第9話 俺と前提
「うぅ。ほっぺが、僕のほっぺが」
「知らん。今度こそ知らん。お前の自業自得だ。ほら、カレン達の所まで戻るぞ」
結局俺達の追いかけっこは俺がグレーテを捕まえて顔を横に拡張するまで続いた。
さっきよりも力を込めて引っ張ったからかずっと両頬を触って垂れてきてないか確かめているグレーテに声をかける。
「ちぇっ、流石に二回目は無理っすか」
痛がる振りを止め、立ち上がりながらそう宣うグレーテ。まるでさっきまでの痛みなど無いかのように振る舞う彼女に俺の驚きは特になかった。
「そんなこったろうと思ったよ。お前の痛がる振りはさっき見たからな」
さっきも全力で引っ張ったがその直ぐ後に何でもないかの様に逃走を始めたからな。さっきよりは力を込めたとはいえお前に効き目は薄いと思ったよ。
「いやいや、もちろん痛いっすよ?ただ痛いっていう感覚が僕には新鮮で不快感より面白さが勝つだけっすが」
突然の彼女のカミングアウトに思考が止まり、無意識に後ずさって彼女から距離を置く。
「おまえ、じぶんがなにいってるかわかってるのか?」
「?お兄さんなんで僕から距離を置くんすか…って今のは決して僕が痛いのが好きって訳じゃないっすからね!?」
自分の言葉を俺がどう受け取ったか理解できたらしいグレーテからの叫びに近い弁明が飛んで来るが、頭が真っ白になっているせいで彼女の悲痛な叫びは俺の脳を刺激すること無く右から左へ流れていく。
そんな絶賛思考止まり中の俺の脳はというと、彼女の言葉を永遠と再生して唯ひたすらに彼女に引いていた。痛いのが嫌なんじゃなくて面白い感覚って…えぇ?
「もー!お兄さん!帰ってきてくださいってば!僕の話を聞いてくださいってー!」
「っは!すまんすまん。そうだよな、そういうのは人それぞれだよな、うん。分かってるよ」
「何も分かってないっすよね!!」
で、何とか正気に戻された俺はグレーテの
彼女曰くそもそも神子とは厳重に、そして過保護に守られている。その為なかなか一人で歩くことは難しい。そんな状態では一人で行動するのはもちろんのこと危険な物は全て触ることすらできなかった。神子が自由にできているこの状態が異常らしい。
「いいっすか!?今まで僕達は痛みなんて程遠いものだっんすよ!だから、僕が初めて感じた痛いという感情に興味を持っても仕方ないと、聞いてますお兄さん!?」
「分かった分かった。お前が痛い事が好きじゃないってのがよーく分かったよ」
「にしてはちょっと返事が投げやりすぎないっすか?」
んなことねぇよ。ただ説明文全部叫ぶせいで耳が痛くて聞いてなかっただけだ。
「お前が痛いことが好きって訳じゃ無いのはよーく分かったからそろそろカレン達の所に帰るぞ。カレンが起きたかもしれないし」
「やっぱり投げやりな気がするっすけど今はいいっす。カレンちゃんの事はマレーンに任せてきたっすから起きたとしても大丈夫っすよ。僕とお兄さんは出発に向けての準備担当っす」
そう言って来た道とは違うあらぬ方向に歩き始めるグレーテ。っておい
「準備ってなんの準備だよ」
「え?次の神子の所に行くための旅の準備っすよ?」
「ん?」
「え?」
まさかとは思うが。
「旅ってお前らも付いてくるのか?」
「え?当たり前じゃないっすか、僕これでも案内役っすよ?案内役が付いていかなくてどう案内するんっすか?」
「マレーンも?」
「?ええ、マレーンもっす。案内役は僕一人だけですけど脱落した神子は全員お兄さんに付いていくことになってるっすよ」
いやいやいや、なってるっすよ。じゃないんだよ。
「お前ら神子が各地から離れたらこの世界の食料問題どうするんだよ?お前達が祈らなきゃ食料は育たないんじゃないのか?」
「いやー、食料が育てられなくても今すぐどうこうなる訳無いじゃないっすか。ちゃんとどこでも食料の蓄えはまだまだあることは確認済みっす」
「いやいや、そういう問題じゃなくて。他の人達はお前らが勝手に居なくなってなんも言わないのか?」
そう、それこそが問題なのだ。こいつらが居なきゃ生活が出来ないような状況にあるのにこいつらが何時帰ってくるか分からない旅に行って何も言わないのか?
「嫌だなぁ、それこそ僕達がここに来てる時点で今さらじゃないっすか。まぁ文句は貰いましたけどそんなもの無視して来たっすよ」
「おい」
無視すんなよ。
「そもそもの前提が間違ってるんすよ」
「は?」
「だから前提が間違ってるんすよ。僕達が『祈る』のは解決策じゃないんすよ。それはあくまでも延命に過ぎないっす。だって今の世界にはカレンちゃんしか居ないんすよ?命を増やすには男性と女性が必要なのにそのどっちかしか居ないんならもうどん詰まりじゃないっすか。命を消費して食料を増やし続けて命が無くなるか、食料を増やさず飢えで死ぬかのどっちかっすよ」
だから早く解決してくださいね~。と笑う彼女はまるで絵本の中のキャラクターに言葉を投げ掛けているみたいで、どこか他人事の様に見える。
そのまま反転し、てくてくと歩き出してしまう彼女に取り残されないように俺も止まった足を動かすのだった。
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