!」


「わ、わかりました」


 セイレーンと蹴人に抱えられて立ち上がったカケル。


 なんとか二人と手を繋いでジョギング再開。

 カケルのスキルが発動し、再びカケルたちの身体が透明になった。


「あれ? 叫び声が聞こえたと思ったんだけど…… あっ、ヤッベえ! 俺、勇者様たちの部屋、のぞいちゃったよ!」


 そういって、慌ててドアを閉める男の兵士。

 この兵士がブッ殺されないことを祈ろう。




 カケルたちは砦の外へと移動した。


 ゆっくりジョギングしながら塔の周囲を探索していると——


 いた!


 鶴木ツルギ心立コダチが、太刀を片手に兵士たちに稽古をつけている。


 柔道部の剛田ゴウダも、兵士と乱取りのようなことをしているようだが……


「げえ!」

「痛え!」

「死ぬ!」


 剛田のスキルは『怪力』という、なんとも恐ろしいものだった。

 もともと剛腕の持ち主だった剛田が、『怪力』なんてスキルを手にしたのだ。

 乱取りしている兵士さんたちが、ちょっと哀れに思える。


 他の同級生3人は、遠くへ向けて石を投げる練習をしているようだ。

 蹴人の話では、この3人はこの世界へ来てから、『遠投3人娘』と呼ばれるようになったそうだ。


 ソフトボール部員が2人に、陸上部の投擲とうてき選手が1人。

 3人とも、遠投に特化したスキルを持っているという話だ。


 ここには同級生5人の他に、一緒に訓練している兵士が10人ほどいるため、透明化を解除しようかどうしようかと、カケルが考えていたところ——


「あっ!」

 突然吹き付けてきた風のせいで、砂塵が舞い上がった。

 驚いたセイレーンが、声を出してしまったところ——


「誰かいるのか!!!」

 鶴木心立が鋭い声を上げた。そして——


「この気配は…… カケルだな」


「おい、コダチ。なんでわかったんだよ……」

 そう言って、カケルは走るのをやめた。

 カケル、セイレーン、蹴人の身体が、同級生や兵士たちの前に晒される。


 兵士や他の同級生4人が身構えた。


「待て!!!」

 と、コダチが叫ぶと、周囲にいた者は皆、動きを止めた。一人の者を除いて……



「おりゃあああ!!!」


 剛田が突進してきた……

 剛田のニックネームは猪武者である。

 柔道の試合では、相手に休ませる暇を与えないほど攻め続ける激情型ファイターだ。


「蹴人ぉぉぉーーー! カケルから離れろぉぉぉーーー! お前は騙されてるんだぁぁぁ!!!」

 剛田は身長170cmを優に超える立派な体格を持っている。

 恐ろしく発達した筋肉を有しており、剛田自身、『あたしは自分のこと、女だなんて思ってねえぜ』とよく言っていた。


 しかし…… 蹴人を愛してやまない、乙女な心も持ち合わせていたのだ。

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