思い切り

シヨゥ

第1話

「本当に大事なものを知るためにすべてを捨ててみることにした」

 久しぶりに道端で出会った友人はそう語りだした。

「働けど働けど楽にならず。何かが違うと思い続ける日々に緊張の糸が切れたんだ」

 奢ってやった缶コーヒーを啜るとそう続ける。

「人間、特に大人って後付でいろんなもんが増設されてるんだよな。それも自分の本質が分からなくなるほどにさ」

「具体的には?」

「こうやって話している日本語だって後付だ。倫理観、価値観なんていう基準も後付だ。それをすべて引っ剥がしてやっと本当に大事なもの、本質? とかいうもんが見えてくると思うんだ」

「見えたらどうするんだ?」

「それに基づいて新しい人生を歩き始めるさ」

「出来るのか?」

「出来なきゃ野垂れ死ぬだけさ」

 彼はそう言うや空き缶をゴミ箱に投げ捨てた。

「それじゃあな」

 仕事を捨て、家を捨て、文字通りの裸一貫。そこまで思い切れるのだ。きっと彼の再出発は思い切ったものになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い切り シヨゥ @Shiyoxu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る