第7話 女勇者エリスの学園生活
エリスは優秀な生徒だった。
だがそれは彼女に才能があったからだけではない。
才能に決して溺れない自分に厳しい心、いや、常に高みを目指す向上心の賜物である。
勇者を目指すレイド学園は軍事学校のような性質を持つが一三から一八までの生徒が通う学園の生徒は皆、それなりに青春を謳歌し、休日には友達と遊び、恋もした。
だが一人、エリスだけは違った。
彼女にとって休日とは丸一日好きな特訓をできる日であり、むしろ平日以上に厳しい訓練に明け暮れた。
何か執念に燃えたように訓練に励む彼女を恐ろしく思う者もいたが、作られたように理想の勇者を体現する彼女の姿勢には誰もが憧れた。
しかし、同時に近寄りがたい、高貴な雰囲気に包まれた彼女に親しげに接する者も少なく、唯一アルアだけが、
「エリスー♪」
エリスのチョキが差し出される。
「ぬおおおおお! 目がぁああああああああ!!」
目を抑え草の上を転がるアルア。
黙々とベンチに座ってお弁当を食べるエリス。
「あ、あたしが一体何を……」
「いきなり飛びかかってくるからだ」
中庭のレイド像の下、二人は今日も元気である。
「あたしは日課の乳揉みをしようと」
「斬るぞ」
アルアの顔から血の気が引いた。
「まったく、少しは彼を見習え」
「彼?」
アルアが見上げると、そこには一体の像が立っている。
右手の神剣、デウスカリバーを掲げる少年こそは、若干一五歳にして全世界を混沌に陥れた最強の大魔王オルガディオスを葬り、そして死んだ伝説の勇者レイドである。
「エリスっていつもここでお昼食べるよね、エリスなら食堂でさっさと食べて昼休みも訓練してそうだけど、なんで購買からわざわざ中庭まで来るの?」
エリスの隣に座り、アルアが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「力を貰っているんだよ」
「力?」
問い直すアルアにエリスは頷く。
「ああ、こうしてレイド像の近くにいると心が安らいで、そして全身にこう、力が漲(みなぎ)ってくるんだ」
フォークをぐっと握りしめ、エリスは笑った。
「ふーん、エリスってほんとレイドの事好きなんだね」
「ああ、初恋の人だ」
「初恋!?」
アルアが素っ頓狂な声を上げて口を両手で抑える。
「そんなに驚かなくてもいいだろう」
「え、でもぉ、エリスはあたしとイヤァンな関係になってくれるんじゃないの?」
エリスの額に青筋が浮かぶ。
「誰がそんな約束をしたか、誰が」
ふと、目を穏やかにしてエリスは昔を思い出して語り始める。
「子供の頃から、レイドは私のヒーローなんだよ」
そうは言ってるが、エリスの顔は憧れのマイヒーローを思う少年ではなく、恋する人を想う少女のそれである。
「子供の頃、私は魔族が怖くて仕方なかった。
いつも怯えて、逃げて、泣いて、町に来た魔族が自警団に倒されるまで母に抱かれて震えていた。
私にとって魔族とはそれほどに恐ろしい存在だったんだ」
そこまで言って、エリスは背後のレイド像を見上げる。
「でもそんな日々を彼が終わらせてくれた」
「ああ、一〇年前のあれね」
「ああ、強くて恐ろしい魔族、その王を人間の少年が打ち倒したと聞いた時は驚いたなんてもんじゃなかったよ。
親に頼んで、一度だけ連れてってもらったパレードで彼を見た時の興奮は今でも忘れられない」
エリスの顔に赤みが差し、ほう、っと口が空いた。
「憧れたよ、強烈にね……私は彼のようになりたかった。
それからは彼と肩を並べて戦う夢を毎晩見た。
彼のように強くなって、そしてみんなを守りたい、魔王が死んだ時の町の人々の笑顔を思い出して、こんな笑顔を自分も作りたいと思った」
「それでいつもあんなに訓練してるんだ」
「そうだよ、特に彼が死んだ時は強く思った。
最初はショックで声も出無かったけれど、悲しみよりも彼の意思を継ぐという思いのほうがずっと強かったんだ。
その後に現れた邪神は私が倒す。何がなんでも自分が倒しやる。そう硬く誓ったんだ」
「ふ~ん、無敵のエリス様が元は泣き虫だったなんて以外だね~」
「私とて昔は子供だったんだぞ」
「っで、その時はおっぱい大きかったの?」
「斬るぞ」
剣を握るとアルアがベンチの後ろに跳んで隠れた。
「怖い怖い、でもさ、あたしはエリスほどレイドに憧れているわけじゃないけどさ、その話を聞いて凄いんだなーって思ったよ」
「どういうことだい?」
「だってさ、ずっと前に死んじゃったのに、今もこうして一人の女の子を奮い立たせるんだもん」
明るいアルアの表情に影が差しこみ、彼女には珍しい、寂しげな表情を見せる。
「死んだらなにもかも終わり、もう触れる事も話す事も、ケンカもできない、孤児だったあたしに魔術を教えてくれた師匠はいつもそう言ってたのに、レイドは死んでもみんなに影響を与えているんだよ。
エリスだけじゃない、この学園に通う人達はみんなレイドに憧れて、そもそもレイドが人間でも魔王を倒せるって証明したからこの学園が設立された、これって凄い事だよね」
「そうか……そうだな、それで、その師匠は君が一人前になる日を待ってるのかい?」
なんとなしに聞いた問いだったが、アルアは目を閉じて首を横に振った。
「もういないよ」
「え?」
「師匠は厳しくて、あたしはいつも師匠に叱られて、ゲンコツが痛くて、でも、もう殴ってもくれないんだよ」
「ア……アルア……その」
普段は見せない、その悲しい表情にエリスは自らを責め、そして唇を噛んだ。
こうして一人の少女を傷つけてしまった己を叱咤し、その間にも師匠を思い出しているいるであろうアルアの目には涙が溜まり。
「ほんとに、師匠……」
空に向かって叫ぶ。
「早くおっぱい探求の旅から帰って来てよー!」
「なんだそれはぁあああああああ!!」
思わず声を張り上げるがアルアはきょとん顔である。
「ほえ? なんの話?」
「君の師匠は死んだんじゃなかったのか!?」
「はぁ? 何言っちゃってるの? あたしの師匠はあたしが学園に入学した次の日に全種族のおっぱいコンプリートする為に旅立ったよ。
毎月手紙が来るんだけど先月はウンディーネ、先々月はメデューサのおっぱい揉みつくしてバストの平均値計測も済ませたんだって、あ、もちろんお尻も忘れてないよ、もう、あたしの師匠ってほんと凄くて、って、あれ? どしたのエリス?」
「死ねぇえええええええええええい!!」
「ぎゃあああああああああああああ!!」
レイド像の下、エリスの鞘がアルアを打ち抜いた。
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そんな大和の前に、かつて大和の命を救ってくれたシーカーの息子、浮雲真白が現れる。傷心の大和に、大事なのは才能でも努力でもなく、熱意と環境であり、やる気だけ持って学園に来ないかと誘ってくれたのだった。念願叶って入学を果たした大和だが、真白のクラスは変人ばかり集められ、大和を入学させたのにも、何か目的があるのではと疑われ──。
ニワトリが飛べないのは才能でも努力でもなく環境のせいだ! 無能な少年と師匠の出会いが、一人の英雄を誕生させる──。
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