第3話 電話番
「じゃあ、留守番は頼んだからね」
はい。行ってらっしゃいませ。
頭を下げると、ミランダ様が窓から箒に乗って空へと飛んでいった。あたしは窓を閉め、ため息を吐く。
(電話……電話来るなよ……。絶対に来るなよ……)
あたしは電話の前に貼られた台本をじっと眺めた。
(この順番で行けばなんとかなる……。この順番で行けばなんとかなる……。この順番で行けばなんとか……)
――電話が鳴った。
(ひっ!!)
あたしは辺りを見回した。違う。見回しても誰も居ない。あたししかいない。セーレムを見た。セーレムはボールに戯れて遊んでいる。あたし、いい? あたししかいないの。あたしがやるしかないの。思い出せ。コールセンターの最初の方。あたしはコールセンターマスターになるって決めてたじゃないか。思い出せ。やる気に満ちていたあの頃を! 大丈夫。冷静に。大丈夫。落ち着いて。ああ、心臓が激しく揺れる! やばい! 電話が鳴ってる! 大丈夫! 台本を見て! 大丈夫! 急にクレームだったり難しい話だったりしたらどうしよう……! いいや! そういうことは考えない! とにかく……電話に出るんだ!!!!!!
あたしは受話器を取って、台本を見て、息を吸い込んで、口を開いた。
「お電話ありがとうございます! ミランダ・ドロレスの……!!!!!」
『お世話になっておりますー。シロネコ佐藤の宅急便ですー』
「……。……あ……。お世話に……なって……ます……」
『ミランダ・ドロレス様のご自宅でよろしいでしょうかー?』
「……ああ、はい。そうです」
『あ、いつもご利用ありがとうございますー。ドロレス様はいらっしゃいますか?』
「……あの、今出かけてて……」
『あ、そうでしたか……』
「あたしで良ければお伺いしますけども……」
『あ、お荷物のことだったんですけども、ドロレス様に本日お荷物が届いておりまして、それで、その、いつも直接受け取りに来られているので、そのご連絡でお電話を差し上げた次第なのですが……』
「あ、わかりました。でしたら伝えておきます」
『あ、お願い致します』
「荷物を受け取りに行くよう伝えーれば……いいでしょうか?」
『はい。そのようにお伝えいただければと』
「あ、わかりました。ご連絡ありがとうございます」
『こちらこそいつもありがとうございますー! 引き続きご利用お願いいたしますー!』
「はい。よろしくお願いしまーす。失礼しますー」
受話器を下ろした。
「……」
(……出来た)
あたしは両手を握りしめた。
(出来た……!!)
あたし偉い! 成長してる! 本当に……偉い!!!!!
「セーレム!」
「あーん?」
「電話出来た!」
あたしはセーレムを抱っこして抱きしめた。
「あたし、電話出来たの!」
「おお、そうかそうか。そのまま頭なでなでしてくれてもいいよ」
「あっ!! ミランダ様にチャットしてない!!」
あたしはセーレムを放り投げた。
「むぎゃっ!」
(えっと、えっと……)
スマートフォンのチャットアプリを開いて、ミランダ様に連絡しようとして……指が止まる。
(あれ、なんだったっけ……?)
荷物が……なんだっけ……? 受け取りに行く……? 直接……?
(うわ、メモしておけばよかった……なんだっけ……)
シロネコ佐藤って言ってたよな……? 確か……。荷物が届いた……だっけ? あ、どこから届いたか聞いてない。言えばわかるかな? あたしはとりあえず文章を作って見直してみる。
>ミランダ様、お疲れ様です。
シロネコ佐藤の宅急便から連絡があって、今日、荷物が届いたので取りに来てほしいとのことです。ご確認お願いします。
(……まあ、こんなもんだろ)
送信ボタンを押してやり残しがないか受話器の回りを見てみる。
(今度からちゃんとメモしよう。あたしはメモしないと忘れる人間なんだから、メモ魔になろう。……そういえばコールセンターで働いてた子で、すごくメモを取る子がいたな。めちゃくちゃ仕事出来る子だったけど、今何やってるんだろう。元気かな……)
電話を見る。鳴る様子はない。
(んー。集中できない。電話が鳴ったらどうしようって思って、何も練習できない)
あたしはソファーに座り、スマートフォンで動画投稿サイトをタップする。ADHD 電話 検索。
(あ、なんか出てきた。……発達障害の人は電話受付が辛すぎる……。……この動画は見たこと無いな。なんか、まともそう)
再生してみる。
(なんか黒いスーツと黒いシルクハット被った人がコント調でADHDの人の真似してる。……あー、あるある。これある。……あー、これもある。……わあ、この人すごいな。あるある! これ、あたしもよくやってた!)
動画の終盤で電話受付の対応策が紹介される。
(カウンセラーの人なんだ。へー。……フォーマットを作る……。あ、やっぱり台本もらって正解だったんだ。ミランダ様に感謝しないと。……台本作って練習……録音して……言い漏れがないように……)
あたしははっとした。
(これ、発声練習になるじゃん!)
あたしはスマートフォンを持って電話の前に走った。セーレムが瞬きした。
「今日のルーチェは忙しないな。どうしたの? 花火大会でも始めるの?」
あたしは録音アプリを起動させた。台本を見る。読む。
「お電話ありがとうございます。ミランダ・ドロレスの屋敷です。ご要件はなんでしょう?」
録音を聞いてみる。再生。
『お電話ありがとうございます。ミランダ・ド、ルォレスの……やぁーしきです。ご要件はなんでしょう?』
(……なんで今噛んだんだろう。緊張してないのに)
こういう時どうすればいいんだっけ。口うるさいマダムの言葉を思い出す。
『ルーチェ・ストピド! 早口ザマス! もっとゆっくり練習するザマス! もう、こ、れ、く、ら、い、ゆ、っ、く、り、……喋るザマス!!』
あたしはもう一度録音のスイッチを押した。
「お電話ありがとうございます。ミランダ・ドロレスの屋敷です。ご要件はなんでしょう?」
録音を聞いてみる。再生。
『お電話、ありがとうございます。ミランダ・ドルォレスのやひきです。ご要件はなんでしょう?』
(『し』が『ひ』に聞こえる……)
(ドロレスが言えてない……)
「ドーローレースー」
ゆっくり伸ばせば言える。
「ミランダ・ドロレス」
短く言ったら言える。
「ミランダ・ドロレスの屋敷でsーー」
『す』が消えた。
「ミランダ・ドロレス……」
ああ、やっぱりロで舌が滑る。つるんって滑って、明瞭な『ロ』の音がでない。
「ろ」
確認する。
「ろ」
(うーん。何か良い練習方法はないかな……)
あたしはスマートフォンを開き、再び動画投稿サイトに戻ってくる。ら行 発声練習 検索。
(あ、美人な人がいる。……アナウンサーか。動画もまともそう)
『ら行は舌の筋肉です! 舌を鍛えていきましょう! 舌を沢山使うトレーニングをしましょう! まず舌の力を抜きますよ。巻き舌をします!』
(……そういえば、あたし巻き舌出来ないんだよなあ……)
一体あたしの基礎はどこまで遡れば良いんだろう。この人の巻き舌動画を見てみる。
『巻き舌は出来なくても困りませんが、出来た方が色々と表現が豊かになります。舌の力を抜くことも出来るので、頑張りましょう!』
アナウンサーが巻き舌の説明をする。
『そもそも巻き舌とはどういうものか。上顎に脱力した舌をつけて、それに空気を出すと舌が震えることを、巻き舌って言うんです』
ふむふむ。
『そう。巻き舌っていうからって、舌は巻かれてないんですよ』
(……。え!? そうだったの!!??)
衝撃の事実にあたしの頭上に雷が落ちた。
『巻き舌が出来ない人の特徴は三つあります。巻き舌を使うために舌の筋肉が使い慣れてない。舌の力が抜けきれてない。吐く息が弱い』
あたしは瞬時に思い出した。……いろんな先生から、舌がうるさいから収めろと言われてきたこと。
(あたしの場合は……息は出てるから、舌の筋肉か……力が抜けきれてない……かな……?)
『舌の筋肉を鍛えましょう! 口を閉じて、時計回りに舌をぐるり。三回やりますよ。もごもご。はい。反対周り』
もごもご。
『はい。では、次は舌の力を抜きます。例えて言えば……重力で、舌が移動してしまうくらい、こう、くたー、って感じにしてみてください! 左に行ったら左にくたー。右に動かしたら右にくたー。前に行ったら前にくたー』
あたしは頭を動かした。セーレムが変な目で見てきた。
『それくらい脱力できた舌を、歯に近い、ちょっと手前、上顎の真ん中辺りに優しくつけて、鼻から息を吸って……ため息つくみたいに……rrrrrrr」
「ふしゅrrrr……」
うわっ! すごい! 出来た!!
(……舌の力が入ってたんだ!)
『息が少ない人で出来る人は、なるべく腹式呼吸を意識すると安定した巻き舌が出来るようになります。まとめると、しっかり舌をほぐしてから力を抜いて、ある程度強めの息を吐く、というのを意識して練習したら良いと思います。具体的な練習方法としては、あら、から、たら、など、あかさたなはまやらわ、に『ら』をつける。あr、かr、たr。という練習ですね。これに口が慣れてきたら、ら行の多い言葉で練習してみましょう。例えば、「札幌ラーメン」。さっぽrr、rrぁーめん!』
(……なるほど。これ、ら行の練習にもなる。口が慣れてきたらってことは……やっぱり慣れるしかないんだ……)
『何度も言いますが、我が国の言語で巻き舌が出来なくても、何も問題ありません。でも、何か悔しい! って思うあなたはぜひやってみてね!』
(ありがとうございます。アナウンサー先生。……この人発声動画沢山出してる……。チャンネル登録しておこう)
あたしは動画投稿サイトを閉じて、あかさたなはまやらわ、とメモに入力した。
(舌をほぐしてから……力を抜く……。……舌のほぐした方って他にあるのかな。この口の中でもごもごするやつ、なんでやるんだろうってずっと思ってたけど、確かに舌が疲れて嫌でも力が抜ける。この状態で……ため息をつくように……)
「ふしゅrrr」
続かない。……これは多分、一瞬で出来るやつじゃない。あたしでなければ出来るかもしれないけど、これは練習あるのみだ。あたしはスマートフォンの画面を見た。こういうことかな?
「あr、かr、さr、たr……」
これをやった上で、録音アプリを起動。
「お電話ありがとうございます。ミランダ・ドロレスの屋敷です。ご要件はなんでしょう?」
再生。
『お電話ありがとうございます。ミランダ・ドロレスの屋敷です。ご要件はなんでしょう?』
すごい!! 出来た!! (やっぱり『ロレ』がちょっとふわんってなるけど)これが練習の成果よ!! どうよ!! えっへん!!
(電話鳴らないかな。電話鳴らないかな? 電話鳴らないか……)
電話が鳴った。驚いけれど、さっきよりも早く手が伸びた。息を吸って、力を抜いて、ある程度強めの息を出す。
「お電話ありがとうございます。ミランダ・ドロレスの屋敷です。ご要件はなんでしょう?」
『あ、すみません。依頼をお願いしたいのですが……』
「あ、は、はい! ありがとうございます! すみませんが、あの、ミランダが出掛けておりまして……!」
『あ……そうなんですね……』
「良ければミラ、ら、……(落ち着いて)ミランダから、折り返さしていただければと思うのですが……よろしいでしょうか?」
『あ、是非お願いします』
「ありがとうございます。……それじゃあ……」
おっと! 危ない! 台本の手順が目に入って、あたしは慌ててペンを持った。
「えっと、折返し先のお電話番号と、お名前お伺いしても、よろしいですか?」
『連絡先が、080の……』
「080の……、……、……ですね!」
『名前が……』
「……様ですね。念の為、復唱致しますね」
『あ、はい』
「お客様のお名前が、……様。ご連絡先が……で、よろしいでしょうか?」
『はい。間違いないです』
「ミランダに依頼のご連絡があったとつ、っ、伝えておきますので、折り返し来たらよろしくお願い致します」
『ええ。わかりました。ありがとうございます』
「こちらこそありがとうございます! 失礼致します」
受話器を置いて、深く息を吐き、メモを確認する。
(これならいける!)
ミランダ様にチャットを送る。
>お疲れ様です。
依頼をお願いしたいという方から連絡が来ました。お名前が……様。折返し先は……です。折返しよろしくお願いします。
すぐに既読がついた。うわ。読んでやがる。
>ありがとう。大丈夫そうだね。
>その調子でやっておくれ。もう少しで帰るからね。
「……」
あたしは膝から崩れ落ちた。セーレムがはっと振り返り、あたしに俯く駆け寄った。
「ルーチェ? おい、どうしたんだ?」
「……れた……」
「え!?」
「ミランダ様から褒められたーーーー!!」
あたしは瞳を輝かせ、天に向かってスマートフォンを掲げた。
セーレム! 見て! これ! 褒められてる!!!!!!!
「俺、人間の字はだいたい読めるよ。どっこいしょ。……ふーん。これ褒められてるの?」
やっぱりね、ミランダ様はあたしの努力をわかってくれてるんだよ。だって毎日頑張ってるあたしのこと見てるんだもん。
「うーん。よくわかんないけど、電話ならミランダもやってるよ。時々話しながらすごく機嫌悪くなるけど」
怒鳴られないなら電話対応出来るかもしれない。あながちコールセンターで言われてた発声練習になるっていうのも間違いじゃないのかもしれないね。
コンコン!
(あ、誰か来た)
セーレム、退いて。
「ルーチェ、客が来るのは平気なのに、なんで電話は苦手なの?」
だって対面は接客やってるから慣れてるもん。……やっぱり電話も慣れなんだろなぁ。ヒステリックと怒鳴り声は半年やってても慣れなかったけど。……はーい! 今行きまーす!
あたしはセーレムを跨って避けて、玄関に進んでいく。
(お客さんなんて珍しい。また宗教の勧誘かな?)
あたしはドアを開けた。
「は……」
い、と言いながら、あたしはきょとんと瞬きした。家の前に、黒いフード付きのマントを羽織った人が一人立っていたのだ。その姿は森にやってきた不審者のよう。
「ティヤン? これはこれは」
女性のようだ。女の声が相手の口から出てくる。
「足元を見て声を聞く限り、ミランダじゃないですね。あの人、家政婦でも雇ったの?」
「……えっと。ど、どなたでしょうか?」
「ミランダはいらっしゃいますか? お話があって参りました。ああ、ご安心を。私、怪しい者ではございません」
(……すごく怪しい……)
家の中からセーレムが声を出した。
「ルーチェ、誰ー?」
「そこにいて」
あたしはドアを閉め、マントの女性を見た。
ミランダ様に何の御用ですか。
「あはは! そう警戒なさらず!」
留守を頼まれておりますので、ご要件を。
「これはトップシークレットなもので、ミランダと関係ない貴女には言えないんです」
関係あります。
「関係ある? はて? そうですか。では訊きましょう。どのようなご関係で?」
弟子です。
「……。……。……はい?」
ミランダ様の弟子です。今、先生は留守にしてますので、ご要件を。
「……ははあー? ミランダが弟子を取った? ほう。こいつは、ふふっ。そうでしたか。やっと傷口が治りましたか。それは、ふーん。結構。良かったです!」
(……傷口?)
「でしたら、あの人のご機嫌取りは出来ますか? ぜひ私を家の中に入れてほしいんです。大事なお話をしなければいけませんので」
先生が帰ってきてない以上、勝手に家に入れることは出来ません。
「まあ、『今度の弟子』は師匠に似てお硬い方なのね。でもお嬢さん、入れてくださいな。大事な話をしなければいけないので」
名乗りもしない、顔も見せない。そんな人を家に入れる人がどこにいるんですか。
「オ・ララ! そいつはその通りだ。でしたら……」
女性の手がマントを握った。
「これで」
脱いだ。
「よろしいでしょ」
あたしと女の目が合った。
「うかっ」
――顔を上げたその女は、あたしのバイト先の裏口に時々現れる――ホームレスであった。
(え?)
あたしと女が顔を合わせた瞬間同じタイミングで硬直した。風が吹く。あたしは紫の瞳を見つめ、紫の瞳はあたしを見つめ、呼吸を止め、黙り、時が経ち、――ホームレスが先に声を上げた。
「ええええええええええ!? 間抜けちゃんんんんん!?」
(ええええええええええええええ!!!!???)
ホームレスが驚愕して声を失うあたしの回りをぴょんぴょん飛び跳ねる。
「どうして!? ホワット!? なぜお間抜けちゃんがここに!?」
(どうして? なんであのホームレスがここに!?)
「え!? ミランダ? え? 嘘? え? 弟子!? え!? この子!? え!? この子!!??」
(待って。なんかおかしい。この人がどうしてここにいる……っ)
そこで、はっとした。
(そうだ。この人、魔法使いの大ファンだって言ってた……)
つまり、
(ミランダ様を追いかけて、ここまで来たってこと!?)
つまり、
(家まで来る、ミランダ様の、害悪ファンってこと!!?? 間違いない! この不審者、絶対そうだ!!)
あたしは杖を握った。
(あたしが、ミランダ様とセーレムを守らないと!!)
「トレビアン! 驚きです! こんなところでお会いできたのも何かの縁! ミランダの弟子っていうのはまあ、さて置いて、間抜けちゃん! お元気だった!? 最近店にも行けてなかったから、そのお馬鹿そうなお顔が見れてとっても嬉しいです! さ、さ! 中で話しましょう! ああ、そうだ。ケーキを持ってきてるんです! 間抜けちゃん、甘い物お好き?」
あたしは杖をホームレスに構えた。
「炎よ、罪の生産者に制裁を」
「えっ」
ホームレスのマントが『ボッ!!』と燃えた。
「ぎゃーーーーー!! 何するんですかーーーー!!」
「靴よ踊れ! 灼熱地獄を与えたまえ!」
「あばばばば! あつあつあつ! あっっっっつ!! 何するんですか! 私が何をしたというのですか!」
「うるさい! このが、が、害悪ファン! ミランダ様の家には絶対入れないからな!」
「誰があんな女のファンですって!?」
「ひっ! ち、近づかないでください!」
「間抜けちゃん! ちょっとは人の話を!」
「炎の精霊よ囲いを作れ!」
「ぎゃーーーー! ちょっと! 本当に怒りますよ!」
「うるさい! ここから出ていけ! 不審者!」
「間抜けちゃん! 間抜けちゃん! 私がわかりますか! ね! 大丈夫! 私、ミランダじゃなくて間抜けちゃんのファンになってあげるから! ね! サインとか求めてあげるから! あ! そうだ! 飴ちゃんあげるから! ほら、ね! 間抜けちゃんはこの飴みたいに可愛いけどミランダはただの光オタクだから、とりあえずあばばばばお願いだから私の話を……」
ミランダ様が――ただの光オタク!?
「み、ミランダ様を馬鹿にするなーーーーーーー!!」
杖を構えて呪文を唱える。
「闇から生まれし影の手よ、あいつを森の外へ追放せよ!!」
あたしの魔力が光り、ホームレスが目を見開いた。――しかし――指をぱっちんと鳴らされると、あたしの魔力が無効化された。あれ……!?
「なんだい。何の騒ぎだい」
(あっ!)
空を見上げると、ミランダ様が箒に乗ってあたし達を見下ろしていた。
「ミランダ様!」
あたしの前で腰を抜かすホームレスを見て、顔をしかめる。すすいと箒を地上に近づかせ、地面に足をつけた。あたしは急いでミランダ様に駆け寄る。
「ミランダ様、駄目です! 来ちゃいけません!」
「あ?」
「あの人!」
あたしはホームレスに指を差した。
「ミランダ様の害悪ファンなんです!」
「害悪というよりアンチだろ」
「だから近付いちゃいけません! あたしが退治します! ミランダ様とセーレムは、あたしが守ります!」
「ん? お前何言ってるんだい?」
「あの人、魔法使いの大ファンで、だから、えっと、その、みら、みら、ミランダ様のファンだから、ここまで追いかけてきっ、きた、きたに違いありません!」
「ジュリアが私のファンだって?」
「ジュ」
――?
「ジュリ……ア……って……?」
「……お前、まさか知らずに杖を向けたのかい?」
ミランダ様がぶふっ! と吹いた。
「くくく……! だからジュリアも手が出せなかったわけか……! 何も事情を知らない罪のない若いのを自分の闇魔法に引きずり込むわけにはいかないもんな! ジュリア!! あっはははははは!!」
ミランダ様が面白がるように笑いだし、紫の瞳がそんなミランダ様を忌々しそうに睨んだのを見て、あたしはぽかんとする。
「……お知り合い……ですか……?」
「ぐひひっ。まあな」
「……害悪ファンじゃ……ないんですか……?」
「お前、この間野菜炒め作りながら調べてただろ。魔法調査隊」
「……魔法調査隊……が、なんです……?」
「隊員」
あたしはホームレスに振り返った。
「第一調査団隊長。ジュリア・ディクステラ。あれ」
「えっ」
――引き攣ったあたしの顔を見て――苦笑したジュリアが弱々しく手を振った。
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