第22話 お別れ
バスを使って真っ直ぐ東の森へ入っていく。
(10分だけならいられるな)
もうしばらく帰ってこないだろうから、最後にここを満喫したかった。
(お前、人が寄っちゃいけない森だったの? 知ってたらお前を参考になんかしなかったのに)
森がくすくす笑うように木の葉を風で揺らした。
(……こんなに良い所なのにな)
心が癒やされ、妙に落ち着く場所。……これが魔法石の、聖域の影響ってやつなのだろうか。
(まだジュリアさん達いるのかな?)
ぱっと上を見上げると、背後から紫の瞳がじっとあたしを見下ろしていた。
「うわっっっ!!」
驚きすぎて前転三回。木にぶつかって体が止まる。逆さまのジュリアが手を振る。
「ボンジュール! 間抜けちゃん。また会いましたね! ……大丈夫?」
(びっくりした……)
「君達はいつ出発するの?」
「あ……ランチを食べ次第です」
「はぁー。そうですか。では聖域探しのお手伝いは頼めませんね」
「……あの場所だけじゃ、駄目なんですか?」
「魔法石の調査ですからね。一箇所だけでは情報が足りないんですよ。なのにこの森ときたら! すげー意地悪ですね! こんなに探してるのにまるで宝物を隠してるかのよう! 悪戯なんかしないのに! 私達は皆の安全のために調査してるっていうのに!!」
(荒れてんなー)
「というわけでね、間抜けちゃん、ほら、最近私、こんな意地悪な森に捉まってるもんだから、二人で話す機会なんてなかなかなかったと思うんですよ」
「……あー。そういえばお店もき、来てませんでしたもんね」
「ここに来てからもあの化粧仮面の光オタクが邪魔して話せなかったでしょう? 良ければ今のお時間、私の話し相手になっていただけませんか?」
「あの……せっかくなんですけど、そろそろ出ないといけなくて」
「オ・ララ? 何時までに駅ですか?」
「あ……その、12時までにホテルに戻らないといけないんです。ランチを食べる予定で……」
「集団生活は大変ですよね。ではこうしましょう! 私が飛行魔法で送ります。それなら、まー、10分くらいで到着するでしょ?」
「い、いえ! そ、それは、あの、あの、あの、もーしわけないので!」
「私は平気ですよ。どーせ、この森は聖域をそう簡単に見せることはしないようですし? ……それに」
ジュリアが小さく笑った。
「何かお悩みでは? お喋り拙いお嬢さん」
「……」
「11時50分につけばいいですかね。40分に飛びましょうか。うん。まだ余裕で話せる時間はある」
「……」
「さあ、どうぞ。お間抜けちゃん。大丈夫ですよ。私も疲れてるんです。今だけ、悩みを聞いたからってしつこくスカウトしたりしません」
「……明日はするんですか?」
「そうですね。するかもしれないですね。ぐひひひひ!」
ジュリアがあたしの座ってた巨大な丸太に座った。
「さ、お隣どうぞ。お弁当はないけれど、お喋り拙いお嬢さん。私はね、少々気になるの。何をそんなに納得いかないお顔されてるのかしら? 良ければ、その理由と経緯を教えてくださるかしら? ひょっとしたら、私があなたの願いを叶えられるかもしれない。……なんてね! ひひひひ!」
「……また、ボロボロにする気ですか?」
「ボロボロだなんて、とんでもない。私なりの誠実で真剣なアドバイスです」
過去のあたしは悩みを打ち明けた。そしたら貴女は、向いてないから違う道に行けと言ってきた。なのに、今のあたしも貴女の隣で、また悩みを打ち明ける。
「……宿泊学習中に課題が出て、その発表を行ったのですが……結果は、勿体無い、という評価でした」
勿体無い。
「見せれるものを作ってきなさい。これなら練習の量だってわかります。こういう魔法ならもっとこうした方がいい。その魔法をもっとこうするんだなってわかります。勿体無い。惜しい。だから、もっと需要と供給を調べなさい。……人と違うことをしろと言うから、人と違うことをしたらそう言われました」
「なるほど。つまり、君は依頼人にそぐわない魔法を出して評価をもらった。そういう認識でいいかな?」
「……はい」
「確かに人と違うことをするのは目立てるし、学校内ならそういう手もある。だけどね、間抜けちゃん、えーっと……課題内容は?」
「観光客に見せて、アウデ・アイルが盛り上がる魔法」
「君がしたのは?」
「この森を……イメージしてやりました」
「あー。なるほど。……私ならこうやりますね」
ジュリアが手を叩いた。
途端に、この世界は闇に包まれた。
しかしその闇はただの闇ではなく、一日に必ず訪れる夜であった。
月が登り、潮風が吹き、耳には湖の音が聞こえる。
魚が跳ねた。
音が響く。
夜が響かせる。
夜だからこそ静かな湖が広がる。
そして、夜の中に現れる一つの炎。
上に登っていき、大きな花火を見せた。
花火は闇を照らし、また闇は花火を照らす。
闇が濃ければ濃いほど打ち上がる花火も、それを反射させて輝く湖も、全てが美しく見える。
世界を覆うほどの花火が打ち上がった。それが落ちると――闇があたしを呑み込み――瞬きすると、世界は元に戻っていた。
(……)
あたしの心臓が、激しく動いている。
(……すごい)
興奮で体が震え、心臓がどきどきして、気持ちが高ぶっている。――本物の『魔法』だ。けれどジュリアはなんてことないような顔で息を吹いた。
「アウデ・アイルは湖の都。湖無しでは語れません。この森を見せられて、初めてここに観光に来たお客様はどう思うかな? 森を好む人は少ないし、どうせだったら魔女の街と言われるのだから、そちらを詳細に知りたいですよね」
「……」
「初めて来る人のことを考えれば、どのテイストで魔法を作り上げればいいか見えたはずです。君は……そうね、人と違うことをすることばかりに囚われてなかった?」
「……」
「返事」
「……仰る通りです」
「前から言ってますよね? 真面目に学生やってるだけでは前には進めないと。しかも君は就職しててもおかしくない年齢です。大人でもあり、まだ成人してるとも言えない。需要と供給はわかりますね? そんな間抜けちゃんに質問です。ぱっと見て、この町はどんな町ですか? 君は魔法を使ってるから何度も見ててコレがいいアレがいいとなるけれど、初めて魔法を見る人にはそんなこと関係ないんですよ。結果が全てなんです。見たものが結果です。君はミラー魔術学校に通っていたからこの街を知ってるのでしょうが、知らない人からしてみれば森なんてどうでもいいんですよ。町のことが知りたいんです」
「……」
「今度からは根本を間違えないようにね。いくら自由にやっていいとは言え、それがずれてしまうと、課題の答えにすらならなくなる。おそらく……君はきっと……それでも魅力的な、見せれる魔法を作り上げたのでしょう。だからこそ、『勿体ない』。ちゃんとテーマに沿ったものを作っていれば、ちゃんと評価が出来たのに、という、お声ではないですか?」
(……あ……)
「魔法については何か聞いた?」
「……あの……ジュリアさんが……仰ったことと……同じことを、言ってました。その……見せ方は、き、綺麗だったし……発想も良かったって……マリア先生が……」
「トレビアン! あの人が言っているのなら間違いないですね! 私もぜひ見たかったです!」
「……南の森だったら……良かったかもって……。ここは……聖域があって、あまり、人に近づかせないようにしてるって……」
「ええ。そうですよ。ここは基本一般人は立ち入り禁止。魔力がなければ入れません。まあ? 魔力を持っていても、近づこうなんて思う人は相当な物好きか――魔力分子の計算が好きな女の子……くらいでしょうね」
「……」
「君はどうして東の森をテーマにしてしまったの?」
「それは」
答えは、一つだけ。
「……この森が、好きだからです」
木々が風で揺れた。
ここ、実は地元で……もっと遠くの区に、実家があります。
「え? 間抜けちゃんの実家? まじ? 私、挨拶に行かないと!」
ふふっ。……8歳くらいまで、ここら辺に実家がありました。寿命が切れたアパートを借りていて、家族5人で狭くてぼろぼろのアパートで暮らしてました。丁度あたしが……ミラー魔術学校から卒業証書が届いてしまって……、精神が不安定になって、家にいたくなかったり、動画撮影にハマったりしたのもあって……よくここに来てました。撮影する時も、光魔法を使いたければ森が周辺を暗くしてくれるし、闇魔法が使いたければ、太陽の昇る場所まで案内してくれました。お姉ちゃんとかくれんぼしたりして、迷子になって、お姉ちゃんが迎えに来てくれて……他にも妹と散歩に来たり……ここは思い出の森です。お姉ちゃんがいなくなった時も……この森があったから、心が癒された。
「……間抜けちゃん。そんな素敵な思い出がある地を、そう易々と紹介してはいけません。観光客の中には、悪い人もいますからね。こんな素敵な地に、ごみを捨てて行ったり、悪戯する人だって、出てくるかもしれません。この森は容赦しないでしょう。被害者を最小限に抑えるのはこの森の管理をしているアウデ・アイルの役員達の仕事です。忙しい役員達の仕事は減らしてあげた方が良い。……この先間抜けちゃんに、とても大切な人が出来たら……ここに連れてくればいいです。それなら、きっとこの森も歓迎してくれるでしょう。君のことは気に入ってるようですしね」
風が吹く。木々が揺れる。あたしは目を閉じた。木々の揺れる音が、まるで声をかけてくるみたいに音を鳴らす。そろそろお別れの時間だ。魔法は上手くいかなかった。勿体ないなんてどっちつかずの評価だった。でも、……また来るからね。二番目に意地悪な東の森。唯一のあたしの大好きな思い出の地。大好きな森。
(……また、いつかね)
そっと瞼を上げた。目の前に、瞼を閉じて、あたしの顔に近づくジュリアがいた。はっとして、後ろに下がる。
「うわっ!」
ジュリアが瞼を上げた。きょとんとして見下ろすと、あたしが背中から地面に倒れていた。
「……大丈夫? 間抜けちゃん?」
「だ、だいじょ、大丈夫です……(今やばくなかった? めっちゃ顔近かったけど)」
「ああ、そろそろ時間ですね。時間が経つのは本当に早い。さ、間抜けちゃん、行きますよ」
「ああ……すみません……」
ジュリアが手を伸ばした。あたしはその手に手を伸ばした。
「ありがとうございま……」
手首を掴まれ、力づくで引っ張られる。
(ふわっ!)
無理矢理足が立たされ、体がふらつくと、ジュリアがあたしの肩を支え――首元にキスをした。
「ひゃっ」
驚いて肩が揺れると、ジュリアがふふっと笑ってあたしの耳に囁いた。
「今日はここまでにしておきましょう」
ジュリアが離れ、あたしに微笑む。
「楽しみは後に取っておいた方が面白いですからね」
「……あの」
「はい?」
「ジュリアさんは……女性が好きなんですか?」
「は? 恋愛対象ですか? あはは! まさか! 同性なんかに恋なんてしませんよ! 体の作りも一緒だし魅力なんか一切感じません!」
「……ああ、そうなん……すね……」
あたしはジュリアの手を見る。あたしの肩を撫でている。
「言ってしまうと、魔法調査隊は社内恋愛も可能ですよ。間抜けちゃん」
「ああ、そうなんすね……」
「それと、訓練では主に攻撃魔法と防御魔法を中心にやります。逃走中の犯罪者を相手にする時もありますからね。どれだけ相手をビビらすことが出来るか、に長けてますね」
「……ああ、な、なるほど。た、た、た、確かに……相手を怯ませないといざって時、大変ですもんね」
「より不気味な魔法を出し、実績を上げていくものが出世する世界です」
「面白そう」
――ジュリアの口角が上がった。
「見学に来ますか?」
「え?」
「いいですよ。君なら。お友達も連れてきてもいいし」
「……えーと、あの」
「連絡ください。チャット知ってますよね?」
「あ、はい」
「不気味な魔法なら、君の得意分野じゃない?」
そういえば、あたしは魔法調査隊について何も知らない。嘘前提のネット情報ならいくらでも調べられるが、実際に見てはいないから、その全貌を明確にはわからない。
「でも、体力ないですからね。集中力も切れちゃうし……」
「逆に、そこさえクリアしてしまえば、好きなだけ自分の魔法が使える。友好的な相手なら見栄えのいい魔法を。攻撃的な相手なら、怖がらせる魔法を」
スカウトではない。これはスカウトではない。けれど、好奇心をくすぐられているのが自分でもわかる。
「ただの魔法使い業よりも、ずっと君に合ってると思うんだけどな?」
ジュリアが笑顔で囁く。
あたしの弱い心が揺れ動く。
「ああ、今日はスカウトは無しでしたね。残念です」
「……」
「間抜けちゃん、そろそろ行きましょうか。時間です」
「……はい」
それ以上詳しいことは言わず、ジュリアはあたしを後ろに乗せて、箒で森から抜け出す。あたしはジュリアに掴まり、アウデ・アイルの景色を眺めながら――頭の中では、魔法調査隊のことでいっぱいだった。
(どんな感じなんだろう)
(見学くらいなら行ってもいいかもしれない)
(でもそれはミランダ様を裏切る行為じゃない?)
(見学だけならいいよ)
(そうかな?)
(見学だけなら)
(見学か)
(……)
今ここにミランダ様がいたら、すぐに相談していただろう。
(NOって言われたら諦める?)
(……)
(理由があれば、YESって言ってくれるかも)
(いや、どっちでもいいよ。あたしはどっちみち光魔法使いになるんだから)
(いや、関係ないじゃん。光魔法でも魔法調査隊はやれるわけだし)
(そうそう。あたしは、魔法調査隊の活動内容が気になるだけ)
(世界を知るのは大事なことだ)
風が吹く。
(ジュリアさんの背中、あったかいな……)
闇の魔力があたしを包み込む。それが心地いい。まるで海に浮かんでいるみたい。浮かんだ体で太陽を浴びてるような、そんな心地。
(この女……これだけ魔力があるなら……)
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「……」
「……はっくしゅん!」
「おや? 花粉ですか?」
「ふあ……大丈夫です……(やべ、ぼうっとしてた……)」
ホテルが見えてきた。
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