新たな生活

村に着いてからの僕は一人ぼっちになった

カー兄は狩りチームに組み込まれて、あれ以来なかなか会えないし、母さんも村の中にいるとは思うけどあれから見てない

村のゴブリン達に聞いても皆僕とは話してくれないし、なんならすれ違い様に殴られる事もあるくらいだ


そんな僕は村長から奴隷だと言われた

奴隷とは何か尋ねると、この村の為に尽くす者の事だと言われた。それが人間である僕がこのゴブリンの村で生きる事が出来る条件なんだと


僕はそれにただ頷く事しか出来なかった

目の前の圧倒的強者に刃向かう事など到底出来ないし、村から出て行く選択をしたとしてもこの森で一人で生きていけるとも思えない

それに何より母さんとカー兄と離れるのは嫌だった

だから僕はこのゴブリンの村の奴隷になった

姿の見えない母さんに迷惑かけたくないから、僕は良い子でいるんだ。そうすればきっと……


僕の朝は早い。まだ陽も登りきらないうちから動き出す

まずは寝床だ。この広い村に点在する鳥の巣をそのまま大きくして、雨に濡れないようにしただけのこの村のゴブリン達の寝床はよく壊れる

だから彼等は寝床をたくさん用意していて、壊れた物はそのまま放置するか、何かの合間にまた作り直して再び使う


僕の一つ目の作業はその壊れた寝床の修復だ

簡単な作りとは言えなにせ数が多い。僕は日に日に増える壊れた寝床をひたすらに修復していく

………もっと頑丈にしたらこんな事しなくても良いと思うんだけどなぁ………


一つ目の作業をしてある程度すると二つ目の作業に入る

二つ目の作業は皆が食い散らかした獲物や木の実等の、所謂捨て物。要らない部分を捨てる作業だ。これにはゴブリン達の体から出る物もある

これはいろんな場所に点在してるのでとにかく走り回るしかない

走り回って要らない部分を集めては村の外に持っていく


これはずっと放置していると、強烈な匂いを放ちだし強力な魔獣を呼び寄せてしまうからだとか

……………だったら今こうやって村の外に捨てたとしても呼び寄せてしまうんじゃないだろうか?…………


そして三つ目にゴブリン達の武器の手入れだ

本来彼等は自分達の武器の手入れなんかはしないらしいが、人間ならば出来るだろ?と僕の元にたくさんの武器が集められた

そんな様々の形をした武器を僕は一つ一つ丁寧に手入れしていく

刃がガタガタだったり、持ち手の部分が折れていたりと、いろいろダメな部分を直していく

……………この武器は何処から持ってくるのだろうか?見たところ作ってる訳ではないみたいだけど…………


そんな事を一生懸命やりつつ、終わり次第僕は自分の食べる分の糧を見つけに森に入る

僕は奴隷だから食べる物すら与えられない

奴隷としての作業をこなしつつ、自分でどうにかしなくちゃならない

だから早くから行動して暗くなる前に森に入る

この森の生き物達は昼間より夜の方が怖い生き物が多いからね。それに村からあまり離れた所までは行けない


…………今日も体がボロボロだ。作業の合間合間に僕はよく殴られる

村長の言う事を信じるならば僕は殺されはしないかも知れない

だけど、彼等ゴブリン達にとっては軽い攻撃だとしても、人間である僕からしたら、それはとてつもなく重い一撃となる


きっと、僕にこの力が無かったら今頃とっくに死んでいたかも知れない

[肉体強化]

まだ小さい時に頭に浮かんだこの言葉

母さんに聞いてみると、自分の体を強くする、スキルと呼ばれる物だろうと教えられた

これのお陰で僕はなんとか今も生き延びている


だけどこのスキルにも弱点があるのか、はたまた僕の力量不足なのか、長いこと使う事が出来ない

だから僕は一瞬一瞬に力を込める事でこのスキルを上手く使っている

ジャムダの攻撃を止めたのも、村長の攻撃を受けて死ななかったのもこの力のお陰

一度、どれくらい続くのか試した事があるけど、カー兄が槍を三回振る間すら保たなかった


この力が今の僕の命綱。だけどこの力の鍛え方も知らないし、そもそも鍛えれる物なのかも分からない

…………とりあえずはこの奴隷生活に早く慣れていこう。じゃないと体中痛くて火を起こして、食べ物を焼いて食べる事も出来ない

僕は痛む体を引き摺りながら、村外れの木の下に草を敷いただけの寝床で眠りにつくのだった







今日も今日とて奴隷としての役目をきっちりこなしていく

奴隷として生活してどれくらい経ったのか?

まず起きたら寝ている木に一つ、横に傷を付ける。そして五回目で縦に傷を付ける

そうして僕が自分の奴隷生活を数えて三百個目の傷をつけた今日、僕は一つの考えを実行に移す事にした


今日は寝床の修復はしない。頑張って昨日のうちに全て終わらせた為、今日壊れたとしても明日寝る所があるうちは、ゴブリン達も文句を言わないだろう

次に捨て物集め。これはいつもやらないとダメだからやらなきゃいけない

僕はすばやく全てを集めて村外れに捨てる

これも、合間合間に木の枝と葉っぱで作った捨て物を入れるための道具を作ったお陰だ


そして最後に武器の手入れ

これは僕がずっとやってきた事もあって、いつもいっぱいある訳じゃない

今日だってたかが三十個程しかない

これくらいなら光が真上の位置に来るまでに終わらせられる

僕は急いで武器の手入れを終わらせる

そして…………


よし!光が真上に来るまでに全て終わらせる事が出来た

これで僕は一つの考えを行う事が出来る


まずは森の中に入り少しずつ掘り進めて来た穴を完成させる

途中で獣が落ちないように太い木でフタをしながら少しずつ少しずつ掘り進めていった僕だけで作った獣を落とす穴。仕上げとして穴の下に槍の短いやつを並べる

後はもう一度、今度は細い木の枝でフタをして更に葉っぱと土をかける

そして仕上げに前に集めた捨て物を入れていた道具をその上にそっと乗せてフタを開ける


するとそれまでより遥かに強烈な匂いが辺りに立ち込める

僕はその匂いに少しだけ顔を歪めると真上にある木に登る

そう、これは僕とカー兄がいつもやっている狩りの再現

でも今は僕しかいないし、作業の合間に少しずつ進めたから時間が掛かってしまった


僕はいつもの葉っぱで作った身を隠す物で気配を出来るだけ消して獲物を待つ

いつもならカー兄が走って獣を連れてくるけど今は僕だけだからカー兄の役目はあの捨て物の匂いが代わりにしてくれる

だって村長が言っていたから。捨て物を放置して匂いが強くなると獣を呼び寄せる事になると


………気配をなるべくなくしてしばらく……僕はずっと目を瞑り周囲と同じそこにある物として存在し、その状態で逆に生き物の気配を探る……

………きた…僕はゆっくりと目を開く……姿はまだ見えない……あの木の向こう……足音からしていつものイノシシ………

大きさは………大丈夫だ、多分僕だけでもトドメを刺せる………静かにしろ………いつもなら慣れたものだけど、僕だけと言う状況に胸の辺りがドクドクと早く動いている………


イノシシが匂いを感じながら穴の方にやってくる

………もう少し………もう少し………

《プギィ⁉》

そこにある地面が無かった事でイノシシの体が横向きになる

そしてきっと何が起きたのか分からないままに穴の中へと落ちて、下にある槍に刺さる

《フギュイィー⁉》

その厚い毛皮に守られた体も、自分の体の重みのせいでズブズブと槍が刺さっていく


僕は手に持つ槍に力を込める

狙うはいつもと同じその頭

勝負は一瞬だ、今は穴の下で藻掻いているイノシシも、しばらくしたら起き上がり、穴から這い出て怒りのままに暴れ出すだろう

失敗は許されない。いつもいるカー兄は今はいない

僕は木の枝から飛び出し真っ直ぐと真下にいるイノシシへと槍を持って落ちていく

「やあぁぁぁぁぁ!!」


そして一瞬だけ[肉体強化]のスキルを使い槍を突きだす

《プギュッ⁉》


…………頭に深く突き刺さる槍と、もう動かなくなったイノシシを見て僕は、初めて僕だけで狩りが出来た事に嬉しくなって、木の上に居た時よりも更に早く胸の辺りがドクドクと動いている事をまだ、気付かずにいた……











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