イジイジ聖女様

 炭焼き小屋の片隅でイジイジしているセイレーンに対し、カケルがドキドキしながら声をかける。

「あの…… セイレーンさん。そんなところで何を?」


「……部屋のすみっこに同化しようと思っているのです」


「それはまた、ハードな課題を自分に課しておられるようで……」


「……私なんて、部屋の隅っこがお似合いなのです。将来の夢は、立派な部屋の隅っこになることです。娘が産まれたら部屋野へやのスミコと名付けるのです。息子が産まれたら、その時はその時で考えるのです」


「それはまた、壮大な未来図を描いておられるようで……」



「もう、セイレーンさん、まだ気にしてるの? 失敗は誰にでもあることだって、前にも言ったじゃない」

 と、委員長がなぐさめる。


「そうですよ。聖女様の活躍がなければ、ここまで来ることは出来ませんでしたから」

 と、ミサオも慰める。


「その通りです。聖女様はとても素敵な方です!」

 と、育栄イクエも慰めるが……



「この良心まみれの、なぐさめ上手どもめ、です! そんなことを言いながら、きっと心の中では私のことを『部屋の隅っこなんて贅沢だよね。むしろ流し台の三角コーナーの隅っこがお似合いだよね』とか思っているのです! 嗚呼ああ、どうしてここには、流し台の三角コーナーがないのでしょう!」


「えっと…… 聖女さんって、こんなキャラだっけ?」

 と言ったのは、笑顔が引きつっている蹴人シュウト


「ひょっとして、入場門での出来事を気にしているのですか?」


「おい、蹴人! お前、セイレーンさんの傷口を広げるようなことを——」


「蹴人様! 今すぐ近所にある散髪屋さんの場所を教えて下さい! 頭を丸めてきます! あっ、でも私、肌が弱いので、出来ればバリカンではなくハサミで切ってくれるところを——」


「聖女さん、ファインプレーでしたよ」

 ニッコリ笑顔で言葉を紡ぐ蹴人。


「え? なにを言っているのですか? ひょっとして、バカ3号の正体は、蹴人様だったのですか?」


「えっと…… 僕の知らないところで、正体不明のバカ3号が存在していたのかな?」


「蹴人よ、そこはあまり気にしなくていいぞ。それより、ファインプレーってどういうことだ?」

 本当によくわからないという顔をしているカケル。


「あのね、実は王宮の情報が耳に入っていたんだよ。王女はカケルたちがニッシーノ国との国境目指して西に向かっていると思っているんだ」


 蹴人が掴んでいる情報は、ちょっと古いものだった。

 現在王女は、カケルたちが南の海を航海中だと思っているのだが……


「だから、王宮から西へ真っ直ぐ伸びている『中央横断街道』沿いの警備が、とても厳しいんだよ。カケルってば、よっぽど王女に嫌われてるんだね」

 随分な言われようだな。

 でも、パンティ盗んだんだから仕方ないか。


「みんな、ここまでの旅で、街の警備が緩いと思ったことはない? まあ、カケルたち一行の手配書ぐらいは、各街に配布されていたかも知れないけど……」

 そうだな。それで聖女サマはオリコサーンの街で、門番に捕まったんだけどな。


「そういうことだったのね…… だからどの街でも、私たちは警戒されることがなかったのか」

 納得顔の委員長がつぶやいた。



「この炭焼き小屋は、警備の厳しい『中央横断街道』より南にある。ここから北に行って、剣道部の鶴木つるぎ心立こだちたちと合流するためには、『中央横断街道』のどこかを通過しないといけないんだ。舞のスキル『飛翔』は、あまり高度を上げられないだろ? だから絶対見つかっちゃうと思うんだよね」


 そうなのだ。舞のスキル『飛翔』では、弓兵の射程距離に入ってしまうのだ。


「でも、オリコサーンの街に聖女さんが現れたことで、カケル捜索隊の目はこちらに向くだろう。だから『中央横断道路』の警戒が緩くなるって訳さ」


「そういうことなら、俺のスキル『隠蔽(本当は姑息こそく)』で——」

「……カケル」

 蹴人はそう言ってカケルの言葉を途中でさえぎり、カケルに向けてウインクした。


 なんだ? 蹴人はカケルに気があるのか? ……なんて思うバカはいないよな。

 蹴人は心優しい嘘をついているようだ。


「おい蹴人。お前、ひょっとして俺に気があるのか?」

 ……バカ発見。


「早瀬君、ちょっと黙りなさい」

 委員長がそうつぶやくと、カケルの口が無理やり閉ざされた。

 どうやら委員長のスキル『説教』が発動したようだ。


「私、みなさんのお役に立てていたのですか?」

 驚いた顔でセイレーンがつぶやいた。


「もちろんです。それから、入場門で腕を門番に掴まれたときだって、僕は流石、聖女さんだと思いましたよ」


「え? 私、状況が飲み込めず、オロオロしていただけなのですが?」


「聖女さんが本気になれば、門番ぐらい簡単にやっつけることが出来るでしょ? もっと言えば、オリコサーンの街全体を破壊することだって可能なはずです」


「そうですよ。聖女様はマドロースの街で、超巨大モンスターを一撃で仕留めたじゃないですか」

 操も言葉を添えるが……


「あのときのことは、呑んだくれていたため、よく覚えていないのです……」


「ま、まあ、もし門番とトラブルを起こしてたら、僕の家に寄ることができないまま、オリコサーンの街から脱出しないといけなかったでしょ? そうなると、僕の家にあった荷物を持ち出すことが出来ませんでしたから。荷物を持ち出せたのは、聖女さんがよく状況を判断されて、短気を起こさないでいてくれたおかげですよ」


「そ、そうなんですね!? 私、知らない間に、みなさんのお役に立てていたんですね!」

 そんな訳ないだろ…… と言うのは、野暮ってもんだろうな。


「そうですよ! 聖女様は素敵な方なんですから!」

 育栄も応援の言葉を添える。


「わかりました! 私、これからも全力で皆様のお役に立てるよう努力致します! ええ、そりゃもう、努力致しますとも!」


 セイレーンの言葉を聞いたカケルは、無言で感動の涙を流した。

 どうでもいいけど、そろそろカケルにかけたスキル、解除してやれよ、委員長……


 まあとにかく、今日のところは、心優しい嘘つきどもに乾杯だな。



 ♢♢♢♢♢



 翌朝。


 チイキ・サイハケーン村近くの炭焼き小屋で一夜を過ごしたカケルたち一行は、当初の目的通り、北の国境付近にいる剣道部鶴木つるぎ心立こだちたち女子5人と合流すべく、透明ボードに乗り込み北の大地を目指して旅立った。


 委員長の計算では、到着まで3日から4日かかるらしい。


 さあ、いよいよカケルの旅も、終盤戦に入って来たようだ。

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