第十二話 スライムナイト

 王国北部には小さな森がある。

 名もなきその小さな森にお目当の「ポポイ草」は生えているらしい。


「ポポイ草はすり潰せば薬になるし飲めば体力が回復する万能な薬草なんだ。効果は高くないけどその分安価だから庶民にも親しまれてるんだぜ」


 冒険者パーティのリーダー、アンディは周りの警戒をしながら目標の薬草の説明を始める。

 どうやらレンジャーである彼は魔物の気配をある程度感知できるようだここまで魔物に合わず進んで来れた。


「へえ、そんな便利なものがこんな大きな国のそばに残っているんだな」


 そんなに重宝されているものなら刈りつくされてそうなものだ。


「へへ、ところがどっこいまだその場所は他の奴らに見つかってないんだ」


「ウチのリーダーが偶然見つけたらしくてな、他の奴らに見つかる前に我らで収穫してしまおうってわけだ!」


「……アンディにしてはいい働き」


 そういうことだったのか。

 だとしたら俺がこの件に関われせてもらった理由も想像がつくな。


「まだ他の知り合いがいない俺なら話が他に漏れる恐れも少ないってことか。合点がいったよ」


 俺がそう言うと場の空気が少しピリ、と張り詰める。

 図星といったところだろうか。悪いが俺は人のことを100%信用するなんて愚かなことはしない。

 俺が絶対の信頼を置いてるのは俺自身とスライム達とエイルくらいのものだ。


 あれ? 意外と多いな。


「……どうか気を悪くしないでくれ。それにそれだけが理由じゃない、純粋に君自身にも興味があったんだ」


「俺に?」


 それは意外な回答だ。

 てっきり利害関係だけで声をかけてきたのだとばっかり思ってた。


「ああ、喋るスライムを仲間にしている上に銀等級に匹敵する強さを持った経歴不明の謎の人物。それがあんただ。普通に考えて普通じゃないのは明らかだ」


 そうやって経歴を並べると確かに怪しいな。逆によくこんな意味不明な奴に声をかけたもんだと感心すらする。


「きっといま国中の情報屋があんたの情報を集め出している。別にあんたの情報を売る気は無いがそんな人物と仲良くなれるなら薬草の情報ぐらい安いもんだと思わないか?」


「なるほど、確かにそうだな」


 裏があったと言えば聞こえは悪いが俺と仲良くなりたかったのだと思えば怒るほどではない。

 俺としても知り合いの冒険者が出来るのは喜ばしいことだ。今はタリオ村の人とスライムとスライムオタクしかいないからな。


「まあ俺と一緒にいてもたいした情報は得られないと思うけどな。それでもいいなら何でも聞いてくれよ」


「ガハハ! 何を言っているそれほどの闘気の持ち主に秘密がないわけないだろうが! 我輩はどこぞの元騎士だと睨んでおるぞ!」


 モリーは俺の背中をバシバシ叩きながらそんな予想を立てる。

 いてえいてえ、もし能力で強化されてなかったら背骨が砕けそうな威力だ。


「おいおいモリー、あんまお前の馬鹿力で叩くなよ……ん?」


 呆れながらモリーをたしなめていたアンディが急に足を止める。

 その顔からは先程までのふざけた雰囲気は消え失せ、精悍な冒険者の顔つきに変わっている。

 他の二人もアンディの異変を見るやいなや武器を抜き俺を囲むようにお互いの背中を合わせ三角形の陣をとる。


「この気配、おそらく小型の二足歩行の魔獣だ。そんなに強くは無いと思うが気をつけろ」

「「了解」」


 一糸乱れぬ動き。一連のやり取りを見るだけで彼らが戦闘のプロだということがよくわかる。

 俺も仲間が出来たらこんな風になれるのだろうか。


 俺がそんなことを思っていると近くの茂みがガサガサッ! と動き何かが飛び出してくる!


『ギャギャギャ!』


「来たぞ! ゴブリンだ!」


 茂みより飛び出てきたのはゴブリンと呼ばれる魔獣だった。

 緑色の肌に人間の子供ほどの体躯。尖った耳に凶悪な目つき。

 俺のよく知っているゴブリンと見た目は同じだ。


 モンスター図鑑によるとゴブリンの階級ランクはE。グランドウルフよりも階級は低いがそれは単体の戦闘力の話だ。

 ゴブリンは群れる上に武器の扱いも得意。階級だけに気を取られ油断して命を落とす新米冒険者も多いらしい。


「バズ! 魔法を!」


「……任せて、鋼鉄の皮膚アイアンスキン!」


 バズが杖を振ると白い光が生まれ三人の体に吸い込まれていく。

 名前から察するに体を硬くする魔法だろう。いいなあ、俺も使ってみたかったぜ。


「ガハハ! ゴブリン如き楽勝である!」


 モリーはその言葉通り持ち前の怪力でゴブリンを次々と一刀両断にしていく。

 ゴブリンはモリーの隙を突こうとするがアンディがそれを許さない。弓とナイフを器用に持ち替えながらゴブリンがモリーの隙を突くのを阻止している。

 そしてバズが強化魔法をかけたり、魔法で血で切れにくくなった剣を綺麗にしたりとサポートしている。

 素人目から見ても連携の取れたいいパーティだ。


 しかしいかんせんゴブリンの数が多い。

 やられはしないだろうが攻めきれないためこのままだと長引きそうだ。


 そしてその原因は俺。

 俺を庇うように戦っているため彼らは深追い出来ないのだ。

 このままじゃいけないな。


「庇わなくても大丈夫だ。俺も戦える」


 俺は三人の中心から抜け出してアンディとバズの横に並び立つ。


「それは助かるんだけど大丈夫か? いくら低級の魔獣とはいえ油断は出来ないぞ?」


「大丈夫。こんな時のために新しい技を考えていたんだ」


「新しい技?」


 俺は一歩前に出ると体から無数のスライムをポポポ! と一気に出す。

 そしてそのスライム達を体にまとい凝縮させていく。


「な、何が起きているんだ!?」

「こんな量のスライム初めて見た……!」


 そして身にまとったスライムを硬質化しある形へと変えていく。

 その形とは鎧。俺はスライムの形を変える力と硬くなる力を利用しスライムの鎧を作ることに成功したのだ。

 見た目は西洋の鎧というより戦隊ヒーローのような形だ。流線型のボディに透き通った水色のアーマーがよく映えてかっこいい。


 そして左手にはスライムで出来た盾『スライムシールド』、右手にはスライムで出来た剣『スライムソード』を装備している。両方とも一般的な代物より遥かに性能はいい。更にスライムマスターである俺が使うことで性能は更に上がる。


 この姿こそ今の俺が考えうる最強の姿、その名も『スライム・ナイト』だ。


 俺のこの超絶カッコいい姿にビビったのかゴブリン達はたじろぐ。


「どうした? かかってこないならこっちから行くぞ!」


 俺は一番近くのゴブリン目掛けスライムソードを力任せに振る。

 しかしゴブリンは敏捷な動きで後ろに跳びのき避けてしまう。剣を振るうのは初めてだから距離感がうまくつかめないな。練習しなきゃな。


 しかし避けたはずのゴブリンの様子がおかしい。


 その場に立ち止まり「ギャ……ギャ……」と呻いている。

 そして数秒後そのまま縦にぱっくりと真っ二つに裂け地面に倒れた。


 その光景を見た俺は思わず「うえっ……!」と顔をしかめてしまう。しかしなんで外れたはずなのに斬れたのだろうか。


「まさか今のは真空刃しんくうは……! 超一流の剣士しか使えぬ絶技をよもや見ることが出来ようとは!!」


 剣士であるモリーが今の現象を説明してくれる。なるほどいわゆる衝撃波ソニックブームってやつか。使いこなせればかなり戦力になりそうだ。


 俺はそんなことを考えながら二体目のゴブリンへ拳を放つ。


『ギャペ!!』


 俺の拳が命中したゴブリンの頭は原型を残さぬほど弾け飛びあたりに鮮血を撒き散らす。

 スライム・ナイトになるにはスライムが50匹以上必要。この状態になると防御力はもちろん攻撃力もケタ違いに上がる。

 この攻撃力も納得だ。


「よし、どんどん行くぜ!」


 俺はそう意気込んでゴブリンの群れへ突っ込んでいった。

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