聖女のお師匠様 前編

 ここは水の聖女セイレーンが、帝国兵に襲撃された場所のすぐ近くにある丘の上。

 カケルとセイレーンは、これから委員長を助けるため北に向かおうとしている。


 委員長がいると思われる北の離宮は、名前の通り王宮の北側にある。

 王宮の北西には大森林が広がっているため、王宮から北の離宮に至る道筋は、東に迂回してから北上するルートしかない。


 いったん王宮のある東に引き返してから北へ向かおうかと、カケルが考えていると、


「この辺りの地理には詳しいんです、任せて下さい!」

 と、自信たっぷりりに、セイレーンが言葉を放った。

 大森林を抜けるルートがあるらしい。


「そっちの方が近道ですから!」

 任せてくれとばかりに、セイレーンが話を続ける。


 途中には小さな村があり、その村に住む教会の神官とは知り合いなので、自分たちに協力してくれると思うと、セイレーンは述べた。

 日没前には村に着けるらしい。

 そこであれば、今晩泊めてもらえると思うとのこと。


 どうやら日没まであまり時間がないようだ。

 なら、少しでも急いだ方がいいだろう。


 二人は大森林に足を踏み入れた。


 しかし、どこまで進めども、森を出る気配がない……

 本当に大丈夫なのか、聖女サマ?



 ちなみに、スキル『疾風』を持っているカケルは速度3倍で走ることが出来るため、出発する前、試しに聖女を背負って走ってみたのだが——


 あっという間にバテてしまった。


『疾風』スキルは走るスピードが速くなるだけで、筋力がアップするわけではないのだ。


 聖女を背負って走るのを断念したカケルは、悔しさのあまり涙を流した。


 それほど友人を早く助けたいと願っていたのか?


『チクショウ…… セイレーンさんの胸の膨らみを、背中で感じることが出来ないとは……』

 …………このエロガキにわざわいあれ!!!


 さて、話を戻そう。



 そろそろ日が暮れそうだ。


 未だ森の小道を彷徨う二人。

 このままでは、森の中で野営することになりそうだ。


『二人きりで一夜を過ごすのか』

 心の中でよこしまな願望を抱き、ソワソワして落ち着きがない様子のカケル。


 しかし、残念ながらギリギリ日没前に、二人は村に到着した。

 セイレーンは安堵の表情を浮かべ、カケルは落胆の表情を浮かべた。



 村の小さな教会へと向かう二人。


 そこには年の頃60歳ぐらいの、白髪のおじいちゃん神官が住んでいた。


「このお方は、以前、教王国で教王様の側近としてご活躍されていた、ブユーデン様です」

 そう言って、セイレーンがカケルに紹介したこの神官、とてもヤンチャな逸話を持っているような気がするのだが…… まあ、気のせいだろう。


「このお方は、なんと、私のお師匠様なんですよ!」

 嬉しそうにブユーデンを紹介するセイレーン。

 セイレーンがまだ幼かった頃、教王国でブユーデンに教えを請うていたそうだ。


「いえいえ。今は片田舎の小さな教会で暮らす、単なる年寄り神官ですよ」

 ブユーデンは物腰が穏やかな、いかにも紳士といったたたずまいの人であった。


 教会の中に案内されたカケルとセイレーンは、ここに至るまでの経緯を説明した。


 難しそうな顔をしてブユーデンが口を開く。

「それならば…… ひょっとすると、お二人を捕らえようとしている帝国の追っ手が、この辺りにまで迫っているかも知れませんね」

 二人とも帝国から追われる身だ。


「ああ、でもご心配には及びません。明日の朝、お二人が出発されるまで、ご両人の身の安全は、私が保証しますよ」

 ブユーデンは笑顔でそう述べた。


「流石はお師匠様です! カケル様、聞いて下さい! 私のお師匠様は、とっても強いんですよ! なんたって、元宮廷最高『聖術士』なんですから!」


『聖術』って魔法みたいなものなのか?

 ワクワクした様子で、カケルは『聖術』について質問した。


 王宮にいた宰相のじいさんは、この世界に魔法は存在しないと言っていた。

 しかし、セイレーンやブユーデンの話によれば、相手を直接する魔法は確かに存在しないものの、負傷した者の傷を癒したり、他者の行動を制御するような、魔法に近い『聖術』というものが存在するとのこと。


「なるほど、ヒールとデバフですね」

 わかったような言葉をつぶやき、一人で満足げな表情を浮かべるカケル。

 本当にわかってるのか?

 これだから異世界ものラノベマニアは……



 お師匠様ことブユーデンが、簡単な食事を用意してくれたので、二人はありがたくいただくことにした。


 食事をしながら、ブユーデンが、

「カケル殿は素晴らしいスキルをお持ちなのですね。では、武器はどのようなものに適正がおありなのですか?」

 と、尋ねてきたのだが……


「実は、王宮ではあんまり余裕がなくて、自分のステータスをまだちゃんと把握出来ていないんです。なんか『武器』とか『能力』とかいう項目があったのはわかったんですが…… 確か、『ステータスオープン』って唱えたら、自分のステータスが確認できるんですよね? なら、今、確認してみようかな」

 そう言ったカケルであったが……


「なるほど。カケル殿は、今日、この世界に転移したばかりでしたね。実は——」

 ブユーデンの話によると、ステータス画面を表示するためには、『祭壇』と『神官』が必要であるとのこと。


 王宮の謁見の間には祭壇があり、王の家臣の中に神官がいたらしい。

 だからステータスを確認出来たのだ。


「じゃあ、また王宮に行かないと、自分のステータスを確認出来ないんですか?」

 げんなりした表情のカケル。


「いいえ。本来ステータスの確認は教会の祭壇で行うものなのですよ。むしろ王宮のように、教会ではない場所に祭壇を作る方が珍しいのです」

 微笑みを浮かべたブユーデンが、丁寧に教えてくれた。

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