第21話 発表本番


 クラスメイト達が目の下にクマが出来たあたしとトゥルエノを見た。


「なんか、二人とも……」

「宿泊学習来てから……寝不足になった?」

「「ははっ。まさか、そんな……」」


 あたしとトゥルエノは空笑いをし――食事を前に溜息を吐いた。


(眠い)


 合流したマリア先生はあたし達を叱らなかった。むしろ、ホテルの周りに落ちていた魔法石の影響で夢遊病になっていた人々を止めたこと、魔力探しを使って地下に向かったことを褒めてくれた。


 問題はそこからだった。


(……あれ、なんかほわほわしてきた……?)

「……? ルーチェ?」


 トゥルエノがあたしの手を握った。


「大丈夫?」

(あれ……なんか……トゥルエノが……すごく可愛く見えて……いや、元々可愛いんだけど……)

「ルーチェ、なんか……目がとろけてるけど……」


 その瞬間――トゥルエノが目を見開いた。あたしが――壁に手を置き、トゥルエノを閉じ込めたから。


「やあ。こんばんは。素敵なトゥルエノ」


 綺麗な髪の毛にキスをする。


「君の瞳はまるでダイヤモンドのように美しい。いや、それ以上だ。美しく輝く君に近づくことを許してほしい」

「へ、きゅ、急に、る、ルーチェ!?」

「トゥルエノ、どこを見ているの? あたしを見て」

「ふぁっ!?」

「視線をそらさないで。あたし以外の誰かを見るなんて、許さない」

「へ……へええ……?」


 トゥルエノの頬が赤く染まっていく。なんて可愛い人だ。


「どうしたの? トゥルエノ。こんなに顔を赤く染めてしまって……」

「きゅ、急にルーチェが色っぽく……! しかも、饒舌に!」

「ああ、なんて愛おしい人。もっとその声で、あたしの名を呼んでください」

「や、やだ……。恥ずかしい……」

「恥ずかしいだなんて……」


 顎を掴み、愛おしい人の目を自分に向かせる。


「ひゃっ」

「もっと見つめ合えば、そんな気持ちもなくなる」

「る……ルーチェ……」

「トゥルエノ……」


 そこでアンジェに首根っこを掴まれ、引っ張られた。


「師匠、魔力」

「やあ、美しいアンジェ。良い夜だね。あたしと良いことしない?」

「すごい! ルーチェが副作用でクレイジー君みたいになってる!」

「俺っち、あんなんじゃねえよ」

「やあ、クレイジー・ボーイ。そしてキュート・ガールなアーニー、相変わらず君は可愛いね。頭を撫でて、抱きしめたくなる。どうかな。今夜、あたしに愛でられない?」

「ルーチェ、口開けな」

「おや、こいつは参ったな。両手に薔薇。美人ぞろいの中に本命の登場。あたしの嫁さんが現れてしまった」

「誰が嫁だい。口開けなって」

「なんだい? 濃厚な大人なキスでもしたいのかい? ベイビー。はあ。仕方ない。君が求めるならあたしはいくらでも答えようじゃないか」


 無理矢理小瓶を口に突っ込まれた。


「はぶっ」


 魔力が体内に流れていく。失われた魔力が体に戻ってきて、脳に入ってきて――あたしは我に返り――稲妻の速さで土下座をする。


「申し訳ございませんでしたーーーーーーー!!!!!」

「いいからさっさと起きな。ベイビー」

「うごおおおおおおおおお!! 大変! 誠に! 失礼、致しましたーーーーー!!!」


 額と体を地面に擦り付け、土下座以上の土下座をする。破門は嫌だ。破門にだけはどうか! ご容赦を! 情けを!

 可哀想だと同情したトゥルエノが震えるあたしに手を差し出す。


「ルーチェ……大丈夫?」

「……はぁ……クラクラする……」

「副作用の後だもんね……」

「トゥルエノも、まじでごめん……」

「私は……大丈夫。ちょっとびっくりしたけど……」

「まじ……はあ……ごめん……」


 トゥルエノに引っ張られて立ち上がる。ホテル内は魔法警察でいっぱいだった。今夜夢遊病の事件が起きたのはこのホテルのみだったらしく、他は何も被害が出ていないことから、不可解な事件として、外にはマスコミが来始めていた。気前の良い先輩もいるかな? 夜遅くにご苦労様です。


 マリア先生があたし達に近付いた。


「副作用が起きるかもしれないから、皆も部屋に戻りなさい」

「ルーチェ、歩ける?」

「吐き気が……はぁ……やば……」

「送ってくよー。ルーチェっぴー」

「あ……ありがとう……。クレイジー君……」

「三人とも、寄り道せず真っすぐ戻るのよ」

「わかりました。マリア先生。……そんじゃーねー。ミランダちゃーん」


 クレイジーが手を振り、トゥルエノはあたしを支えながら歩き出す。はあ。辛いよ。吐き気がするよ。うっぷ……。


(明日、課題大丈夫かな……)

「……ねえ、ルーチェ、……ルーチェとミランダさんって……短期間であんなに仲良くなったの?」

「……トゥルエノ、口固い?」

「ん?」

「ここだけの話」

「……私に話していい話?」

「……弟子入りしてるの。春から」


 トゥルエノが黙った。きょとんとして……目を見開いて……呆然と言った。


「は?」

「いやー、びっくりするよね。でもマジだからさぁ」


 隣でクレイジーが話に入る。


「トゥルエノちゃん、学校祭の夜の部いなかった? ルーチェっぴ、結構イチャイチャしてたっぴよー?」

「……え? ほ、本気で言ってるの? ルーチェ……。……ミランダ……ドロレス……だよ?」

「……このままじゃ、魔法使いになれないと思って」


 ふらつく足に目を向ける。


「紹介なんだけど……その伝手に甘えて……沢山叱られたけど……なんとか、弟子にしてもらえた」

「……本当なんだね」

「……トゥルエノ、あたしには……」


 もう、


「……後がない」


 11年、卒業証書が来なかったことが奇跡だ。


「今年で上がれなかったら……もう……終わっちゃう……気がする。……ベリーじゃなくて……あたしが……」

「……」

「だから……その分、頑張ろうと思って……学校のイベントには……極力、参加するようにしようとか……テストは絶対良い点取らなきゃとか……そうしないと……あたしも……結果を残せない。……ミランダ様の顔にも、泥を塗ることになる。だから……」

「……本気なんだね。ルーチェ」

「……嫉妬する人とか、紹介元とか……調べる人とか……出てきそうだから……言わないでほしいな」

「大丈夫。ルーチェのことは、私、絶対に誰にも言わない」

「……ありがとう」

「……ユアン君は知ってるの?」

「もちろん」


 クレイジーが笑顔で頷いた。


「それネタにダンス誘ったからさー?」

「えっ、そうなの?」

「……そう。脅されたの……」

「……大変だったね。ルーチェ。でも……」


 トゥルエノがあたしに微笑んだ。


「これからは、私もいるから」

「……うん」

「一緒に頑張ろう。ルーチェ」


 手を握り合う。


「一緒に上に上がろう」









(はー。まじでこの後、発表かー……)


 眠たい目をなんとかこじ開けながら、あたしは部屋の荷物をまとめる。


(忘れ物……ないよな? 大丈夫だよな? 怖いんだよなあ。こういうの。後から発見されそうで)

「ルーチェ、部屋点検するね」

「あ、うん」


 トゥルエノがしおりを持って歩き出す。ベッドの片づけOK。部屋のゴミなどOK。トイレOK。脱衣所OK。浴室――。


「……おっけー」


 トゥルエノがしおりにチェックを入れた。


「忘れ物はないみたいだね」

「今のところはね」

「スマホは持った?」

「スマホ……あれ、どこだ? あれ?」

「ルーチェ、手に持ってるよ」

「あ、本当だ。うわ、もう、わ、やだ。もう。完全にぼけてる」

「多目的ホール行こう?」

「うん」


 多目的ホールに研究生クラス全体が集まる。あたしのクラスだけではなく、他の研究生クラスもいる。マリア先生がホールに入ってきた。


「皆さん、おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」

「なんかすごくぐっすり眠れたよね」

「ベッドが良かったのかな?」

「や、もしかしたらハロウィンが近いからお化けが悪戯したのかもよ?」

「やだ、怖いこと言わないでよ」

(……ハロウィン近くにやってくるおばけの話か。おばけが現れる夜には大勢の人々が悪夢を見て……目が覚めたら、青あざが残って、悪夢のことは忘れる。……いいね! 次の小説の章はこれで行こう!)

「今日は各課題の発表をしてもらいます。予定では12時には終わる予定です。そこでランチを食べて、このアウデ・アイルとお別れです。先に終わった人は昼食の時間に間に合うようなら、街を歩いても構いません」


 マリア先生が杖を振り、チームが載ったリストを壁に貼った。


「それじゃあ、隣の部屋にいます。三分後に最初のチームの人達は来てください。ミランダからアドバイスをいただいてると思うので……期待してますからね」


 マリア先生の笑顔に、全員が凍り付いた。マリア先生が笑顔で多目的ホールから出ていく。直後、一斉に全員立ち上がり、リストの順番を確認した。


(あ、結構最初の方だなぁ)

「ルーチェ、これが最後だから……満足いくまで練習しよう?」

「……だね」


 ミランダ様に見せるわけではないけれど、ミランダ様が見たという前提があるからいつも以上に良いものを出してくれるだろうとマリア先生は期待している。そして評価する。ミランダ様は一人一人のプロフィールが記載された紙に何か書いていた。前回のアドバイスがそのまま書かれているのかもしれない。つまりそれをクリア出来てないといい点数はもらえない。いい点数がもらえないと、上のクラスに上がる確率は大いに下がる。


「……ね、トゥルエノ、ちょっと提案なんだけど……」

「え?」


 あたしの提案のせいで、発表時間までみっちり練習することになった。まじごめん。


(でも、これが上手くいけば……)


 理想を描けばそれを実現するために積み木のように作り上げていく。それが二人なら二人で積み重ねていく。練習一回で一つの積み木。トゥルエノが重ねて、あたしが重ねて、どんな形にするかは既に決まってるから、その形になるまで積み重ねる。ベースをしっかり置いて、上はどんどん積み木の量が少なくなっていき、変化球をつけて、屋根なんてつけたりして、そうすれば、立派な形が出来上がる。でもこれは完成ではない。トゥルエノとあたしはそれを見て、完成ではないと思うので、またさらにそれを積み重ねる。理想の形はあるけれど、いざ形で作ってみると完成がわからなくなる。だって、完成した形を見たことがないからどれが完成なのかがわからない。それでも出来たこの積み木をマリア先生に見せなければいけないから、あたしも、トゥルエノも、一生懸命考えながら杖を振る。魔力を使って、水を飲んで、まだまだ平気と言って、どうせこの後眠れるんだからと気合を入れて、昨日もやった。演出がちょっと違うだけ。大丈夫。寝不足が何だ。この後新幹線で眠れるぞ。だからとにかく、今は集中して。大丈夫。眠くないぞ。集中して。一人ならしんどいけど、トゥルエノがいてくれるなら、頑張れるよね。楽しめるよね。


 トゥルエノは笑ってる。

 それに釣られてあたしも笑う。

 ずっとこのまま魔法を使っていたくなる。


「戻ったよー」

「次の人誰ー?」

「……あっ、私達!」


 トゥルエノが手を上げ、あたしを見た。


「行こう。ルーチェ」

「うん」


 書くものを持って隣の部屋へ。奥でマリア先生と――黒猫が座っていた。ん? 誰だろう。セーレムじゃなさそう。


「研究生クラスのトゥルエノ・エルヴィス・タータと!」

「同じく、研究生クラスの……ルーチェ・ストピドです」

「はい。好きなタイミングでどうぞ」


 互いの顔を見合わせる。


(……行くよ。トゥルエノ)


 トゥルエノが頷く。あたしは息を吐き、トゥルエノが手袋を外し――息を吸って――唱える。


 さあ、――魔法を始めよう。


「地面よ壁よ、姿を変えよ。我の思う通りの姿となりて、頭を見よ、思考を見よ、我はこの姿を求める」


 瞼を閉じて、あたしの魔力が幻覚を作り上げる。頭の中でより鮮明にイメージを魔法として表に出す。大丈夫。怖くない。だってトゥルエノが側にいる。部屋が東の森と化する。鳥の鳴き声。鹿の足音。動物達の影。大きな木。同じ景色。一つの木にブランコがぶら下がり、それにトゥルエノが乗った。トゥルエノは大きくブランコを揺らした。後ろに下がって、前に揺られ、また大きく後ろに下がって、前に行った時――トゥルエノが天に向かって飛び出した。


「風よ波よ、彼女を飛ばせ。チョウチョのように、鳥のように」


 あたしの魔力が風の波となり、トゥルエノがそれに乗り、杖を振った。


「電流さん、あなたは何色?」


 宙を飛ぶトゥルエノが体内の静電気と魔力を込めてより強い電流を木に流す。そしてその木に色がついた。黄。緑。青。紫。ピンク。赤。グラデーションに並ぶ森。トゥルエノが宙で一回転して木に落ちた。


「フィナーレ!」


 あたしとトゥルエノが杖を構えた。


「電気よ」

「光よ」

「「輝け!」」


 巨木が光り輝く。その巨木を中心にグラデーションに色付く木達が並ぶ。遠くからは海の音。カモメの鳴き声。全ての木に流れる電流がどんどん強くなっていく。やがてそれが大きくなって、爆発する。


 マリア先生がきょとんと瞬きした。

 森が消え、いるのはクラッカーを持ったトゥルエノとあたし。中からは『ようこそ! アウデ・アイルへ!』という紙が垂れる。


「……以上です」


 トゥルエノが紙を手に巻いた。


「ありがとうございます」

「あいがとうございます」


 あたし達は下げた頭を上げる。評価を待つ。マリア先生が頷く。


「なるほど」


 しばらく考え、言葉を探し……あたし達に伝える。


「率直に言うと、……勿体無い」

「「……」」

「発想自体はすごくいいわ。皆と別のことをしようとしたのね。……でもね、聞いて。二人とも。アウデ・アイルの一番の見せ場はどこ?」

「……湖です」

「そうね。トゥルエノ。湖よね? 今回は皆がいたから森の発想になったと思うんだけど、観光客に魔法を見せるのがあなた達しかいなかったら、って考えたら……これは本当にアウデ・アイルの街を盛り上げるための魔法かしら?」

「「……」」

「いい? 評価を決めるのは魔法を見る人なの。どんなに演出が良くても、出来が良くても、それが需要に伴ってなければ白紙と同じ。だから……勿体無いのよ。見せ方はとても綺麗だったわ」

「「……」」

「二人とも、もっと探してみて。何が需要があって、お客様は何を求めていて、依頼人はどんなものをやってほしいのか、それを考えればちゃんと見えてくるものよ」


 それに、


「東の森がなぜ地図に名前が載ってないか知ってる? その森にはね、魔法石が埋まってる聖域があって、なるべく人を近付かせないようにしてるの」

(……まじか……)

「というわけで……選択ミスね。南の森ならまだ良かったかもしれない」

「「……」」

「よく反省して、次に活かすように。以上」

「ありがとうございました」

「……ありがとう、ございました」


 マリア先生の側で黒猫が丸くなった。トゥルエノと部屋から出ていく。多目的ホールに戻り、次のチームを呼ぶ。やっと終わった開放感と、煮えきらない思いが胸の中で蠢く。


(……勿体ない、か)


 駄目、ならわかる。練習量が足りなかったんだ。

 素晴らしい。これもわかる。両手を上げて喜ぶだろう。

 勿体無い。惜しい。……これの答えは何なんだろう。違う。そこじゃない。だから勿体無い。……でも、ずれてることは言われないとわからない。探す? 何を? わからない。具体的な言葉がないと理解ができない。正解が見つからない。


(……終わったのか……)


 正直、かなり期待していた。ミランダ様から指摘がそこまで悪いものではなかったから、これで評価は抜群に上がるだろうと思ってた。一昨日とは全く違う。成長してる! そう言われるかと――油断していた。


(……根本的に……ずれてたのか)

「……ルーチェ」

「ごめん。あたしが……東の森、参考にしたいって、言ったから」

「……でも、聖域があるなんて知らなかったし、あんなのちょっと後出しじゃない? 私は……ちょっと……納得いかない」

「……」

「この後どうする? まだ時間あるけど」

「……ちょっと、出掛けてくる」

「一人で?」

「……うん。トゥルエノは?」

「んー……。お土産買いに行こうかな!」

「……」

「集合時間、遅れないようにね」

「……うん。気をつける。……ありがとう」

「ううん。行ってらっしゃい」


 あたしは最低限の荷物だけ持って、ホテルから出た。


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