変化

「ただいまー」

僕はカー兄と一緒に切り分けたイノシシの肉を持って、母のいる住処へと帰る

「……おかえり。また仕留めたのかい?やるじゃないか」

母がカー兄と僕を褒めてくれる

「へへ…」

見るとカー兄も嬉しそうだ。もちろん僕も嬉しい


「さ、お腹も空いたし早く食べよう」

カー兄が言うと皆で座って燃えている木を囲む

母さんが教えてくれたけど、この燃えている部分の事を火と言うそうだ

前にたまたま寒すぎてなんとかしようと手を擦り合わせると温かくなったから、木と木で思い切り擦ればもっと温かくなると考えた僕は必死になって木と木を擦り合わせた

そして出来たのがこの火だった


以前は火など無かったからガクガク震える程寒い時もあったし、肉とか水の生き物を食べる時も、僕にはそのまま食べるのが苦手な事もあって、この火と言うのは凄く貴重な存在となった

何故なら…………

「早く焼こう、焼いた方が美味いからな」


火に切り分けた肉の一部を、木の枝に刺してあてがうと、じゅわ~っとした音と共に肉の色が変わっていく

そして火に当たる場所を適度に変えながら焼いていけば………

「もう待てねぇ、食うぜ!」

「あ!僕も!」


こうして火に食べ物を当てて焼く事で、そのまま食べる事が苦手な僕でも抵抗感なく食べる事が出来るし、何よりそのままよりも美味しく感じる

「んが、んが!うめぇ!やっぱり、焼いた、方が、うめぇぜ!」

「ん、が、僕も、そう、思う!」

「たくさんあるんだからもう少しゆっくり食べたらどうだい?」


母さんはそうは言うけど僕達二人よりも早く肉を口に運んでいる

「やべぇぞ!早く食わなきゃまた半分以上食われる!」

「ふが、ふが、早く、早く食べなきゃ!」

「フフフフフフ……」

母さんはその見た目とは裏腹に、どこに入るの?ってくらい肉を次々と口に運ぶ

焼いた方が美味いと感じるのは母さんもカー兄も一緒のようだった


火の存在は薄暗く、寒い洞窟内を明るく、暖かい光で照らす

「んが⁉喉に…………」

「あぁ⁉カー兄⁉そんなに口に入れるから……」

「フフフフフフフフフ……」

「あぁ⁉既にお肉が半分に⁉」


僕はこの生活が、ずっとずっと、続いていくものだと思ってたんだ。あの瞬間まで






ある日の事だった。森の空気に異変を感じた

僕とカー兄はいつものように今日の糧を求めて森を歩いていた

僕とカー兄の毎日の行動で、こうやって森を歩きながら、今日食べたい物なんかを決めて探索する。そんないつも通りの行動だったんだけど………

「……………なぁ、なんだか………」

「…うん…………嫌な気がする…なんだろう……見られてる?」

言った瞬間だった


「動くな!」

ガサガサと辺りの草木が揺れたと思ったら、カー兄とよく似た者達が五体、僕達を囲んでいた。つまりゴブリンだ!

「な⁉」

「うわぁ⁉」

驚いた僕とカー兄に向かって武器を喉元に当てられ一体のゴブリンが僕達に話しかける


「おいお前!何故お前は人間なんかと一緒に行動している?」

人間……前に、母さんに聞いた事がある。なぜ母さんとカー兄は見た目も似ているのに、僕だけ違う見た目をしているのかと

その時、母さんは僕の事を人間だと言っていた

つまり母さんやカー兄と僕とは違う種族なんだと


その事実を知ってから、僕はなんとか二人に近づきたくて、以来、葉っぱを繋ぎ合わせて作った僕の全身を包める物をずっと身につけている

気配を消す力がない僕にとってそれは、周りの木々や草に紛れて僕の存在を薄くしてくれる物となっていた


そんな僕をゴブリン達は一瞬で人間だと見抜いた

……………そんなに違うかなぁ?


「こいつは俺の家族だよ」

「家族⁉ふざけるな!!今すぐ刺し殺してやろうか⁉」

カー兄……種族の違う僕を家族だと言ってくれるカー兄……

「ふざけてなんかないさ。こいつは生まれた時から一緒だったんだ。母さんと一緒に育ったこいつは人間と言う違う種族だとしても、俺からしたら立派な家族なんだよ」


「母さん?……………皆、武器を降ろせ」

「………良いのかジャムダ?」

「大丈夫だ。それよりその母さんとやらが気になる。案内してくれよ?俺達同じゴブリンじゃないか?な?」

ジャムダと呼ばれていたその五体の中でも強そうなゴブリンは、薄い笑いを浮かべると武器を納めてカー兄と肩を組む


「こっちの人間はどうする?」

仲間のゴブリンがジャムダに指示を求める

「………家族なんだよな?………殺しはしねぇさ………」

どうやら違う種族の僕であっても、今この時だけは見逃してもらえたみたいだ

だけど微かに聞こえた続く言葉「今はな……」カー兄も反応してない事から聞こえたのは僕だけみたいだ

ドクンと体が跳ね上がり胸の辺りがドクドクと激しく動く

でもここで反応してはいけない。日頃イノシシやシカ達と命のやり取りをしてるから僕には分かるんだ。僕がちょっとでも何か反応をしたらあの細長い武器で一瞬で刺されてしまうことを

所謂殺気ってやつがずっと僕だけに注がれている事を


僕はなんだか嫌な予感はしていたんだけど、カー兄はジャムダ達ゴブリンと見るからに仲良くなっていた

多分、初めて見る母さん以外の同族に気分が高揚してるんだと思う

だからカー兄は気付かない。僕にだけゴブリンの一体が常に背後を狙っている事も、僕等の住処に近づくにつれてニヤニヤと笑いが隠しきれていないゴブリン達も


でも、何も行動する事の出来ない僕は結局、カー兄と共に五体のゴブリンを引き連れたまま僕等の住処へと辿り着いてしまった





「…………いつか、こうなる日が来ると思っていたよ」

僕等を見るなり母さんはまずその言葉を放った

「母さんただいま!俺等と同じゴブリンがいたんだ!仲間だよ仲間!」

「母さん、ただいま……」

何か言いたげな母さんは顔を地面に向けて、顔がよく見えない


「おら、伏せろ!」

「んが⁉」

「カー兄⁉」

「お前もだよ!」

「うぐ⁉」

いきなりゴブリン達はカー兄を地面へと押し倒したと思ったら、続けて僕も地面へと倒された

僕達の上にはゴブリンが一体ずつ足で踏みつけながら武器を背中に当てて、いつでも武器を刺せる状況を作っている


「止めて!」

母さんがこれまで見たことも無い様な顔で必死に叫ぶ

すると顔をニヤリとさせたジャムダが口を開く

「よお、ララ。久しぶりじゃねえか?裏切り者のお前がこんな所で何してんだ?」

ララ…?確か、前に聞いた母さんの名前……

ジャムダはなんで母さんの名前を…?


「何でも言う事を聞くのでどうか…この子達の事を殺さないで」

母さんは今まで見たことも無い様な顔で涙を流しながら、無抵抗の意思をジャムダ達に伝えるのだった








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