第2話 静かな空間と、人の気持ちは大切

教室の1番後ろの窓際の席に腰をかける。いわゆる主人公席と言うやつだ。


「はぁ──」


1度大きいアクビをする。


午前8時50分。

学校へ投稿して、朝のホームルームを迎える時間だ。


「凜々都、今日俺ん家こねぇ?」


そう言って斜め右前の席から後ろを向いて話しかけてきたのは、男友達の川栄かわえ 璃空りくだった。小学生からの幼なじみで、思えばずっと一緒にいる気がする。


しかし、そんな誘いを


「わるい、今日部活だ」


部活を理由に断る。こればかりは仕方がない。

璃空には悪いが僕は割と高校生の学業や部活には熱心な方なのである。


「おー、そかそか。りょーかい」


チャイムが響く。

日直が号令をしてから朝のホームルームが始まる。


さて、昨日俺は北野に愛を伝え、まあいろいろと致したのだが、今1番前の席に座っている彼女は以前より明るく見える。

それはそうだ。好きな男とキスやハグをしたらそうなることは仕方ない。


けどな北野。


俺はお前と付き合ったつもりはない。


俺たちはお互いに、『付き合う』という交際の言葉を口にしていない。愛を伝えたからと言って、その時点で交際が成立するわけじゃないんだ。


だから俺はお前を好きなように好きなだけ使って、切り捨てる──。



◈◈◈



6限目が終わって、生徒は学校から開放される。部活には行く者もいれば、そのまま帰宅したり、友達と遊びに行ったりする者もいる。


そして僕は北野に声をかける。


「北野さん、ちょっと話があるんだけど──」



◈◈◈



「それって、私と付き合いたくないってことですか?」


「ううん、そういう訳じゃないんだ。けど、俺達の関係がいつか崩れちゃうことが本当に……怖いんだ」


俺は北野にという旨の話を持ち掛けた。

そして嘘をつき、気持ちを切り替えさせる。

そりゃ嫌だよな。付き合えないとか言われたら。


「そう、ですか……」


けど許せ北野。俺は一緒にいてやるから。


お前のことなんて、全く好きじゃないけどな──


「うん、でも俺は北野さんのことが本当に好きなんだよ。可愛いところも。まだ少し俺に慣れてないところも。礼儀正しいところも、全部」


「………はい」


「それじゃ、だめかな……」


悲しみを偽れ。

感情を大胆に伝えろ。


「……わかりました。凜々都さんは私のことを好きでいてくれてるんですよね」


「うん、大好きだよ──」


「じゃ、じゃあ!私のことだけ、見ててくださいね……。他の人に目移りしないように。約束、です」


はい、かんりょー。

やべ、笑っちゃいそ。チョロすぎ。


「うん、ありがとう」


そう言って北野に抱きついて、その唇を唇で包む。


「り、凜々都さん!?学校ですよ!」


「大丈夫、誰も見てないよ」


「…………」


そうして何度かキスを交わらせて


「それじゃあ俺は部活行くから、北野さん気をつけて帰ってね」


「はい!ありがとうございます」


その顔は幸せに満ち溢れていた。


「………哀れだな」


俺は知っている。

どんな幸せを手に入れても、どうな大切なものを手に入れても、必ずいつか失う時がくる。

だから僕は人を大事にしない。モノとして扱う。幸せを手に入れない。



◈◈◈



パン!という太く強い音が響きわたる。


アルミでできた矢が的に中るあたる音だ。


弓を弓手左手で軽く握って押し、矢を馬手右手で引き絞る。

この瞬間、この弓を引ききったこの瞬間が世界を静寂にして、俺自身の存在を消し去る。

考えることは何も無い。


『無』


それすらも意識せずに的に狙いを定める。


「────」


カンッと鋭く高い音を空間に響かせ、弦が回り、矢が飛ぶ。


刹那、的を貫く音が渡る。


「────」


そう、俺は弓道部の部員である。


何事にも置いて飄々とした俺であっても、こと弓道においては一切の可笑しさは求めない。

俺が唯一安心出来る時間であって、人生の楽しみの一つであるから。


『何が楽しい』とかではないのだ。

ただ僕は弓を引いて、その世界が凍ったようになる静寂と自分自身が消える感覚を求めているのだ。


だからこの部活は僕になくてはならないもので、サボったり、ふざけたりすることは論外としか言いようがない。


だから──


「はっははは!凜々都はどう思う?」


こういう奴らが大嫌いなんだよ。


「あ、ああ。いいと思う」


ふざけて友達と話してるこういうやつ。本当にいなくなればいい。心から思う。普段ならまだ許せると言うか、軽く乗っていたが、今は状況が違う。


けど愛想ってのは本当に大事で、それがなければ俺の高校生活は成り立たないのだ。


けど、俺の邪魔をしてきたら絶対に許さない──

決定的な人望の差がお前らを襲う。それをわかっていろ。


そうして再び俺の弓を引く順番が回ってくる。


「ふぅ──」



◈◈◈



「りんりん、一緒に帰れる?」


「あ、うん。いいよ」


背の低い女子が俺に話しかけてくる。


横瀬 三玖みく。同級生。弓道部所属。


ちなみに、『りんりん』っていうのは俺の女の子の半数程度から呼ばれている俺のあだ名である。


なんでそうなったか誰が呼んだのかは全く分からない。けど割と俺自身も気に入ってる。


カラカラと自転車を転がして歩道を歩く。

だんだんと空も茜色に染まってきている。


「あーあー、テストそろそろ近いからやばいなぁ」


「ミクちんは頑張りゃ勉強できるでしょ」


弓道部の女子部員の中で1番中がいいのはこの横瀬 三玖こと『ミクちん』である。


「そりゃ、頑張ればね。けど頑張るのがなぁ」


「それは俺の知ったことじゃないね」


「ふーん。どうせりんりんはまたクラス1位でしょ〜ね。そんなふざけた見た目してなんなの?」


そう、俺は前にも言った通り、学業や部活には熱心な方なので、勉強も一応はできる。


俺が通ってる学校は、定期考査ではクラス順位のみが発表され、後にその他もろもろを入れた成績が学年ランキングで出るという方法をとっているのだ。


そして俺は学力クラス1位。成績も学年1位のトップクラスに躍り出ている。

まあハイスペック男子なわけだが。


「俺はほら、やればできる男だからさ」


と、少し笑って言う。


それにミクちんは、うざぁ。と笑って返す。


「そう言えばりんりんは彼女できないの?」


唐突な質問に少し戸惑ったが、


「いやあ、できないねぇ」


適正に答えを返す。

すまない北野。でも嘘はついてないよな。


「ミクちんは??」


「んー、ミクもできなそう」


「ん、そっかそっか。お互い頑張ろうか」


「そうだね」


軽快な会話が良いテンポで続く。


「……でもね、気になる人なら、できた、かな」


またしても唐突だった。


「え、できたの!?」


「ん、まあ、そう、かな」


ぽつりぽつりと呟いてミクちんは俯く。


「で、誰なん?」


「え、それ言うの?」


「当たりまえ」


「えーー、秘密」


なんだよぉ。と呟いて、元々仲が良かったこともあり、割と衝撃を受ける。

別にミクりんのことを気になってるってわけでもないし、誰と付き合ったって俺には関係の無いことだとも思ってる。


けど、その相手が気になってしまった。


「ほら、じゃあヒントぐらい」


「……ん、えっと……カッコイイのと、優しくていつも話しかけてくれる人、だよ」


カッコイイ、優しい、話しかけてくれる人、か。

ミクりんのカッコイイの基準も、優しいという基準も。彼女が誰と話しているのかも俺には見当が着くはずもなく。


「んー、わからん!ギブ!教えて!」


「だから教えないって」


笑ってそう返される。


やがて互いの別れる道に差し掛かる。


「それじゃあミクちん、俺こっちだから」


「ん、一緒に帰ってくれてありがと。楽しかったよ」


「どういたしまして。それじゃ、気をつけて」


手を振ってミクちんが見えなくなるまで見送る。


「気になる人、か……」


いつからそんな人を作ることをやめた拒んだのだろうか。

俺は幸せを求めないし、自分の未来の先に希望があることも求めていない。

ただ、今は自分がしたいことを、自分がしたいようにするだけ。


気持ちはいつか朽ち果てる。

そして、いつかは失って、消えて、忘れてしまう。


今こうして太陽が西の地平線に沈むように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺は人の風上にも置けないヤツ。 きむち @sirokurosekai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ