聖女のお師匠様 後編

 一瞬訪れた静寂は、カケルの泣き声によってかき消された。


「うおおおーーーん!!! お願いします、ちょっと魔が差しただけなんです! もう絶対しません。どうか、どうかこのことはセイレーンさんにはご内密に!!!」


「お前、聖女セイレーンにもイヤラシイことをしようと企んでいるのでは……」


「絶対にしません! 誓ってしませんとも! 俺の心は現在只今、セイレーンさんに絶賛鷲掴まれ中なんですが、俺は肉体的な関係ではなく、むしろ心と心を通わす以心伝心的な清い交際を望んでおります!」


「言っている意味がよくわからんのだが……」


「お願いです! 結婚するまでエッチなことは絶対しませんから!」


「結婚前提で話をするな! 誰がお前などに可愛い弟子をやるものか! お前さっき、セイレーンが風呂に入ると言ったらイヤラシイ顔をしただろう! 私はちゃんと見ていたんだからな!」


「ととと、とんでもない! 誤解ですよ!」



 カケルがそう言ったとち、またステータス画面が光った!


 よく見ると、また『罰』の項目に変化があった。

 その変化とは——




偽証ぎしょう × 2 』




「……………………すみませんでした。ひょっとして、セイレーンさんの裸が見られるんじゃないかと期待しました。…………それから、その可能性の向上を図り、風呂場付近をウロウロしてやろうと思ってました。…………でも、清らかな交際がしたいというのは本当です。ですが、それは俺の心が清いからじゃなくて、単に俺がヘタレだからです。イヤラシイことをして嫌われるぐらいなら、清らかなまま好かれたいんです……」


「……お前、恋愛経験ないだろう?」


「うおおおーーーん!!! その通りですよ! とにかく俺は、セイレーンさんと清らかな交際がしたいんです! 本当です! お願いしますぅぅぅーーー!!!」


「なんだかお前の話を聞いていると、こっちまで切なくなってきたぞ…… ハァ、仕方ない。お前には、仲間の勇者たちを助けるという大切な役割がある。そのためには、聖女セイレーンの助けが必要だろう。お前、これから旅の道中で、セイレーンに一切不心得なことをしないと約束できるのか?」

「はい、喜んで!!! 誠心誠意、真心こめてお約束させていただきます!」


「のぞきも犯罪だからな?」

「ははぁーーー!!! おっしゃる通りでございます!」


「わかった。では上着を脱げ」

「え? あの…… ボク、そっちの方の趣味はないっていうか……」


「バカモノ! 勘違いするな! これから私がお前の胸に『聖紋』を刻んでやるのだ! さっき、私が『聖術士』であると言っただろうが! 『聖術士』は『聖紋』を刻むことが出来るのだ!」

「え? あの、『聖紋』ってなんですか?」


「なんだ…… 聖紋がどんなものか知りたいのか。それを知った後、やっぱり止めるとか言うつもりか?」

「い、いえ! 俺のセイレーンさんへの愛は永遠に不滅です! 聖紋がどんなもんだって構わないや! よし、ドンと来やがれってんだ!」


 そう言って上着を脱ぎ捨てたカケル。


「その心意気や良し。では始めるぞ」


 そう言うと、ブユーデンはなにやら不思議な呪文を唱え出し、手のひらの上に光の玉を出現させた。


 そしてその玉を、カケルの胸目掛けて投げつけた。


「ギエエエーーー!!! イテエェェェーーー!!!」

 カケルの全身に激痛がはしる。


「大げさなヤツめ。もう痛みは治まっただろう。自分の胸を見てみろ」


 鏡で見ているわけではないので、はっきりと聖紋の全体像を捉えることは出来ない。だが、胸にはカケルがよく見ていた異世界もののアニメやマンガで描かれていた、不思議な模様が刻まれているようだ。


『なんだこれ! ヤバい! これは………… これは、とてもカッコいいぞ!』

 なんだ、結構気にいったのか……


「今後、お前がイヤラシイことをしようとすると、その聖紋が光り出し、先ほどと同じ痛みをお前に与えることになる」


「イヤラシイことと言いますと…… 例えば両性が合意の上で、その、なんとなくそうなった場合などは、どうなるのかと……」


「……お前、セイレーンと清らかな交際がしたいのではなかったのか? それとも、他の女性とそのような行為をするつもりなのか?」


「めめめ、滅相もありません。俺は心清らかな愛の使徒です! この聖紋があろうとなかろうと、セイレーンさんへの清廉な愛情は変わりません!」


「よろしい」


 そのとき、こちらに向かって、慌てた様子で駆けてくる足音が聞こえた。


 ——バタン!


 勢いよくドアが開いた。

 ドアの向こうから飛び込んで来たのは——


「カケル様、何かあったのですか! こちらから悲鳴のような声が聞こえてきたのですが!」


 息を切らしたセイレーンがカケルに問いかける。


 よほど急いで風呂から出てきたのであろう。


 セイレーンの体には、バスタオルのような大きな布が一枚巻きつけられているだけだった。


「ギエエエーーー!!! イテエェェェーーー!!!」


 カケルの胸の聖紋が光ったようだ。

 床の上をのたうちまわるカケル……


「ちょ、ちょっと、お師匠様! これは俺のせいじゃないでしょう!?」

 確かに、これは不慮の事故だと言えるのかも知れない。しかし……



「……お前、今、セイレーンのことガン見しただろ?」

 ブユーデンがつぶやいた。

 なんだ…… なら仕方ないな。

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