第24話 終わらない夏休み
アンジェの父親、サイモン・ワイズの毛のない頭がライトによって眩しく光った。
「魔法ダンスコンテスト出場おめでとう! ルーチェちゃん!!」
目の前には、素敵な料理の数々。
「ミランダちゃんから盛大に祝ってくれって言われちまってるからな!! 美味しいご飯沢山用意してるから、いっぱい食べて、栄養つけな!!」
「あ、あ、ありがとうございます!」
「一時間前までは慰め会の予定だったくせに」
「うるせえぞ! アンジェ! 終わった話はするんじゃねえ!」
「しょうがないよ! アンジェ! だってミランダさんから『ルーチェの為に美味しいご飯作ってほしい』って連絡来てたら、誰だってそう思うよ!!」
「先に来といて正解だった」
「ルーチェ! 何飲む!? 私ね! オレンジジュース!!」
「セ、セーレム、ミルクで良い?」
「ああ。冷たいのが良い」
「じゃあ、あたしは……、……。コーヒー牛乳」
「いつも通りね。持ってくる」
「な、なーんか手伝う?」
「なんで主役が手伝うの? アーニーの相手してて」
「ルーチェ、話そー!」
「うん。アーニーちゃん」
「二人だけは久しぶりだね! ルーチェ!」
「……うん! 久しぶり!」
「俺もいるけどな」
「ミランダちゃん、いつものでいいかい?」
「……いつものと、……なんかお勧めあります? 祝い酒みたいな」
「お、だったらね、『ヴァーゼル・デラ・ルーチェ』なんてどうだい?」
「……なんですか? それ」
「カクテルの一種だよ。意味は『光のワルツ』」
「お願いできますか?」
「もちろん」
店のドアが開いた。音に反応してドアの方を見る。すると、ゴールデンレトリバーと、……中学生くらいの男の子が立っていた。セーレムがぎょっとしてあたしの膝に飛び乗った。男の子が不安そうな目でカウンターの一点を見ていると、サイモンが手を振った。
「おー! ダニエル! どうした!」
――『ASD』と『吃音症』を抱えているアンジェちゃんの弟の名前に、思わずあたしの目がダニエルを見た。
「レモン」
「あ! そうだった! 忙しくて忘れちまってたよ! アンジェ!」
「ダニエル来てるの?」
裏に行っていたアンジェが戻ってきて、ゴールデンレトリバーを見下ろした。
「あー、トビーと来たの?」
「さ、さ、散歩の……ついで」
「母さんに父さんと帰るって言っておいて」
「ん」
ミランダ様が顔を覗かせた。ダニエルがあたしとアーニーを見て、目を逸らし、泳がせ、ミランダ様を見て、あ、という顔をして、アンジェを見た。
「……ダニエル、会うの久しぶりだっけ」
「ん」
「ちょっと話してく?」
「……ん」
「ダニエル君」
ミランダ様が手招きすると、ダニエルがそそくさとミランダ様の方へ歩いていった。トビーと呼ばれた犬はアンジェが撫で、あたし達の方へ連れて行く。
「トビーよ。ほら、この間言ってた」
「大きい」
「なで、撫でていい?」
「ん」
「わーーー! かわいー!」
アーニーとトビーを撫でる一方、その会話と一緒に、あたしの耳にはミランダ様とダニエルの会話の方が聞こえてくる。
「おひ、ひ、お……お久しぶり、です」
「久しぶり。元気だった?」
「はい」
「今何年生?」
「ちゅーがくに、はい、入りました」
「もうそんな年かい」
「ふふっ、はい。……。……。……ね、姉ちゃん、とは、……、……あの、……えっとー、なか、……仲直りしー……ましたか?」
「それがね、あいつがなかなかに反抗的なもんでね」
「ふふふ」
「今、そこに座ってる灰色の髪の女の子がいるだろう? あの子が今私の元で魔法の勉強をしてる子でね」
「あ……」
ダニエルが振り返った。あたしと目が合った。
「あの子も吃音症なんだよ」
――ダニエルがあたしを確実に見た。
「君と比べたら軽度だけどね」
「……そ、そそそそ……そーなんですね」
「今度あの子とも話してごらん。あの子もね、ASDじゃないけど、ADHDっていう発達障害を持っててね、絵を描いたり、小説書いたりすることが好きなんだよ」
「あ、そ、そ、そうなんですね。お、同じ……」
「同じだね」
「は、はい」
ダニエルがあたしに頭を下げた。あたしもダニエルに頭を下げた。多分、お互い思ってるはずだ。『へえ。あの人、種類は違うけど自分と同じもの持ってるんだ……』って。
「ダニエル君は今何か目指してるものはあるのかい?」
「……。……、……絵を、か、描きたい、とおも、お、思って、……えっとー……入る、あの……えー……美術部、に、入りました。今」
「ああ、そうかい。すごいね」
「えへへ」
「絵を描いたら見せてくれるかい?」
「うふふ、み、見せれないです。あの、す、すごく、っ、……あのー、……恥ずかしい」
「ほら、結構前に見せてもらったやつあるだろう? あの、水の絵。あれなんてすごく綺麗だったじゃないかい。あそこだけ見たら写真みたいで、アンジェに騙されたって話、覚えてるかい?」
「あ、うふふ。はい」
「ああいうのを描いてるのかい?」
「最近ダニエル、水の絵ばっかり描いてるんだよな。姉弟揃って水好きだよ」
「あははは! そうかい!」
「……ね、姉ちゃんの、魔法が、き、き、綺麗で、……この間、見せてもらったのがあって、……、……、あのー……コ、コップからこう……こ、こー」
「ああ、こうやって浮かぶのかい?」
「そ、そ、そうです」
「はあ。そいつはどんなもんか見てみたいね。でもそれを絵にしようなんていう発想は私にはないからね。やっぱりすごいね。そういうところ、感心しちまうよ」
「うふふっ、す、す、す、好きだから……」
「今夏休みかい?」
「はい」
「そうかい。……遊ぶのもいいけど、もう遅いから気を付けて帰りなさい」
ミランダ様が指を鳴らした。蛍のような光が一つ、ふわふわと浮かび、ダニエルの肩に乗った。
「家に帰るまでのお守りだよ。何かあったらそいつが守ってくれるからね」
「……りがとー、ございます。……あー、……の」
「うん?」
「きょ、今日も、あの、き、きききき、綺麗です」
「おや、こいつは、サイモンさん、ダニエル君も男になっちまったね! うっかりころっと行きそうになっちまったよ! ……ありがとね」
「流石俺の息子だ。目が良い」
「うふふ」
「じゃあね。夜道気を付けるんだよ」
「はい。それじゃ……また……」
ダニエルが歩き出すと、トビーがダニエルの側に戻った。アンジェが扉を開ける。
「ダニエル、家まで送る」
「いい」
「良くないでしょ。何時だと思ってるの」
「おまもーりあるし、トビーもいる、からいい」
「送るってば」
「いいって」
「良くないでしょ!」
「いい!」
言い争いしながら店から二人が出て行く。しかし、すぐにアンジェが不満そうな顔で戻ってきた。
「トビーと帰るからいいって……」
「アンジェって意外と過保護なんだね」
「うるさいな。弟の心配して何が悪いのよ」
「アンジェ! 喋ってないで早く飲み物持っていけ!」
「あー、忘れてた」
アンジェがグラスを持って来て、ようやく祝いの会が始まる。アンジェが自分のグラスを持ち上げる。
「じゃ、ルーチェ、コンテスト出場おめでとうってことで……」
その先を言う前に、アーニーが叫んだ。
「かんぱーーーーい!!」
「あ、ちょっ!」
「かんぱーい!!」
「父さん! ちょ、私が言おうと思ったのに!!」
「ほらほら、アンジェ! 乾杯!」
「アーニー!!」
「お、穏やかにね……」
「ルーチェ、こっち来なさい」
「は、はい! ミランダ様!」
グラスを持って駆けていく。あれ、ミランダ様が前と違うお酒を飲んでる。
「はい。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「おめでとう」
「……はい」
「頑張るんだよ」
「……ご指導、お願いします」
「はいよ」
あたしとミランダ様のグラスが軽く当たった。
(*'ω'*)
美味しい食事を味わう中、アーニーがとんでもない発言をした。
「嬉しいなー。ルーチェがAステージに出るなんて。私も出たことあるけど、あそこの会場まじで広いから頑張ってね!」
あたしが飲み物を吹いて、アンジェが物を喉に詰まらせてむせた。
げほげほっ!
「あれ? どうしたの。二人共」
「げほげほっ!!」
出たの?
「え? Aステージ? あ、うん。有難い事に」
いつ?
「去年、友達と」
……あー……。
「アンジェはいなかったね」
「参加してないもん。ダンスとか興味ないし」
アーニーちゃん……やっぱりすごいね。
「あ、でも、私も友達に誘われてなかったら出てないよ? せっかくだから出ようって言われて五人でチーム組んで出たの」
みんな友達?
「ううん。三人は友達の友達。二人ひよっこクラスの人と、一人特別研究生クラスで、あとは私と友達で駆け出しクラス」
アンジェちゃんって去年どこのクラスだったの?
「学生クラス」
(飛び級デビューか……)
「てか、学生クラスの人達って……やばくない?」
ん、何が?
「やる気あんの? って思って」
「あー」
……。
「いや、別にいいんだけど、……レベル低すぎて話にならなくて、なんか、気持ちだけ? やる気あるんです。私達。誰にも負けません。って態度だけなのよね。実際それで渡された課題やってるか? って言ったらやってなくて、この呪文暗記してきてねって言ってるのに暗記してなかったりって奴らが多くて、まじでしんどかった記憶しかない」
「ルーチェ、アンジェってずっとこんな態度だから、すっごい悪口言われてたんだって」
「いや、だって、当たり前のことが出来てないのに、魔法使いになんかなれるわけないじゃん。バイトがとか、生活がとか、結局言い訳にして逃げてるだけじゃん。なりたい人ならみんなやってる。それを続けてるからクラスが上がって、デビューしてる。私だってそうよ。確かに実家だけど、母さんからどんな時だってここで週5働かないと辞めさせるって条件でやってたんだから」
……テスト前とかどうしてたの?
「寝ないでやってた」
うわ……。
「でも、アンジェは先にミランダさんのところで勉強してるじゃん!」
「そりゃあ、学生クラスのレベルなら余裕よ。でも、クラスで唯一私だけ課題が違ったの。それこそ幻覚魔法とか、飛行魔法とか、知識はあるけどこのクラスでは習うはずのない範囲の事をさせられた。でも絶対贔屓されてるって思って、全力でそれ以上の結果を出そうって躍起になってたら……なんかデビュー通達が来てた」
……すごいね。
「ルーチェ、学生クラス何年いたんだっけ?」
……学年度で言うと……10年?
「「10年」」
去年やっと上がって研究生クラスになったから、年数で言えば、9年。学年度で言えば10。
「ごめん。ルーチェ」
アンジェちゃんがすごく言いづらそうにあたしに訊いた。
「悪気とか全くないんだけど……何してたの?」
うん。アンジェちゃんの言う通りだよ。何もしてなかったの。気持ちだけ。魔法は面白いけど滑舌が悪いってずっと言われてたのに、直す努力を継続的にやってなかった。それだけ。
「でもさ、それ、学校側がよく許したよね」
アーニーの言葉に、あたしがきょとんとした。
何が?
「いや、普通五年以上の人って赤通知くるんだよ」
……赤通知?
「うん。うちには向いてないからもう辞めなさいってやつ」
卒業証書?
「あ、そうそう。ヤミー魔術学校は赤通知」
まじ?
「中には六年とか七年くらい続けられるけど、それでも見込みないって思われた人のところには届くんだよ」
え、まじ!?
アンジェがすかさず訊いた。
「ルーチェ何年目だっけ?」
11年。
「届いてないの?」
届いて……なかったと思うけど……。
「マリア先生から聞いたりとか」
えー、どうだったかな……。……いや、あたし、それ、本当に初めて知った。
「だったら……本当に今年が勝負かもね」
アーニーちゃん、あたし、まだ研究生クラスだよ……?
「だからこそのミランダかも」
アンジェの言葉に、三人でちらっとミランダ様を見た。ミランダ様はサイモンとセーレムと楽しそうに話している。アンジェがあたしの肩に触れた。
「大丈夫。課題があったら私も協力するから」
な、なんか、一気に不安になってきた……。
「大丈夫だよ。ルーチェ、去年よりも全然滑舌綺麗になってるんだし」
そ、そうかな……。
「あ、じゃあ三人でゲームしない? いかに綺麗に長文言えるかゲーム!」
是非お願いします!!
そこであたしのスマートフォンが音を鳴らした。
(あ)
その名前を見て、あたしは席を立った。
ごめん。電話。
「はいはーい!」
「その間に言葉選んでるよ。アーニー、スマホ見せて」
「うん!」
あたしは店の外に出て、応答ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし」
『おっす、お疲れーい!』
「お疲れ様」
外では星空が広がっている。
「クレイジー君」
店から、サイモンとミランダ様の笑い声が聞こえた。
「どうかした?」
『いや、明日の練習どうすっかなーと思って』
「あー、そうだったね。……明日くらいは休まない?」
『ん。そうだね』
「それだけ?」
『んー。……やー、ルーチェっぴの声が聞きたいなーって思って?』
「切っていい?」
『あーん! ルーチェっぴ、冷たいっぴー!』
「そっちがふざけるからでしょ」
『いひひひ! ……あのさ、本番が一ヶ月後くらいじゃん?』
「……あー、夏休み終わるー前くらいだっけ?」
『そうそう』
「あー、結構時間あるんだね」
『そ。時間もあるわけだし、まー、ルーチェっぴも幻覚魔法使えるようになったわけじゃん?』
「あ、うん。まあ」
『今回の結果が二位だったわけじゃん?』
「……お陰様でね」
『なになに? ルーチェっぴ、急に湿っぽいじゃん! 俺っち達のコンビの力っしょ! まー、やっぱパルフェクトが大きかったけど』
「それはそうだね。でも、……やっぱり、クレイジー君の力あー、あってこそじゃない?」
『……そう思ってんの?』
「うん」
『ふーん』
「……なんか変な事言ってる?」
『いや? ……ルーチェっぴもまじで頑張ってたと思うよ』
「だって……煽ってきたじゃん」
『え? 煽るって?』
「何? 無自覚?」
『えー? 俺っちよくわかんなーい』
「あ、そう。もういいよ」
『あー待って。まだ切らないで』
「うふふ。まだ切らないよ」
『切ってもまたかけるし』
「何それ。すごい迷惑。うふふ!」
『やー、でも、……まー、幻覚魔法持って来たのはびっくりしたかな』
「ほら、やっぱりそうじゃん」
『ちげーって。まじで無理なら俺が全部やるつもりだったの!』
「ミランダ様にお願いして、徹夜で習得したよ。雨も降ってて、しぬ、死ぬかと思った」
『……眠そうにしてたもんねー』
「でも、まあ、……そのお陰でAステージまで行けたわけだし……そこは感謝なのかな」
『でもさー、それをやるもやらないもルーチェっぴの判断っしょ?』
「まあね」
『やったんだ』
「……煽り方がすごく嫌だったし、……足を引っ張ることだけはしたくなかったの」
『だとしたらルーチェっぴ、見事にそれは成功だったね。俺まじでびっくりしたもん』
「そうだよ。どんなもんだい」
『いやー、参った参った! ルーチェっぴの努力には参ったっぴー!』
「また馬鹿にしてる」
『今はしてない』
「今は?」
『そ。今は』
「今はね」
『いひひひ!』
「……後悔しなかった?」
『ん?』
「あたしを誘ったこと」
『全然』
「……あ、そう?」
『うん。むしろまじでもっと早くルーチェっぴに会いたかった感じ』
「……あはは。あー。ありがとう。そう言ってくれるのは……あのー……本当に、嬉しい」
『や、まじで誘って良かったよ。本当に』
「……みんなに断られたんだっけ?」
『え?』
「そうだったよね? みんなに、誘ったけどことわ、断られたって」
『……。……。……あー! そうそう! 断られたの!』
「運が無かったね。駆け出しクラスの人の方が、あたしより出来る人多いはずなのに」
『や、てかさ、ルーチェっぴ、……なんでまだ研究生クラスなの?』
「え?」
『ルーチェっぴなら駆け出しでもおかしくなくね?』
「……滑舌悪いからじゃない?」
『そう言われてんの?』
「んー。……そうだね。言われてる。あたしがそれを直せないだけ」
『……それだけ?』
「ん? んー、まあ、あとは細かく魔法分析出来ないとか、そんな感じかな」
『……ふーん。そっか』
「うん」
『じゃあ、やっぱ優勝するしかねえな!』
「あははは! ……すごいね。クレイジー君は。本当にクレイジーだね」
『やー、こうなったら優勝狙いたいじゃん?』
「あははは。まー、出来たらねー(無理だろうけど)」
『というわけでルーチェっぴ、これは俺っちの作戦なんだけど』
「ん?」
『曲とダンス、丸々変えね?』
一ヶ月後に控えた魔法ダンスコンテスト。
選ばれたチームは、各々練習して、素晴らしいものを持ってくることだろう。
次は一般のお客さんも入る。もっと大きいステージで、魔法を使うことになる。
優勝者には、『賞金』が与えられる。
気さくなクレイジーの言葉にあたしは――ただただ、唖然とした。
第六章:気さくな緑の魔法使い END
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