第13話 悔しいけれど
学校で飼ってるウサギが庭を周回している。人が可愛いと言って撫でる中、くぐり抜けようとしていたミランダ様にウサギ達が自ら近付いてきた。それを見たミランダ様がちょこんとしゃがみこみ、その柔らかな毛に包まれた頭を撫でる。
「よしよし」
(ぁぁぁあああああ〜〜♡♡ ウサギに頭なでなでするミニミランダ様激ウサかわぁあああ♡♡!! お写真を、どうかお写真を一枚だけどうか……!)
「あ、ルーチェ」
「あ」
向こうから家族と歩いてたであろうサーシャが歩いてきた。
「やっほー。受付大丈夫だった?」
「あ……うん。……大丈夫……」
「……あの子、妹?」
「え?」
「わあ。可愛いー! 何歳?」
「あ、え、えーと……五歳?」
「わー、やば、めっちゃ可愛いじゃん! こんにちはー!」
ミランダ様がサーシャを見て、軽く会釈した。サーシャがふふっと笑い、再びあたしを見た。
「どう? 楽しんでる?」
「……サーシャ、パフォーマンスの準備は?」
「ああ、今は待機時間。本番は夜だし、せっかくだから回ってるんだ」
サーシャは、友達と一緒に来る妹に魔法を楽しんでもらいたいとオーディションの時に言っていた。そして受かった。
「……妹さん、……友達と来てるの?」
「ああ、うん。さっきまで一緒に歩いてたの」
「……なんか言ってた?」
「……実はね、去年の学校祭に妹が熱出ちゃって来れなかったんだ。だから今年は絶対行ってやるんだって張り切ってて……すごく感動してた」
「……そっか」
サーシャは本当に妹のことを考えてるんだ。
妹に、本当に楽しんでもらいたいって思ってるんだ。
「夜のパフォーマンスも見てくれるんだって! 頑張らないと!」
「……楽しみだね」
「ルーチェも良かったら見に来てよ! 昨日一日リハーサルやってたんだけど、皆すごいんだよ! 私ももっとやらなきゃってすごくモチベーション上がったんだ!」
(……あたしも……そう思ってた……)
マリア先生から声をかけられて参加したイベントで、アーニーと出会って、もっとやらなきゃ。もっとやらないといけない。あたしがやらないと――イベントに来てくれたお客さんに楽しんでもらえないって。絶対壊したくないから、失敗したくないから、とにかくやってやるんだって。これで最後だから、絶対後悔のないようにやるんだって――思ってた。
(……オーディションの時、あたしは目の前のことで頭がいっぱいだった)
見返してやりたいって思ってた。
ミランダ様の弟子はあたしで、選ばれて当然だから、だから頑張らないとって、違う方向に意識を向けていた。
(あたしの魔法は誰に見せたい? どんな風に見せたい?)
綺麗で美しい魔法。それはあたしが出すだけでは意味がない。
見てくれる人がいて、感動する人がいて、そこでようやくあたしの魔法は認識される。自分だけのためではないのだ。それはプロとは言わない。
(……サーシャは、そこの意識が出来てたんだろうな)
だから、選ばれた。
「……うん」
あたしは笑顔で頷いた。
「絶対行く」
「本当? ありがとう!」
「サーシャのま、魔法の花火、楽しみにしてる」
「うん! めっちゃ頑張る! ありがとう。ルーチェ! ……でも、私オーディション、選ばれると思ってなくて。だって、ルーチェの魔法すごすぎて、私怯んじゃったの。ほら、あの、無音花火! あれさ、耳が敏感な人とかにすごく良いよね! 花火って破裂した音を出すから苦手な人もいるじゃん? でも無音なら誰でも側で見れるでしょう? あれ見た時にやっぱりルーチェって人に気を遣える魔法を出せるんだなって思ったの。それで……一応選んではもらえたけど……すごく嬉しかったけど……このままじゃいけないなって思った」
「……そんなことないよ」
「そんなことあるんだよ」
「……選んでもらえたってことはーそれなりに理由があるはずだから……そこは、ちゃんと自分を認めてあげた方が良いよ」
「……やっぱりルーチェ、優しいね」
「ううん。……正直、すごく悔しかったけど……サーシャ見て思った。やっぱりあたしも足りなくて、だから選ばれなかったんだなって」
「でもすごかったよ。本当に。帰り道とか前歩いてた人がルーチェの魔法のことについて話してたもん」
「そうなんだ。ふふっ。爪痕だけでも残せたみたいでよかった。……でもサーシャの魔法も綺麗だったよ。だから、た、た、楽しみ。この後。……イベント会場だよね? やるの」
「うん! 結構混むと思うから早めに来て座ってた方が良いと思う」
「毎年そうだもんね。わかった。ありがとう」
「あ、ルーチェ」
「ん?」
「せっかくだから写真撮ろうよ」
サーシャがあたしの隣に来て、スマートフォンの画面をこちらに向けた。
「はい、ハッピー!」
「は、はっぴー」
サーシャとの写真が撮られた。二枚くらい撮って、サーシャが確認する。
「後でチャットに送っておくね!」
「……ありがとう」
「あ、妹ちゃんとも撮る? スマホ貸して!」
(……あー……)
サーシャ、あたしもね、撮りたい気持ちは山々なんだけど……ミランダ様、お写真NGなの。はあ。
「ああ、それが……サーシャ、ごめんなんだけど……」
「ん!」
「あ、このスマホで撮るの? ……あれ、これ最近出たやつじゃん。すごいね。ルーチェのお母さんの?」
「いや、ミラ、あーその、この子、シャイだから写真NGで……」
「あー、これカメラ機能綺麗なやつ。うわ。羨ましい!」
ミランダ様があたしの服の裾をグイと引っ張ってきた。
「ん!」
(え? ミランダ様? どうかされたんですか?)
「ルーチェ、抱っこしてあげなよ」
「えっ? 抱っこ?」
「抱っこしてほしそうにしてるじゃん」
「え!!??」
サーシャに言われてミランダ様を見下ろすと、堂々と両手をあたしに差し出していた。
「ん!」
(はっ! 本当だ! 気付かなくてすみません! ミランダ様! きっとあたしを踏み台にして高い所からウサギを見下ろしたいのですね! 承知致しました!)
あたしはミランダ様の体をしっかり掴み、そのまま抱き上げる。ふわっ……! これは倉庫整理している時にアダルトグッズがいっぱい詰まった箱を持った時と同じ重さ! でもこっちの方が軽くて温かい! はあ! ミランダ様が軽い! このまま高い高いできそうです!
「にゃー」
「あれ、猫もいるじゃん! 鞄に詰めてたんだね! 可愛い!」
(ああ、ミランダ様可愛い……! めっちゃウサかわなんですけど!)
「撮るよー! はい、ハッピー!」
(わーあ、こんなミランダ様もう絶対見れない気がする。よく見ておこう……じーーーーー)
「はい。一応五枚くらい撮っておいたよ。確認してね!」
サーシャがミランダ様にスマートフォンを返した。ミランダ様が小さな両手を巧みに動かしてスマートフォンを操作する。
(やだーーー♡ めっちゃおませさんミランダ様! ちょー可愛いーー!)
「大丈夫かな?」
「ん!」
「お姉ちゃんと仲良くやるんだよ? じゃあルーチェ、私行くねー」
(うはあ……可愛い……♡ ミニミランダ様激ウサまぶ……♡)
「ミランダ、俺じっとしてるの飽きたよ」
「ルーチェ、もういいよ。下ろしな」
「あ、はい♡」
あたしは胸をドキドキさせながらミランダ様を下ろした。さて、そろそろあたし達も次に行かないと。……あれ、サーシャがいない!? あれ!? いつの間に!? ミランダ様が指をスライドさせる。
「良い友達を持ってるじゃないかい。ルーチェ」
「……あの……彼女は……いつ消えたのでしょうか……」
「お前が私を見てる間に家族の所に戻っていったよ」
「……いつの間に……」
ミランダ様がスマートフォンをポーチに入れた。
「ルーチェ、私達も行くよ。この学校は馬鹿みたいにでかいんだ。いつまでもウサギに構ってたら日が暮れるよ」
「……そうですね」
あたしは再びミランダ様の手を握りしめた。
「次に行きましょう」
「ん」
「疲れてませんか? ミランダ様」
「一回お茶でも入れるかね」
「では魔法メイド喫茶に行きましょうか」
「……なんだい。それは。ふざけてんのかい?」
「いや、本当にあるんですよ。オムライスがオススメなんですって」
あたしとミニミランダ様がウサギを避けて歩き始めた。
(*'ω'*)
三時間くらいで飽きるものかと思っていれば、やっぱりそこが魔術学校のすごいところ。歩けば歩くほど何もかもが違う。アトラクションエリアに行けば、風の浮遊を利用して穴に落とされるアトラクションがあったり、絶叫系があったり、ペットの休憩所があったり(セーレムがはしゃいでた。)、あっという間にパフォーマンスが始まる三十分前。
あたしはミランダ様を抱っこし、あしもとではセーレムが歩き、パフォーマンス会場に向かう。
野外なんですけど、大きなステージがあって、そこから花火を打ち上げるんです。
「そんな場所あったかね」
五年前に出来たんですよ。なのでミランダ様は存じ上げないかと。
「時代が変われば学校も形を変えるね」
……ふと、ミランダ様が振り返った。
「……ルーチェ」
あ、ミランダ様、お手洗い行ってきてもいいですか?
「……ああ。行っておいで」
すみません。ミランダ様は大丈夫ですか?
「さっき行ったから大丈夫だよ」
すみません。行ってきます。
あたしはトイレに歩いていき、用を済まして出てきた。すると、ミランダ様がおらずセーレムがだけが残っていた。
あれ、セーレム。ミランダ様は?
「なんか野暮用があるとか言ってどっか行ったよ。先行っててだって」
そっか。
「ルーチェ、この後花火が上がるんだろ? 俺大丈夫だと思う? おしっこチビッたりしないかな? 俺、このまま大きい音恐怖症のままじゃいけない気がするんだ。もっと強くならないといけない。そうは思うんだけど自分を変えるのってとっても難しいじゃん? だからと言って難しいで終わらせるのは良くないと思うから今日のこの機会で、俺は花火恐怖症及び大きな音恐怖症を克服させようと思うんだ。克服って大事だよ。克服さえすれば辛かったことがやり甲斐のあるものに変わってたちまち世界が変わる。俺はそんな気がするんだ」
でもね、セーレム。セーレムの場合は耳が敏感だから大きな音に驚いて当たり前なんだよ。怖かったら耳塞いであげるね。
「ルーチェにしてはまともな答えが返ってきた。どうしたの? 俺なんかした? 爆発でも起きるの?」
失礼な。
「ところでルーチェ、俺はさっきから気になってるんだ。この変な匂いはなんだろうってな」
……変な匂い? あー、多分、花火の練習してるんじゃないかな。火薬の匂いが充満してるとか。
「火薬じゃないよ。変な匂いがするんだ。なんか共食いしてるみたいなさ」
……焼き鳥の屋台でもあるのかな?
あたしは当たりを見回す。人気はない。
あれ? 道間違えたかな?
「ルーチェ、なんだか血なまぐさい匂いがしないか? 獣と獣が食い争ってる感じの。お前が紙で指切った時と同じ匂いだよ。……ってことは、あ、そうか。これ血の匂いだ」
あたしの足が地面を踏み込む。
セーレムが耳をピクリと動かした。
あたし達は角を曲がった。セーレムの足が止まった。
道の真ん中で、ウサギが何かを囲んでいた。
何かを食べるような音が聞こえる。
つばの音。歯の音。噛みつく音。水の音。
セーレムがぱっと目を見開き、あたしの足から登っていき、あたしの腕の中に体を震わせて隠れた。
あたしはぽかんと眺める。
セーレムの足音に気付いたウサギ達が振り返った。
その真ん中には、仲間に食われたウサギが死んでいた。
(待って……。これ……)
ミランダ様はウサギを睨んでる。
(まさか、ここでも……?)
あたしは血の気を引かせる。
「動物の……凶暴化……」
その時、地面が揺れた。あたしはぎょっとして振り返った。振り返った先には――、
巨大化した八頭身のウサギが、口を舐めてあたし達を見下ろしていた。
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