第二章:光の魔法使いの弟子

第1話 弟子入り志願


 魔法。

 それは、みんなが憧れるもの。

 魔法。

 それは、娯楽であり、便利な物。

 魔法。

 それは、魔力を持つ者が使える技。


 魔力を使って事を成す者のこと。

 それを人は、魔法使いと呼ぶ。









 ミランダが指をぱっちんと鳴らすと、強い突風が吹き、あたしを家から追い出した。家の前に転がると、持って来た鞄がほっぽりだされ、扉が閉まった。


「っ! ミランダさん! ミランダさん!」


 あたしはドアを叩いた。


「弟子にしていただくまで、こ、ここ、ここからい、一歩も動きません! あたし、覚悟を決めたんです!」


 あたしはそう言って、土の上に膝を抱えて座り始めた。


(きっとこれは長期戦になる。それだけはわかる)


 大丈夫。そのためにアルバイトも休みにしてもらったし、トイレに行かなくてもいいようにオムツも履いてる。万事抜かりなし!


(ああ、そうだ。せっかくだからミランダさんが出てくるまで買ってきた雑誌を読もう)


 あたしはリュックサックから本を出した。


(最強の魔法使い。ミランダ・ドロレス)


 当時、最年少と謳われた8歳で魔法使いとして任命されたミランダ。幼いながらも討伐をメインとし、光魔法使いとして活躍。三年後、テロ事件が勃発。多くの者達が犠牲になり、相手国と戦争になった。

 祖国を守るため人々は立ち上がり、戦いに出向く中、率先して前に出て戦い抜いたのがこのミランダ・ドロレスである。彼女は我々の英雄である。


(ミランダ・ドロレスのいた部隊では死人が0人で、それも話題になったんだっけ)


 当日彼女は11歳。

 11歳か……。あたし何してたっけ……。あ……魔法使いになりたいって勉強しながら、ぼーっとしてたっけ……。次のページをめくって、口を開く。


(わあ、この雑誌すごい! ミランダさんがやってきた仕事が大まかに載ってる! 討伐メインだけど……あれ、このイベント知ってる! パフォーマンスとして出てた!? ミランダさんが見せ物になるの!? あ、ニュース以外のテレビにも出てる! 有名なのは知ってたけど、マリア先生、こんな有名な人を紹介してくれるなんて! とうとうあたしにも運が向いてきたかもしれない!)


 これで上手く弟子入りできたら……。


 あたしの頭の中で有りもしない妄想が繰り広げられる。ミランダさんに認められ、学校では評価され、ぐんぐん実力が伸びていき、光魔法使いとしてデビューし……テレビのインタビューに出るあたし。


「学生時代のあたしなんて全然駄目で、発達障害を持ってるから辛かったけど、その分皆よりも努力を惜しみなく続けました。今この位置にいるのは、ミランダ師匠、そして過去の自分のお陰だと思ってます」


 えへへへへへ!


 冷たい風が吹いた。くしゃみをして目が覚める。ミランダはまだ外には出てこない。


(これは大チャンス。絶対逃してなるものか。あたしはミランダさんの弟子になり、ここで学び、盗んで、誰もが認める光魔法使いになるんだ!)


 雑誌をしまい、待つ。


「……」


 冷たい風が吹く。待つ。


「……」


 あたしはもう一度雑誌を見ることにした。いや駄目だ。風が冷たくて集中できない。鼻水をすすった。春だからいけるかと思ったのに、今日に限って結構寒い。あたしは雑誌を鞄にしまい、スマートフォンを弄りだした。


(そうだ。ミランダさんが出ていたテレビ番組も一応調べておこう)

(あ、この漫画アップされたんだ。ちょっとチラ見しよう。……。……。……ああ、面白かった。あ、すごい時間経ってる。やっぱり漫画は暇を潰してくれる味方だね)

(あれ、何調べてたっけ?)


 スマートフォンを置くと思い出した。


(いや、ミランダさんのこと調べようと思ってたんだよ! えっとテレビ番組……あったこれだ。……メモしておこう。えっとメモは……)


 鞄の中のノートを探す。ミランダの家から黒猫が出てきた。


「あ!」


 猫ちゃんだ!

 あたし、猫は大好き。家族に言ったけど、うちでは犬しか飼わせてもらえなかった。


「にゃー」


 猫の鳴き声の真似をしてみると、黒猫がじっとあたしを見た。


「わーあ! 可愛いー!」


 あたしの心が癒やされた。ミランダさんの猫かな?


「おいでー!」


 手を叩くと、黒猫がその場で足を舐め始めた。あー! 可愛いー! 猫好きー! 猫がいれば時間も潰せるかもしれない! すごーい! 黒い毛がふさふさしてるー!


(……あれ、あたし何やってたんだっけ?)


 スマートフォンを見てはっと思い出す。


(あ! ノート! ノート!)


 あたしはノートを鞄から取り出して――気付く。書くものも必要じゃん! 鞄にもう一度手を突っ込んで黒猫の筆箱を出した。黒猫にあたしの筆箱を見せびらかした。どやぁ。


「……」

「えーと、テレビ番組のメモ……」


 ノートを開いていくと、とある文字を見てピタッと止まる。


(あ、これ……)


 フィリップ先生の授業で聞いたメモだ。この世には変身魔法というものがあって、結構難しいって。きちんと自分がなると思う動物をイメージして、呪文を唱えなければいけない。


(やろうやろう思ってて忘れてた。えーと……)


 あたしは鞄から杖を取り出し、イメージするものを探した。あ、猫ちゃんなんていいかもしれない。ミランダさんの猫なら、まずは猫にご挨拶しなきゃ。集中して黒猫をじっと見て、頭の中でイメージする。


「我は動物。我は猫。闇に包んだ黒猫よ」


 言い終えた一瞬の間で、黒猫が大好きでつい構ってよーってくっついてきた犬がいた動画を思い出した。あの動画面白かったんだよな。


 ……。


(……あれ?)


 目を開けると、随分と目線が地面と近くなっていて、世界がとても大きく見えた。目線が同じになった黒猫があたしをぽかんと見ている。ん? あたしはいつの間にか倒れてしまったの? あたしは顔を触ろうとして……気がついた。あたしの手が肉球になっていることに。


(成功したんだ!)


 あたしの服が地面に置かれている。わあ! 体から白い毛がもふもふ!


「きゃん!」


 ……あれ?


「きゃん!」


 あれ? ニャーじゃない。


「きゃん! きゃん!」


 あれ、何か変だ。あたしは自分の姿を確認しようと思って後ろを振り向くと、体が逃げた。


 あ、待って!


 あたしは振り返ろうと思って体を追いかける。くるくる回るけど体は逃げる。やがて目がくるくる回ってきて、地面に倒れた。そこで気付く。あたしの体が白いことに。


(あれ? 黒猫をイメージしたのに体が白い。どうして?)


 あたしは姿を見たくて、鞄の中にあるはずのポーチを探すが、猫の手って不便。ポーチのチャックすら開けられないんだから。あ、そうだ。口で開ければいいんだ。チャックを歯で挟んで横に引っ張るとポーチの中身が出てきた。あたしは鏡を口で咥えて引っ張り出して、鞄の外まで運び、見てみた。……。これ……猫じゃないな……。白犬……かな……?


「きゃん!」


 あー、なるほど。だからこの鳴き方なんだ。


(……犬と猫って会話出来るのかな……? でも、見た目犬で近づいたら、警戒されそう。猫って繊細だって聞いたことある。うん。また一からやり直してみよう)


 あたしは変身魔法について書かれたページをもう一度見てみて……はっとした。


(あ!! 解き方書いてない!!)


 あー! そうだ! ここからフィリップ先生が趣味で勉強してる心理学講座の話になって、魔法の解き方について話そうとしたら鐘が鳴って授業終わって……また来週ねーってなったんだった! あーーーーー! なんであの時手を挙げて聞いておかなかったかなーーー!?


(でも大丈夫! こういう時のためのスマートフォン!)


 あたしはスマートフォンをタップしてみた。――認証されない。


「……」


 あたしはスマートフォンをタップしてみた。――やっぱり認証されない。


(……あれ……ということは……)


 心臓がドクリと動いた。


(あたし……ずっとこのまま……?)


 慌てて荷物を見る。このままでは服も荷物も風で飛ばされてしまう。どうにかしなきゃいけない。元に戻れば簡単だ。しかし元には戻れない。戻り方がわからない。呪文を唱えようにも。


「きゃん!」


 これしか出ない。


「きゃーん!」


 あたしはミランダの家のドアに貼り付いた。


 ミランダさん! ミランダさん! 助けてください! 戻れなくなっちゃったんです!!


「きゃわわわわん! きゃわわわわん! きゃん!! きゃん!! きゃおーん!!」


 ミランダの黒猫が猫の入り口窓から中に入った。


「きゃわわわわん! きゃわわわわん! あおーん!」


 黒猫が家の廊下を歩くと、ミランダが窓を見て煙管を吹かせていた。低い男の声が響く。


「ミランダ」

「ランチにはまだ早いよ」

「ちょっと、なんでそんな冷たい言い方するの? 俺、何も悪いことしてないじゃん。いつもみたいに優しい手で頭撫でてよ」

「……。ああ、だからなんだい」

「外にいるのが犬になった」

「……は?」

「弟子が嫌ならペットでもいいんじゃないか? 俺は歓迎するよ。犬の子分なんて気分が良い」

「いや、アレは駄目だ。見込みがない」

「だったら俺の子分にするよ。俺子分が欲しかったんだ」

「子分も駄目。セーレム、あっち行ってお昼寝してなさい」

「お昼寝するにしたってさ、あんなにきゃんきゃん鳴かれたらうるさくて昼寝どころじゃないよ。耳押さえて間抜けな格好して寝なきゃいけない。それを写真撮ってインスタクラムに上げたら、俺、たちまち有名猫になるかも。そうなったらキャットフード食い放題だ。あ、ちょっと、ミランダ、カメラある? 準備してくれる? 俺ちょっとやってみるよ」


 黒猫が鏡の前で耳を押さえて寝てみた。ミランダが立ち上がって黒猫を見下ろす。


「さっきから何言ってるんだい?」

「行ってみたらわかるよ。あれは犬の悲しみ鳴き声大会があったら優勝してると思う」


 黒猫は鏡の前から下りてミランダの前を歩き、ミランダがそれについていく。部屋から出ると外から犬の鳴き声が聞こえた。ヒールを鳴らしドアを開けると――その場に無造作に置かれた衣服。荷物。そして、……ドアの裏から白い小型犬のあたしが、涙目になって鳴き声を張り上げていた。


「きゃん! きゃん!」

「……」


 ミランダが開かれてたノートを見た。動物変身魔法! と強調して書かれた文字を見て、呆れたため息を出した。


「戻り方がわからなくなったのかい?」

「くぅーん……! くぅーん……!」

「魔法をかける時は下調べをするのが基本だろう? 何の考えもなしに魔法を使うなんて、全く何を考えてるんだか」

「くぅーん……!」

「ああ、くそ。家の前が汚れて見えるじゃないのさ」


 ミランダが指を鳴らすとあたしの荷物がミランダの家の中に一列に行進して自らの足で入っていった。しかしオムツは自ら丸くなり、ゴミ箱に胸を張って入っていった。


「変身魔法を解く時は鏡を使う。鏡で今の自分の姿を見ながら元の自分の姿を頭に思い浮かべて頭の中で呪文を唱える」


 ミランダがあたしを鏡の前に置いた。あたしは涙で潤んだ目をした白い小型犬を見ながら頭の中であたしの姿を想像し、呪文を頭の中で唱えた。


 ――体。心。声、言葉。心臓。全ての形、あたしに戻れ。


 目を閉じると、ずし、と体が重たくなった。次に目を開けた時、あたしは元に戻っていた。


「戻ったぁああああ……!」


 あたしは生まれた姿のままミランダに土下座をした。


「あいがとうございます……! ひぐっ、もう、元に、もど、もど、戻れない、かと……! ぐすん!」

「ああ。戻れて良かったよ。じゃ、着替えて帰りなさい」

「嫌ですぅ……!」

「はあ……」

「で、で、弟子にじでぐだざいぃ……! お願いじまずぅ……!」

「弟子は取らない」

「ぅぅううううう……! ぐすん! ぐすん!! ぜめで……! チャン、チャ、チャンスを、ぐだざいぃ……!」

「はあー……。……すー……。はー……。……わかったよ。一ヶ月だ。一ヶ月だけ見てやる」

「ずみまぜんんん……!」

「見込みがなければさっさと出ていってもらうからね」

「ありがとうございまずぅう……!」


 ああ、こんな事なら手紙を貰ってすぐにここに来れば良かった。アパートの更新があるから、うーん、なんて考えてる暇なんかなかったのに。すみません。本当に馬鹿ですみません。今度から気をつけよう。せっかく与えられた一ヶ月のチャンス。


 マリア先生、あたし頑張ります……!


「俺に感謝しろよ」


 ……物凄く野太い声が聞こえて顔を上げると、さっきの黒猫が天井に近い棚からあたしを見下ろしていた。


「俺が話を通してやったんだ。感謝は倍にして返してもらうからな」

「……猫が喋った……」

「なんだよ。人間だって喋るだろう? 猫が喋ってもおかしいことなんかあるものか」

「確かに!」

「俺はセーレム様だ。様をつけて呼ぶんだぞ」

「ルーチェと申します! よ、よ、よろしくお願いします!」

「よし、お前の最初の仕事を与えてやる。俺をここから下ろすんだ。俺は前しか見ない猫だから一度前に進んで登ったら下りれなくなるんだ」

「わかりました!」


 あたしはセーレムを抱えた。


「痛い痛い痛い!」

「わ、あ、す、すいません!」


 急いで地面にセーレムを下ろすと、セーレムに叱られる。


「抱っこの仕方がなってないよ。お前今まで猫を抱きしめてあげたことないだろ」

「すみません。い、い、……犬ならある……んですけど」

「犬はガタイ良いからちょっと乱暴でもいいけどさ、俺みたいなか弱い猫は優しい手で抱っこしてくれないとまじで愛に飢えて死んじゃうから。本当気をつけてくれる?」

「すみませんでした」

「とりあえず着替えて、部屋に行って、それからミランダの話聞いてくれば?」

「あたしの部屋があるんですか?」

「案内してやるよ。でもその代わりランチの後におやつつけて。俺おやつ大好きなんだ」

「はい!」


 あたしはまず着替え始めた。



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