聖女のお師匠様 中編

『じゃあ、教会とか王宮に行かない限り、『遅刻の常習犯』って書かれた『賞罰』の欄を、人に見られることはないんだな。なんだよ、ちょっと心配して損したよ』

 カケルがそんなことを考えていた、ちょうどそのとき——


「カケル殿、よろしければこの後、『祭壇の間』に行って、ご自分のスキルを確認されますか?」

 微笑みを浮かべたブユーデンが口を開いた。


『しまった…… ここ、教会だった……』

 セイレーンのことばかり考えているから、こういうことになるのだ。


「じゃあ、私は先にお風呂をいただいてますので、その間にカケル様は『祭壇の間に』に行かれてはどうですか?」


「それがいいでしょう。ではカケル殿、こちらへ」

 セイレーンとブユーデンの言葉を聞いたカケルが困惑の表情を浮かべた。


 また『遅刻の常習犯』という文言を見られては、誤解されるかも知れないと思い…… って、あれ? 違うのか?


『チクショウ! せっかくセイレーンさんがお風呂に入るのに、『祭壇の間』に行ったら、偶然を装ったラッキースケベ的な展開にならないじゃないか』

 ……それ、ラッキーでもなんでもないから。単なる確信犯だから。



 渋々、ブユーデンに従って『祭壇の間』に向かうカケル。


 歩きながら、また親切なブユーデンがいろいろ説明してくれた。


 神官はステータスオープンと唱えようが唱えまいが、神殿に入ると勝手に他人のスキルが見えてしまうらしい。


 それはヤバい!

 そう思ったカケルは、『遅刻の常習犯』の意味をちゃんと説明した。

 ついでに、国王に誤解を受け、殺されそうになったことも。


「まあ…… 決められた時間を守れないということは感心しませんが…… 確かに、処刑されるほどの理由でもありませんね」


 ブユーデンの言葉を聞いたカケルは、この人が優しい人で本当に良かったと胸を撫で下ろした。


 調子に乗ったカケルが、

「『賞罰』なんてステータス画面に必要なんですかね。せめて、画面の最後の方に表示すればいいのに」

 と、言ったところ、ブユーデンはやれやれ、といった顔つきで、


「犯罪者かどうか確かめることは重要なのです。犯罪者が一目でわかるから、この世界では犯罪を行う者が少ないのですよ」

 と、説明してくれた。



 祭壇の間に到着した二人。


 カケルは、

「ステータスオープン! 」

 と唱えた。



 画面の上にはスキル『疾風』の説明が表示されている。


 その次を見ると……

 あれ? 賞罰の記載項目が増えている?


『罰 : 遅刻の常習犯』

 これは同じだ。しかし、その次を見ると……



『財布泥棒』


 確かに…… 王女の部屋から財布を盗んだからな。



 更に、その次には……


『パンティ泥棒』


 あ…………



「キ、キサマ! 今すぐここから立ち去れ!!!」

 先ほどまでの優しい雰囲気から一変したブユーデンが、憤怒の表情で叫んだ!


「ち、違うんです! 話を聞いてください!」

 慌てて弁解を始めるカケル。そして——


「さ、財布は殺されそうになった慰謝料としてちょっと拝借しただけです! だって…… 俺のクラスメイトたちは、この世界に来てしばらくの間、帝国に面倒見てもらってたのに、俺はその日のうちに王宮を出たんだ。そんなの不公平でしょ!」

 必死に弁明するカケル。そう、ブユーデンさんの怒った顔、とても怖いんです。

 カケルの弁明は更に続く。


「第一、王女たちはコッチの事情も聞かずに、勝手に俺を召喚したんだ。当面の生活費ぐらいもらっても良いじゃないか!」

 そうだ。カケルは被害者なのだ。異世界へ行けると大喜びしたことは、ここでは秘密なのだ。



「では百歩譲って、仮に財布の件は事情があると認めるとして、その…… パパパ、パンティ泥棒の件はどう説明するつもりだ!?」


「友だち探索の手がかりになるものを探してたんです!そしたらこの地図を見つけて! それで他にもあるかと思って、その辺を物色…… いや、捜索してたんです! そしたら偶然、そう、偶然パンティをつかんでしまったとき、王女と宰相のじいさんが部屋に入って来たんで、慌ててポケットに入れたんです!」

 カケルは弁明、いや、言い訳をした。


 するとそのとき!

 カケルのステータス画面が光った。


 よく見ると、『罰』の項目が、更にひとつ増えている。

 その増えた項目とは——




偽証ぎしょう




「……………………すみませんでした。つい出来心でやってしまいました。今、心の底から後悔しています……」

「初めから素直に罪を認めればいいものを……」


「おっしゃる通りでございます…… 私め、今、とても反省しております」

「まあ、逆ギレして、私に襲いかからなかったことは褒めてやろう」


「ははぁーーー。お師匠様のご温情に感謝します」

「お前の師匠になった覚えはないが…… ふん、まったく調子のいいヤツだ」


 カケルは財布とパンティをブユーデンに差し出した。


「なんのつもりだ?」

「……教会に寄付いたします」


「金は貧しい村の人に配ってもいいが…… その、パパパ、パンティをどうしろと?」

「……お任せします」


「いや、任されても困るのだが……」


 しばらくの間、『祭壇の間』に静寂が訪れた……

 ブユーデンがとても困っているじゃないか。

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