第5話 俺と現状
「…あなたの願い、承りました」
私はこの世界の皆が好きだ。
だが、この世界もいずれは終わる。
それはありとあらゆるものに流れる逃れられない運命なのだから仕方のないことだ。
その運命に抗い、延命を行うというのならそれ相応の代償が必要となる。
世界を延命するとなれば、その代償は計り知れないだろう。きっと代償を払えば、多くの人が犠牲になる。だがしかし、やらないなんて選択肢は残されていないのだ。それに私がやらなくても勝手に事は進んでいくのだ。どうしようもない。
だからこそ私は見極めなければ。どちらがより重要か、どちらがより価値のある選択か。
未だに諦めない私自身に乾いた笑みがこぼれる。そんなことをしたって無駄なのに。死にたくないからっていくらなんでもここからひっくり返すのは無理だ。そんな選択肢を取るにはいささか遅すぎる。
諦めて私は既に傾いている天秤の上に乗った。
私達は選ばなければ。ねえ、兄さん ───
「んお」
朝日が眩しい。全身がだるくて、明らかに疲労が抜けきっていない体に言うことを聞かせ体を起こす。
昨日の夜は何してたんだっけ。自分が覚えている限り記憶を掘り起こすが、カレンとグレーテと百連続百人一首をやっているところで記憶が途切れていた。…寝落ちしたのか。俺が寝ていたのは敷布団の上らしく周りに出していた遊び道具もきれいさっぱり片付けられている。権禰宜の人達がやってくれたらしく、苦労を掛けて申し訳なくなってくる。
布団の中から立ち上がり、体を伸ばす。できるだけ綺麗に布団を畳む。そういやあの二人はどこいったんだ?部屋の中に二人の姿はないし、二人が使っていたと思われる布団も綺麗に畳まれて部屋の端に置かれている。二人の居場所を考えていると襖が開いた。
「いやー!朝風呂は気持ちいいっすねえ!」
「あー。風呂に行ってたのか」
「お!お兄さんおはようっす!」
「おう、おはよう」
「どうっすか?今の僕は水も滴るいい女っすよ?ドキドキしちゃうっすか?」
「んなわけねぇだろ、水垂れてんじゃねぇかちゃんと拭け。廊下濡れるぞ」
「えー、ちょっとぐらい反応下さいよー」
俺の反応がなくて寂しいのかグレーテがぶーたれるが知らん。てかこいつが帰ってきたのにカレンが帰ってこないってことは別のところに居たのか?
「それで、カレンは?」
「あ、カレンちゃんは権禰宜の人に拭かれてる最中だったからもうちょいかかるっすよ」
「なんでお前は一緒に拭かれなかったんだ。お前も拭いてもらってこい」
「あ!そうだ!お兄さん拭いてくだ」
「断る」
「おおう。食い気味で断ってきたっすねぇ」
そりゃそうだ。朝からお前の相手してんのにこれ以上体力使ってたまるか。
「あら、グリム起きたのね。おはよう」
「おう、カレンおはよう」
「お風呂は空いたし、入ってきたら?」
「んじゃそうするわ」
俺はそう言い残し、部屋を後にした。
「でっか」
権禰宜の人に案内された風呂はその一言につきる。
「案内ありがとうございます」
「いえ、グリム様はカレン様のご友人ですから。では、お召し物をお預かり致します」
目の前の人が今着ている服を預かるといってくれるが、女子の目の前で裸になるのは抵抗感がある。
「いえ、お風呂にさえ案内してくれれば大丈夫ですよ?体とかは自分で洗えますし、一人でゆっくりするので」
「そういうわけにもいかないのです。私達はカレン様に仕える者として、そのお客様であるグリム様にも仕える義務があるのです。さぁ!お召し物をお預かりいたします!」
怖い怖い怖い!目をクワッと見開きながら、手をワキワキさせながらこっちに来るな!
「結構ですから!頼むから一人にしてくれ!俺がそう望むんだからいいだろ!?」
そう叫ぶと諦めてくれたのか大人しくなった。
「…分かりました。では、何か用があればお申し付けください」
そう言って、本当に悔しそうに浴場から出ていった。あんなに必死になるってことは相当あの仕事に誇りを持っているんだろう。カレンは慕われてんだなぁ、としみじみ思ってしまう。
…さて、やっと一人になれた。昨日は色々ありすぎて思考停止してたが、とりあえず整理しよう。
衣服を脱ぎ、畳んで籠の中にいれる。まずはこの世界についてだな。
頭からお湯を被り、頭用の石鹸をつける。
この世界は色々分からなさすぎる。
頭をゴシゴシ泡立てながら、思考を回す。
まず一つ目。なんで見た目がカレンの奴があんなに居るんだ?
頭を洗い終わり、お湯で流す。
二つ目。祈りってなんだ?誰に祈ってる?
頭を淡い終わったあと、体用の石鹸を手に取り泡立てる。
三つ目。カレンが祈る前、エネルギーが空っぽだとか言っていた。やってることから察するにそのエネルギーを増やすには祈る必要がある事がわかるが、逆を言ってしまえば祈るだけで作物が育つということになる。いくらなんでもおかしくないか?
泡立った石鹸を体に付け汚れを取っていく。
四つ目。何故人は五回願いを叶えてもらったら死ぬのか。
体を洗い終わり、お湯を体にかけて泡を落としていく。
分からないことも多いが、二つ目はわかる。テトラさんが神子は神に願いを届けてくれる存在って言っていたから、神に祈っているのだろう。
頭も体も洗い終わり、湯船に入る。でかすぎて落ち着かないな…。
他の問いにも察しはつくが、確証を得たわけでもない。憶測の域をでない限り、それを信じ動くのは得策ではないだろう。
この世界での身の振り方を考えるが、如何せん選択肢が少なすぎる。今思い付くのだと、見分けが出来るカレンに付いていくのが良いだろう。明らかにカレンと違うグレーテに付いていくのが最善だろうが、振り回される未来しか見えないので無しだ。
ま、どちらにせよあまり二人以外と関わりを持たない方がいいな。話しかけられても見分けが付かないし。
今後の方針を固めたところで湯船から出た。
体を拭いて、用意されていた着物に着替える。
それに俺についても不明瞭な点が一つある。俺には基本的な知識はあるが、この世界に来る以前の記憶はない。
何をどう使うのかは分かるのに、それをどこで覚えたのかは分からない。どうにも気持ち悪いな見に覚えのないってのは。俺は俺のことをあまり知らない以上、自分を信じすぎるのも良くないな。
「おーい、あがったぞー」
考え事も終りカレンとグレーテの居るだろう部屋についた俺の目に写ったのは
「はぁい。お兄様?残念だけど、死んでくれない?」
銀色のナイフを持った少女だった。
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