第8話 俺とマレーン

「疲れた…」

やっと泣き止み今はスヤスヤと寝ているカレンを見て俺は萎むように倒れ込んだ。

結局カレンは泣き止まず、泣きつかれて寝るまで相当な体力を使った。あの手この手であやしてみようとしたがどれも効果は全くといっていいほど無く、空振りばかりだった。

「あははは!お兄さん、お疲れっすねぇ」

「…うるせぇ…。ちょっとは手伝ってくれても良かっただろうが…」

「えー、嫌っすよ。体力の無駄遣いでしかありませんもん。どうせこっちの言葉は届かないっすよ」

「そう言えば、まるでカレンがああなると分かっていた様な物言いだったな」

「さぁ?分かってたかもしれませんし分かってなかったかも?…お兄さん言いましたよね?これ以上のヒントはあげられないっすよ」

「そうかよ…」

まぁこれ以上貰えなくても十分すぎる位には情報を貰ったが。

カレンが大人しくしていたと思ったら暴れだし、次の瞬間には泣き始めた。グレーテが言うにはあれはカレンの中に混じってる状態らしい。

つまり、カレンの中に誰かが居るってことだろう。意識とかじゃなく恐らく感情や記憶として、だろうな。少なくとも一人じゃない。あの時に出てきたのは言動からして子供を殴った親と殴られたその子供ってところか。最低二人、それが十人居るのか百人居るのかはたまたその二人だけなのか…。いや、それは今は考えなくてもいい。重要なのは何故グレーテがそれを俺に向かってヒントとして言ったかだ。カレンの状態が俺にとってのヒントになる。つまり、この世界の異変に関わっているかそれとも俺自身の正体のヒントになるかのどちらか。

俺の正体のヒントだとしたらかなり嫌な想像が一つ浮かんできたが、まだ確定した訳じゃない。

他にも様々な可能性を考えてみるが、やはりどれもこれも情報が無さすぎて確定しないな。

結局分かったのはカレンの中に複数居るって事だけか。

「ま、それが分かっただけでも進歩したな」

「おー?考え事は終わりっすか?」

ムクリと体を起こし、ニヤニヤしてるグレーテの顔を見る。こいつさては俺が一人で思考に耽ってる間ずっとニヤニヤしてたな?クソッそのニヤニヤしてる頬を最大まで引っ張ってやりたい。

「只今戻りましたわ」

「あ!遅いっすよマレーン!」

「あら、もう終わってましたの?それはそれは申し訳ない事をしましたわ」 

「絶対申し訳ないとか思ってないっすよね!?」

「もう一度言いますが余り近くで叫ばないで下さらない?耳が痛いですわ」

「マレーン!!」

詰め寄るグレーテにマレーンとやらの少女。その顔には言葉とは裏腹にその顔には満面の笑みが咲いている。こいつさては分かっててグレーテに押し付けたな…。

(神子にはカレンの状態が分かるのか)

そう考えるのが良さそうだ。

神子には感情や記憶、それに近しい何かを知覚できる何かがある。

「あら、考え事とは感心しますわね。ちゃんと勝つ気があるようで安心しましたわ。貴方にやる気を出してもらわないと折角のゲームが盛り上がりませんもの」

思考を深めていると、突然目の前から声がした。顔を上げるとマレーンと呼ばれた少女が微笑みながらこちらを見ていた。グレーテのお小言とは思えないくらいでかい声量のお小言はまだ終わってないらしく、彼女の後ろで叫び続けている。

「出会い頭に襲ってきた癖に勝手に居なくなって押し付け挙げ句の果てにはその言葉か。自己紹介なりしたらどうだ?」

「マレーン!まだ終わってないっすよ!」

「…あら。私としたことが申し訳ありませんわお兄様。私マレーンと申します」

「マレーン!聞こえてるんすよね!こっち来て座るっす!」

「……名前だけは知ってる。後ろのが叫んでるからな。今も」

「マーレーンー!聞こえてるんすよねー!」

「………後ろのは気にしないで下さいまし。それよりも、私のことは是非マレーンと呼び捨てで。あ、私のお兄様呼びを変えたいのなら無駄です、とだけ」

「マーレーーンー!!」

「何で…おまえ」

「まー!れー!ん!!」

その瞬間にブチッと頭の中からキレる音がした。

「うるっせぇぇぇ!!いい加減に静かにしやがれぇぇ!!」

思い切りグレーテの両頬を掴み力の限り左右に引っ張る。お前はもうちょっと静かにしてられないのか!

「いひゃ、いひゃいひゃいいひゃい!ひゃなひへふははひほひぃはん!」

ある程度引っ張ると少し溜飲が下がってきた。

「うぅ。ひどいっす、僕悪くないはずなのに…」

「確かにお前が怒るのも理解できなくはないが話に強引に割り込むな」

「うぅ、僕のモチモチほっぺが垂れてる気がするっす…」

グレーテの今にも泣きそうな顔を見てると少しやり過ぎたかと罪悪感がでてきた。

「…まあ、少しやり過ぎたとは思ってるよ。悪かっ」

まぁ、やり過ぎたとは思うから謝罪をと言いかけたその時

「あら、別に貴女だって私に押し付けようとしましたわよね?」

マレーンがそんなことを言い放った。

「は?」

「知ってますわよ?貴女、カレンが叫んだ瞬間逃げようとしましたわよね?」

「おい、グレーテ?どういうことだ?」

「……逃げるっす!」

俺達に背を向けたまま走るグレーテ。

「おい待てコラ!お前怒る資格ねぇじゃねぇか!こっち来い!そのほっぺもぎ取ってやる!」

「待って死ぬと分かってれば待つ奴は居ないっすよ!」

待てコラァ!余計な体力使わせんなボケェ!



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