兄弟

あれからどれだけの月日が流れたのだろうか?

私達は手狭になった元の住処を離れ、新たな住処を目指して森の更に奥深くへと入っていった


私と私の力を受け継いだ息子は、気配を隠す力があるから他の脅威から身を隠す事が出来るが、人間の子供はそうはいかない

結果として、脅威の方から遠く離れた場所から遠回りをして森の奥へと進んでいった


オークやオーガにも気をつけなければいけないが、同種であるゴブリンにも気をつけなければいけない。見つかればどうなってしまうかは容易に想像できてしまう

私達はビクビクしながら少しづつ、少しづつ新たな住処を求めて旅をした


そして今は誰も寄り付かなさそうな水が凄い勢いで流れ落ちる場所の横にひっそりと存在した洞窟で生活している

身を隠す目的もあったけど、水が流れ落ちる場所の横に居るので飲み水の心配はいらないし、たまに水の生き物も洞窟へと投げ出されて落ちてくる事もあるから便利だ


じゃあ何故ここが誰も寄り付かなさそうな場所かと言えば、この場所は落ちれば直ぐに死ぬであろう高さの場所にあって、ゴブリンの中でも小さい方の私や、息子でギリギリ通れる程の狭さの道しかない為、他の生物が入ってはこれないと考えた


後は危険な場所を住処とする事で、人間の子供が死んでしまう可能性を少しだけ考えてしまった

長い間、生活を共にしてきた私だけど、心の奥底ではやはり未だに人間の子供に対しての複雑な感情があるのだろう

こうしてずるずると不思議な感情を持ったままの距離感を未だに続けている


「にいちゃん、まって」

「早くしろ、置いていくぞ?」

一方で、息子であるカースと人間の子供は仲良くなっていて、聞かれたから教えてしまったが、カースの事を兄としてみなし、お兄ちゃんと呼ぶ。それ以後、カースの後をよく着いていくようになった

そんな事を続けていたからか、今では自分の食べ物くらいは自分で採ってくるようになっている


「かぁちゃん、これあげる」

日暮れに戻ってきたと思えば私に食べ物を渡してくる人間の子供

「…………………」

「こいつ動きはまだまだだけど、食べ物がよくある場所とかを結構覚えてるからなかなか助かるんだよな」


人間の子供と本当の兄弟のように仲良くする私の息子…………

「………………………」

「でもやっぱりそろそろ肉が食いてぇなー。今日見たイノシシとか美味そうだよな」


前に一度だけ、瀕死になっていたイノシシを私自らが仕留めて皆で食べた事がある

息子も、人間の子供も、水の生物以外では初めての肉だったけどその時の息子と人間の子供のはしゃぎ様は今でも覚えている

だけど………

「あれは死にそうな相手だったからたまたまよ。元気な状態なら、私とカースが二人掛かりで挑んでもまず勝てないわ」

「だよなー。あいつら力は物凄くあるもんなー」


この付近にいる生物は、皆どれもが私達が束になっても勝てない奴らばかり

そんな危険な場所だからこそ、今のこの場所に同族が近寄る事が無く、強い、大きな奴らはこの場所に入ってこれない


「にいちゃん、おにく、たべたい?」

「おぉ、食べたいなぁ、お肉。くれるのか?ハハ」

人間の子供が不意に放ったこの言葉

私はこの時力も持たない、か弱い生物が何を言っているのかと不思議に思ったが、私は人間とはやはり、怖い生き物だと言うことを改めて理解せざるを得なかった

結果として、人間の子供は二日後。息子のカースと共にイノシシを仕留めて来た

「かぁちゃん、おにく、あげる」


………………私のこの複雑な感情は、いつになれば平穏を取り戻す事が出来るのだろうか?

背丈はまだ私と同じくらいなのに、自分よりも大きな相手をカースと一緒にとは言え仕留めてきた人間の子供………


私がやってきた事は、果たして正しい事なんだろうか?

考えるだけ無駄なんだろうか?

「ほら、母さんお肉切り分けたよ」

……………………はぁ、久々のお肉美味しい










今日も生きて行く為に食料を得る

「カー兄、今日は何を狙おうか?」

「昨日がシカだったから、今日はイノシシにしようぜ」

「良いね。それじゃ、いつも通りあの方法でいこう」

「よし来た任せろ」

僕はカー兄と一緒に森の中を探索する

カー兄は僕なんかより力がめちゃくちゃ強く、走るのも木登りもカー兄に勝てた試しがない


そんなカー兄と一緒に目当てのポイントに穴を掘る。深さがカー兄の背丈を超えるほど掘ったら、その地面に木を尖らせて作った棒をたくさん刺して並べる

後はその穴を見えないように木の枝と葉っぱで隠して、最後に少しの土を被せて完成

「だんだん作るのが早くなってきたよな?俺等」

「そうだね。たくさん作ったもんね」

だけど穴掘る速さもカー兄の力に頼る部分が大きい

僕一人の力ではこんな事は日暮れまでやっても出来ないと思う


「それじゃ最後任せたぜ。行ってくる」

カー兄はそう言うと、気配を消して木の上を疾走していく

僕はその光景をしばし眺めた後、穴を掘って作ったやつの上に来る位置の木の枝で息を潜めて時を待つ


しばらく待っていると向こうの方からドタドタと足音が聞こえ、次いで怒りの咆哮が森に響き渡る

僕は持っている木の枝を尖らせて作った武器に力を入れてその時を待つ


すると、カー兄がイノシシに追われて走ってくる

カー兄は穴を掘った位置の少し手前で瞬間的に気配を消して一気に上に跳躍。用意してあった木のツタを掴んでイノシシの視界から一瞬消える

《フギィ!?》

そしてイノシシは視界から消えたカー兄の事を見つける間もなく、僕達が掘った穴に落ちる


落ちたイノシシに待っていたのは穴の中にあるたくさんの尖った木の枝。本来厚い毛皮に覆われているはずのイノシシは、しかし自分の体重によりズブズブと枝が奥に奥にと刺さっていく

そして………


「やあぁぁぁぁぁ」

僕は木の枝から跳躍し、穴の下でもがくイノシシにトドメをさすべく、手に持つ武器を、一気にイノシシへと突き刺すのだった





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