第二章 大森林の攻防

第一話 エルフ

 俺が王国からタリオ村に帰ってきて早くも1ヶ月が経った。

 今やこの村にはスライムが村人以上に住んでいる。


 その数はなんと千人を超えている。村人は300人程なので3倍以上だ。

 まあスライム達は小さいし住居も必要ないので村を圧迫したりはしないが、数歩歩けば新しいスライムに会えるほどだ。


「はあ……幸せ……♡」


 村を歩いていると少女が一際大きなスライムに全身をうずめうっとりしていた。

 俺はその少女……いや女性に見覚えがあった。


「おいおい何やってんだクリス」


「あら、キクチじゃない。どうしたのこんなところで」


「そりゃこっちのセリフだ。こんな人通りの多い場所でトリップしてんじゃねえよ」


 すぐ近くに民家があるってのにこいつは御構い無しだ。

 まあこいつが村に来てから2週間くらいで村の人たちも慣れてスルーするようにはなったが。


「私はもちろん研究してるのよ。上位粘体生物ハイ・スライムはまだまだ謎が多いから調べることがたくさんあるのよ!」


 そう言ってクリスはハイ・スライムをむにゅりと抱き寄せる。

 スライムも満更でもないのかされるがままだ。まあスライム達は基本的に甘えん坊で人懐っこい性格をしている。

 だからこそこんなにも村に馴染み、村人に愛されているんだろうな。


「それで? ハイ・スライムについてなんか分かったのか?」


「当たり前じゃない。莫迦にしないで」


 そう言ってクリスはピラッと紙を一枚取り出し俺に差し出す。

 そこにはハイ・スライムについての情報が事細かく書かれていた。


 要約するとハイ・スライムは普通のスライムより体積が多いらしい。まあ通常状態でもかなり大きいのでそれは分かるのだが膨張状態も普通のスライムより大きいらしい。

 更にハイ・スライムは人型になれる。

 カラーズとは違い子供サイズだが力が強く、なんと階級ランクはB。銀等級相当の強さだ。

 しかもそんなのが村に20人もいる。下手な盗賊団よりよっぽど戦力があるだろう。


「相変わらず仕事が早いな……」


「他にも色んな種類のスライムちゃん達がいたからまとめといたわよ。あんたはスライムマスターなんだからちゃんと把握しておきなさいよ」


 そう言ってクリスは分厚い紙束をドサっと取り出す。

 ここまでまとめるのは大変だっただろう。変人だがいい奴だ。


「ありがとうクリス。助かるよ」


 クリスの手を握り俺は真剣に礼を言う。

 すると何故かクリスは顔をボシュウ! と真っ赤にする。


「あ、あああんた! あにすんのよ!」


「へ? 礼をしているだけだろ?」


「手ぇ! 手ぇ繋いでるでしょうが!!」


 するとクリスは耳まで真っ赤にしながら手を振りほどきダッシュで逃げ出してしまった。

 一体どうしたのだろうか。


「ますたーの、じごろー」


「こら、いったいどこでそんな言葉を覚えてきたんだ」


 冷やかしてくるおませなそら。

 誰がジゴロだ。彼女もいたことないってのに。

 まあ確かにさっきのは俺も悪かったかもしれない。俺から見たら少女に見えるがクリスはれっきとした成年女性だ。だとしたらさっきのは軽率と言えるだろう。

 まあそんぐらい許してくれ。こちとら童貞なんだ、女の扱いに慣れてないんだ。


 そんな事をしていると突如俺の頭の中に声が響いてくる。


『突然すいませんキクチ様。今よろしいでしょうか』


 頭に響いてきたのはリョクの声。


「ああ大丈夫だぞ。いったいどうした?」


 俺は突然聞こえた声に慌てず対応する。

 実は最近スライムと遠隔会話テレパシーで会話できるようになったのだ。

 以前スライム同士は離れていても会話できると聞いていたので試してみたのだが、なんと俺も出来たのだ。

 一対一ではたいした距離は届かないが何人ものスライムを経由することによりその距離は際限なく伸びる。


 俺はこれを粘体生物通信網スライムネットワークと名付けた。

 既に王国から村までの通信網は完成しておりいつでも情報のやり取りは出来るようにした。王国には内緒だが。


『スライムの一人が先ほど村の西で行き倒れていた者を見つけまして、今教会で保護しているんです。如何いたしましょうか?』


 村の西、確かそっちには大森林があったはずだ。

 そして更に奥には魔族が住まう地『魔大陸』が広がっている。なのでそっちに人がいるのは妙だ。

 冒険者が大森林に依頼で行ったのだろうか? それとも大森林に住む人がいるのだろうか?

 いずれにしても行ってみなくちゃ始まらないか。


 俺は緑に手短に「分かった。今行く」とだけ伝えると、教会へ向かうのだった。





 ◇



 俺が教会に入るとリビングで見知らぬ女性を介抱するエイルと桃がいた。

 エイルは汗を拭いたり額に濡らしたタオルを置いたりし、桃は手からピンク色のキラキラした光を浴びせている。二人とも介護する姿が様になっているな。俺が風邪引いても安心だな。


「いらっしゃいましたかキクチ様」

 リビングに入ってきた緑が声をかけてくる。

 焦った様子はなさそうだからマズイ事態ではなさそうだな。


「ああ、いったいどうしたんだ?」


「ちょっとこの方を見ていただけますか?」


「ああ」


 緑に言われるがままその人物をよく観察する。

 その女性は目鼻立ちの整った美人だった。若葉の様な鮮やかな緑色の髪。長く整ったまつげに透明感のある白い肌。

 体は華奢ながらも出るとこは出ており、掛けられた布団の間から見事な谷間がこんにちはしている。

 そして最も目を引くのは……耳。

 なんと彼女の耳の先端はピンと尖っていたのだ。

 これは……。


「エルフ、ですね」


 エイルが俺の考えを先読みしたかの様につぶやく。

 まさかとは思っていたがこの世界にエルフなんてものがいたとは、感動だ。

 しかしこの世界のエルフの事はよく知らない。知らない事にしといた方がいいか。


「エルフって何なんだ?」


「エルフは森に住む高い魔力を持った種族です。確か自然を愛し共存する種族だとか。容姿に優れているのも特徴の一つと書いてありました」


 そう言いながらエイルは「魔族図鑑」と書かれた本を取り出し見せてくれる。

 エルフは魔族扱いなんだな。


「えーなになに……」


 その図鑑には概ね俺の世界のエルフ認識と同じような事が書かれていた。

 長命で平和主義。しかし多種族には排他的らしい。

 それなのになぜこんな人の住むところにやって来たのだろうか。


「エルフは村の北西の大森林に住んでいると聞いた事があります。そこから来たのでしょうか」


「この近くの森といったらそこくらいしか無いか。まあ起きてくれないと何とも言えないな」


 そんな感じでエルフの話題に花を咲かせていると、意識を失っていたエルフの女性が「う、ううん……」と声を上げる。

 どうやらお目覚めのようだ。


「うう、ここは……?」


 頭をさすりながらエルフは体を起こす。

 どうやら言葉は通じるみたいだな。安心した。


「大丈夫か?」


「あなたは……?」


「俺は菊地、ここタリオ村の者だ。あんたはいったいどうして倒れてたんだ?」


「倒れて……はっ!!」


 俺の質問にエルフは表情を強張らせ体を震わせる。

 その綺麗な眼からは光が消え失せ絶望の色が映る。どうやらただ事ではなさそうだ。


「あ、あの!!」


 バッと俺の裾を掴んだエルフは縋り付くように俺のことを見る。


「助けて下さい! 村が……私達の村がこのままだと奴らに食い尽くされてしまうのです!!」

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