第2話 不可思議な飛沫

 2日目―――。

 俺は敢えて、中に入らずに外で待ち伏せすることにした。

 そもそもこの入り口から入るとは思えない。だって、トイレの花子さんなんだったら、トイレから出現するじゃないか。

 そういったことを考えれば、声がなったときに入り込むのが正解だ。

 だから、廊下に腰を下ろして、待機することにした。

 この陰陽師の仕事をしている間も授業があるから、正直言うと身体にかなり来ていることには違いなかった。

 はっきり言って、身体が重いし、しんどい…。

 時計を確認すると、もうすぐ夜中の2時になろうとしている。

 丑三つ時。

 鬼門が一時的に解放され、霊体の類がすり抜けて入り込んでくる時間帯だ。

 こういった霊というのは、たいていが良いものと悪いものに分けられる。

 良い霊というのは、ある意味幸運をもたらしてくれる精霊のような存在だ。

 とはいえ、コイツらがそもそも人なんかに幸運を授けてくれるわけがない。

 たまに轢かれそうになったり、崖の下に落下しそうになったところで助かるケースがあると思う。あのとき、当事者は「運が良かった」などと言っているけれど、実際は、こういった良い霊の類のものがその瞬間に力を貸してくれているという風に考えたほうが良い。

 タチが悪いのは、そっちではなく当然悪い霊の方をさす。

 奴らは人間に悪戯をすることで、そこから発される恐怖や憎悪などを餌として食べて行って成長している。だからこそ、基本的には悪戯好きだ。

 そもそもコイツらに慈悲の心なんてものはない。

 悪戯の度を越せば、そこに待っているのは死だけだ。

 それにしても、すすり泣く声どころか、物音ひとつもしない。

 正直、逆に旧校舎が怖くなってきた。

 俺はそっとトイレの花子さんがいるという女子トイレのドアを開ける。

 中は先日同様にただ薄暗い非常灯のみ。やはり、誰もいない。

 普通、霊的な何かがいるのであれば、濃い灰色というか黒っぽい揺らぎが生まれる。

 しかし、それが現れることはない。

 やっぱり何かの誤りじゃないのだろうか…。

 女子生徒がうんこしてたのに、犬神先生が偶然にも出会ってしまって、それを怖がったとか…。

 十分ありうる話じゃないか。


「それにしても、やっぱり違和感を感じるんだよな。何ていうか、妖気の残りかすというか…。そういうものがこのトイレには痕跡があるんだよなぁ…」


 たぶん、普通の人間には見えないだろうけれど、トイレの壁には、飛沫が飛んだという感じの模様が残っていた。

 何の飛沫なんだろう…。妖気の喰い合いでもしたというのだろうか。

 その後、30分ほど、この場にいたがやはり何の動きもなかった。




 翌日も、そしてその次の日も全くと言って何の動きもなくなってきた。

 正直、俺も寝不足がたたってきているような気がしてならない。

 あ~、ダメだダメだ…。

 このままじゃあ、もしも本当にトイレの花子さんがいたとして、そいつが俺の疲弊を狙っているのならば、こういう時を狙ってくるに決まっている。

 今は犬神先生の国語の授業中。

 犬神先生はあんなことがあったにもかかわらず気丈にも翌日から普通通りに出勤している。

 何とも凄い精神力の持ち主なのか、それとも単なる社畜なのか…。

 分かりやすい授業をいつもありがとうとお礼でも言いたいところだ。


「ん?」


 俺はふと窓の外に目をやった。

 本当に偶然だった。直感といった方が良いのだろうか。

 そんな感覚だった。

 授業中であるはずの校庭に一人の女子生徒がふらふらと歩いていた。

 別に何かの意思を持っているようには思えず、ただ、意思を持たない人形のように目的地に向かって誘導されているといった感じだった。

 あれって………。


「こら、安倍! 私の授業がそんなにつまらないか?」

「あ、いえ、そんなことはありません。先生の授業は世界一分かりやすいです。先生となら、マンツーマンで教えていただければもっと分かることが出来るかも…」

「ま、マンツーマン指導……。そ、それは……」


 いや、何で恥ずかしがってんだよ…。この先生は。

 まあ、いいか。どちらにしてもさっきの女子生徒は明らかに意思をもっていなかった。

 こんな昼間から霊的なものが動くのか?

 これはもう―――、待ってらんねぇ!


「先生! ちょっと、緊急な用ができたので、授業を抜けます! ぜひとも、俺とのマンツーマンレッスンでお願いします!」

「え!? え…、ちょっと!? そ、そんな…マンツーマンレッスンなんて、わ、私…ええっ!?」


 だから、何で恥ずかしがってるの!?

 俺、色目でも使ったかな…。ま、いっか。

 顔を紅潮させている犬神先生は放置して、俺はさっきの女子生徒の向かう方向――、旧校舎に急いだ。

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