聖女救出
ここは街道沿いにある小高い丘の上。
辺りは木々で覆われているため、身を隠すにはちょうどいい場所である。
カケルが無事、王宮から逃げ出してから1時間ほど経った。
カケルの持つ『疾風』スキルの威力はすさまじく、あっという間に王宮が見えなくなるほど遠くまで逃げることが出来た。
カケルは王女の部屋からフンダクってきた地図を、ズボンのポケットから取り出した。
地図には、クラスメイトたちがどこにいるのか、書き込みがなされている。
「ここから一番近くにいるクラスメイトの所へ行こう。そしたら、たぶん助けてもらえるだろう。フッ、俺は甘え上手な男なのだ」
カケルはそんな甘いことを考えていた。
ここまで小休止しかとらずに走り続けたカケル。
流石に疲れてきたようだ。
「王宮からだいぶ遠ざかったから、この辺でしばらく休憩してもいいよな」
そうつぶやくと、体をゴロンと投げ出して休めるスペースを探して、辺りをウロウロしていた。
人の声がしたので、木々の合間から街道を眺めて見たところ——
街道で馬車が何者かに襲われている!
襲っている連中の身なりは良いように見える。
おそらく盗賊の
どこかの国の兵士だろうか。
「ラノベだったら、こういうときは美少女が襲われてるのが定番なんだよな。でも、そんなに上手い話があるはずないか……」
一人で虚しくつぶやいたカケル。
腹黒王女の一件があり、カケルの心はやや諦めムードになっていた。
「ここは日本じゃないんだ。やっぱり自分の身の安全が第一だよな。さっきだって殺されそうになったんだから」
カケルは傍観することにした。
馬車を護衛していた者たちはサッサと逃げ出してしまい、馬車は兵士っぽい6人の襲撃者に取り囲まれていた。
リーダーらしき男が、無理やり馬車に乗っていた人物を外に連れ出すと——
「あああっっっ!」
カケルは叫んだ。
そう、馬車に乗っていた人物は女性だった。
しかも、とびきりの美少女だった。
「うおおおーーー!!! 今、助けに行きますよおおおーーー!!!」
…………カケルは駆け出した。
自分の身の安全が第一ではなかったのか?
カケルはこれまでの人生で、カノジョができたことは一度もない。
ひょっとして、美少女とお近づきになれるチャンスだと思ったのだろうか。
これだから、恋愛経験のない男は……
♢♢♢♢♢
「離して下さい! 私は教王様のもとに戻らねばならないのです!」
丘から駆け下りたカケルの目の前では、美少女と兵士っぽい連中の間で、一悶着起きていた。
「困りますよ聖女様。我々は国王からあなたを連れ戻すよう、命令を受けているのです。さあ、怪我をする前に我々と一緒に王宮に戻りましょう」
やはり襲撃者はこの国の兵士だったようだ。
「お断りします! 早くこの手を離して下さい!」
聖女と呼ばれた美少女は、まったく兵士の言葉に耳を貸すつもりはないようだ。
「……仕方ない。我々も手荒な真似はしたくなかったのですが」
聖女の腕をつかんでいたリーダー格の兵士が、強引に彼女を抱きかかえようとしたところ——
「卑怯者! その子から離れろ、この変態め!!!」
「ごぶっ!」
カケルの怒りの拳が、兵士の腹にぶち込まれた。
もちろん、カケルは走ったままの状態で、ちゃっかり姿は消している。
どっちが卑怯者なんだか。
「誰だ! 誰かいるのか!?」
腹を殴られた兵士が叫び声を上げる。
「だから…… ハァ…… 離れろって…… ハァハァ…… 言ってんだ……」
小高い丘から一気に駆け下りて来たため、息が切れていた。
ちょっとカッコ悪い。
「なんだ? 興奮してるのか? 気持ちの悪いヤツめ。キサマの方が変態だろうが!」
「え、冤罪だ! それでも俺はやっていない!」
何を言っていることやら……
「ああ、もう、なんでもいいや!」
カケルはそうつぶやくと、近くにいた兵士から槍を奪った。もちろん走ったままで。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
カケルの息があがってきた。
これは早く勝負を決めないと体力が尽きてしまいそうだ。
カケルは先ほどと同じように、カンチョー…… もとい、槍の
「ギェェェーーー!!!」
お尻を攻撃されたリーダー格の男が、もんどりうって倒れ込んだ。
「あっ、しまった……」
カケルが驚きの声を上げた。
疲労困憊のカケルは、判断力も低下していたのだろうか?
「わ、わざとじゃないんだからな! ハァ、ハァ…… そ、それから、そんなに思い切り突いてネエし! ハァ、ハァ、ハァ…… そんなの、ボラ○ノール塗っときゃ、そのうち治るよ!」
この世界に、痔に優しい薬なんてあるのか?
リーダー格の男をやられた兵士たちがザワつく。
「なんと、尻を狙ってくるとは……」
「しかも、尻を狙った上、ハァハァと
「コ、コイツもしかして……」
兵士たちが顔を見合わせる。そして、その直後——
「「「「「「 た、助けてくれーーー!!!
兵士たちは、自分のお尻を両手で押さえながら一目散に逃げ出した。
「おい! 誤解するんじゃネエよ! ハァハァ…… 俺にそっちの趣味はないからなあああーーー!!!」
哀れ、カケルの叫び声が、街道付近にこだました。
走るのを止めたカケルが、ゆっくりと聖女に近づいたところ——
「わ、私は女ですよ!? その…… あなたの好みではないと思いますので…… お願いです! 変なことしないで下さい!!!」
「…………日本に帰りたい」
ラノベ好きの心が折れた瞬間だった。
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