第2話 ルーチェの人生


 あたしの名前はルーチェ・ストピドと申します。今年で19歳になります。

 あたしが魔法使いを目指し始めたのは、遡ること12年前。


『本日のマジック・ディアは、ミランダ・ドロレス特集! ミランダのここがすごい!』


「わたし、将来は魔法使いになるの!」

「ミカちゃんは滑舌良いし、絶対いけるよ!」

「今のうちにサイン貰っておくね!」


 当時小学校一年生だったあたしのクラスでも、魔法使いというのは将来の夢ランキング一位でした。

 だって、魔法使いはいわゆるスターですもの。

 20年前や30年前であれば、魔力しか取り柄のない人達がやる職業でしたが、今やなりたい職業ランキング一位。


 でもその頃は、あたし、興味なかったんです。どちらかというと、絵を描いたり、物語を作る方が好きでした。

 その頃、金属バットを持つ少年が様々な登場人物の妄想として現れるアニメにハマっておりまして、それに影響されて金属バットを持った女の子の絵を描いてました。(あたし男の子の絵は苦手なんです。顔も体も作りが違うし、女の子の絵を描く方がずっと楽しいから。)


 でも、あたしがなぜ絵を描いたり、物語を作る方が好きだったかと言いますと、現実が嫌いで、というのも、クラスに馴染めなくて、クラスに友達が一人もいなかったからなんです。


 最初はいたんですけど、なんかよくわからないんですけど、「ルーチェちゃんは私達といない方が楽しいと思うの。ほら、あそこのグループの子達、ルーチェちゃんと話合いそうだと思うから行っておいでよ」って仲良しだった子に言われて、よく分からないけどそのグループに行ったらやっぱり話が合わなくて追い出されて、クラスで孤立しました。


 普段は別に困らないし、お昼休みも困らないのですが、体育の時間がとても辛かった。なぜなら二人一組にならなければいけなかったから。余った人があたしとペアになるんです。


 ある日、一緒に準備体操した子に、聞こえる位置でこんなことを言われました。


「ルーチェの手、触っちゃった」

「どんまい」


 肩をぽん。


 その子達のやり取りです。

 人って不思議ですよね。あたしの悪口を言うことによってその子達、どんどん仲良くなっていくんです。あたしをダシに使って話題を共有して笑ってるんです。今でも忘れません。


 あたしは一人でいること、こう見えてとても辛かったんです。本当はクラスに溶け込んでもっと皆と仲良くなりたかった。だけど、何でしょう。笑うツボが皆と違うんです。あたしがこれが面白いと思ったものは皆は興味なくて、皆が面白いと思ったものはあたしが興味なくて。クラスの人達、全員そうでした。だからあたしの悪口を言ってたところで誰も助けてはくれません。


 また体育です。バレーボールです。あたし、怖くてボールを取れませんでした。その日も別の子に言われました。


「あいつボール取ってくれなくてさ!」


 あの子、聞こえてないと思ってたんでしょうか。声を潜ませても聞こえるものは聞こえるのに。


 体育が苦手な子、下手な子、他にもいるのに。あたしだけじゃないのに。あたしがヘマをすると皆があたしのことを話す。

 親に言いました。学校辞めたい。

 親は言いました。相談しようか。

 学校の先生は言いました。もう少し頑張ってみよう。

 親は言いました。もう少し頑張ってみよう。

 あたしはもう少し頑張ってみることにしました。けれど、クラスにあたしの居場所はありません。毎日がつまらなくて、遊び道具を持っていき、昼休みはそれで遊ぶ日々。つまらないんです。味気なくて。友達もいなくて。本当につまらないんです。


 だから4階講義室の窓から飛び降りようとしました。これで死ねると思ったのですが、木製の窓の、えっと、大きなささくれみたいな枝に服が引っかかって、あたし、落ちれなかったんです。ぶらんってぶら下がっちゃって、でもこのままでいるわけにもいかなくて、あたし、体重を前に入れました。


 そしたら不思議なことが起きたんです。


 光が、あたしの目の前でピカって光ったんです。

 眩しくて、驚いて、あたし、慌てて体重を後ろにやったら、お尻から床に倒れて、頭と腰も打ちまして、その瞬間、はっと我に返って、冷静さが戻ってきたんです。そしたらなんだか痛くなって、悲しくなって、辛くなって、怖くなって、その場で大泣きしました。誰も慰めになんか来ないけれど。


 でも、なぜだかその光のことが頭の中にずっと残っていて、なんだか、一秒先も生きていけるような気がしたんです。


 家に帰ると、姉、あ、その、他のことで両親がため息をついていて、あたし、部屋に戻って、部屋を暗くして魔力を出してみました。そしたら、蛍みたいな光がぽっと出たんです。


 その光を見たら、あたし、なんだかホッとしました。ホッとした感覚があったのでこう思いました。もし今後、悲しいと思うことがあったら部屋を暗くして光を見よう。そしたら自然と希望が湧いてくるかもしれないと。

 それからあたし、もう自分のことは言わないようにしたんです。何があっても、もう平気。普通だよ。って言うことにしました。そしたらそれ以上親はあたしのことに気を止めず、姉と妹のことに集中出来るので。うちは三姉妹なので、少しでも両親の負担を減らしたかったんです。


 こうして毎日虐め、ではないのですが、うーん。透明人間? いてもいなくても関係ない。むしろいない方がクラスがとてもまとまりやすくなる。そんな日々を過ごしてました。あたしをグループから追い出した子達は皆毎日楽しそうなのに、あたしは帰り道で石を蹴る毎日。家に帰って部屋を暗くして自分の魔力で生み出す光を見つめることばかり考えてました。話す人もいないので人との話し方も忘れて、気がつくと……こんな喋り方になってました。なんというか、言葉を喋ってる時に……詰まって……蓋がされるというか……理由はわかってるので、この話はまた後からしますね。


 えーと、ある日のこと、何度目かわからない悪口を言われた時です。なぜか、あたしの何かがブツって切れる音が聞こえた気がしました。そしてその瞬間思ったんです。こいつら絶対に目にもの見せてやる。あたしが何もしないからって言いたい放題言いやがって。あたしは何も悪くないじゃない。孤立したって一人で頑張って休まず学校に来てるあたしを寄ってたかってストレス解消の話題にして楽しんで、今に見てろ。あたしは大人になったら、お前達が苦しんでる時にそんなお前達を見下ろせる立場になってやる。ライトを浴びて、拍手を受ける。お前達が羨ましいと思える、嫌でも目に入る存在になってやる。


 それが、あたしの中では光の魔法使いでした。


 その時期にたまたま掲示板に貼り付けてあった魔法使い体験教室のポスターが、ぱっと頭に浮かんだのです。浮かんだということは、これはきっともう運命なんだと。あたしはこの道に行くしかないんだと思いました。


 幸い、あたしには魔力がありましたので、家に帰った途端、親に言いました。魔法学校に転校する。親はぽかんとした顔をしてましたが、あたしの我儘を聞いてくれて、魔法学校に転校させてくれました。それに、光魔法使いは、魔法使いの中でも特殊でとても人気があります。そんな魔法使いになれたら、こいつら絶対悔しがる。だからあたし、それから生きる力が一気に湧き上がってきたんです。なんとしてでも光の魔法使いにならなければ。あいつらを見返すために。あたしの光で全ての闇を照らしてやるって。


 ご存知の通り、魔法学校には選抜試験があります。魔力を持たない、魔力が弱い子を入れるわけにはいかないので。あたしは見た目によらず、魔力の量だけは自信がありましたので、それを披露させていただきました。そしたら名高い魔法学校、第一ミラー魔術学校に転入することができました。


 当時は喜んだものです。あんなレベルの高い学校に受かったものですから。ミラー魔術学校の出の魔法使いは、それはそれは素晴らしい魔法使い達が多くいたので、あたしは彼らの後輩として卒業し、優秀な魔法使いになるのだと意気込んでました。


 しかし、それは一年で終わりました。

 見込みがない生徒は一年で卒業させられます。あたしもそうでした。試験を受けて結果を待ちましたが、卒業証書が家に送られておしまい。もう学校に行くことは出来ません。

 焦りました。

 どうしてと思いました。

 確かにてんぱってしまったけれど。

 確かに緊張して口が回らなくて上手く呪文が言えなかったけれど。

 でも、どこかで受かると思ってた。だってあたしは人とは違う。やる気も情熱も人とは違うんです。それに若かったし。


 でも結果は卒業。


 これで終わってしまうなんて嫌だと思って、次に挑戦したのは小さな教室の試験でした。弱小の弱小だけれど、ここならば絶対に魔法使いになる道はある。だってあたしはまだ子供で若いから! そう思って試験を受ければ見事に合格。魔法使いとして面倒見てやると先生に言われて、あたしはとても喜びました。


 一週間後、服を脱げと言われました。

 先生の彼女になったら魔法使いとしてデビューさせてやろうって言われました。あたしはすぐさま母に報告し、教室から飛び出しました。母に叱られました。その教室は、あたしが両親に黙って試験を受けた所だったからです。それでも、あたしは毎日焦ってました。今の時代、0歳から魔法使いになってる人がいるのに、あたしはもう8歳。8年も経っていたんです。このままじゃあっという間に大人になってしまう。嫌だ。若いうちに魔法使いにならないと意味がないんだ。でないとあいつらを見返すことが出来ないんだ。そう言って暴れました。


 母と父はあたしの精神を落ち着かせる為、しばらくの間あたしに家庭教師をつけて家にいさせることにしました。

 あたしは家にいる間暇だったので、動画を作ることにしました。暗い部屋で、光魔法を発動させ、色んな見せ方をするんです。大きく光らせたり、小さく細々とさせたり。それで動画投稿サイトにアップしまして、結構いいところまでいったんです。

 落ち込みが自信に変わり、このままで終わってなるものかと、今度は一番レベルが低いと思った魔法学校の試験を受けました。見事に合格しましたので、あたしは動画投稿をやめて、そこでもう一度勉強することにしました。


 そうです。それが貴女の母校であり、あたしが今通い続けている第13魔術ヤミー学校です。ご存知の通り、この学校では年に一度試験があり、合格すれば上のクラスに上がれますよね。運が良ければ貴女のように最年少の天才なんて呼ばれる魔法使いにもなれたはず。


 でもあたしは残念ながら天才ではありませんでした。試験は幾度となく落ちて、また落ちて、クラスは上がらず、また上がらず、同じクラスで、ずっと過ごして。自信は一体どこへやら。いいえ。自信なんて怖いものを知らなかったからあっただけのものでした。


 あたしは何者でもありません。ただの一般人です。あたしは、自分には実はすごい能力があるものだと過信していたのです。でも、そうですね。元々自分が何か人とは違う事には気付いてました。だからそんな自信があったわけなのですが、何と言いますか。天然と言うか、不思議ちゃんと言うか、昔からなんでそう呼ばれるのかわからなかったのですが、15歳の時に初めてアルバイトをしたんです。学校代も馬鹿になりませんから。それで、アルバイトをして、最初は良かったんですけど、段々自分が当たり前に出来る仕事を出来ないことに気が付いたんです。みんなは簡単に出来るのに、あたしはそれがとても難しくて出来ないんです。ミスを連発。怒られる日々。怯える日々。アルバイトを変えては辞めて、変えては辞めて、あれは、不器用なあたしを雇ってくれた居酒屋の店長さんだったんですけど、変な心理テストをされて、やってみたら、今すぐ心療内科に行って来いと言うじゃありませんか。


 保険証を持って行ってみたら驚きの事実。


「ADHDですね。こんなどんぴしゃな人、初めて見ました」


 眼鏡をかけたお医者さんが物珍しそうにあたしを見てました。


「注意欠陥多動性障害。発達障害の一つです。子供の頃、よく勝手に廊下に出て走ったりしてませんでしたか?」


 あ。


「忘れていたことを思い出したら、すぐに取り組まないと気が済まないことはありませんでしたか?」


 あ。


「何か作業をしている時、時間を忘れるまでやったことはありませんか? トイレや食事も忘れて、気が付いたら一日経過していた、というような」


 全て当てはまるんです。

 もしかしたらと思い、あたしは自分の喋り方についても聞いてみました。


「緊張すると同じ言葉を繰り返したり、言葉が出なくなることはありますか?」


 頷いたら、結果を言われました。


「今聞いてる限り、軽度の吃音症ですね。まあ、でも軽度なので」


 あたしは軽度の吃音症であり、ADHDという脳で生まれた発達障害者だったのです。


「喋るのは苦手ですか?」


 喋るのは苦手です。けれど、お喋りは好きです。一人だとどもる事はありません。誰かと喋ろうかとしたら、言葉が繰り返され、言葉が出なくなるだけです。


「喋らない仕事に就くのが良いと思いますよ。そのために勉強する場所や、施設がありますので紹介しましょうか」


 先生、あたし魔法使いを目指してるんです。


「あー。魔法使いねえ。うーん。まあ、ADHDの人はね、結構いるんですよ。芸能とか、小説家、漫画家、芸術方面の人で。発想が豊かな方が多いので」


 でもねー。


「魔法使いはね、向いてないと思いますよ」


 向いてないことをするのは、


「地獄ですよ」


 先生は良いアドバイスをくれました。あたしに薬をくれました。しばらく飲んでました。でも、副作用が辛くて。昼は眠くなるし、アルバイトに集中できなくなるし、授業中も眠くなって怒られるから、飲まなくなりました。でも、飲まないと集中できないんです。頭の中がごちゃごちゃしてて。だからコーヒーを飲むことにしました。飲んだら、少しはすっきりするから。常々思ってました。火の魔法とか、水の魔法とか、土とか、緑とか、そんなのどうでもいいって。あたしが欲しいのは光だけ。栄光だけ。


 そんなあたしは一人の先生に会いました。



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