第3話 壊れたオルゴール
「貴女は何の為にここにいるの?」
ご存知の通り、マリア先生は厳しくも優しい先生です。優しいから、みんな先生が大好きです。もちろんあたしも。
マリア先生の事は噂だけ聞いてました。以前戦争に行って活躍したこともあるほどの腕だって。でも、蓋を開けてみたら身近な所でもっと様々な分野で活躍されている方でとても驚いた記憶があります。
あたしは良いところを見せてやろうとマリア先生の課題をこなした時です。マリア先生に言われたんです。
「貴女は何の為にここにいるの?」
あたしは言いました。魔法使いになるためです。
「だったら、協調性をしっかりしないと駄目よ」
あたしはきょとんとしました。
「今、二人一組でやってもらったのには意味があります。魔法使いは仕事をする時単独行動はあり得ません。お祭りを盛り上げたりする時も一人ではないし、獣を討伐に行く時だって一人では絶対に行きません。必ず誰かとグループになっていきます。でもね、貴女は……えーと、ルーチェ・ストピド。貴女はね、自分の魔法を見せたくて仕方がないのね。相手のせっかくの魔法を殺して楽しかった?」
あたしは呆然としました。
「貴女が引っ張るんじゃない。二人で協力してお互いを引っ張り上げるの。忘れないで。魔法は協調と同調。少しでも単独行動した瞬間に魔力は自分を裏切って風に浮気をしてしまうものなの。忘れないで。協調性の大事さ。自分じゃないの。相手の手を握って、背中を押してあげなきゃいけないの。目立っていいのは貴女じゃないの」
言われた意味がわからなくて、あたしはその晩うんうん唸って暗闇を過ごしました。そして、とある日、また別の先生に言われました。ほら、あの……フィリップ先生です。ええ。彼の授業を受けた際に言われました。
「君……滑舌が良くないね。それじゃあ上手く呪文も空気に交わらない。練習してる?」
あたしはもちろん頷きました。
「よし、だったらこの呪文は言えるかな? 『炎よ燃えろ。禍々しく。我のオーラのようになりて候』」
あたしは唱えました。すると、魔力が爆発して教室が大パニックです。頭がボンバーヘアーになったフィリップ先生が言いました。
「いやはやこれは、びっくりしたな! 君は、人には持ってない重くて巨大な魔力があるが、滑舌が悪くて呪文が唄えず、上手くコントロール出来てない。音は出てるのに基礎が出来てない。非常にもったいない! まるで壊れたオルゴールだ!」
あたしは煤を口から出して、うなだれました。
その日からフィリップ先生はあたしを「壊れたオルゴール」と呼ぶようになりました。
「滑舌は練習あるのみさ! どんな練習をしてるんだい?」
あたしは割りばしを噛んでいることを話しました。
「割りばしばかりやって口の形が歪んでいないかい? 君にはこの課題をあげようじゃないか!」
あたしは課題を受け取りました。そこには『外郎売り』と書かれてました。難しい早口言葉がべらべら馬鹿みたいに並んである何言ってるかわからない変な課題です。
「これをスラスラ言えるようになれば大抵のものは喋れるようになる。いいかい。練習あるのみだよ」
あたしは外郎売りを読むことにしました。やがて外郎売りを覚えるまでやって、別の先生の授業を受けました。ご存知ですか? マダム・エマです。ああ、ご存じで良かった。マダム・エマの授業がなんと『外郎売り』だったんです。しめしめと思って、あたしは褒められたいが為にスラスラ言ってみせました。そしたら褒められるどころか罵倒の嵐。
「まあ何ザマしょう!! ストピド! アクセントが違う!!」
アクセント? どうやら発音にはアクセントというものがあるそうです。というのを、あたしはこの時にそういえばそんなことをどこかの授業でやった気がすると思っただけで、大して大切に思ってなかったのです。ところがマダムに目をつけられたら最後。説教と罵倒の台風。
「イントネーションはどうしましたの!! アクセント! アクセント! イントネーション! また違う! アクセント! 良いザマスか! こうよ! ……外郎と申す。貴女がやっておりますのは『うーいろうと申す』。わかりますかしら!? この違い!! この違いザマスよ!!」
あー、本当だ。ちょっと違う。でも、えっと、どうしよう。頭の整理が出来なくて、頭ではわかってるのだけど、いざやってみろって言われても、すぐには対応できない。家に持ち帰って練習しないと。
「今すぐ直すザマス! 魔法使いはね、対応力が瞬時に出来るザマスよ! ほら、さんはい!」
「ういろ、ろ、ろ……」
「まーーーーあ! 何ザマスか! なんで噛むんザマスかーーーーー!!」
好きで噛んだわけではありません。こういう喋り方なんです。しかしクラスの皆はアクセントなんてスラッと出来ていたわけで、あたしだけが出来てなかったわけで、だからこそマダムにこれでもかと言うほど公開処刑されました。ああ、あの晩はあたしの生み出す光もどこか暗かったな……。
「貴女には課題を与えます! これを練習して来なさい!」
あたしはクラスの人に訊きました。いつアクセントなんて勉強したの?
「ルーチェちゃん、アクセント辞典って知ってる?」
あたしはその帰り、アクセント辞典を買いに行きました。これがまあ高いこと。あたしはアルバイトの数を増やすことになりました。でもアクセント辞典なんてものを見てるだけでは発音はわかりません。だからまたクラスの人に訊きました。どうやって練習してるの?
「ルーチェちゃん、アプリのアクセント辞典知ってる? ほら、声がついてる」
あーーーーーーー!!
あたしはもっとアルバイトの数を増やしてスマートフォンのアプリをダウンロードしました。これもまあ高いこと。でもお陰で発音がよくわかるようになりました。こんな便利なものがあったなんて知りませんでした。本当に。
「どうして貴女は準備をしてこなかったの!? クラスの皆は出来ているのに、出来ていないのは貴女だけザマスわよ!?」
マダムの言ってることはムカついたけど、でも、反論が出来なかった。彼女の言ってることは正論だったからです。
「貴女にはね、努力が足りないザマスよ!!」
努力が足りない。
「もっと必死になってくださいます!!??」
必死って何。
「クラスの人達は皆努力しているのが伝わります! でもストピド、貴女からは何も感じません! 同じことばかり言ってる気がするザマス! はあ! いつになったらその滑舌はどうにかなるザマスか! 必死になりなさい!!」
じゃあお前もADHDの脳で生まれてみろよ。吃音症になってみろよ。あたしと同じ条件で綺麗に喋れたらあたしだって認めてやるよ。
「外郎と申すは」
「素晴らしいザマス! 努力が見られるザマス! 努力をしている方は本当に素晴らしい! そうやって結果が現れると、わたくしも嬉しいザマス!」
綺麗に喋れて当たり前だろ。健康な脳みそ持ってるんだから。あたしと同じ脳で、同じ障害を持って、喋ってみろよ。綺麗に。コントロールしてみろよ。綺麗に呪文言ってみろよ。いつだって頭の中は騒がしい。集中力は途切れる。手がうずうずする。何かが気になる。マダムの頭についてる花が気になる。瞬きの数が気になる。天井が気になる。人の声が入って来る。ああ、うるさい。マダムの甲高い声。クラスの人達の声。うるさいうるさいうるさい! アクセントなんて知らない。言われないとわからない。イントネーションなんて知るか。呪文が言えたらそれでいいだろ。あたしは魔法を使いたいだけ。魔法使いになりたいだけ。
あたしがどれだけ必死に努力してもがいて生きてるか知らないくせに好き勝手言ってんじゃねえよ!!!!!!!!!!
ふてくされても授業は来る。あたしは学校に行く。日々を過ごす。お金だけが財布から消えていく。安くはない授業料。久しぶりに寮から実家に帰ってみた。成長した妹がいつの間にか制服を着ていた。ママが言った。
「お姉ちゃんもルーチェも学校で色々あったけど、やっぱりアビリィが一番学校頑張ってると思う」
あたしは訊いた。どういうところが?
「友達頑張って作ってるし、人間関係色々あるみたいだけど、アビリィ頑張ってるよ」
あたしはここで、もう親に期待しないことにした。
あたしの努力はここでも認められなかった。学校に入れてくれたことには感謝してる。ありがとう。ママ。だけど、人の苦労ってそれぞれ違うと思うんだ。『一番』なんて無いと思うんだ。
あたし、あの時やっぱり4階講義室から飛び降りてた方が良かった?
それから、あたしは実家に帰ってない。寮は高いから家賃の安いボロアパートに住み始めた。一人暮らしって自分で料理をしなきゃいけないから大変。掃除もしなきゃいけない。トイレ掃除苦手。お風呂掃除もいつもヘドロと髪の毛が詰まってて吐きそう。洗濯も苦手。面倒臭いんだもん。食器洗いは小さい時からやってたから平気。毎日学校に行って、終わったらアルバイト。休日の昼は16歳でも働けるコールセンターでアルバイトして夕方から夜までディスカウントショップで働いた。実家と縁を切りたくて、残りの学校代は全部自分で出すことにした。家賃も自分で払った。今まで面倒見てもらってた分返そうと思って、月に三万ワドルは親の口座に入れた。ああ、大きな出費。自分で働いてそのお金で学校へ行く。コールセンターの客まじでうぜえ。意味わかんねーことで怒鳴りやがって。てめえはキャンキャン喚く犬か。うぜえ。死ね。とっととくたばれ。怒鳴るくらいならこんなサービス最初から使うんじゃねえよ。
「お正月は何して過ごすの?」
「お母さんと初詣行くの!」
あたしはレジを打つ。
レジを打つ。ずっと打つ。いらっしゃいませ。その言葉も上手く喋れない。いらっしゃいませ。たったこれだけの言葉。いら、いら、ら、ら。……言葉が詰まって、……ませ。動いてよ。舌。口。何なの。一人の時は動くくせに。一人の時は喋れるくせに。
「ルーチェちゃん、ゴミ袋置いてきてくれる?」
仕事の出来る気前のいい先輩に言われて、あたしはゴミ袋を持って歩き出す。あたし、何の為に学校行ってるんだろう。鏡を見てみる。そこには17歳のあたしがいた。前見た時は15歳だった。前見た時は16歳だった。もう、17歳だ。
あたし、何の為に学校に行ってるんだろう。
あたしは裏ドアを開けた。
もうやめようかな。
あたしと同期の人、実はもういない。みんな就職するって言って、学校をやめた。あたし一人だけがあの学校に残ってる。あとは新しい顔ぶればかり。だからこそ学校の先生はあたしを見て、あら、あなたまだいたのって顔をする。だからこそ、あたしを叱るのだろう。だからこそもっとやりなさいって言うのだろう。わかってる。先生達の優しさだ。わかってる。
でも、あたしは障害者。腕や足がないわけではない。脳が人と違うだけ。
(脳か)
体全部に命令を出す司令塔が、不健康なんて。
(あたしには無理だったのかな)
魔法使いって魔力さえあればそれでいいと思ってた。
でも実際はそうじゃない。呪文を唄うように言わないと魔法が上手く発動しない。そのためには明瞭な滑舌が必要。歌が上手ければなお良し。顔が良くて若ければ、魔法使いアイドルとして活躍も出来る。演技が上手ければ魔法使い役者、魔法使い声優にもなれる。体力があれば兵士となって戦争の駒となり、獣の討伐にも行くことができる。ちなみに一番お金が入るのは戦争の駒と、獣討伐。
(あたしはそういうのじゃなくて)
別に、お金は必要だし、稼ぎたいし、貧乏は嫌だけど、
(あたしは、ただ)
魅入られた光を使って、
特技だった光を使って、
(生きていたかっただけなのに)
暗闇が広がる。
あたしは裏口のドアを開けた。
――地面に人が倒れていた。
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