水の聖女セイレーン

 なんとか必死の弁明により聖女の誤解を解いたカケルは、彼女と共に元いた丘の上へと移動した。


「そういうわけで、ちょっと休憩したいんですけど……」

 ここまで走りづめのカケルが、フラフラになりながら声を上げたところ——


「わかりました! 私が見張っていますので、どうぞ勇者様はお休み下さい!」


 聖女の言葉を聞くや否や、カケルは枯葉が敷き詰められた地面の上で横になり、はやくも寝息を立て始めた。


 しかし、聖女と呼ばれていたこの少女。こんなにアッサリとカケルのことを信じてもいいのだろうか?

 聖女と呼ばれるだけあって、その心根はきっと清らかなのだろう。



 ♢♢♢♢♢



「……あれ、ここは…………」

「お目覚めになられましたか、勇者様」


「あ、あなたは…… そうか、俺は寝てたのか」

「はい。2時間ほどお休みでした」


「ひょっとしてその間、あなたが俺を守っていてくれたんですか?」

「そんな大袈裟な…… 私はただ、この辺りをブラブラしていただけですよ」

 そう言って、聖女と呼ばれる美少女は、はにかんだ。


『こ、これはひょっとして…… この子、俺のことが好きなのか?』

 カケルは心の中でつぶやいた。

 これだから、女にモテたことのない男は……


 カケルは少女の顔をマジマジと眺めた。

 とてもカワイイし、しかも清楚なのだ。

 髪は肩の少し上あたりで切り揃えられ、サラサラヘアーの黒髪が、カケルの心を鷲掴みにした。

 ただ、王女の顔を見たときも、カケルの心は鷲掴みにされたのだが……


 聖女の服装は、日本の教会で見かけるシスターが着用している服に似ていた。

 ただし、服の色は黒ではなく純白。

 純白の衣装が、聖女の清楚さを更に際立たせていた。


「あの…… どうかされましたか、勇者様?」

「あっ、いえ、ちょっとボーっとしちゃって。なんか寝起きで、まだ頭がスッキリしてないのかな、なんて…… アハハ……」


「では…… もう少しお休みになりますか?」

「い、いえ、大丈夫です!」

 慌てて言葉を放つカケル。


「それよりも…… あの、俺って勇者なんですか?」

「先ほどのお話をうかがった限り、あなた様は間違いなく勇者様だと思ったのですが……」


「ああ、俺が日本という国から来たって、さっき話しましたよね。そうだ! 俺の友だちも、こっちの世界に来てると思うんですけど、ソイツらのこと、何か知りませんか?」


「はい! よく存じ上げております!!!」

 聖女は力強く答えた。



 それからしばらく、カケルと聖女はお互いのことを語り合った。


 聖女の名前はセイレーンと言うそうで、彼女は教会に仕える神官だそうだ。

 水を操るスキルを持っているらしく、そのスキルが強大な力を有するため、『水の聖女』などというたいそうな二つ名で呼ばれているとのこと。


「ですから、決して私の心が清らかだとか、そういうことではないんです……」

 少し寂しそうに笑うセイレーン。


「いや、そんなことないですよ! セイレーンさんは、得体も知れない俺のことを信じてくれたじゃないですか! セイレーンさんの心の清らかさは、もうすでに爆発してますよ!」


「まあ! 言っておられる意味はよくわかりませんが、なんだかとっても嬉しいです!」

 そう言って頬を染めるセイレーン。


 あれ? ちょっとおかしいぞ?

 まさか、本当にカケルに好意を持ったとか……


『ひ、ひょっとして、この子、俺のことが好きなのか?』

 いや、まさか……



 セイレーンは教会の元締めたる教王国から、帝国——カンチョーをくらった王や、腹黒王女がいるこの国——に神官として派遣されていたとのこと。


 帝国内で不穏な動きを掴んだセイレーンは、このことを報告するため極秘に帝国内を抜け出そうとしたらしい。


 でも…… 極秘って言いながら、結構豪華な馬車を使っていたように思うのだが……

 ひょっとして、この聖女サマ、ちょっとポンコツなんだろうか?

 まあいい、話を進めよう。


「俺は、友だちを探してるんですよ」

 今度はカケルが話をする番のようだ。

 カケルは友だちを探し出し、しばらくはソイツのところでご厄介になろうと、ムシのいいことを考えていたのだが……


「まあ! あなた様は、お友だちの勇者様たちを、助けようとなさっているのですか!」


「え?」


「私は見たのです! 帝国から西の大国ニッシーノと戦争をするため、戦場に向かう勇者様たちのお姿を。そして、おかしいと思ったのです。勇者様たちの目つきが…… なんだか尋常ではなかったのです。おそらく精神干渉系のスキルを受けていると思います!」


「…………え?」

 精神干渉系のスキル?

 それは洗脳のようなものなのか?

 ならば、そのスキルによる攻撃を受けると、カケルも洗脳されるのか?


『ヤバイ…… これは関わってはいけない案件だ』

 カケルは心の中でビビった。


「そのような危険があることを承知の上で、お仲間たちを助けようとなさるとは。ああ、あなたはなんて立派な方なのでしょう!!!」

 いや、単に知らなかっただけなんですけど……


「え!? あっ、えっと………… ええ! もちろんですとも! この早瀬ハヤセカケル、友だち思いの好青年だと、近所でも評判の男ですから!!!」

 嘘をつくな。近所の人たちに謝れと言いたい。


「えっと…… でも、ほら、まずは鋭気を養うと言いますか、そんなに急がなくても……」

 シドロモドロになりながら、カケルが口を開くが……


「ええ! カケル様のおっしゃる通りです! 急がないと勇者様たちが戦争の道具にされてしまいます!」

 この聖女サマ、どうやら人の話をあまり聞いていないようだ。


『うわっ、セイレーンさんったら、俺のこと、カケル様なんて呼んでくれちゃって。ひょっとして、この子、俺の——』

 何回もしつこいので、以下、省略。

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