第13話 潰れた貴女は格好悪い


 ミランダ様の唇が、直接口に触れている。


(ちょっ)


 ミランダ様の両手が、あたしの腕を壁に押さえつけていて、動かすことが出来ない。


(ミランダ様)


 舌が入ってきた。


(わっ……!)


 絡まってくる。


(わ、ちょ、まっ……)


 熱い。


(待って……)


 待ってくれない。


(……待って……)


 力が入らなくなってくる。


(ミランダ様……)


 ――ミランダ様の唇が離れ、腕を掴む手の力が緩むと、あたしはその場にずるずると座り込んでしまった。


(ち……力が……)


 ミランダ様が一緒に座り込んだ。


「あ、ちょ……」


 ミランダ様があたしの両頬を押さえて、再び唇を重ねてきた。


(み、ミランダ様!?)

「……んっ……!」


 ミランダ様の舌が再びねじ込まれる。


(や、ま、また……)


 ミランダ様の舌があたしの舌を捕まえる。


「んむ……」


 ミランダ様のドレスを握ると、ミランダ様がよりくっついてきて、キスを――してきて、舌を絡ませてきて――気付いた。


(……アルコールの匂いがする……)


 ミランダ様が口を離した。あたしはすぐにミランダ様の顔を覗く。


「ミランダ様、お、お酒、飲まれ……」


 ミランダ様にまたキスをされる。


「むふっ!?」

「じゅるるるるる!」

「むぅ!?(吸われてる!)」

「ぐちゅ、ぶちゅる、じゅる」

「んっ! んん!(そ、そんなキス……駄目です!)」

「ぶじゅ、ぐちゅ、ぐちゅり」

「ん……! んぅっ……!(は、激しい……)」

「ぷはっ」

「ふはっ! ……はぁ……はぁ……」

「んー」

「んーーーーー!!(ミランダ様ーーー!)」

「あ、ルーチェじゃん。そこで何やってんの?」

「んーーーーーー!!(セーレム助けてーーーー!!)」

「丁度よかった。その魔女何とかしてよ。あれからずっとイライラしてホテルマンにワインを頼んだんだけど、そのワインがミランダ好みだったらしくて、浴びるように飲み始めてさ。終いには自分がつけてた大人のムードが出る光魔法を解除して真っ暗闇さ。ま、俺は暗い部屋の方が落ち着くんだけど、とりあえず明かりつけない? でないと歌うお化けが現れそうな気がするんだ。ジャック、ジャック、切り裂きジャック、切り裂きジャックを知ってるかい? ってね! ……あれ、それ違う作品?」

「ちょ、ちょっと待っ……まっ……! ミランダ様! 一旦ストップです!」

「うるさいよ……。黙ってな……。ひっく!」

「光よ! 明かりを灯せ!」


 あたしの魔力が魔法に姿を変えて部屋に明かりを灯した。そこには真っ赤な顔でお酒に潰れたミランダ様が座り込んでいた。


「ひっく」

「ああ、ミランダ様! 一体どうしたんですか! ヤケ酒なんて!」

「おまえものみな……。おいしいよ……。ひっく!」

「ベッドに行きましょう。ね? 立てますか?」

「あー……」

「ああ、ミランダ様! なんでこんなお労しいお姿に!」


 ミランダ様をなんとか持ち上げて引きずり、ベッドに運ぶ。


(はあ……。なんとか運べた……。とりあえず、水……)


 ミランダ様が指をぱちんと鳴らした。急に体が重たくなる。


「あでっっっ!!!!!」


 膝から崩れ、あたしの頭がベッドに埋もれた。ミランダ様がそれを持ち上げて、自分の膝にあたしの頭を乗せて、あたしの頭を撫でだす。


「よしよしよしよし」

「……み、ミランダ様……?」

「よしよしよしよし」

「セーレム……まじで……何……どうしたの……これ……」

「知らない。俺ぐっすり寝てたんだもん。夢の中で心の友が出来て、ずっと遊んでたぜ。あいつ、良い奴だったな。夢の中だけど。あれ、何その顔。ちょっと待てよ。今一度、俺のこと観察して理解してみろよ。そりゃあ、夢だって見るよ。丸くもなって、居眠りだってこくよ。だって、俺、猫だぜ?」

「ミランダ様……お水……取りに……行きますから……」

「こうされておまえはうれしいんだろう? いつもいつも犬みたいにくっついてくるもんね? ひひひひひ! おまえのなまえは今日からポチにするかい? それともグレーがいいかい? 灰色だからグレーだよ。すてきじゃないかい。ぐひひ!」

「み、水、水よ……グラスと共に……現れよ……召喚……!」


 あたしが手を構えると、手の中に水の入ったグラスが現れた。ミランダ様に差し出す。


「ミランダ様、こちらを……」

「なんだい? これ」

「美味しい……お水です……」

「はーん。水かい。水ね」


 ミランダ様が受け取り、グラスを壁にぶん投げた。うわっ! なんてことを! あたしの魔力で作られたグラスが消え、水は地面に散らばる。


「あはははははは!」

「ミランダ様!」

「水じゃないんだよ。ひっく。今の気分は……追加のワインの気分だねえ」

「ちょ、まじで、ちょっと、本当にい、一回、離してください」

「は?」

(え?)


 ものすごい冷たい目で睨まれる。


「離して、だって?」

「……や、だから、一回、はい。一回、離してください」

「なんで?」

「ミランダ様を介抱を、で、出来ないからです」

「しなくていいよ」

「いや! します! したいので、一度、手を!」

「お前は私の弟子だよ? っ、しー、師匠の言うことが、聞けないってのかい!?」

「普段はそうですが、今は違うと思います!」

「何が違うんだい! ひっく! 100文字以内で答えな!」

「え、100? え? 100文字? え、えっと……ちょっと、待ってください。スマホ……あれ、スマホどこ……」

「さーん、にーい、いーち! ぶー! じかんぎれー!」

「ちょ、ちょっと、ミランダ様……あぶっ!」

「離しませーん!!」

「ミランダ様!」

「きゃはははははは!!」

「い、一回! 水飲んでください!」

「水じゃなくて、ワインの気分なんだよぉー♪ くひひひひ!」

「うごおおおお……!(腕力で潰される!)」

「ルーチェ……♪」

「(ミランダ様、まじですいません!!)蛍の光、懐中電灯!」


 あたしの杖から突然眩しい光が放たれ、ミランダ様が目を閉じた。


「ひゃっ」

(今だ!)


 あたしはすぐに立ち上がり、ミランダ様をベッドに押し倒した。


「むふっ」

「はあ……! まじで……! はあ……! このオバハン……酒癖悪すぎ……!」

「あー! 眩しいよー! 光が眩しー! でも大好きー! 綺麗できらきらー! 大好きー!」

「水よ! グラスと共に現れよ! 召喚!」


 再びあたしの手に水の入ったグラスが現れる。


「ミランダ様、飲んでください。明日もお仕事ですよね?」

「いーんだよ! どうせジュリアが調査してるんだから!!」

「そう言わずに飲んでください!」

「やーなこったー!」

「あっ、も……」


 ミランダ様が上によじ登り、ベッドの隅に逃げた。あたしはそれを追いかける。


「ミランダ様ったら」

「いらないよ。そんなの」

「飲んでください。お願いします」

「んーふー♪」

「ミランダ様……はあ……。どうしよう……」

「ルーチェ、ついでに俺のミルクも出してくれない? 今、俺、ミルクが飲みたい気分なんだよね」

「水で我慢して」


 あたしは杖を振ると、セーレムの皿が水で満杯になった。セーレムが眉と尻尾を下ろした。


「ルーチェのケチ」

「ミランダ様、飲んでください」

「……飲んでほしいのかい?」

「飲んでほしいです」

「どうして?」

「アルコールが分解されるからです。分解するたーめには、す、水分が必要で、二日酔いになりにく、なりにくくなるって」

「よくべんきょうしてるじゃないかい。えらいねえ。まあ、当たり前だけどね」

「飲んでください。ミランダ様。酔い潰れた貴女は格好悪いです」

「……」

「情けない先生は見たくありません」


 グラスを差し出す。


「飲んでください」

「……」


 ミランダ様が無言であたしの手からグラスを奪い、一気に水を飲んだ。


「これでいいかい?」


 グラスが消える。


「満足かい?」

(……なんで不機嫌になってるの……)

「はあ」


 ミランダ様があたしに背を向けた。


「もう出ていきな」

「ミランダ様、もう一杯飲みませんか?」

「いらないってば」

「ミランダ様」

「いらないよ。ワインをおくれ」

「もう駄目です」

「んぅ……」

「ミランダ様、寝る前にもう一杯飲んでください」

「いらない」

「トイレは行きますか?」

「行きたくなったら行くからいいよ」

「ミランダ様」


 ミランダ様があたしを見た。こんなに酔い潰れているなんて、よっぽどジュリアとの喧嘩がストレスだったのだろう。


(お労しい……)

「……ルーチェ」

「はい」

「ちょっとおいで」

「……仰せのままに」


 ミランダ様の側で横になると、ミランダ様があたしに手を伸ばした。


(あ……)


 抱きしめられる。


(……お酒臭い)

「……」

(こんなに飲むなんて珍しいな。お知り合いの方からの仕事が残ってるのに)

「……」

(……ん?)


 こめかみに、ミランダ様から唇が押し付けられた。


(お)


 頬に、ミランダ様の唇がくっついた。


(わ、お、う、あ、わ、お)


 瞼、頬、額、こめかみ、頭、眉、瞼、鼻、首。


(わっ)


 首を口で咥えられている。


(あ、あたしは、食べ物じゃありません!)


 熱い舌で舐められる。


「ひゃっ!」


 ……声を出すと、ミランダ様が止まった。

 あたしは息を吐く。

 ミランダ様があたしの上に覆いかぶさった。

 黙ってあたしを見下ろす。

 あたしはミランダ様を見上げる。

 顔が下りてきた。近づいた。お酒の匂いと共に唇が重なった。あたしは瞼を閉じた。ミランダ様の体温を感じる。ミランダ様の唾液が口の中に入っていき、ミランダ様の魔力があたしの中に侵入してくる。しかし、既にいたジュリアの魔力と喧嘩をするように混ざり合い、あたしの魔力となって溶けていく。


 口が離れた。瞼を上げる。ミランダ様があたしの上から退いた。でも、あたしを抱きしめて離さない。


「……まだ残ってるね」

「え?」

「明日は実習あるのかい?」

「あ、は、はい」

「魔力が切れるまで練習しな」

「……はい?」

「お前は下手だから、とにかく繰り返して練習しな。魔力が切れるまでやれば上達する時間も早くから」

「……あ、確かに。……わかりました。やってみます」

「魔力を使い果たすんだよ。いいね。全部だよ。全部使って、倒れるまでやりな」

「わかりました!」

「うん。それでいい」


 ミランダ様が瞼を閉じる。


「それで……いい……」

「……ミランダ様?」

「……すう……」

「……はあー……」


 あたしは起き上がり、ミランダ様の腕から離れた。水を飲み終えたセーレムが顔を上げ、あたしはテーブルに置かれたおつまみの袋と空のワインをゴミ袋に入れる。


「ホテルの人に出してくる」

「すげえ。ルーチェが弟子っぽいことしてる」

「弟子だもん。……ミランダ様、ずっと飲んでたの?」

「ジュリアと喧嘩した日はずっとイライラしてるけど、今日のは特に酷かったな」

「……一回、あたしが直接、ジュリアさんとお話しした方がいいかもね」

「それはやめておけば?」

「え?」

「だってさ、お前、例えばジュリアに何かされたら、対抗できる?」

「……」

「うん。だからやめておけば? 面倒ごとはミランダに頼んどいた方がいいぞ。全部解決してくれるから」

「……でも」


 元々は、あたしが撒いた種だし。


(でも、確かに……二人で話したところで、上手く言いくるめられて終わりそう。本当に誘拐される可能性だってある。あの人ならやりかねない)


 あたしはベッドに近づく。ミランダ様はよく眠っている。


「……ごめんなさい。ミランダ様」


 いつもご迷惑ばかりおかけして。


「ありがとうございます」



 ミランダ様の額にキスをする。



「大好きです。ミランダ様」


 綺麗な手の甲にもキスをしてから、ゆっくりとベッドに置き、ミランダ様にシーツをかける。


「じゃあ、セーレム。ゴミは持っていくから」

「おう。また明日な」

「会えたらね。お休み」

「お休みー」

(はあ。……これ捨てたら戻ろう。トゥルエノが待ってる)


 あたしはゴミ袋を持って、フロントへと歩き出した。








「……謝れたかな。ルーチェ」


 トゥルエノがキャンプファイヤーを眺める。


「火って綺麗だな」


 ちらっと見下ろす。紙皿には食べ終わった串が置かれている。


「……」


 食べ終わった串が置かれている。


「……」

「あれ、トゥルエノ、どこ行くの?」

「ちょっとトイレ」

「あ、そっちにあるよ」

「あ、本当だ。ありがとう」


 トゥルエノが女子用の個室トイレに入った。とても綺麗なトイレだ。掃除が行き届いている。


「……」


 トゥルエノが人差し指と中指を合わせて、いつものように口に突っ込んだ。


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