第14話 可愛いウサギ達


「アンジェぇええええええええ!!!」


 アーニーがアンジェに抱きついて泣き叫ぶ。


「無理ぃーー! 私、本当に無理ぃーーー!」

「退いて! アーニー! 邪魔!!」

「アンジェ! 私ね! 小さい頃にお兄ちゃんと見たアニメがあるの! タイトルは忘れたけどね! なんかバッサバッサ無双していくアニメでね! そのアニメで、あったの! 八頭身のウサギが! 人間を襲って! 人間を食べて! 人間ミキサー! それ以来……」


 八頭身のウサギに囲まれたアーニーがアンジェにしがみつく。


「私、ウサギ駄目なのぉーーーーー!! あーーーーーー!! いやぁーーーー!!!」


 人々が悲鳴を上げて逃げていく。魔法学生達が杖を持って立ち向かう。八頭身のウサギが襲いかかってくる。魔法学生達が魔法を飛ばした。学校中に連絡網の鳥が回ってくる。


「お客様は速やかに教室に避難してください! 魔法学生は教室に誘導をお願いします! それ以外は速やかにウサギの処理をお願いします!」

「こちらの教室へどうぞ!」

「こっちも空いてます!」

「何なんだ! 急に!」

「ウサギだって。可愛いね」

「あのウサギ見たら可愛いって言えなくなるよ」


 八頭身のウサギが廊下を走ってくる。魔法学達が。魔法で捕まえようとするが、ウサギが暴れ出し、魔法を弾き飛ばして抜け出した。


「ひい!」

「あいつ抜け出したぞ!」

「わ、こっちに来る!」

「いやーー!」


 学校中が混乱の渦に包まれる。周りからは悲鳴が聞こえる。走る音が聞こえる。ウサギが襲いかかってくる。あたしは杖を振った。


「風の波よ、閉じ込めよ!」


 ウサギ達が一纏めに風に閉じ込められた隙に、あたしはセーレムを抱えて走り出す。


(人気がないからおかしいと思ったら、こういうこと!?)


 あたしが走るのと同じく地面が揺れる。口を舐める八頭身の巨大ウサギが追いかけてくる。あたしはぞっとし、再び足を動かす。


「ルーチェ! あいつ追いかけてくるよ!」

(ミランダ様ぁーーーーー!!)


 とにかく建物だ。建物に逃げよう。そしたら誰かしらいるはず。


(……待って)


 パフォーマンス会場はどうなってる。


(あそこにはアーニーちゃんとアンジェちゃん、サーシャやベリーに、他のメンバーに……先生達もいるはず……)


 中にはいる。――外は?


(……いや、大丈夫でしょ)


 流石に箒に乗って誰かしら守ってるでしょ。


(会場)


 壊されたイベント会場。

 押し寄せるリスの大群。

 逃げる人々。

 杖を構えるアーニー。

 副作用で溶けたあたしの左腕。


 イベントは中止になった。


 ――……実はね、去年の学校祭に妹が熱出ちゃって来れなかったんだ。だから今年は絶対行ってやるんだって張り切ってて……すごく感動してた。


(サーシャ)



「夜のパフォーマンスも見てくれるんだって! 頑張らないと!」



「……っ!」


 あたしの足が自然とその方向に向かって走り出す。大丈夫だとはわかっている。別に必要ない事もわかっている。ウサギが追いかけてくる。あたしは杖を振った。


「風よ吹け。強い風。突風か。はたまた台風か」


 台風がやってきてウサギを吹き飛ばした。あたしは走り出す。正面からウサギが走ってくる。セーレムが悲鳴を上げた。あたしはウサギに向かって走る。


「ルーチェ! 駄目だって! あいつら目が変だよ!」

「セーレム!」


 あたしの足が止まる。


「あたしから離れないで!」


 杖を構える。


「影は左手、闇は右手」


 八頭身のウサギ達が大きく口を開けた。


「暗がり怖がりおっかない。けれど夜はやってくる」


 夕日はまだ沈まない。けれど夕焼け時は闇が世界に現れる時。


「光が沈めば闇が世界。伸びる闇夜がやってくる」


 あたしの魔力が姿を変えた。杖から魔法が放たれる。夕焼けの光で伸び切ったウサギ達の影が地上に浮かび上がり、ウサギ達の前に立ち塞がった。大きく口を開ければ壁も大きく口を開けて、その体に襲い掛かれば自分が傷つく。あたしはその隙にウサギ達を潜り抜け、必死に走る。


 パフォーマンス会場は目の前だ。


「っ」


 ウサギが入り口の屋根からあたしに向かって飛び込んできた。それをでんぐり返って避ける。セーレムが地面に着地した。あたしはすぐさま起き上がる。ウサギが口を開けてセーレムに向かって走り出した。あたしは杖を構えた。


「炎よ、現れいでよ!」


 セーレムの前に炎の壁が出来て、ウサギが近付けなくなった。すぐにあたしに切り替える。あたしは杖を振る。


「お化け達が待ってるよ」


 ウサギの影がウサギの足を捕まえ、地面に押さえつけた。炎の囲いを解除し、セーレムを抱き上げて、パフォーマンス会場の入り口前であたしは足を止める。赤い目が光る。あたしはセーレムを肩にやり、顔を上げる。


 夕焼け時。変な空の色の下、ウサギ達はまだ走って来る。まるで笑っているようだ。ウサギ達が五羽いっぺんに走ってくる。セーレムがあたしの肩に乗ったまま大人しくなる。あたしは杖を構え、唱える。


「闇よ闇夜よ現われろ。白を拒め。白を拒否せよ。白は敵ぞ。捕まえろ。一羽残らず捕まえよ」


 夕日の光によって伸びた影が闇となり闇があたしの魔力に呼ばれ集まった。影がダンスをする。ウサギ達が走れば走るほど影が笑い出す。影がウサギ達の足元から現れる。ウサギが笑えば影も笑う。ウサギが襲い掛かれば影も襲い掛かる。あたしはイメージする。駄目だ。傷付けるな。意識を飛ばすだけでいい。あたしはイメージする。夕日はまだ沈まない。影が伸びる。他のウサギ達が呼ばれたように集まって来る。走って来る。巨大なウサギ。小さなウサギ。目がおかしいウサギ。集まって、集まって、集合して、いけるか? 一人で大丈夫か? ミランダ様はどこだ。考えるな。やるんだ。とにかくやるんだ。あたしが守るんだ。


 確かに選抜には選ばれなかった。協調性を大事にしないベリーが選ばれた。よくわからないクレイジーとかっていう奴が選ばれた。あたしは頑張った。目がぎらついてたせいで選ばれなかった。意識が足りなかったせいで選ばれなかった。悔しかった。今でもすごく悔しい。選抜メンバーを全員殺してやりたいくらい。このままウサギに紛れて学校祭自体を壊してしまえば、パフォーマンスイベントも中止になるだろう。


 だけど、あたしは事件の被害に遭って、イベントが中止になって――思ったはずだ。


 あんなに頑張って練習したのに、って。


「……ここから先は行かせない」


 あたしの杖を構える。


「行かせるものか!」


 サーシャ達に、あたしと同じ思いをさせるな!!


(集中!)


「白色純白輝かしい。けれど私は黒が良い。黒色闇色染め上げろ。全てを闇で包むのだ」


 杖からあたしの魔力が出て行く。闇があたしを包む。闇が会場の入り口を包む。ウサギ達がどんどん集まって来る。しかし闇が捕まえる。白を黒色に染めていくように影がウサギを囲む。ウサギが暴れる。闇に噛みつく。だったらと闇はもっと強くなり、ウサギ達を押さえつける。あたしの魔力がどんどん消費されていく。消費されていく事にあたしは気付かない。過集中が起きている。ウサギ達を会場内に入れないことだけに集中する。闇を操れ。他は放っておけ。下手に違う魔法を使えば隙を見せてしまう可能性が出て来る。隙を見せるな。何も考えるな。闇だけを頼れ。闇に集中しろ。イメージが沸く。どんどん沸いてくる。


「ひひ」


 ウサギの毛ってふわふわしてるんだよね。


「いひひ」

「ルーチェ?」


 ウサギを引きちぎったらどうなるんだろう。血が出てくるのかな。ウサギの血って赤いのかな。それとも黄色かな? 黒いのかな?


「おっと、こいつはちょっとやばい気がするぞ」


 八頭身のウサギなんて見た事無い。人間みたいな体つき。面白いな。どうなるんだろう。引きちぎってみようかな。そしたらあっという間にこの騒ぎも収まるし、何より血が見れる。ウサギの血が見れる。ウサギの血。何色なんだろう。血、何色なんだろう。


「ルーチェ? 俺の声聞こえる!?」


 赤色? いいや、黒かもしれない。でも赤色かも。人間と同じ色なのかも。でも黒かもしれない。実は緑かもしれない。ウサギの目はどうして赤いんだろう。その瞳をくり抜いたら何色の血が出て来るんだろう。赤? 黒? もしかして白? え? どの色なんだろう。気になるな。私、気になるな。


 やってみようかな。


「ヤミヤミ」


 口が動く。


「色が見たいの」


 見つめる。


「ウサギの血」


 呪文を唱える。


「一体何色?」


 手が伸びる。


「ウサギの……」



 肩を掴まれた。



「ルーチェ!?」



 振り返ると、汗だらけのアンジェがあたしの肩を掴んでいた。その目を見た途端、あたしの口が止まる。セーレムが声を上げた。


「ああ! アンジェ! ナイスタイミング!」

「ずっとここにいたの!?」

「……アンジェ……ちゃん……」


 途端に――あたしの視界が黒くなる。


(え……)


 集中力が切れた。魔力が止まった。ウサギ達の影が消えた。ウサギ達が再び走ってきた。そこへ炎が飛んだ。ウサギ達の足が燃え、ウサギ達がその場で熱いと叫ぶように暴れ始める。


「アンジェ! ……え、ルーチェ!?」


 首を振る。瞬きをする。視力が戻って来る。まだ意識ははっきりしている。副作用か。ただ集中力が切れただけか。過集中が起きてたせいか、ものすごく怠くなる。駄目だ。集中しろ。意識だけでも集中するんだ。ここであたしが倒れたらどうなる。まだ駄目だ。倒れるならこの後だ。駄目だ。眠くなる。


「アンジェちゃん……水……」

「え?」

「水、被せて……冷たいの……」

「ルーチェ」

「早く!」

「っ、……いくよ!」


 アンジェからとびっきりの水が飛んできた。


(はぶっ!)


 よし! 意識がはっきりした! ぱっと目を開くと、涙目のアーニーがあたしの顔を覗いていた。あれ?


「アーニーちゃん!?」

「わあああん! ルーチェーーー!」


 アーニーが泣きながらあたしに抱き着いた。


「あのね! ウサギが! ウサギが現れたの! それでね! 八頭身のウサギが、ひっ! また来た! いやああああーーーーー!!」

「アーニー! うるさい!」


 アンジェがあたしからアーニーを引き剥がし、走ってきたウサギに水魔法を飛ばした。


「マリア先生に外を見てくるよう言われたの! そしたら、ルーチェがいて……」


 アンジェがあたしの目を見つめる。


「守ってくれてたのね」

「……魔力消耗したら……せっかくのパフォーマンス、出来なくなるでしょ?」

「ルーチェ」

「クラスの子が選ばれてるの。絶対……中止にしたくなくて……」

「……中止になんかさせないよ」


 アンジェが帽子をつばを握った。


「さっさとこの騒動、治めちゃおう」

「いやぁーーーーーーー!!」


 アーニーが悲鳴を上げた。


「うわ、こいつはやべえ」


 セーレムが声を上げた。あたしとアンジェが振り返った。巨大ウサギが三羽、あたし達を囲み口を舐めている。口から涎が垂れ地面に落ちる。それを見たアーニーがまた目から涙を吹き出し杖を構え、アンジェが杖を構え、――あたしも杖を構える。


「ルーチェ、魔力は?」

 大丈夫。

「ねえぇえ! 本当に無理ぃ……! ウサギ無理ぃい!」

「こいつらだけでも何とかするよ。アーニー、いつも通りに」

「ふえぇん……! もう嫌だぁあ……!」

「ルーチェ、目の前のウサギをどうにかすることだけに集中して」

 ……。

「大丈夫よ。後ろには私とアーニーがいるから」


 あたしの後ろにはアンジェとアーニーがいる。

 アンジェの後ろにはアーニーとあたしがいる。

 アーニーの後ろにはあたしとアンジェがいる。

 あたしは頷いた。


 わかった。

「いくよ」

「ふぅうん……! ウサギなんて……大嫌い!」


 アーニーが杖を振った。

 アンジェが杖を振った。

 夕日が沈んだ。

 あたしが杖を振った。


「獣の丸焼き! ウサギの丸焼き! 燃やせ燃やせ! ウサギを燃やせ!」

「人魚よ泳げ! 波を起こせ! ウサギを呑み込め! 水で包め!」

「打ち上げ花火はいかがかね! さあさあ飛ばすよ! 打ち上げ花火!」


 炎が飛んだ。水が降った。花火が上がった。ウサギ達に襲い掛かる。魔力が弾く。ウサギ達が魔力に翻弄される。しかし跳ね返す。暴れる。魔法を嫌がるように両腕を振る。アーニーが呪文を唱える。アンジェが水を飛ばす。大丈夫。あたしは自分の事だけに集中すればいい。目の前のウサギの事を考えろ。アーニーの声が響く。アンジェの声が響く。やばい。集中が散乱する。注意が欠陥している。花火が起きる。光が弾く。ぱちんと光るがそれで終わる。ウサギが息を吹いた。光を吹き飛ばした。あたしの視界が揺れる。あたしはぐっとお腹に力を入れて、深呼吸した。集中しろ! お願いだよ! 頼むよ! もう一回集中させてよ! あたしの杖から光を放つ。しかしウサギの息に吹き飛ばされる。


「ひゃっ……」


 また視界が真っ黒になった。


(うわっ、しまっ……)


 あたしは急いで首を振って、瞬きをした。そして、はっとする。ウサギがあたしに両手を伸ばしていた。


(あ、しまっ)


 間に合わない。


(あっ)


 二秒もしないうちにあたしはこの両手に潰されるだろう。あたしはひゅっと息を吸った。死を覚悟した――瞬間だった――光が轟き、三羽のウサギが慌てて後ずさった。アーニーとアンジェが顔を上げた。あたしは首を振って、ぼやける視界をなんとかはっきりさせようとした。やばい。耳も聴こえなくなってきた。集中力が完全に失われてる。あたしは顔を叩いた。遠くの空から鋭い声が飛んでくる。


「ルーチェ!」

(しっかりしろしっかりしろしっかりしろしっかりしろしっかりしろしっかりしろ!!)

「セーレム!」


 セーレムがあたしの肩から頭に上って、頭を蹴り上げ、何かを口で受け取った。地面に着地し、あたしの足元に投げ飛ばす。


「ぺっ! ルーチェ! ミランダの魔力だ! 早く!」

(み、ミランダ様……!? どこ!?)

「早く!」

(見えない……! 視界がぼんやりして……!)

「セーレム! 退いて!」

「うわっ、やめてよ! 蹴るなよ!」


 アンジェが瓶を拾い、蓋を開けてあたしの口に当てる。


「ルーチェ、飲んで!」

(うわ、何? 怖い。何? やめて! 押し付けないで!)

「口開けて! ルーチェ!」

(ミランダ様! ああ、どうしよう。何も聞こえない。見えない! ミランダ様! ミランダ様! ああ、どうしよう! どうしよう! どうしよう!)


 胸の鼓動が早くなり、頭がごちゃごちゃになり、嫌な記憶やどうでもいい記憶が一斉に頭の中に蘇ってきて、次から次へと思い出し、次から次へと別の感情が現れて、頭がついていけなくなる。思考が追い付かない。体が震える。座り込む。パニックだ。苦しい。息が浅くなる。セーレムが叫んだ。おい、ルーチェ! アーニーが叫んだ。ルーチェ、落ち着いて! 大丈夫だから! 『大丈夫』と言われたら言われるだけあたしはパニックになる。何が大丈夫なのかわからないのと、大丈夫だから落ち着こうと言う二つの考えから余計にパニックになる。息が乱れる。冷静になれない。あたしの目が揺らぐ。頭が騒がしい。何も聴こえない。何も見えない。怖い。怖い。怖い! アンジェが瓶の中身を口に入れて、パニックになってるあたしの顎を掴み、上に上げ――唇を重ねた。


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