第七章:奇策な緑の魔法使い

第1話 願いの対価


 魔法。

 それは、みんなが憧れるもの。

 魔法。

 それは、娯楽であり、便利な物。

 魔法。

 それは、魔力を持つ者が使える技。


 魔力を使って事を成す者のこと。

 それを人は、魔法使いと呼ぶ。







『じゃあ、やっぱ優勝するしかねえな!』

「あははは! ……すごいね。クレイジー君は。本当にクレイジーだね」

『やー、こうなったら優勝狙いたいじゃん?』

「あははは。まー、出来たらねー(無理だろうけど)」

『というわけでルーチェっぴ、これは俺っちの作戦なんだけど』

「ん?」

『曲とダンス、丸々変えね?』




「……で、わたくしにお願いしてるってことね?」


 窓から車の通りが見える喫茶店。女の子ウケを狙った可愛らしいレイアウト。生クリームが沢山乗ったシュークリームパフェを咥えたあたしが正面の人物に頷いた。


 コーヒーを飲んだお姉ちゃんが笑顔で首を傾げる。


「あのガキ殺す?」

「やめてったら」

「あと一ヶ月で間に合う?」

「正しくは4週間後」

「わたくしがNGって言ったらどうするつもりだったんだろ」


 その言葉で、あたしはあの日の会話を思い出す。


「……ダンスは……あのままでいいんじゃないかな。……パルフェクト先生も忙しい人なんだよ?」

『そ! だからルーチェっぴが頼んでくんない?』

「なんであたしが」

『パルフェクトさんさー、ルーチェっぴのお願いなら聞いてくれる気がするんだよねー!』


 お姉ちゃんがあたしを見る。


「ルーチェはどうしたい?」


『あの曲、Bステージまでなら余裕でいけるけど、Aステージでやるなら向かない。Bステージは会場があの広さだったじゃん。だかれ迫力満点だったけど、Aステージってもっと広いからより多くのパフォーマンス性を見せなきゃいけないわけ。つまり、曲とダンス変えないと、優勝は絶対取れない。何があっても無理』


「……別に、ダンスとか興味ないし、でー、出られるだけ嬉しいからゆ、優勝とかも、別にどうでもいいけど……」


『優勝したら賞金も貰えて、今後の成績に大きく響く。ルーチェっぴ。これは俺っちの知り合いの話。ここで優勝するほどの力を見せつけてデビューした魔法使いがいるんだー。名前は……』


「今後の成績に関わってくるみたいだし」


『アーニー・アグネス』


「……出来るなら……お願い、したいんだけど……」

「……」

「……や、難しいなら、大丈夫。断って」

「馬鹿ね」


 お姉ちゃんが優しい笑みを浮かべて、あたしの手に手を重ねた。


「わたくしがルーチェの望みを断るわけないでしょう?」

「……」

「いいよ。最高のものを考えてあげる。わたくしはルーチェ♡がいればパーフェクトだもの」

(……なんか……)


 確かに、この人は何もかもあたしの上に行きやがるから気に食わないし、魔法もあたしより上手いから嫌いだし、男の子からほっぺにキスされただけで発狂するシスコンだからものすごくうんざりするけど、


(でも、なんか、今回は)


 流石にすげー申し訳ない。


「曲は決まってる?」

「……あの……えっとね」


 あたしはスマートフォンを出し、動画投稿サイトに飛んだ。


「ま、前のやつと同じシリーズなんだけど、ろ、ろ、六番目のやつで……」


『今スマホ触れる?』

 うん。

『そのヴァンパイアシリーズの六番目のやつ。ラウンド6って書かれてる』

 ……あー。

『ルーチェっぴ、見た事ある?』

 ……個人的に、あたしもこれ一番好きだった。

『そう。ダンスコンテストには持ってこいじゃね? アニメのテーマも舞踏会だからさ』


「舞踏会がテーマで、闇の力が込めら、られた杖を、ヴァンパイアが踊りながら取り戻そうとするんだけど、女の子も譲りたくないから、ダンスしながら、杖を取り合って二人で喧嘩するの」


『喧嘩してるところは魔法でやり合えばそれこそ迫力満点。Aステージには持ってこいだと思う』

 クレイジー君、良い提案だと思うけど……4週間後だよ? わかってる? 人前に出せる完成度に出来ると思ってる?

『うん』

 あたし達ダンス初心者だよ?

『大丈夫。ルーチェっぴなら』

 まじで言ってる?

『これ提案するのもルーチェっぴだから言ってんだよ?』

 ……あたし、そんなにダンス上手くないし、その、Bは通過できたし、クレイジー君には感謝してるけど、ちょっと無謀すぎない?

『へえ。じゃあ、ルーチェっぴはさ』


 それがとどめだった。


『魔法使いになりたくないんだ?』


「……出来そう?」

「うん。大丈夫。この曲に合わせればいいのね?」

「……うん」

「わかった。考えておくね」

「……あの、さ……」

「ん?」

「なんか、お礼っていうお礼が出来ないんだけど……」

「ああ、いいよ。別に。ダンスは仕事でやってからハマって趣味程度にやってたことだし、それにわたくしはルーチェ♡がいてさえくれたらそれで幸せ……」

「あたし!」


 お姉ちゃんの手を強く握った。


「今日と明日! お姉ちゃんがしたいこと、全部付き合うから!」


 お姉ちゃんが息を止めた。


「な、な、何でも、言って!!」

「……ル……ルーチェ……♡」


 お姉ちゃんの目がきらきら光り出し、グッと唇を噛み、あたしの手を両手で握りしめる。


「ルーチェ♡、わたくしはね、ルーチェ♡がいてくれたら何もいらないの。でもね、そうだな。もしルーチェ♡が付き合ってくれるのであれば」

「何!? 何でも言って!!」

「全部わたくしにさせてほしい」

「そう! 全部お姉ちゃんにさせ、させてほしいんだね!!(ん? どういうこと? まあいいや)わかった!! いいよ!!」

「まじで!!??」

「いいよ!!!」

「あん!! ルーチェ♡!!」


 パルフェクトがテーブル越しにあたしを抱きしめた。


「二日間、いっっっっぱい楽しもうね!!」

(よし、来い! これも魔法使いになるため! ここであたしが一肌脱ぐ!! クレイジー君! 感謝してね!!!)

「じゃあ、とりあえずここの支払いはわたくしがするから、ゆっくり食べてね」

「うん!!」


 あたしはパフェをゆっくりと食べ、支払いをお姉ちゃんにさせた。


「ルーチェ♡! これ着て!」

「いいよ!」


 お姉ちゃんの言われるがままに着替えた。


「ルーチェ♡! これ飲んで!」

「いいよ!」


 お姉ちゃんとカップルストローでジュースを飲んだ。


「ルーチェ♡! これして!」

「いいよ!」

「ルーチェ♡! 次はあれ!」

「いいよ!!」

「ルーチェ♡! 次はこれとあれとそれとこれ!!」

「おっけー! 全部まとめてかかってきやがれ!!」

「ルーチェ♡! 太っ腹ぁー! じゃあ次は!!」


 あたしはソファーに倒れた。


(ハードすぎる……)


 何でもさせるって、お姉ちゃんに全部の面倒見てもらうってことだったなんて……!


(これは……思った以上に過酷……!)


「ルーチェ♡……、お風呂の時間だよ……?」

「ひっ!」

「さあ……入るよぉ……♡ お姉ちゃんが……全部してあげる……♡」

「あ、ふ、風呂は、さ、さ、流石に、一人で……」

「今日は全部させてくれるって言ったよね? ルーチェ♡が言ったんだよね!?」

「ひぃっ!」

「さあー! 脱がすよぉ……! 脱がすよぉおおおおーーー!!」

「ぎゃーーーーーあ!!!」


 まるであたしはセーレム状態。ミランダ様が魔法でセーレムをお風呂に入れるように、お姉ちゃんが完璧にあたしの体を洗う。素手で。


「ここにスポンジ!」

「んはぁ! 全部わたくしにさせてくれるんだよね!? んはぁ! いいって言ったのはルーチェ♡だもんね!!」

「素手はやめろーーー!」

「んはぁ! ルーチェ♡のおっぱい! 乳首! 素肌! 禁断の場所! 太もも! わたくしの手で染まっていくルーチェ♡の泡姿! たまらない! 至福の労働! 圧倒的雑用! だがこれでいい! 至福のお触り! 至福のルーチェ! 至福の一時!」

「ざわざわするぅー!」

「ああああ! 妹が可愛すぎてたまらなぃい! むしゃぶりたくなる色白肌もちもち感触! ルーチェェエエエエエエ♡♡♡!!」

「ミランダ様にチクってやるからぁあああ! ぎゃーーーー!!」


 15分後。


(……こいつ鬼かよ……)


 されるがままにドライヤーで髪を乾かせられる。


「ルーチェ♡! アイス食べよ!」

「はい……」

「ルーチェ♡! お姉ちゃんのお膝においで!」

「はい……」

「ルーチェ♡」


 うっとり。


「はあ……♡ 幸せ……♡」

(もう二度とお姉ちゃんにさせないようにしよう。二度とさせてたまるか。絶対、二度と、させることをさせない)

「ルーチェ♡、あーんして」

「あー」

「ああ、可愛い♡ ここに閉じ込めて一生面倒見たい♡」

「……」

「はい、もう一度あーん」

「あー……」

『昨晩、山の麓で凶暴化されたクマが発見されました』


 あたしとお姉ちゃんがテレビを見た。


『クマの巣と見られる場所には、子グマが数匹と仲間と思われる同じ体型のクマが死体で見つかっており、動物の凶暴化について、魔法警察が調査を進めてます』

「……最近多いね」

「物騒だね」


 お姉ちゃんがあたしにアイスを食べさせた。


「この間ロケ現場にも出てきてね、一時撮影が中断になったの。もちろん、わたくしの氷魔法で落ち着かせたんだけど」

「……学祭にもで、で、出たんだよね」

「え? この間の?」

「うん。学校がか、か、飼ってるウサギが」

「鉢合わせる前に帰っちゃったんだね」

「や、その方が良かったよ。アビリィもいたし」

「怪我なかった?」

「……大丈夫。ミランダ様もいたし」

「……ダンスコンテストでは何もないといいけど」

「やー、それは流石に」

「ルーチェ♡、何が起こるか分からない世の中だよ。常に巻き込まれる覚悟をしておくの。魔法使いになるのなら、尚更ね」

(……でも流石にダンスコンテストに動物は来ないでしょ。まあ、いいや)

「そうだねー。気をつけるー」

「ルーチェ」


 お姉ちゃんがあたしと同じ色の目であたしを見つめる。


「魔法使いと危険はいつだって隣合わせ。忘れないで」

「……わかったよ。気をつける。つ、杖は絶対離さないように」


 昔から変わらないんだよな。こういうところ。


「防御魔法、改めて勉強しておく」

「うん。そうしてくれたら、お姉ちゃんも安心するな」

「ふああ……」

「あっ、大変。ルーチェ♡、もうこんな時間。歯磨きしないと」

「ああ、はいはい……」


 お姉ちゃんに歯を磨いてもらう。


「さー、ベッドへどうぞー」

「うん。お休みなさ……」


 案内された寝室に入って、あたしの片目が痙攣する。


「なんでダブルベッド?」


 扉が閉まる音が聞こえて、はっとして振り返る。しまった! お姉ちゃんの目が獣の如く光っている!


(危険はいつだって隣り合わせ!)


「さぁ……ルーチェ♡……ベッドにごろんしてごらん……♡」

「も、もうね、ね、寝るだけだよね!?」

「そうだよぉ!? お姉ちゃんと! 一緒に! 寝るんだよぉ!?」

「いやいや! お前あっち行けよ! あっちにも部屋あ、あ、あったでしょ!」

「ルーチェ♡との睡眠……すーはー……久しぶりのルーチェ♡との睡眠……すーはー……すぅぅううううはぁああああ……!!」

「お、お姉ちゃ……!」

「ルーーーーーチェーーーーー♡♡!!」

「アッーーーーーー♀!!」


 ミランダ様、もしもまた貴女に会えるのならば、あたしはこう言うでしょう。


 どうかあたしの仇を取ってください。パルフェクトをぼこぼこにしてやってくださいな。


「……殺す……。こいつ……いつか殺す……」

「はあ……ルーチェ♡……。すやぁ……」

「殺す……殺す……ころ……すやぁ……」


 あたしとお姉ちゃんがふかふかのダブルベッドで眠りについた。



(*'ω'*)



『こんにちは』

 こんにちは。

『名前は?』

 ルーチェ。

『可愛い名前ね』

 あなたはよーせいさん?

『そうよ。私は妖精さん。貴女とお友達になりたいの』

 おともだち? うん。いいよー。

『せっかくお友達になったんだから、貴女の話が聞きたいわ。ねえ、貴女今いくつ?』

 ……。よ……よっつ!

『まあ、そう。四つ。教えてくれてありがとう』

 よーせいさんはいくつ?

『いくつだと思う?』

 ……わかんない!

『私もわかんないの。でもね、ルーチェよりも長く生きてるのは確かよ』

 すごーい。

「ルーチェ、ご飯できたって」

 お姉ちゃん、今よーせいさんと電話してるの!

「えー? 妖精さん? うふふ! そうなんだぁー。でもお腹すいたでしょう? 今日は妖精さんにお別れして」

 またね。妖精さん。

『ルーチェ、私のことは秘密にして。魔法が解けて、ルーチェと話せなくなっちゃう』

 え、わ、わかった。

『ありがとう。またね。ルーチェ』



 毎日電話の玩具を握り締める。

 耳に当てる。

 声が聞こえる。

 妖精さん。


 今日は、なんだか様子がおかしいの。





 悲鳴が聞こえた。






 飛び起きた。


 額から滝のような汗が流れる。


 汗を拭う。


 お姉ちゃんは隣でぐっすり寝ている。頬に触れてみる。お姉ちゃんの頬は氷のように冷たい。とんでもない夢を見た気がするけど、覚えてない。魔法みたいに、目が覚めた瞬間消えてしまった。


 息を吐いてベッドから抜け出し、寝室から出る。トイレに行こうと歩いてると、月の光に当てられるバルコニーが見えた。


 その神秘的な光に魅入られて、足が誘われる。窓を開けてバルコニーに入ると、夏の風が額に向かって吹いた。


 外は闇色に染まっている。


 闇色の雲が動く。闇色に地面が染まる。闇色の道路を車が走る。だけど、月の光が邪魔をする。闇を照らし、光をもたらす。目が動いた。月を睨む。雲が月を隠した。それに満足して笑みを浮かべる。風が吹く。髪の毛を揺らす。呼ばれた気がして瞼を上げた。だけどここには誰もいない。氷の魔法使いは眠っている。風が吹く。闇が蠢く。夜空を眺める。バルコニーの下を見下ろす。もう少しだ。もう少しだ。もう少しで、もう少しだ。もう少しの辛抱だ。もう少しで、


『十三夜のヴァルプルギスナハト』が始まるだろう。








「ルーチェ♡?」




(*'ω'*)



 ――振り返ると、タオルケットに包まったお姉ちゃんがあたしを見ていた。


「起きちゃったの?」


 あたしは自分のいる場所を確認した。バルコニー。


「……やばい。起きた記憶がない」

「寝ぼけちゃったんだね」


 後ろから近付いてきたお姉ちゃんがあたしを包んだ。


「ほら、中戻ろう?」

「あ、待って」

「ん?」

「つ、月が……綺麗なの」


 月の光が町を照らしている。


「すごい。ね、少しだけ見ていい?」

「もー。わかった。ちょっとだけだよ?」

「お姉ちゃんは寝ればいいじゃん」

「ルーチェと一緒にいたいんだもん」

「……あ、そう」

「確かに綺麗だね」


 あたしとお姉ちゃんが夜空を見上げる。あたしは月に魅入られる。


(綺麗だな)


 ミランダ様も見ているだろうか。


(帰ったらこの夜空の話をしよう)

(ミランダ様がまた美しい魔法を使う為の参考になるかもしれない)

(……会いたいな)


 ちゃんと寝てるかな。ミランダ様。研究に没頭したら止まらなくなるから。


(……明日、お土産持って帰らなきゃ)


 そう思いながら、あたしはいつまでも夜空を眺めていた。



 ――朝。



(はあ……久しぶりにぐっすり寝た……)


 欠伸をしながらリビングに入ると、二つの氷人形の動きが止まり、お姉ちゃんがあたしに振り返った。


「おはよー」


 あたしはきょとんと立ち止まり、氷人形を見つめる。


「ルーチェ♡、あのクソガキに言っておいて」


 お姉ちゃんが微笑んだ。


「明日の10時から13時まで、三日間予定空けておいてって」

「……」

「とりあえず……わたくしもお仕事があるから、二週間後から練習付き合えるように、マネージャーさんにスケジュール調節してもらうから」

「……出来たの?」

「うふふ。見る?」


 お姉ちゃんが杖を振った。曲が始まる。氷人形が動き出す。そのダンスと魔法を見て、あたしは――これをやるのが自分達なのだと思い――これから先の未来を考えて――一気に血の気が下がった。


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