第14話 実験体の暴走


「お疲れ様ですー! 俺、出勤しましたー! シフト表チェックっと……あ、そういや店長、最近ルーチェちゃん出勤してませんね」

「ん? んー」

「テスト期間かなんかっすかね? お土産話があるんですよぉー。魔法の話だから、喜ぶと思うんすけどねー。あ、ジャン君、ルーチェちゃんいつ出勤?」

「え? 誰ですか?」

「ルーチェちゃんだよ」

「……え? そんな子いましたっけ?」

「……またまたー! ……」


 気前の良い先輩が事務所の皆を見た。皆は普段と変わらない。


「……あ、俺、ちょっと電話しないといけなかったんだー! ちょーっと失礼しまーす!」

「なんすか、うんこっすか?」

「そうなのよ。でかいの出そうなのよー!」


 トイレに入った気前の良い先輩が友人に連絡した。


「お疲れー。ちょっと聞きたいんだけどさ、……特定の人物を忘れさせる忘却魔法って、何日くらい続くっけ?」



(あれって昨日見た実験体の……!)


 廊下に出ると凄まじいことになってた。動物達がなだれ込み、その中心部にいるのが巨大化した蛇だった。


(動物の凶暴化!)

「ルーチェちゃん! 危ないからこっち!」

「うわっ」


 建物内にいた魔法調査隊員達が杖を振り、動物達の凶暴化を抑えようと魔法を繰り出すが、蛇が息を吐くと全てが無効化された。多くの隊員達が踏みつけられるのを見て、ジュリアが前に出た。


「行きます」

「駄目です!」

「ここで私の魔法を出しても、みんな慣れているでしょう」

「訓練生が実習に来てます! 隊長、訓練慣れしていない未来の希望達を殺す気ですか!?」


 ミストが杖を構えた。


「私が行きます」

「5分です」

「十分! ……ルーチェちゃん、危ないからここにいてね」


 ミストが手すりに上った。


「この程度、なんてことはない」


 ミストが手すりから落ちていく。暴走する狼がミストに気づいた。遠吠えすると全員がミストに注目した。しかし、ミストは冷静に杖を振った。


「霧よ。姿を隠せ」


 その瞬間、辺りに濃い霧が張り巡らされた。隊員達がゴーグルをつけた。視界に魔力の霧は映らない。隊員達が杖を振った。呪文を唱える。動物達を捕まえる。ミストがにやけた。しかし、顔色が変わる。ミストが箒に乗り、迷わず上に駆け上がった。そのタイミングで、巨大蛇の口から……光が放たれた。


「(何あれ!?)うぎゃっ!」


 巨大な筒のように光が放たれ――壁に穴が空いた。隊員達が眉をひそめ、ミストが箒の動きを止める。


「あの爺さん達、どんな実験したんだよ!」

「ネブリーナ!」

「あっ、これは第6調査団隊長! お戻りでしたか!」

「実験体が暴れているようだな」

「そうなんですよ。あと3分でディクステラ隊長が……」

「そいつはまずいな」

「おまけに今日は訓練生が実習に来ていて……」

「早めにけりをつけるぞ」

「ディクステラ隊長なら一発なんですけどねー。リスクが高すぎて!」

「同時に行くぞ」

「了解!」


 二人同時に箒が動き出す。巨大蛇が叫ぶ。魔法が無効化される。しかし隊長と呼ばれる二人の魔法はそれをかわす。同時に魔法を出す。動物達が大人しくなっていく。


(すごい。魔法だ)


 あたしは遠くから観察する。


(本物だ)


 霧が現れ、無効化され、火が動物を包み、無効化され、蛇の口から新しい光線が放たれる。また壁に穴が空いた。どうやって対処するんだろう。どんな魔法を出すんだろう。あたしは見つめる。


 ジュリアが時計を見続ける。さん、に、いち……。


「っ」


 ジュリアが目を見開き、あたしを強く抱き寄せた。


(わっ)


 下から、箒に乗った影が飛んできた。


(あれ?)


 ジュリアがあたしを抱きしめる。あたしは見上げる。降ってくる。


 親方、空から――女性と、黒猫が、降ってきます。



「っ」



 女性が杖を剣のように振り下ろすと、あたしを縛っていた鎖が切られた音がした。その瞬間、あたしの脳に記憶が戻っていく。名前も、姿も、顔も、忘れていたものを全て思い出す。手が動く。足が動く。体が自由になる。あたしの意思できちんと動く。あたしは……元に戻った!!


 ジュリアが目を見開いた。充血した黒い瞳がジュリアを睨んだ。白い腕があたしに伸び、あたしをジュリアから離れさせ、突き飛ばし、拳でジュリアを殴った。ジュリアが壁に飛ばされる。


「っっっっざけんじゃないよ!!!! この女狐!!!!!」

「うわ、おっかね! 俺、女の怒鳴り声駄目なんだ。ヒステリーで、怖いじゃん」


 黒猫があたしの側に寄ってきた。


「よう、ルーチェ。元気そうだな。何もなくてよかったぜ」

「……セーレム……」


 顔を上げて、しっかりと彼女の姿を確認する。


「……ミランダ様……」

「……いったー……」


 ジュリアが口の中に治癒魔法をかけた。


「お前の拳は鉄ですか。口の中が切れたじゃないですか」

「お前……自分のしたこと……っ……わかってるんだろうね……!」

「訴えても無駄ですよ? 私はジュリア・ディクステラ」

「訴えるなんて小さなことをしなくたって、お前はこの先、永遠にこの出来事を後悔するだろうさ」


 ミランダ様が何歩か後ろに下がり、あたしの前で止まった。


「どこに雲隠れしたのかと思ったよ」


 背を向けたまま、あたしに手を差し出した。


「帰るよ。ルーチェ」


 あたしはその手を、両手で大切に握りしめる。ああ、なんて温かな手だろう。なんてたくましい手だろう。なんて……輝く宝物だろう。輝かしい光を、やっと、この手で掴めた気がした。とめどなく涙が溢れ出てきて、その場でうずくまる。


「……っ……」

「泣くのはまだ早いよ。お前、帰ったら長時間全力ガチ説教だからね。泣くならそこで死ぬほど泣きな。どうせイヤフォンを耳につけて、隙を作ったんだろう。馬鹿だね。夜道にイヤフォンをするんじゃないって何回言わせるんだい。いいかい。3時間は正座させるからね。覚悟しておきな」

「っ……はいっ……!」

「返事だけは良い」

「何を仰るかと思えば」


 ジュリアがミランダ様に杖を構えた。


「ミランダ、その子の家はここですよ」

「お前の作った下手な人形なんて見た途端壊してやったよ。行方不明届けを出さなかっただけ感謝してもらいたいね。この犯罪者」

「帰ってください。ここにお前の居場所はない」

「帰るよ。ルーチェと一緒にね」

「ルーチェは帰りません。私と共に生きるんです」

「ルーチェは帰るよ。魔法使いにならないといけないからね」

「ルーチェは私の」

「ルーチェは私の」


 ミランダ様が杖を構えた。


「愛し子ですから!」

「弟子だからね!」


 ジュリアとミランダ様の魔法が爆発した。あたしはセーレムを抱えながらころころ転がっていく。けれど、しっかりと顔を上げて、観察する。魔法だ! 本物の魔法だ!


「ルーチェ、これ荷物だろ。重かったよ」

「あっ! あたしの鞄!」


 それと、


「杖!」


 ジュリアの闇が建物中を包み込む。頭を押さえる隊員が現れた。地面に倒れる隊員が現れた。なんて闇だ。止まらない。呑み込まれそうになる。けれど、いくら本気を出してもミランダ様は呑まれない。それを跳ね返す量の光を出していく。すごい。これぞ闇と光。魔力が膨らんで弾いて溜まって爆発する。あたしは見惚れる。ぞくぞくと背筋に興奮が駆け走る。わくわくする。胸がドキドキする。魔法が星のように弾ける。セーレムがあたしの腕の中に逃げた。でもあたしはわくわくしてたまらない。これが魔法だ。これこそ、魔法なのだ!


 これに侵入者が現れたら、もっと面白くなると思わない?


 奥から現れた。気配に気付いたジュリアとミランダ様が振り返った。五メートルくらい大きくなった蛇が招かれざる客としてやってきた。


 あたしは立ち上がった。ミランダ様があたしの背後に周り、あたしの肩を強い力で掴み、杖で差した。


「注目!」

 はい!

「見る限り、脳がやられてる。洗脳状態だ。変な薬でも飲まされたんだろうね」

 すごい。まさに実験体ですね!

「だからと言って殺していいと思うかい?」

 いいえ。思いません。

「ならば、ルーチェ、やることはわかってるね」

 意識を飛ばし、眠らせます。……でもミランダ様、あたし、最近魔法を使う機会が少なかったので、お手伝い程度でないとおそらく……。

「安心して! ルーチェちゃん!」


 手すりにミストが着地した。


「こういう時の私だよ!」

 ミストさん!

「ミランダ・ドロレス様! ああ、初めまして! 貴女のことは学生時代から知ってます! 国を守った光の魔法使い。皆の英雄! ここで出会えてとても光栄です!」


 蛇がミストに向けて光線を出した。ミストが華麗に避ける。


「私は第13調査団隊長、ミスト・ネブリーナ。今回、凶暴化鎮圧のご協力、誠に感謝いたします。ぜひ、お手伝いさせてください」


 今度はミストがあたしの肩を抱き、杖を向けた。


「ルーチェちゃん、杖を構えて。狙いを定めて。相手を癒やす魔法を飛ばすイメージを持つの」

「癒やす魔法……?」

「意識を飛ばすのならば、痛いのはナンセンス。相手は、暴走してる可愛い蛇だよ! 癒やして、眠らせよう。私も一緒にやるから」

「癒やす……イメージ……」

「私の後に続いて?」


 蛇が動き出す。


「構え!」


 あたしは杖を構える。この緊張感。思い出せ。四日前まで、やっていたこと。息を吸って、下半身に力を入れて、ミストの熱を感じる。呼吸を感じる。魔力を感じる。眠れそうな環境をイメージする。温かな太陽。森。草の上。安全な岩。イメージを魔法で表現して。


 さあ、――魔法を始めよう。


「溢れ出したアドレナリン。けれど遊びの時間は終わりを迎える」

「森にお帰り。ママが待ってる。草へお帰り。パパが待ってる」

「温かな太陽は家に帰り」

「寝床は霧に包まれる」

「霧よ」

「光よ!」


 声を合わせて、


「「意識を飛ばせ!」」


 ミストとあたしの魔力が協調され同調され――霧が蛇を睡眠に促した。優しい温度に、優しい空気。脳が錯乱していた蛇が急に眠くなり……光の手が優しく蛇を撫でた途端、蛇は安らかに穏やかに眠りについた。


 そして、どんどん、光に包まれ、どんどん、真っ白になっていき……――。




 あたしは、その場に座り込んだ。



「……ルーチェちゃん?」

「……うー……」

「あら、これ……」

「うー……」

「あら! これ!」


 ミストが叫んだ。


「副作用の幼児化現象!」

「うびゃあああああああ!!」

「超泣いてるー!!」

「ふびゃぁあああああああ!!」

「あー、えっとー、あー!? 大丈夫ー!?」

「全くしょーがねーな! ルーチェは! 相変わらず間抜け女だぜ!」


 セーレムがあたちに歩いてきた。


「ほら、今なら俺を玩具にしていいぜ。でも優しくしてね」

「にゃーにゃ!」

「いでででで! きんたま握るなー!」

「うー!」

「え、えーと……ディクステラ隊長! トラブルは粗方収めました! あとは、暴れ残ってる動物がいないか細かく確認します!」

「結構」


 前髪で顔を隠したお姉さんがあたちの前に跪いた。


「さあ、ルーチェ、部屋に戻りましょう」

「……ひぐっ……うびゃぁああああああ!!」

「ルーチェ?」

「いやぁああああああ!!」


 あたちは泣きながらヨチヨチ歩きで進んだ。


「ママがいいーーーーー!!!」


 ママのドレスにしがみついた。


「びゃああああああ!!」

「え!? ルーチェちゃんって……ドロレスさんの娘さんだったんですか!? あっ! 道理で光魔法にこだわってると思ったら……」

「違うよ」

「え、違うんですか!? なーんだ! つまんなーい!」

「ママがいいのぉーーーー!!」


 あたちは泣きわめく。


「うびゃああああああ!!」

「……」

「……そういうわけだから」


 ママがお姉さんに伝える。


「連れて帰るからね」

(……あれ?)


 あたちは紫の瞳を見つめる。


(この人、なんでこんなに悲しそうに泣いてるんだろう)


 お姉さんが、見たことがないくらい、悲しそうに……心から、悲しそうに、とめどなく涙を溢れさせ、地面に落としていく。あたちの胸が、きゅっと締め付けられた。


(泣かないで)

「うー」


 彼女の頬を両手で触れる。


「うー」


 泣かないで。


「……っ……」

「……帰るよ。ルーチェ」

(でも、ママ、このお姉さん、すごく優しいの)


 抱きしめる。


(だから泣き止んでほしいの)

「うー?」

「……っ……」

「……はあ……面倒だね……」

「えっ」


 別のお姉さんが振り返った。


「なに、この魔力……!?」


 ママも振り返った。


「動物が、目を覚まして……!」


 再び動物達が暴走を始めだす。あたちと霧のお姉さんが寝かせた蛇も起き上がった。わあ、蛇さんが起きた! おはよう!


「いやー! 何が起きてるのー!?」

「しゅーしゅ!」

「ルーチェちゃん! 近付いちゃ駄目! 危ないから!! めっ!」

「……うるさいんだよ……さっきから……」


 前髪お姉さんが涙を流しながら立ち上がった。霧のお姉さんの顔色が青くなる。ママがあたちと霧のお姉さんの首根っこを引っ張った。


「殺さないと、わからないようだな?」


 ――ママが光の防御魔法をかけた瞬間、建物全体が前髪お姉さんの圧で押し潰される。誰も起き上がれない。隊員達が潰されていく。最悪な事態に霧のお姉さんが悲鳴を上げた。動物達が前髪お姉さんを見た。


「殺してやる……。そうしないと……わからないなら……」

「た、隊長! 駄目です! その動物達は未来のための宝! それに、みんなが……みんな貴女の魔力で、死んでしまいます!」

「黙れ!!!!」


 前髪お姉さんの圧に霧のお姉さんが吹き飛ばされそうになるが、ママが襟を掴んでそれを阻止した。霧のお姉さんがママに振り返る。


「ドロレスさん! 隊長を止めてください! このままでは皆殺し! 本部が! 魔法調査隊が! 崩壊してしまいます!」

「こんな世界間違ってる……。私ばかり不幸になる……」

「隊長!! 抑えてください!! お願いします!! 後生ですからーー!!」

「もういい……」


 ジュリアが黒い涙を流す。


「一人は……もう……やだ……」


 ジュリアが杖を構えた。


「全部、壊れてしまえ」






 直後、笛の音が轟いた。



『ジュリアの魔力』が、『無効化』された。





 隊員達が顔を上げる。あたし達が振り返る。動物達が耳を立てる。もう一度、墨色の少女が笛を吹いた。その音を聞いた途端、動物達は暴れるのをやめた。少女の紫の瞳が輝いた。深く息を吸い込み、笛を吹いた。動物達がその場に座り込んだ。少女が楽しそうに笛を吹くと、動物達が自ら転がり、腹を見せた。甘えだす。隊員達が唖然とした。あたし達がぽかんとした。ジュリアが確認した。少女は笑った。


「これぞ! 合成魔法の大発明だべ!」


 少女が笛を掲げた。


「なんてこった! あたは! とんでもねえ宝物を創り出してしまった! ぐふふふ! こいつは! 大発見大発明!! 歴史に名を轟かす、魔力をリセットする魔法の笛!!」


 少女が動物達を撫でた。


「おめら、とんだ複雑な呪いにかけられてたな。けんど、もう大丈夫。誰がやったのか知らけど、んちゃ、全部リセットしたから、もう痛いのも苦しいのもね。ほら、どうだ。そろそろ家さお戻り。戻りたくないなら、お外に行きんさい」


 少女が再び笛を吹くと、一部の動物達は外へ。もう一部の動物達は実験室へと帰っていった。


「おーし、必要なデータはUSBメモリに保存したし、これでここには用無しだがや。あ、どうもはじめまんして。魔法調査隊の皆様、あたはここに迷い込んじまったしがない小さな女の子です。もう出ていきます。どうも。さようなら」

「迷子なら家まで帰さないといけないね」


 ――少女の表情が凍った。後ろにゆっくり振り返ると――ジュリアが少女を見下ろしていた。少女が片目を痙攣させた。ジュリアは闇に包まれた真顔で首を傾げた。


「ミルフィー? ここで何してるんです?」


 ――声にならない悲鳴を上げた少女がすぐさま魔法で姿を眩ませた。あたしははっとする。ワープ魔法! しかしジュリアが追いかける。少女が右に行った。ジュリアも右に行く。少女が左上に逃げる。ジュリアも左上へ追いかける。少女が箒に乗った。ジュリアが追いかける。姿を消した。ジュリアが進んだ。進んだ先で紫の煙が爆発した。そこから少女が出てきた。予想していたようにジュリアが追いかけた。少女が悲鳴を上げた。じーっと眺めていたあたしの首根っこをミランダ様が掴み、箒に乗った。風に乗せられたあたしは一瞬宙を飛び、ミランダ様の背中から腕を巻き付けて、箒に乗る。セーレムが地面を蹴り、あたしの肩に乗りこみ、そして――、そして、


 空いた穴から外へと抜け出した。


(うわっ)


 振り返ると、既に建物は濃い霧にかかり、姿を隠していた。


(……結局、どこだったんだろう……。あそこ……)


 いや、いい。どこだっていい。ミランダ様の背中にしがみつく。


(……温かい)


 瞼を閉じて、久しぶりの外の空気を感じる。……風が冷たい。


「……ぶあっくしゅん! ずびっ! うびっ、ミランダ様、ちょ、ちょっと寒いです……」

「……お前、副作用は?」

「え、あれ、あ、本当だ。今回副作用に……あれ、なったよな……?」

「私はお前のママじゃないよ」

「あーーーーーすいませーーーーん!」

「にしても、ルーチェを見つけ出せて良かったな。ミランダ! 徹夜四日目になる予定だったぜ!」

「……え? 徹夜四日目?」

「そうだよ! ルーチェがいないから、ミランダが仕事の合間や夜通し捜し回ってたんだよ! 途中から鼻が利くから俺もついてこいって言われてさ! 全くやんなっちゃうぜ! 猫はさ、睡眠を取らないとストレスで死んじゃうんだからな! かの有名な悪役令嬢もストレスを溜め込んだ時にこう言うんだ! あー、もう駄目! あたし死んじゃう! ってな! ……あれ、それ違う作品?」

(ミランダ様……)


 あたしも信じてました。


 もっと温もりを感じたくて、涙を浮かべる目を閉じる。


「ミランダ様……ありがとうございます」

「……帰ったら説教だよ」

「わかってます」

「それと、その体も見るよ」


 ミランダ様があたしの手に触れた。


「お前、どっかおかしくなってるよ」

「えっ」

「詳しくは家に帰ってからだよ。全く、今夜は出前だよ。疲れちまった。礼は倍にして返してもらうからね。ルーチェ!」


 ミランダ様の箒が、霧の道をひたすら進んでいく。見慣れた道に出るまで、あたしはミランダ様にしがみつき、目を開き、外の世界を懐かしみ――ミランダ様の背中の温もりを感じていた。

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