新たな土地

「この子達の事を殺さないで……」

こんなにも弱々しい母さんをみるのは初めてだった

僕はゴブリンの一体に地面に抑えつけられながら、何だか分からない沸き上がる初めての感情と土の味、そして母さんの顔が妙に頭に残った





「しかしお前達良いもん食ってやがるな?」

カー兄と僕は自由になり母さんの側に寄り添う

カー兄は今まで仲良くしていた連中が、いきなり暴力を振るった事に警戒を解かないでいる


「おいおい、そんなに警戒すんじゃねぇよ。俺達仲間じゃないか?」

何が面白いのかヘラヘラと笑いながらジャムダは言う

「それはそうと、これは何処で見つけたんだ?」

言いながらジャムダは武器の先端でイノシシの肉を突き刺し持ち上げながら聞く


「それは俺とこいつとで仕留めたイノシシだ!あといきなり暴力振るう奴は仲間なんかじゃねぇよ!早くここから出ていけ!」

「…………仕留めた?………こいつを?………」

「そうだって言ってるだろ!なんなんだよお前達は⁉」


「……ハハハ、冗談はまぁ置いておこう。ララ、お前自分の事をこいつ等に話して無いのか?」

「⁉……」

「………母さん……?」

ジャムダの言葉にビクつく母さん。見ると歯をギッと噛み締めて、苦い葉っぱを食べた時のような顔をしている

……何だかよく分からないけれど、こいつ等が母さんをいじめてると言う事だけは分かる

僕は初めて感じるこの不思議な気持ちを感情のままに叫ぶ


「母さんをいじめるな!」

「………あぁ⁉」

今までのヘラヘラした顔から一転、ギロリと僕を睨みつけるジャムダ

「お止めなさい!」

母さんが僕を止めるけれども僕は止まらなかった。思えば、これが僕が母さんの言う事を聞かなかった初めての時だったかもしれない


僕はいつも狩りで使う武器を手に取りジャムダへと向かう

「ハハハ、何だその弱々しい攻撃は?」

カン、カンと棒と棒とがぶつかり合う音が洞窟内に響く

「手ぇ貸そうか?」

仲間のゴブリンがジャムダに声をかける。が

「いらねぇよ、こんな非力な人間の攻撃なんざ効かねぇさ」


当然と言うべきか、やはり僕がいくら本気で掛かっていってもジャムダは軽々と僕が振るう武器を弾いていく


だけど知っている!種族が違うと言われた時から、いや、その前から僕は気付いてた。カー兄と僕とで違いすぎる力に!人間とゴブリンとで圧倒的に違う肉体の強さに

だから!

「あぁぁぁぁ!」

叫びながら僕は本気で武器を振り回す

「……いい加減、殺しちまうぞ⁉」

弱々しいながらも必死に武器を振り回す僕に、鬱陶しさを感じたのかジャムダが大振りの一撃を僕に振るおうとする

……………その瞬間を待っていた!


「でやぁぁぁ!!」

「何ぃ⁉」

ジャムダの大振りの一撃を誘い、それを全力で受け止めた僕の背後からカー兄が現れてジャムダの喉元に武器を突き付ける

「く⁉……」

「ジャムダ⁉」

「おいおいマジかよ?」


仲間のゴブリン達もこの状況に焦りが見える

「家族をいじめる奴らは敵だ!このまま刺し殺されたくなければさっさと立ち去れ!」

カー兄は、手に持つ武器をへし折りそうな程に腕に力を込めてゴブリン達に言う

あの時、きっとカー兄も僕と同じ気持ちだった筈だ。だから僕は先に前に出てジャムダの意識を僕に向けたんだ

結果は大成功。ずっとカー兄と生活をしてきたからお互いの事は声に出さなくても分かり合える

きっとカー兄も僕がジャムダを引き付ける事を分かったから前に出なかったんだ


「………カースも、お前さんも止めなさい」

だけど、この有利な状況を止めたのは、母さんだった

「母さん……何で……?」

「村に帰ります。だからこの場は収めて頂戴。いいですね?」

周りの殺気立つゴブリン達を大人しくさせるように、いつも僕達に言うような口調で母さんは皆にそう言った










目の前にジャムダが現れた時、私はこの生活の終わりを悟った

あの時の生き残りがまだ居た事に嬉しくもあったと同時に、そのせいで私の事を知っている者がいる事を残念に思ってしまう一面も持ってしまう


喜ばしい事は、二対一とは言え当時三番目に強かったジャムダに勝利した事でしょうか

時が経ち、あの時よりも更に力を増したであろうジャムダに勝利した事は何よりも嬉しくもあったけど同時に思ってしまう

もう、この小さな狭い世界であの子達を閉じ込めておくのは限界なのかも知れないと


あの子達は知らないでしょうけど、普段イノシシと呼ぶあの獣は、この森でもかなり強い分類に入る魔獣

それこそ目の前のジャムダ率いるゴブリン達が一斉に掛かってもまるで歯が立たない存在

だと言うのに彼等はそんな獣を簡単に倒してしまう

だからジャムダは驚いていたのだ。あの肉がなんの肉かを知っていたから


こうなってしまった以上、もう隠れて住む事は出来ない。生きている事が分かったならば、貴重な女性である私をあの村のゴブリン達は必死で追いかける

だから私は村に帰る事にした

あの子達にもっと広い世界を見て欲しいから

窮屈な洞窟なんかじゃなくもっと広大な世界を生きて欲しい

………その為ならば、どんな事だってする。あの子達を守る為だったら…なんだって………







巨大な木々が立ち並ぶこの森で、ぽっかりと開いたその場所にそれはあった

常に薄暗い森の中で、その場所だけは光が燦々と降り注ぎ、それまでの鬱蒼とした森の中を歩いてきた者達にとってはまるで別の場所に来たのかと錯覚を思わせる程だ


その場所には至る所に木と葉っぱで作った鳥の作った住処を大きくして雨に濡れないようにしただけの小屋…とも言えない何かが有り、その周辺にいる者達は、所謂魔物、ゴブリンと称される者達


彼等はこの巨大な森の中で生活し、何世代と渡りこの地で生きてきた

彼等の敵である人間がこの地に中々やって来れないのも、この巨大で入る者を拒む森が、強力な魔獣が闊歩する魔獣の巣窟であるお陰だろう


そんな森の中に存在するこの場所に、一つの集団がやって来る

先頭を歩くゴブリンの後ろには六体のゴブリンが続き、最後尾には一見するとゴブリンかと思えるが、葉っぱで作ったマントを羽織り、槍のような武器を携えるゴブリンとは少し違う見た目の者がいた

彼は他のゴブリン達とは違い、体が小さく、力が弱そうではあるが、先を歩く同じく体の小さなゴブリンを守るようにして歩いていく










僕の記憶がはっきりしてから十回目の寒い時を超えたその日、僕とカー兄と母さんはジャムダ率いるゴブリン達と共に、母さんが育ったという村に辿り着いた

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