第6話 魔法の競い合い


 久しぶりの穏やかな一日休みに、あたしは穏やかな時間を過ごしていた。


「ルーチェ、このクッキー美味しいね!」

 ミランダ様が依頼人様から貰ったんだって。

「どこのお店のだろ! ちょーうまい!」

 アーニーちゃん、チョコ味も美味しいよ。

「ルーチェ、バニラ味も美味しいよ! はい!」

 わー、ありがとう。

「いつまで休憩してるの……?」


 デッキブラシを持ったアンジェがあたしとアーニーを鋭い眼で睨んできた。


「早く部屋の掃除に戻る!!」

「ルーチェの部屋の掃除、疲れちゃったんだもん!」

 アンジェちゃんもクッキーどうぞ。

「なんで個室からゴミ三袋分も出てくるわけ!? あのね! 異常だから!!」

 最近忙しかったから。

「実家じゃないと掃除大変だよね!」

 ねー。

「アンジェ、その調子で俺の家も掃除してくれよ」


 アンジェがボールを投げると、セーレムがそっちの方向へ走っていく。


「あ! ボールだ! どこ行ってたんだよ! ずっと探してたんだぜ!?」

「ルーチェ、屋敷のゴミ出しとかどうしてるの?」

 ん? ちゃんと出してるよ?

「びっくりしたよ! ミランダさんのお屋敷綺麗なのに、ルーチェの部屋だけゴミ部屋だったから!」

「自分の部屋もちゃんと掃除しなよ」

 してるよ。ちゃんと換気してるもん。

「換気は掃除とは言わない」

 自分の掃除は後でいいやーって思っちゃうんだよね。

「とりあえず、部屋見ておいで。全然違うから」


 あたしとアーニーが顔を合わせて、部屋を覗いてみた。そして、感動する。


「すごい! ルーチェの部屋が、ちゃんと部屋になってる!」

 わー。アンジェちゃんありがとう!

「なんで私、休日に人の家で掃除してるんだろう……」

「見て! ルーチェ! クローゼットの扉が開くよ!」

 すごい! 服が全部入ってる!

「だからなんで服入れないの!? クローゼットはそういう役割のものだから!」

 洗濯した後の片付けって面倒臭いじゃん。

「私、洗濯好きだけどな!」

「片づけを後回しにしない!」


 怒りながらアンジェが掃除道具を物置に片付けた。


「もー、魔法の練習しに来たのに、このままじゃ片付けで終わっちゃう」

「ルーチェ、宿題はやってる?」

 うん。ミランダ様監視の元やってる。……デビューしたら宿題とかって無くなるの?

「そりゃあ、学生じゃないから無くなるけど、その分自分でやんないと今以上に魔法は磨かれないから、それも結構大変だよ」

 そっか。

「というわけで、じゃーん! これなーんだ!」


 アーニーが『様々な状況に対応するための本~これで対応力が身につく~』という本を取り出した。


 何それ?

「なんかね! いっぱいシチュエーションが載ってて面白いの!」

「犬を連れた老人が怪我をしてます。どうやって対応しますか? とかね。ルーチェならどうする?」

 救急車呼ぶ。

「その前に緊急処置。癒しの魔法を覚えていればそれも実行可能」

 はあ。なるほど。魔法で対応することを考えるんだ。

「そう! で、実際にやって出来たらそれに演出を加えて練習するの!」

 面白そう。

「ルーチェはまだ実践の機会とかないでしょう? アーニーからこの本見せてもらった時に、一緒にやりたいなって思って」

 庭に出る?

「そうね。ここじゃ狭いし、……師匠が帰って来て汚れてたら鬼みたいに怒ってくるもんね」

「私お庭見たい!」

 行こう。


 三人で裏庭に出て、アーニーが本を開いた。シチュエーションその一。


「お花に水をやらないといけませんが、あなたは他にも家事をやらないといけません。さあ、どうしますか」

「この場合、それぞれの花の水やりの魔法でいいんじゃない?」

「そうしよっか!」

(花の水やりってことは、水魔法か)水やりで魔法使うなんて、考えた事なかったな。

「でもこういう依頼もあるかもね。小さなことだけど、こういうので魔法使いの質とか見られてそう」

「誰から行く?」

「ここはアンジェ最後じゃない? 得意でしょう?」

「まあね」

「ルーチェ、どうする?」

 ……あたしから行ってもいい? アーニーちゃんの後だと自信なくなりそう。

「そんなことないよ!」

 ふふっ。……ってことで、一番手行きます。

「うん!」

「頑張って。ルーチェ」

(よし、魔法をイメージして……)


 あたしは杖を構える。


「鬼が来る。鬼が来る。雷さんのお出ましだ。太鼓叩いてとんつつとととん。雨が降る。ゲリラ豪雨。とても迷惑、けど花は喜ぶ」


 あたしの魔力が杖から飛び出し、黒い雲を作り出す。チビ赤鬼とチビ青鬼が黒い雲から顔を出し、太鼓を叩いた。すると音楽に乗って雲が移動し、花の上にやってきた。そこから恵みの雨が降り、花達に水をやる。土が湿り、良い感じだと鬼達が頷き、雲と共に消えていった。あたしは二人に振り返った。


 どうだった?

「ルーチェの発想ってやっぱり面白いね! 子供向けしそう!」

「発想は良いけど、ルーチェ、土見てみて。濡れてないのわかる?」

 あれ。

「とんつつとととん、で言葉滑ったでしょ? あれの影響で、魔力が薄くなったのかも」

 魔力が水になってないってこと?

「そう。見せかけだけ」

 むー……。

「じゃ! 次、私行きます!」

「ん」

 アーニーちゃん、頑張って!

「行きます!」


 アーニーが杖を構えた。


「灼熱炎よ、踊り狂え。えいや、そらや、と舞い狂え。ゲストはお花。歓迎しよう」


 あたしはびっくりした。水をかけなければいけないのに、庭の花を燃やし始めたのだ。やばい! ミランダ様に怒られる! と思ったけれど、花はいつまで経って塵とならない。違和感に気が付いてよく観察してみれば、地面がちゃんと湿っている。


 何これ。……水魔法?

「ふふーん! 今のはね、火の皮を被った水だったのだー!」

 火に見せかけて水をやったってこと?

「その通り! 水魔法だからと言って、全てが水とは限らない!」

(すごい。プロの技だ……。ってことは、光に見せかけた水魔法も研究次第では出来るってこと? わあ、すげえ。構造がミランダ様の光の花火みたい)

「アンジェ、どうだった?」

「依頼人が怒るんじゃない?」

「火じゃないから大丈夫だよ!」

「灼熱炎っていう割には地味じゃない? 大火事くらいしないと」

「それはごもっとも……」

 アンジェちゃんの魔法見たい。

「だね! アンジェは本物の水魔法だから 期 待 してるね!」

「はいはい。プレッシャーどうもありがとう」


 アンジェが鼻で笑い、辺りを見回した。そして、見つけた。ジョウロに杖を向けた。


「起きて。ゾウさん。巨大なゾウさん。水浴びの時間が過ぎちゃうよ」


 とんとん、とジョウロを杖で叩くと、ジョウロの大きさが変化した。アンジェと同じくらいに大きくなり、それよりももっと大きくなり、もっともっと大きく膨らみ、動物のゾウの形になった。ゾウの鼻から水が出てきて、最初は自分に水を浴びせる。そして、花の方へ歩いていく。しかし、花を踏んだ瞬間、足だけ幻覚となり、花は踏まれず状態を維持する。足が透明になったゾウが鼻から水を振り撒いた。すると花全体に水が行き渡り、地面も十分に湿っていく。満足したゾウは再び花の外に歩いていき、元々ジョウロがあった場所に戻ると、どんどん小さくなっていき、再びただのジョウロに戻った。


 アンジェが満足そうに振り返った。


「どうだった?」

 ……すごかったです。

「私の魔法の方がすごかったと思うな! でかいだけじゃん!」

「アーニーの魔法は一番に依頼人を驚かせちゃう可能性があるでしょ。それで心臓麻痺とかになったらどうするわけ?」

「アンジェの魔法だって、何も知らない人が見たらびっくりするよ! 動物園から逃げてきたんじゃないかって思った人が通報したらどうするの?」

 そんな人いる?

「ルーチェ、私の方がすごかったでしょ?」

 どっちもすごかったよ。ちゃんと魔力も水になってるみたいだし。……庭のお仕事も減って、ラッキーだよ。

「こんな感じで、状況に沿ったイメージで魔法を出していく練習。もう一個やってみる?」

 やってみたい。これ、すごく楽しい。

「じゃあ次ね! どうしよっかな!」


 アーニーが本をパラパラめくって――いいのを見つけ、目を輝かせた。


「目の前の友達が、動物になってしまいました! さて、何の動物?」

 変身魔法?

「この場合、耳だけ変えたら? 猫だったら猫耳とか」

 あ、それならあたしでも出来そう。

「オッケー。誰からいく?」

 ……じゃんけんで決める?

「りょ!」

「構えて!」

 じゃんけん!


 三人でじゃんけんした結果、アンジェ、あたし、アーニーの順番になった。アンジェがあたしに杖を構える。


「それはフサフサしているもの。毛並みが綺麗な愛しい子。耳よ化けろ」


 あたしの耳がてろんと形が変わって、上に上がった。あたしはきょとんとして耳に触れてみた。毛がある。そして、とても周りの音がよく聞こえる。アーニーが目を輝かせた。


「わんちゃんだ!」

「そっ! ルーチェは犬っぽいじゃない? 小型犬をイメージしてみたの」

(あたし犬っぽいんだ……)

「痛くない?」

 全然。すごい。ふさふさしてる。しかもすごく音が聞こえる。

「元に戻れ」

 あ。


 あたしの耳が元に戻った。


「さ、次はルーチェの番。イメージして」

「来い! ルーチェ!」

(アーニーちゃんが動物か。アーニーちゃんは……そうだな。これかな)


 仁王立ちするアーニーにあたしは杖を構えた。


「それはフワフワしてるもの。皆に愛され、可愛くて、ついつい抱っこしたくなる。耳よ化けろ」


 あたしの魔力に包まれ、アーニーの耳がぴょこんと形を変えた。アンジェが苦く笑った。


「あー……」

 アンジェちゃん、しっ。

「えー? 何々ー?」


 アーニーが耳に触れる。空に向かって長い耳が立っている。


「なーに? これ。何の動物イメージしたの?」

「いや、でも気持ちはわかるよ」

 うん。これしか思い浮かばなかった。

「や、これはそうだよね」

「えー? 何これー?」


 兎の耳をアーニーがもみもみと揉む。


「うふふ! 変な感じー!」

 元に戻れ。

「ルーチェ、何の動物イメージしたの?」

 ……う。

「や、イメージはあってたよ。ルーチェ。うん。その通りだと思う」

「え? だから何の動物?」

「次アーニーよ」

 うん。アーニーちゃんの魔法だよ!

「おーし! 任せんしゃい!」


 アーニーが唇をぺろりと舐めて、アンジェに杖を構えた。


「それは冷たいもの。独立しててかっこいい。夜に現れたらちょっと怖い。耳よ化けろ」


 アンジェの耳がニョキッと姿を変えた。あ、なるほど。


 確かに。

「でしょー? えっへん!」

「……猫?」

「そう! アンジェは猫っぽいでしょ!」

「白猫?」

 アンジェちゃん、黒猫になってるよ。

「は? 私、白猫がいい」

 セーレムが悲しむよ。

「元に戻れ!」


 アンジェの耳が元に戻る。


「次はどうする?」

「どうしよっか!」

 ふふふ!


 その後もしばらく対応の本をめくりながら、あたしが出来る範囲の魔法を試してやってみた。出来ないものがあれば二人がそれをやってみて、あたしはその魔法をメモした。これはとても良い情報収集だ。ダンスに活かせるものがあるかもしれない。あたしより年下だけど、二人はプロとして活動している魔法使いだ。そんな二人の魔法が見られるなんて、今のあたしにはすごくいい経験だ。


(有難い)


「ルーチェ、スープ完成したよ」

 ありがとう。アーニーちゃん大丈夫かな?


 あたしとアンジェが振り返ると、リビングでアーニーがレーザーポインターを使って、セーレムと遊んでいた。


「セーレム! こっちだよ! こっち!」

「おら! あ、クソう! ちょこまかと! でや! でやでや!」

「やっぱりあの二人相性良いね。似た者同士」

 今日もありがとね。魔法の練習付き合ってくれて。

「ううん。私もアーニーも良い訓練になったから」

 あの対応の本いいね。

「ルーチェも暇な時やってみたら? 心理テストとかで検索して見たら、意外とそういうシチュエーションみたいなのって書かれてたりするから」

 あー。なるほどね。アンジェちゃんは何かやってみた?

「この間見たのが、貴女の目の前に写真があります。どんな写真でしょうか。っていうやつで、魔法で出来るかなって思って、白紙の紙用意して、そこに自分の頭の中で思い浮かべた絵を魔力で書いてみた」

 え、そんなこと出来るの?

「うん。その時はプリンが食べたかったから、プリンの想像してたら、イメージ通りのものが紙に写ってた」

 すご。

「ま、ある種の発想の練習にはいいかもね」


 そこで窓が開く音が聞こえた。


 あ。

「はあ。帰って来たか……」

 行ってくるね。


 あたしは手を洗い、すぐにミランダ様の部屋に向かった。するとやはりミランダ様が地面に下りるタイミングで、あたしは両手を差し出した。


 お帰りなさいませ。ミランダ様。

「……今日は騒がしいね」

 昨日お伝えした通り、アーニーちゃんとアンジェちゃんが来てるんです。

「夜も食べていくのかい?」

 ……ご迷惑でしたか?

「……これ食べるかい?」

 ……え、どうしたんですか? これ。

「買ってきたんだよ。なんとなくね」

 ……ミランダ様……!

「ダイニングだと狭いから、リビングのテーブル使いな。汚すんじゃないよ」

 あ、ありがとうございます!


 ミランダ様の許可を頂いたので、リビングのテーブルにグラタンとパンを置いて、三人でそれを囲む。ミランダ様の分はダイニングのテーブルに用意して、あたし達は手を合わせた。


 いただきます!

「いただきまーす!」

「いただきます」


 マカロニとチーズいっぱいのサイモンさん直伝レシピをアンジェちゃんから教えてもらったグラタンです。お味はいかがでしょうか。


(美味しい)

「美味しい!」

「成功」


 セーレムがミランダ様の食べるグラタンをじっと見つめる。ミランダ様が無視して食べた。次にあたしの食べるグラタンをじっと見た。あたしはセーレムに言った。


 駄目だよ。セーレム。

「でもなんか良い匂いする!」

 ご飯あげたでしょう?

「ちょっとくらい良いじゃん!」

 これは駄目。

「あ、そう。わかったよ。いいよ。そうやって猫を邪魔者扱いするんだ。人間はいつだってそうだ。いつだって猫は見てるだけ」

 この後おやつあげるから。あ、二人共、ミランダ様がケーキ買ってきてくれたから、後で食べよう?

「ケーキ!? やったー! 食べる! ミランダさん! ありがとうございます!」


 アーニーが大声で叫ぶと、ミランダ様が手をひらひら揺らした。


 アーニーちゃん、寮の門限は?

「21時に出れば大丈夫!」

 じゃあ……まだ大丈夫だね。

「あ、そういえば、まだチケット貰ってなかった」

 あ。

「あ、そうだったね! ルーチェ、1枚ちょうだい!」

 ありがとう。アンジェちゃんも1枚で良い?

「や、2枚」

 2枚?

「ダニエルも一緒に行きたいって。母さんも誘ったんだけど、仕事あるから難しいって」

 そっか。でも、ありがとう。2枚嬉しい。

「ノルマあるから大変だよね! あと何枚残ってるの?」

 あ、でも、あと……1枚かな。

「わっ! 良かったね!」

 うん。良かった。あと1枚はクラスの子誰か誘おうかなって。

「ノルマって何枚なの?」

 10枚。

「頑張ったね。ルーチェ。私なら無理」

「でも、外部の人誘っていいなら、アンジェもいけるんじゃない?」

「んー、魔法に興味ある友達いたかな……」

 ……そうだ。あの、アーニーちゃん、訊きたかったんだけど。

「うん? 何?」

 あの、ダンスコンテストがきっかけで……デビュー決まったの?

「……ん? それ誰から聞いたの?」

 ……クレイジー君がそう言ってた。

「……んー……そっか。クレイジー君が言ってたのか。……。んーとね……」


 アーニーがフォークを唇で咥え、眉をひそめた。


「まあ、確かに高評価は貰ってたけど……もちろん、そこもあるとは思うけど……私的に思うのは……運だったんだよね」

 運?

「そう。あの時期、クラスから上がってデビュー出来るんじゃないかって言われてた人は何人かいて、私のクラスでは私と、……クレイジー君が言われてた」


 アンジェがアーニーを見た。


 ……クレイジー君?

「そう。クレイジー君って、入学してから半年で飛び級してるの」

 ……え?

「最初はみんな学生クラスでしょう? アンジェは一年学生クラスにいてデビューした。私は四年かかってクラスを上げてってデビューして、クレイジー君の場合は、学生クラスが半年。それ以降は全部駆け出しクラス」

 ……それ本当に言ってる?

「だから、ルーチェ、クレイジー君ってすごく優秀な子なんだよ」

 でも、……上がれなかったの?

「うん」

 どうして?

「査定試験来なかったから」

「来なかった?」


 アンジェが訊き返した。


「なんで?」

「それが……よくわかんないんだよね。本人は休みだと思ってたー。やらかしたーって笑ってたけど、……マリア先生に、特別に試験受けるか訊かれてたみたいなんだけど、断ったみたいで」

 それで……また今年も……駆け出しクラスに留年?

「そう。クレイジー君がいなかったから、私はデビュー出来たの」

 ……いたらどうなってたの?

「デビュー出来なかったと思う。今頃アンジェと組んでたのはクレイジー君だったんじゃないかな?」

「それはやだ」

「えーーー? 良い子だよ? クレイジー君! 学校祭でも一緒にやったじゃーん!」

「あいつ見るからに、私のこと目の敵にしてるんだもん。すごく嫌な奴。嫌い」

「アンジェがみんなから目の敵にされてるなんて、今に始まった事じゃないじゃーん!」

「けっ!」

 そんなに優秀なのに、この間の学校祭が初めて参加したイベントだったの? クレイジー君。

「あー、そうなのかもね。でも、実際、裏でお仕事貰ってるし」

 は?

「え?」

「あ、うん。貰ってるよ。クレイジー君。だから、いつ魔法使いになってもおかしくないんだよ。あの人。マネジメント部の人達も、もうみんなクレイジー君のこと知ってるし、評価してる。ただ、査定試験受けてない以上は、学校の規則として、デビューさせるわけにはいかないから」

 ……。

「あ、これ、私が言ってたって言わないでね! このメンバーだから言うんだからね! 誰にも言っちゃ駄目な話なんだからね!」

(……そんなに優秀な人なら)


 ダンスコンテストに誘われて、断る人がいるだろうか。


(だって、駆け出しクラスでしょう? 裏で仕事貰ってる人で、マネジメント部の人達にも知られてて、そんな優秀なクレイジー君に「ダンスコンテストに参加しようぜ」って誘われて、なぜみんな断ったの?)


 ……あの、アーニーちゃん、……クレイジー君って、実は、みんなに嫌われてたりする?

「え? まさか! なんで!? クレイジー君、見た目すっごくエグイけど! それ以上に優しいし、女の子からめちゃくちゃモテるんだよ! アンジェなんかと比べ物にならないくらい好かれてるんだから!」


 アーニーが無意識にアンジェに100のダメージを与えた。それを遠目で見てたミランダ様が口を押さえて笑いを堪え、アンジェはえぐられた胸を押さえた。


「いいもん……。私にはルーチェがいるもん……」

 え、モテるの? あの見た目で? まじ?

「モテるよー。女の子ってさー、やっぱりちょっと悪めの男の子に惹かれちゃうんだろうねー。掃除も率先してやるし、リーダーシップも取るし、相談も聞いてくれるし、いじめられっ子がいたら職員室に通報して助けて、いじめっ子達を退学させるまで追い詰めて、あとー……めちゃくちゃ頭いいから、やっぱり他のクラスから来るよねー。去年のバレンタインとかすごかったよー?」

(……まさか……)ひょっとして、彼女いる?

「あ、それはどうだろう。クレイジー君彼女コロコロ変えてるし、でも、去年の……夏くらい……から、なんか、好きな子? 気になる子? みたいなのが出来たみたいで、そこで上手くいってたら出来てるかもしれないね!」

(はい?)

「でも、クレイジー君に告白されてNOを言う子ってアンジェ以外いないでしょ! あははー!」

(……はい?)


 あたしの脳裏に、今までのクレイジーの行動が蘇る。

「ルーチェっぴ、俺っちの彼女になるー?」

「ルーチェっぴ、寝顔まじ可愛くねー?」

「ルーチェっぴ、俺っち、超いい彼ぴになると思うっぴー」


(ま、ま、ま、まさか……!)


 あたしを……まじで……彼女『代わり』にしようとしてたってこと!?


(わーお。それはいくらなんでも最低すぎ。すげー。まじもんのクレイジーボーイだ)

「何それ、クレバーがそう言ってたの?」

「うん。なんかそれで時々お昼休みに図書室行ってた。その子が図書室でご飯食べてるかもーって。でね、すっごくわかりやすいんだけど、クレイジー君、その気になる子が図書室にいた時ってね、絶対にこにこしながら教室に戻って来るの。いたの? って訊くと、いたー! ってすっごい笑顔で言ってくれるんだ」

「ふーん」

「でも、誰なのか全然教えてくれないから、一時クラスで誰なんだろうって話になったんだよね。あのクレイジー君が好きな女の子だよ? で、当時名前が挙がったのが、ヤミー魔術学校ミスコンに選ばれてたトゥルエノ・エルヴィス・タータ」

「誰、それ」

「え! アンジェ知らないの!? 研究生クラスの子だよ! すっごく美人で、三年連続でミスコンに選ばれてるじゃん!」

 ……クラスにいるよ。

「え! ルーチェ同じクラス!?」

 トゥルエノでしょ。いるよ。めちゃくちゃ可愛いから……うちのクラスの男子もどぎまぎしてる。あたしはあまり話したことないけど。

「ルーチェ、……どうかした?」

 ん? や、別に?


 あたしはマカロニを食べた。


 アーニーちゃん、マカロニ美味しいね。

「うん! すっごく美味しい!」

「ルーチェ、クレバーに何かされてない?」

 んー? ……んーん。大丈夫だよ。……でも、Aステージでやるダンスと曲変えようって言われちゃって。

「え、そうなの?」

 うん。だからその練習で大変なんだよね。

「言ってくれたら今日幻覚魔法の練習付き合ったのに」

 あー、大丈夫、大丈夫。


 あたしは立ち上がり、二人に微笑んだ。


 チケット持ってくるね。

「じゃ、ケーキの用意してようかな」

 や、駄目だよ。アンジェちゃんはお客様なんだから座ってて!

「いいから持って来なよ。師匠、冷蔵庫触りますよ」

「ん」

「ルーチェ、アイスティーでいい?」

 あー、ありがとう。すぐ戻るね。


 あたしはリビングから出て行き、暗い廊下に立ち――スマートフォンを見た。


 >チャットが来てます。


 クレイジー

 >ルーチェっぴ! 明日13時に行くね! よろしこー★


(……出たな。女の敵め)


 わかってた。彼はホストだ。

 女の子が大好きで、女の子がそばにいないと死んじゃうような生き物なんだ。男の子だもんね。


(……期待なんてしてたわけじゃない)


 あたしは発達障害者。優秀なクレイジー君の恋人になれたらいいな、なんて発想にはならない。……チラッと考えたことはあるけど、一瞬だけなら、あたしだって考えたっていいでしょう?


(アーニーちゃんの話を聞いてよくわかった。きっとあたしに言ってる言葉は、誰にでも言ってる言葉で、あたしはその一人にしか過ぎない。彼はホスト。人たらし。女たらし)


 可愛かったと言われて――素直に嬉しかったと思った自分が、急に馬鹿らしくなった。


(……慣れてるんだけどな。こういうの。からかわれて口説かれたことなんか何度もあるし)


 久しぶりだからかな。


(ちょっと、グサッてきた)


 確かに、身長高いし、顔整ってるし、見た目エグいけど優しいから、皆が惹かれるのもわかるかも。あたしもミランダ様にお会いする前なら、ほっぺにキスされた時点で惚れてたかも。


 自惚れるな。ルーチェ。

 彼はダンスの相方。ビジネスパートナー。


(当たり前じゃん。吃音持ちで。発達障害で)

(好きになる人なんているわけない)

(吃るのって、イラってするもん。聞いてる方も、話してる方も)

(別にあたしも、恋愛的に好きになってくれたら、なんて、思ってない)

(でも、可愛い、って、男の子からあまり言われたことなかったから……手も繋がれたことなかったから)

(……全部の行動が嬉しくて)

(でも、それは彼なりのコミュニケーションであって)

(別にそんな気はない)

(頭も良くて異性にモテて裏で仕事貰ってて、いつ魔法使いになってもおかしくない子)

(……あたしとは、正反対だね)

(すごいね)


 羨ましいな。


 でも、それがこの世界だ。

 優秀な人が選ばれる。

 できる人が選ばれる。

 クレイジー君は出来る人。


 いつ魔法使いになってもおかしくない男の子。


 そんな子が――なんで、あたしを誘ったの?


 あたしが、充電器を貸したから?


 あたしが、とんでもなく劣等生だったから?


(……心の中で、あたしのこと笑ってたのかな)


 笑われないためには、どうしたらいい。

 認められるためには、どうしたらいい。


(……考えても答えは出ない。人の気持ちは変えられない。彼があたしをあざ笑っているなら、それは変えられない。仕方ない)


 あたしの原動力は「負」の感情だ。あたしは今、とても「負」を感じてる。馬鹿にされてる気分で、とても惨めだ。嫌なら足掻かなければ。考えてるだけでは駄目だ。頭を使ったって、何も解決しない。


(行動しなきゃ)


 誰よりも練習して、誰よりも数をこなして、反復練習を繰り返すのみ。


(行動しなきゃ)


 あたしはルーチェ・ストピド。ミランダ様の弟子だ。

 馬鹿にされるのは嫌だ。

 惨めな気持ちになるのは嫌だ。


 負けたくない。


(……明日、早起きして……早めに行って、自主練しよう)


 さて、――あたしはモヤモヤを抱えながら、アンジェとアーニーのためにチケットを取りに行った。


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