第8話 とても厄介な奴ら


 トゥルエノとアイスを買いに売店までやってくる。就寝は22時だから、それまでに部屋に戻れば大丈夫。


(すげえ。いっぱいある。何買おうかな)

「ルーチェ、見て。こっちにお土産も置いてあるよ」

「あ、本当だ」


 最終日にミランダ様に買っていかないと。


「ルーチェ、私ちょっとあっち見て来るね」

「うん。あたしもここら辺ゆっくり見てるよ」


 トゥルエノが向こうの棚に行き、あたしはのんびり歩き、売店を抜ける。自販機が置いてある。値段はちょっと高い。横を見る。大きな窓が外を映す。


(田舎特有。夜空が綺麗)


 ホテルの庭が見れる。


(……ん?)


 庭で何かが光ってる。


(なんだろう)


 あたしの足が進んだ。


(光ってる)


 あたしの手が窓を開けて、スリッパのまま外に出た。


(とても必要なものな気がする)


 あたしは近付く。


(あれはあたしにとってとても重要なものな気がする)


 あたしの足が止まり、しゃがみこむ。


(あ、あった)


 あたしは手を伸ばす。




 見 つ け た 。





「ノン」


 横から手首を掴まれた。


「触ると危ないですよ。火傷しちゃうかも」


 目を動かした。闇の魔法使いがそこにいた。紫の目が見て来る。あ、こいつは厄介だ。引っ込んだ。あたしはぽかんとして、瞬きをして――眉をひそめた。


「え?」

「ボンソワール。素晴らしい夜ですね。間抜けちゃん」

「……へあ?」


 あたしは振り返った。ホテルがある。横を見る。――ジュリア・ディクステラがいる。


「……。……。……ジュリアさん、何してるんですか?」

「ウイ。実は、極秘調査の為出張に出てまして、いやあ、まさかヤミー魔術学校の宿泊学習と被るなんて、しかも、同じホテルにいるとは思いませんでした。間抜けちゃん。こんな状況でも会えて嬉しい。コマンタレヴご機嫌いかが?」

「極秘調査。はあ。そうでしたか。すごいですね。……ここに泊まってるんですか?」

「ウイ。全員で泊まってますよ? 母校の街で野宿しろなんて言われたらボイコットする予定でした」

「……あー。そうですね。ミラー魔術学校ですもんね。ジュリアさん」

「ウイ」

「行きました?」

「帰りにチラッと寄ってみますかね。君も一緒に行く?」

「あはは。いいえ。もう誰も覚えてませんから」

「そうですか。それは残念」


 ジュリアがあたしの手首を離し、素手で光る石を掴んだ。ん。そういえばあたしはなんでこんなところにいるんだろう。またぼうっとしていたのだろうか。ジュリアが石を持ったまま立ち上がった。


「それにしても気味が悪いですね。こんなところにこんなものが落ちてるなんて」

「それなんですか?」

「オ・ララ? 間抜けちゃん。気付いてなかったの? これ、魔法石ですよ?」

「……え?」


 あたしは辺りを見回した。ここはホテルだ。


「……魔法石が、どうしてこんなところに」

「君はどうして外に出たの? 魔法石を拾おうとしてたのはどうして?」

「……いえ、実は……あたし、あの……ぼうっとしてたみたいで……気が付いたらここにいました」

「おや? ひょっとして寝ぼけてる?」

「かもしれません……。今日は朝の4時から行動してて……疲れてますね。……光ってるものがあるなーって思ったら……気が付いたらそっちに向かって歩いてて……」

「オアシス。お疲れ様です」

「ジュリアさんもお疲れ様です。こんな遠くの街まで……」

「ルーチェー?」

(あっ! やべ! トゥルエノ!)


 あたしは慌てて振り返り、ジュリアを見る。


「あの、じゃあ、友達が呼んでるので、これで」

「ええ。ボンヌ・ニュイお休みなさい

「すみません。失礼します」


 あたしは窓から中に戻った。びっくりした。売店にいたトゥルエノと目が合い、あたしから歩み寄る。


「ごめん。ちょっと外にいた」

「いないからびっくりした」

「疲れてるのかも。アイス買って早く部屋戻ろう」

「うん。私も今日はすぐ眠れそう」


 トゥルエノと再び売店のアイスコーナーに戻って来る。さてと、何食べようかなぁ。


(あ、待って。シュークリームアイスがある。美味しそう)

「ルーチェ、どれにする?」


 後ろにいた女性客が振り返った。


「これにする」

「あ、美味しそう。いいね。シュークリーム」

「好きなんだよね」

「じゃあ私は……これにしようかな」

「あ、いいね」

「あ、良いこと思いついた。明日もあるでしょ? パックで買っていかない?」

「あ、なら割り勘する?」

「うん。しよしよ! その方が部屋でゆっくりできるよね」

「トゥルエノ頭良いー」

「えへへ!」

「じゃあとりあえず今持ってるのは個人で買うとして……どうしよっか。何がいい?」

「ルーチェはどれがいい?」

「んー……これは? バーニラとちょ、チョコが入ってるって」

「あ、いいね。値段もお手軽」

「決まり」

「レジ持って行こう!」


 トゥルエノとレジにアイスを持っていく。合計額が出た。あたしとトゥルエノがお財布を開いた。


「えっとそれじゃあ……あ、ルーチェ、細かいのある?」

「うん。ちょうど渡せそう」

「あ、じゃあ、先払っちゃうね」

「あ、ありがとう」

「じゃあ、これで……」


 トゥルエノが札を出そうとすると、あたしとトゥルエノの間からブラックカードを握った長い腕が伸びた。


「これでお願いします」


 ――その声を聞いた途端、あたしの背中にぞくぞくぞくぅ! と寒気が走り、頭の中で危険信号のサイレンが鳴り響いた。トゥルエノが振り返り、はっと目を見開く。


「え!? あ! パルフェクト先生!」

「トゥルエノちゃん、久しぶりだねー」

「わ、覚えてくださってたんですか!?」

「可愛い教え子のお名前を、わたくしが忘れるはずないでしょう?」


 肩をぽんぽんと叩かれ、あたしはとうとう凍り付く。


「ね? ルーチェ♡」

「……ははっ」

「はい。アイスどうぞ」

「ああ、すみません! あの、お金払いますけど……!」

「短い間だったけどわたくしも皆の先生だったんだよ? これくらい奢らせてくれないかな?」

「パルフェクト先生……!」


 じーんと感動するトゥルエノの横で、あたしはひたすら不信な目をパルフェクトに向ける。お前、なんでここにいるんだよ。早く出て行けよ。さっさと都会に帰れ。睨んでると、パルフェクトが返事の代わりにウインクしてきた。ふげっ!


「アウデ・アイルでドラマの撮影があってね? 明々後日しあさってまでいるんだ」

「あ、そうだったんですね。じゃあ、私達の宿泊学習と被ってますね」

「あ、そうなんだ」


 パルフェクトが微笑んだ。


明々後日しあさってまでいるんだ……♡」

(なんでこっち見て来るかわからないけど、あたしは何も知らない。何も見てない。何もわからない。アイス食べたい)

「じゃあ、また会えるかもね! 明日は一緒にお風呂入れたりして! あは♡!」

「うふふ。パルフェクト先生がいらしたら、大浴場が混雑しちゃいますよ」

「(いや、まじで来んなよ。お前。来るんだったらあたしは間違いなく部屋のお風呂使う)トゥルエノ、行こう」

「それではパルフェクト先生、これで失礼します。アイスありがとうございました!」

(ああ……真夜中にチャット連打が来そうな予感……)


 パルフェクトが手を振る中、テンションが上がったトゥルエノと、青い顔のあたしが部屋に戻っていく。はあ。絶対会わないと思っていたのに会ってしまった。


(いや、忘れよう。今はとにかく、課題に集中だ。明日も頑張らないと)


 そう思いながらシュークリームアイスを口の中に入れると、一時の幸せが訪れた。

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