第5話 夜の長電話


 ランチの間に打ち合わせをする。時間は有効的に。


「喧嘩の時の魔法どうすっかー」

「やっぱりベタに爆発とか?」

「電気魔法とかやっちゃう?」

「痛くない?」

「幻覚魔法で見せればいいじゃん」

「……なるほど、そういうことも出来るんだ」

「幻覚魔法はマジで便利」

「あ、だったら、あたし、あの、あの、あの……」

「うん!」

「……、つー、……えっと……つ、つ……、……、……すー……蔓の鞭とか、見たい!」

「あー、蔓の鞭ね! いいじゃーん!」

(……また言葉出てこなくて詰まっちゃった……。気持ち悪いとか思われたかな……)

「……あの、ご、ごめん」

「ん? 何が?」

「急に、あの、こ、こ、言葉、出なくなって……」

「え? 別に?」

「……ね、寝不足の時とか、よくあって……」

「あーね。寝不足の時って舌回んなくなるよなー」

「……うん」

「昨日何時に寝たの?」

「寝れたのは……ご……5時くらい……?」

「え!? 何してたの!?」

「……はっしゅ……発声練習してーて……楽しく……なっちゃって……」

「ぎゃははは! ルーチェっぴ! やっちまったっぴねー!」

「流石に眠いから今日はバイト休む……。あと、あと、後で連絡する……」

「今ちょっと寝れば?」

「……そうだね。15分くらい寝ても良い?」

「なんなら膝貸すぜ!」


 クレイジーがあぐらをかいた膝を叩いた。


「カモン! ルーチェっぴ!」

「え? いいの?」

「おう! どんと来いや!」

「わー、あいがとう」


 あたしは横になってクレイジーの膝に頭を乗せた。クレイジーがきょとんとする。


「え?」

「じゃあ15分経ったら起こしてね」

「え?」

(はあ。膝硬いな。でも地べたよりましかー)

「え? あ、ルーチェっぴ?」

(てかめっちゃ汗の匂いする)


 あたしは丸くなって瞼を閉じた。


(男の子ってこんな匂いするんだな。パパみたい。……落ち着く……)

「え……や、冗談……」

(すやぁ)


 あたしの意識がすぐにどこかへ飛んでいった。



 ――肩を叩かれる。



(ふぁっ?)

「ルーチェっぴー。そろそろ起きるっぴー」

(……わー……もう15分か……はや……)


 のそのそと起き上がり、スマートフォンを見る。――一時間経っていた。


(あれ?)

「……ごめん。なんかめっちゃ寝てた?」

「やー、俺っちもゲームに夢中になって、起こすの忘れちゃってさー!」

「あ……そうなの……?」

「そーそー!」

「(それは有り難い)ふわあ……」

「先にバイト連絡してきたら?」

「……そうだね。……今日は休もう……」


 あたしはのんびりと立ち上がり、登録しているバイト先に電話をかけた。


『セルバンテス中央店でーす』

「お疲れ様ですー。アルバイトのス、ストピドです」

『あれー。ルーチェちゃん? 久しぶりー! 元気ー? 私昼番移ってからなかなか会えてないねー。あ、ごめんね。ふふっ。どうしたのー?』

「あのー……、……今日学校の方でー、ちょっと用事が出来てしまってー」

『あ、そうなの? あれ? でも夏休みだよね?』

「あー……、……実はー……講習が入ってしまったんですよねー」

『あー、講習ね! 夏休みあるよねー!』

「今日申し訳ないんですけど、お休みさせてーいただければと思いまして」

『りょーかい。店長に言っておくね!』

「お願いしまーす。失礼しまーす」


 あたしがこのバイトを続ける理由の一つ、当日休みが利くところ。


(ゆる。楽。体調が悪い時、この制度にどれだけ助けられたか)


 あたしはスマホを閉じて、ジャージのポケットに入れた。


「ごめん、クレイジー君。打ち合わせしよ。……どこまで話してたっけ?」

「あっとねー、喧嘩のところー!」

「……?」

「ん?」

「なんか機嫌いいね?」

「あ、うん! ちょー楽しい!」

「あー、そっか。(ゲームで勝ったのかな? すっごくにこにこしてる。うふふ。良かったね)……あ、そうだそうだ。つ、つーるの鞭が見たいって言ったんだっけ。あたし」

「俺っちが緑魔法使うならさ、ルーチェっぴも光魔法でやり合わね?」

「(あ、ミランダ様の課題考えてなかった)あー、そうだね。いいかも(帰ってから考えるか)」

「緑魔法なら色々あるよ。鞭もいいけど、食中植物の花とか咲かせて襲わせるとか。で、光魔法で太陽と思わせて違う方向向かせるとかさ」

(あーやばー。集中がミランダ様の課題についての方に向かってる。完全に脳がバグってる。クレイジー君が話してるんだからそっちに集中しないと……あ、ささくれ)

「……」


 クレイジーが首を傾げた。


「今日帰る?」

「あ、や、やる。ごめん」

「大丈夫?」

「……ごめん。ちょっと話そ、そ、逸れてもいい?」

「……どした?」

「今、その、ミランダ様から、自分なりの魔法をかーいはつして、見せるっていう課題を貰ってるんだけど」

「うんうん」

「どうしようかなって」

「あーね」

「光魔法って聞いたら、そーっちのことかん、考えちゃって。……ごめん。珈琲買ってくる」

「それ魔法ってさ、何でもいいの?」

「うん。まあ、なるべく……光魔法でって言ってたけど」

「なるほどね」

「珈琲買ってくる……」


 あたしは一度スタジオから出て自販機に行き、60ワドルのブラック珈琲を買った。カフェオレもいいかなって思ったけど、こういう時はブラックに限る。


(今日はちゃんと寝よう……)


 スタジオの扉に開ける。


(さて、珈琲飲んで集中しゅうちゅ……)


 室内が植物だらけになっていた。


「うわ!?」

「あ、いけるな」

「な、な、なに、なに、何これ!」

「ルーチェっぴ、こんなのどう?」


 座ったままのクレイジーがふーっと息を吹いた。すると花びらがクレイジーの息に吹かれ、あたしの前に飛んできて、空中で舞い、並び、言葉を作る。――寝顔すごく可愛かったっぴ!


「ルーチェっぴ、喋るの苦手っしょ? それを利用して、思った文字を魔法で表すの」

「……でも、あたし、み、み、緑魔法はあまり得意じゃないよ?」

「これは俺っちのやり方。光魔法はルーチェっぴの専門でしょ?」


 植物が地面に下がっていき、床の隙間を潜って消えていく。花びらも透明になって消えていき、ただのスタジオに戻った。


「ね、どう?」

「確かに……いいかも……。思ったこと言えるなら……み、ミランダ様に、お伝えしたいことも……伝えら、られるし……」

「でしょー?」

「……ありがとう」


 クレイジーが瞬きする。


「れ、練習してみる!」

「……」

「やってみるね! ありがとう!」

「……ん。……不安なら俺っちに試してからでもいいと思うしさー」

「あ、そ、そうだね! じゃあ、その時は、お願いするね!」

「んー」

「本当にありがとう!」

「……まー、これくらいはねー。相方の不安取り除くのは相方の役目っつーか?」

(すごい……。これが駆け出しクラスの実力……!)

「これで心配事はなくなった?」

「うん!」

「……。……じゃ……打ち合わせすっべー!」

「うん!」

「そんじゃあ喧嘩のところ……」


 クレイジーのスマートフォンから着信音が鳴った。


「わー、待って! タイミング悪すぎ! 誰!? ちょーだりぃー!」

(喧嘩のところか。どうしよう)

「……」

(案をメモしとこう。電気魔法の幻覚、緑魔法と光魔法でやり合う……)

「……どしたの?」

(ん?)

「あ、今?」


 スマートフォンを耳に当てたクレイジーがあたしを見た。あたしはもちろん頷いた。いいよ。


「あー、ちょっと待って。廊下出る」


 クレイジーが小走りで廊下に出た。


(よし、今のうちに案を考えよう。喧嘩か。短時間で好きなだけ派手にやり合ってね! ってお姉ちゃんに言われたな。さーて、どうするかなー。派手な光魔法ね。……植物で来るなら、こっちは光の剣でも振り回す? あ、でも杖を持ってるから……あ、杖を剣にしちゃえば振り回してもおかしくないか。なんかラスボスみたいな感じで、あ、そうだ。虹色の羽とか出してみたりして……)


 扉が開いた。真顔のクレイジーが大股で戻ってくる。


「あ、クレイジー君、あのね……」

「ごめん。帰る」

「え?」

「急用」

「あ、そうなんだ」

「ん」

「じゃあ、……解散しようか」

「ごめん」

「や、あたしも、ごめん。明日……ああ、明日は休みか。あの、明後日はちゃんと……は、はや、ん、早めに来るから」

「うん」


 クレイジーがリュックを持った。


「まじごめん」

「あ、うん。おつ……」


 クレイジーがスタジオから出ていった。


「……かれ様……」


 花びらが宙を舞う。地面に落ちた。花びらが並んで言葉を作る。あたしは見下ろした。


『 間 に 合 え 』


「……?」


 あたしが瞬きをすると、花びらが消えていた。



(*'ω'*)



(ふわあ……やっぱり眠気するなー)


 食器を洗いながらあたしは欠伸をする。


(今日は宿題いいかな……。明日にしようかな……。アンジェちゃん達も来るし……)

「ルーチェ、俺おやつ欲しい!」

(20時か……。今日は何時に寝ようかな……。もうベッド入ろうかな。……やー、でも今入ったら体内時計狂いそう……。でも宿題する気分でもないしなー……)

「ルーチェ、おやつ欲しい!」

(……あ、セーレムの様子撮影しようかな……)


 片手にスマートフォン。片手におやつを持って特定の場所まで歩くと、セーレムが走ってくる。その様子を撮影する。あたしはおやつが入った手を拳にして、セーレムに近づけた。セーレムが鼻をスンスンさせた。そして、あたしを見てくる。何この拳、という目で見てくる。あたしはセーレムの頬をぐりぐりした。セーレムが不快そうな顔をした。拳を開いてクッキーを見せた。セーレムがすぐさま咥えて、走っていった。


「こいつは俺のだ! 誰にも譲らねえ!!」

(よし、最高! 良いのが撮れた!)


 セーレムの声はカットして、BGMを流して、ふわふわにデコレーションして編集しよう。


(よし、動画編集が終わったら寝よう)


 編集アプリをタップしようと人差し指を動かすと、着信が鳴った。


(うわっ!? 誰!? 今何時だと思って……!)


 クレイジー。


(……ん?)


 あたしはきょとんとして、辺りを見回して、セーレムが壁の隅でクッキーを食べていて、ミランダ様が研究室に籠もってるのを確認し、応答ボタンを押した。


『っ』

「あ、もしもし? クレイジー君?」

『……。……おっすー!』

「びっくりした。どうしたの? こんな時間に」

『やー』

「うん」

『……』

「……? もしもーし?」

『あ、もしもし』

「電波悪い?」

『や、大丈夫』

「あ、ちょっと待って」


 あたしはミュートボタンを押し、裏口から出て庭に出た。夜風が涼しく、今夜も月が綺麗な姿を見せている。ミランダ様の育てる薬草の花も月の光に反射し、神々しく光っていた。


 あたしはミュートボタンを解除した。


「もしもし。ごめん」

『あ』

「ちょっとうら、う、庭に、出たから」

『庭?』

「うん。ミランダ様が来たら邪魔になっちゃうし……」

『え? ミランダちゃんと住んでるの?』

「(ミ ラ ン ダ ち ゃ ん ?)……あれ? 言ってなかったっけ?」

『や、その話は聞いてない』

「あ。そうだっけ……(言わなきゃよかった)」

『住み込みなの? まじ?』

「うん。居候させてもらってる」

『超いい環境にいるじゃん』

「クレイジー君が思ってるほど簡単じゃないよ」

『そうなの? ……家賃は?』

「家事全般で許してもらってる。でも、みー、ミランダ様、すごく細かいから掃除とか気をつけないと、すぐ叱ってくるの」

『いひひひ! そうなんだ!』

「でも、バイトとかは社会勉強になるからいっぱい働いて、ひ、ひ、人と沢山話して、沢山怒られて、沢山苦労しなさいって言われてる。働く分には文句言わないけど、家賃分、屋敷のことはしなさいって」

『飯とかどうしてんの?』

「あたしが遅くなる時はミランダ様が作ってくれてるけど、んー、バイトある時でも大体21時くらいには帰るようにしてるから、き、き、基本、あた、あたしが用意してるかな。ミランダ様が帰ってくるのも結構遅いから」

『ルーチェっぴ料理できんだ?』

「一応ね。肉じゃがは美味しいと思うよ」

『まじ? 今度作ってきてよ』

「やだよ、面倒くさい」

『冷たいっぴー!』

「うふふ!」

『……』

「で、どうしたの?」

『え?』

「急に電話来たから」

『あー』

「うん」

『やー、なんか……ルーチェっぴの声が聞きたくなったっていうの?』

「は? 切って良い?」

『え!? 待って!? なんか夜のルーチェっぴ冷たくなーい!?』

「あたしの声なんかき、き、聞きたくなるわけ無いじゃん」

『いや、まじまじ!』

「酔っ払ってる?」

『や、酒は飲んでないかな』

「飲んだことあるの?」

『え、ないの?』

「……犯罪者だ」

『や、普通飲まね? 学校の奴らもふつーに飲んでるよ?』

「あたしは来年までいい」

『真面目だっぴなー』

「要件は? ダンスのこと?」

『あー、んー……』

「……今日ごめんね。遅刻しちゃって」

『あ、それは全然。俺っちも先帰っちゃったからさ』

「明後日ちゃんと練習しよ」

『……うん』

「……あの、……喧嘩のとこも、い、いくつか考えておくね」

『……あのさー』

「ん?」

『めっちゃ話変わるんだけどさ』

「うん」

『ルーチェっぴって家族と仲良い?』


 ……あたしは少しだけ黙り、息を吸った。


「……や、そんなに」

『……あ、そうなの?』

「や、……んー……なんていうのかな……」

『あ、や、言いたくないならいいよー。ごめんっぴー』

「や、別に、……仲悪いわけじゃなくて……」

『……ん』

「その、……仲は……まあまあ、良い方だとは……思うけど……」

『なんかあったの?』

「……まあ、その……あまり愛された感じがしないっていうか……、……三姉妹の真ん中だったから、結構放っておかれたっていうか……、……やっぱ、なんて言うの? お姉ちゃんに構ってたり、妹のことを可愛がってた親の姿は知ってるけど、あたしに対しては、……んー……あまり、覚えてないっていうか……学校代出してくれたり、誕生日に、プレゼントくれてた……くらいかな。……お金に関しては出してもらってたけど……それ以外は……なんか……可愛がられてたのかなって……」

『……あー……』

「まあ、あたしも……8歳から学校通ってるし……その分思い出が無いだけだと思うけど」

『……ん? 8歳?』

「ん?」

『あ、18歳か。8歳って聞こえた』

「あ、ううん。合ってるよ。8歳から学校通ってる」

『……え、まじ?』

「あ、うん」

『……え? ヤミー魔術学校?』

「うん」

『11年いんの?』

「うん」

『……まじで言ってる?』

「うん」

『……、……ごめん。あー……いや、……ルーチェっぴ、俺っちより全然先輩だったのね』

「そうだぞー。先輩だぞー」

『なのに研究生クラス?』

「人は人。自分は自分。色々事情があるんだよ」

『……や、そんなに長い人がいんの初めて知った』

「あたしくらいじゃないかな。もう同期はいないし」

『よく卒業証書来なかったね!』

「アーニーちゃんも同じこと言ってた。多分、……だからミランダ様を紹介されたんじゃないかって」

『なるほどね』

「クレイジー君は何年目?」

『三年目』

「え、三年目で駆け出しクラス? す、すごいね」

『……まあねー』

「いいなー。あたしも早く行きたいな。(……やっぱり宿題してから寝よう)」

『……ルーチェっぴ、三姉妹なんだ』

「あ、うん」

『似てんの?』

「全然。お姉ちゃんや妹の方がずっと賢くて、美人」

『まじー? 会ってみてー!』

「あはは……(お姉ちゃんはもう会ってるけどね)」

『俺っちも末っ子だから結構可愛がられてる方なんだけどさ、母さ……母ちゃんが魔王だからちょーこえーんだよ!』

「(クレイジー君のお母さんか。……強そう)五人兄弟だっけ?」

『そー』

「全員お兄さん?」

『うん! 全員兄ちゃん! まー、でも一人は三秒差?』

「ん?」

『あ、ちょっと待って』


 スマートフォンの向こうから声が聞こえた。ユアン! 何時だと思ってんだ!


『ちげーって! ダンスの打ち合わせ中ー!』

「……打ち合わせはまた明後日にしよう?」

『や、ちょっと待って。まだ切らないで』

「クレイジー君、怒られるよ」

『夜はナイーブになりやすくてさー。俺っち、ルーチェっぴの子守唄が聞けないと眠れないっぴー』

「切るね」

『ちょっと待った!』

「もー……」

『……明後日さ、もしかしたら遅刻するかも』

「ん? なんか用事?」

『……うん。ちょっと。わかんないけど』

「あ、わかった。いいよ。パルフェクト……先生も来ないし、午後からにする?」

『や、まだわかんないけど、……あー……その方が……有難いかも』

「じゃあ、そうしよう?(早めに来て練習してよう)」

『ん。じゃ、それで』

「うん」

『……』

「……まだ、何かい、言い足りないことある?」

『……や。大丈夫』

「じゃあ……切るよ?」

『……うん。ありがとう』


 クレイジーがぼそりと言った。


『声、聞けて良かった』

「え? なんて?」

『なんでもー! お休みー!』

「うん。おやすみー」


 あたしは切電ボタンを押した。


(はあ。だいぶ長く話してしまった。……結局なんだったんだろう? 気まぐれ?)


「夜にボーイフレンドと電話なんて色気づいたじゃないかい」

「ふぎゃっ!?」


 ミランダ様の声が聞こえて、あたしは即座に振り返る。え、いない!? あたしは辺りを見回す。え、いない!? あたしは上を見上げた。あ!!


「ミランダ様!」


 バルコニーでアイスティーを楽しむミランダ様が手すりに肘をつけて、あたしを見下ろしていた。


「びっくりしました!」

「電話が終わったのならやることやりな。宿題やったのかい?」

「……そちらでやーってもいいですか?」

「ここは暗いよ」

「……ふふっ。光魔法の練習にも、も、持ってこいですね」

「なんだい? ライトでもつけるのかい? だったら綺麗なのにしておくれ。ただ明るいだけじゃなくて、ムードが出るようなね」

「ムードを出したら、そちらで宿題をしてもいいですか?」

「小娘如きに大人のムードが出せるかい?」

「杖と教材を持ってきます」

「はいはい。待ってるよ」

「それと、ミランダ様」

「ん?」

「あの……チ、チケット、お渡したいです!」

「……あー」

「お金は結構ですので!」

「や、そこは払うよ」

「いえ! 来て頂けるだけで嬉しいので!」

「ルーチェ」


 ミランダ様が首を振った。


「お前はお金を払ってもらう対価として、魔法とダンスを見せるんだよ。わかるね?」

「……でも」

「でもも何もないよ。お前の好きな漫画でもあるだろう? 等価交換だよ。私がお金を払う以上、期待以上のものをお前は見せなければいけない。その訓練だと思えばいい。こんな機会、次はいつ来るかわからないからね」

「……」

「ダンスコンテストはレベルが高くて、なかなか選ばれないイベントなんだろう? だったらそれを利用して、自分の経験にしないと駄目だよ」

「……はい」

「早くおいで」

「……ミランダ様」


 ミランダ様が瞬きした。


「あたし、頑張ります」


 Aステージで結果を出せば、駆け出しクラスへの飛び級も夢ではないかもしれない。


「宿題も、課題も、ダンスも」


 忘れるな。ルーチェ・ストピド。お前にはもう後がない。全てを背負って、笑い飛ばせ。


「楽しみます」

「……いつまでそこで喋ってるつもりだい? お前のアイスティー、私が飲んじまうよ」

「っ、い、今行きます!」


 あたしは笑みを浮かべ、庭を駆け出した。


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