はじめましてフィルさん

修練場で魔法をシエルさんに習っている最中、女子生徒が入ってきた。俺を助けてくれた女の子だった。シエルさんに挨拶しつつ、俺の話題を振ってきた。


「シエル先生、やっぱりこの人が信託の騎士の二人目だったんですか?」


「そうよ。彼ったら凄いのよ。簡単なやつだけどもう魔法をマスターしちゃったし、それに私にも出来ない不思議なことできるし。」


そう言って俺にシエルさんは視線を向ける。悪い気はしなかったが凄く恥ずかしかった。いや、そんなことはと照れていると、


「やっぱりそうだったんだね。うんうん。だって、空から落ちてくるなんて信託の騎士様以外ありえないもんね。もしかして助けたのって邪魔だった?」


壁にもたれかかって座っていた俺をのぞき込むように小首をかしげながら聞いてくる彼女。可愛い。それと胸の谷間が…やばい、多分顔は真っ赤になっているだろう。思わず俺は顔を彼女から背けた。そんな俺の考えなど知る由もない彼女は、


「あっごめんごめん。私、フィルって言うの。よろしくね。さっきはテンパってたのと、講義に遅れそうだったから。自己紹介が遅れてごめんね。」


こいつ誰だ?と思っていると勘違いしたらしい。俺は少しびっくりしただけと答えてどうしてここに?と聞いた。昼からここは無人だと聞いていたのだった。


「あっ、それはね。私なのよ。彼女を呼んだの。本当はもう一人のアヴェルを呼びたかっただけど、彼女今ちょっと遠征に行ってて。夕方には帰ってくると思うんだけど。それでフィルから先に呼んだの。多分、同じチームになると思うから。」


なるほど。顔合わせってやつか。ってことはこの子もだいぶ潜在値が高いんだろうな。聞けばWMTへの参加資格の条件の中に覚醒という項目があるらしい。覚醒がなんなのかは今度教えるわねと言われたが、その覚醒をこの早い時期でできたのは彼女だけらしい。アヴェルっていう子もまだらしく、フィルはかなり有能なようだった。


「それでものは試しなんだけど、バブルをやってみない?」


シエルさんは俺たちに向かって言った。


そもそもの話、俺の場合、そのバブルとはなんぞというところからのスタートだったわけで。シエルさんはまず俺の目の前に赤い色をしたこぶし大のシャボン玉みたいなものを出現させた。俺は思わず触ってみる。ふにふにと柔らかい感触。しかし、そのシャボン玉は俺が押しても全く動くことはなかった。まるで柱に向かって動けって押してるような感覚?例えが下手ですまんがそんな感じだった。でも感触は柔らかいんだよな。不思議。そんな様子をにこやかな表情で見ていたシエルさんは説明を始めた。


「その魔力で作られたボールのことをバブルって言うんだけど、今度は指に火の属性を纏わせてやってみて。」


俺は言われた通り、指に火を纏わせてそのバブルに触れた。すると今度はそれが指に吸い付いてきた。なんだこれ?俺の人差し指にくっついたバブル今度は動くし、俺の指から離れてくれなくなった。お?お?なんだ?接着剤で付けた感じだな。取れる気がしない。シエルさんは説明を続ける。


「今度は火とは別の属性にしてみて。なんでもいいわよ。」


とりあえず俺は水の属性に変えてみた。するとさっきまで取れそうになかったバブルがひゅんと離れたそして更に指を近づけると磁石みたいに離れていく。お?そういうことか。俺は火の属性と水の属性を交互に変えてみる。先ほどまで全然動かなかったバブルは本当にシャボン玉のように動いている。面白い。


「凄い!そんなに簡単に属性転換できるなんて!」


フィルは羨望の眼差しで俺に言ってきた。ふふふ。なんてこった。贈り物万歳って感じだな。


で、競技のバブルなんだが、それは一種の徒競走?違うな、障害物競走といった感じのものだった。道場の端から端までだいたい30mくらいだろうかその距離を様々な色のバブルを避けて進んで早い者が勝ちになる訳なんだが、道場を埋め尽くすバブルは見ていてとても幻想的だった。


「じゃあ、まずお手本としてフィル見せてあげて。」


「はーい。」


俺はシエルさんの隣に立って、フィルのデモンストレーションを見ることになった。よーいドンというシエルさんの掛け声とともにフィルは走り出した。フィルはこぶし大のバブルを軽やかに避けて進む。時々空中に漂うバブルを蹴ったりして、まるで飛んでいるようにも見える。思わず、俺はスゲーと感嘆の声を漏らす。横にいたシエルさんが解説してくれる。


「あなたも凄いんだけど、フィルもなかなかでしょ。属性には相性ってものがあってね。火と水だと反発する力が強いからフィルみたいに乗ったりするのは無理だけど、火と風は相性が良くてそこまで反発しないから触れることが出来るの。それで属性が違うからくっつくわけでもないし。」


なるほど。そういう訳か。だいたいわかった気がする。走り終えたフィルは俺に向かってどう?と言わんばかりの素敵な笑顔を見せていた。


数十分後、俺は汗だくになっていた。何回やってもフィルに勝てない。


「まだ早かったかしらね。さすがに初めて魔法を覚えたばっかりだし。」


シエルさんは慰めてくれるが、うーん。悔しい。フィルみたいに相性の良い属性を足場にすることはなんとなく出来るようになったのだが、どうしてもその先に進めない。出来そうなんだがなー。そういえば。俺はふと思いつきあることを試した。習った属性以外に感じる他の属性。それを身体に纏わせるイメージ。シエルさんの掛け声とともに走り出す。この属性はなんなんだろう?先ほどまで壁になったり、くっついたりして困っていたバブルたちの動きが変わった気がした。足場にしたいバブルはそのままに。障害となるバブルは俺から離れていく。気付けばフィルよりも先にゴールしていた。振り返り、フィルとシエルさんを見る。二人はあっけにとられた表情をしている。そして、今まで道場を覆っていたバブルが弾けた。おぉ。びっくりする俺。その音を合図にフィルがこちらに向かって走ってきた。


「あなたは神託の騎士ってだけじゃなくて調律者でもあるのね。」


俺の腕を掴んでぶんぶんと振り回しながら言う。シエルさんも驚きの表情を見せている。別に特別なことをしたつもりはないんだがなー。


バブルの結果自体はフィルの圧勝だったが、最後にちょっとだけフィルとシエルさんの度肝を抜いてやったので気分はよかった。疲れたけど。



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