北の離宮急襲! 後編

「カケル様がプライベートスキル『隠蔽』を発動されていたとき、カケル様が手に持たれた槍が、周囲の者から見えなくなったのですよ!」

 セイレーンが興奮気味に言葉を放つ。

 それから、本当は『隠蔽』じゃなくて『姑息こそく』なんですけど…… まあいい、それで?


「ひょっとすると、カケル様が人間を抱えられると、槍と同じように人間の姿も消えるかも知れないではないですか!」


 なるほど。試してみる価値がありそうだ。

 聖女サマってポンコツに見えて、実は物事をしっかり捉えているのかも。


「もし私の説が正しいとすれば、その聖紋のせいで、私を含めた女性はみんな、カケル様のスキルの恩恵を受けることが出来なくなるのですよ?」


「だから、セイレーンはさっき怒ったのだね。安心したよ」

「俺も安心しましたよ…… ウッ、ウッ……」


「……お前、泣きながら言っても、説得力ないぞ」

 あきれ顔のブユーデン。



 その後、ブユーデンに協力してもらい、いろいろ試してみたところ……

「すごい! お師匠様の姿が消えていますよ、カケル様!」

 ブユーデンを抱えて走っているカケルに賞賛の言葉を送るセイレーン。


 更には——


「すごいです! 手を繋いで走っても、お二人のお姿が見えません!」

 セイレーンに『手を繋いで走ってくれ』と言われて、その通りにした二人。

 カケルは、セイレーンの目論見が当たって嬉しかったのだが……


『なんで俺、じいさんと手をつないでるんだろう。これじゃあ、キャンプファイヤーでフォークダンスを踊るとき、男子の人数が多いからという理由で、男同士踊らされている憐れな中学生みたいじゃないか。まったく、マイムマイムな人生だよ』

 と、心の中でよくわからないことをボヤきながら、人生の不条理を嘆くカケルであった。


 しかし、男同士のマイムマイム状態を耐え忍んだカケルに、思わぬご褒美があった。


「……仕方ない。『聖紋』を少し書き換えてやろう。女性と触れ合うのは『手をつなぐ』まで可能にしてやる。いいか、このスキルを使って、しっかりセイレーンを守るんだぞ! それから、汚ネエ汁をつけた手でセイレーンに触ってみろ、テメー、ブッ殺すからな!!!」

 ……やっぱり、ブユーデンさんは怖かった。

 きっと沢山のヤンチャな経歴をお持ちなのだろう……



 ♢♢♢♢♢



 さて、再び場面は北の離宮に戻る。


「俺と手をつないで走れば、周りの人間からは姿が見えなくなるんだよ!」

 カケルは委員長に向かって叫んだ。しかし——


「ちょ、ちょっと、それ本当なんでしょうね! もし嘘だったら、セクハラで訴えるからね!!!」

 級友の信頼をまったく得られていないカケルであった……


 委員長を連れたカケルは、離宮前でセイレーンと合流。

 急いで大森林まで駆け戻り、事前に準備していた隠れ家——といっても、単なる洞穴だが——へと向かった。


 右手で委員長、左手でセイレーンの手を握り、まさに両手に花状態のカケルは、鼻腔を膨らませながら、大森林に向け驚くべきスピードで疾走中。


 でもちょっと待て。流石に速すぎないか? ひょっとして、『疾風』の走力3倍効果も、手を繋いだ相手とシェア出来るのか?

 まあいい。よくわからないことは、とりあえず先送りだ。



 ♢♢♢♢♢♢



 洞穴へ辿り着いたカケルたち。


「ハア、ハア、ちょ、ちょっと…… 休憩しましょう……」

 カケルは張り切り過ぎたようだ……

 だって仕方ないじゃないか。女の子と手を繋ぐのなんて、幼稚園のお遊戯会以来なのだから。


「わかりました。でも——」

 心配顔のセイレーンが口を開く。

「——カケル様、ずぶ濡れではありませんか。いったい何があったのですか?」

 いや、それ、あなたのせいですよ、聖女サマ……


「えっと…… 早瀬君と、そちらの方は、私を助けてくれたってことでいいのかな? なら、先ずはお礼を言っておくわ、ありがとう。あの…… ねえ、早瀬君。あなた本当に大丈夫なの? 目が死んでるわよ? わたしの声、ちゃんと聞こえてる?」

 流石、文武両道の委員長。あまり息が乱れていない。

 委員長は薙刀なぎなた部で、日々精神と肉体を鍛えていたのだ。



「まあまあ、そうおっしゃらずに。昨日もカケル様は疲れると、こんな感じでしたから。でも、カケル様はここまで頑張ってこられたんですよ」

 笑顔でカケルをフォローするセイレーン。


『…………』

 疲れすぎて、心の中でも声を出せないカケル。

 何やってんだ? 今こそ感動するところだろ?

 ダメだ…… 白目をむいている。

 ちょっとヨダレも出てるし……


「こんな、飲んだくれたあげくいつまでも居酒屋に居座いすわってるオッサンみたいな顔した男を見ても平然としていられるあなたって、いったい何者なの?」

 驚きの表情でセイレーンを見つめる委員長。


「正直に言うと、初めてこの顔を見た時は、とても不快な気分になりましたが……」

 やっぱりそうだったのか……


「い、いえ、なんでもありません! 申し遅れました。私はセイレーンと申します——」

 自己紹介をしたセイレーンは、疲れ果てたカケルの代わりに、これまでの経緯を委員長に説明してくれた。

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