第十一話 専門家
「あなたもコーヒーでいいかしら?」
「あ、ああ。あとジュースも一つ頼む」
路地裏での一件を終えた俺はチンピラを巡回してた騎士に引き渡し喫茶店に来ていた。
目の前の少女、もといスライム研究家のクリスも一緒だ。
「ところでなんで俺たちが来てることを知ってたんですか? まだ着いたばかりだというのに」
「あら、もうあなた達が来ていることは国中に広がっているわよ。喋るスライムを連れた変な男がいるってね」
そうだったのか。なんか有名人になったみたいで恥ずかしいな。
「それを聞いた私はいてもたってもいられずにあなた達を探してたのよ。まさかチンピラに絡まれるとは思わなかったけどね」
クリスはそらを抱えて撫で回しながらそう語る。
研究家だけあって本当にスライムが好きなんだな。
「むぎゅー」
めちゃくちゃに揉まれながらもそらは気持ち良さそうだ。
あまり俺以外に触られたがれないのに珍しい。
「ずいぶんスライムの扱いに慣れてるんですね」
「当たり前よ! 私が何年スライムを研究してると思ってるのかしら? ほーらよしよし可愛いわね〜♡」
まるで赤ちゃんをあやすかのようにクリスはそらを
さっきまでのツンケンした態度が嘘みたいだ。
「はあ、はあ、本当にぷるぷるしてて可愛すぎるわ……少しぐらい食べちゃってもバレないかしら……」
「おい!」
俺は急いでそらをクリスから引き剥がす!
この人はあれだな。スライムオタクだ。
スライムのこととなると周りが見えなくなるタイプだ。気をつけないと。
「なによー、もっとそらちゃんをプニらせなさいよー」
むくれるスライムオタクを無視しそらにジュースを飲ませてあげる。
オレンジのような果物「オラン」で出来たこのジュースはそらの大好物なのだ。
「ちゅー、ちゅー」
そらはストローに体をつけるとジュースを吸い始める。
すると水色のそらの体にオレンジ色が混ざり始め広がっていく。
するとクリスはその様子を食い入るように見てきてスケッチを始める。
「これがスライムの食事! 初めて見たわ……! 肺はないはずなのにどうやって吸ってるのかしら? そもそも吸ったのものはどうやって分解しているの? それにスライムは栄養を必要としないはずでは……」
一心不乱にスケッチをしながらクリスは疑問を口にし続ける。
今まで喋りもしなかったスライムがこんな感じで暮らしていたら驚きもするか。俺にとっては初めて出会ったスライムがそらだからこれが普通なのだが。
「はあ……スライムは謎で満ちてて本当に素敵だわ……。ねえあなた! うちの研究所に来ない? もっと色々なことを聞かせて欲しいの!」
クリスは俺にぐいっと顔を近づけ提案してくる。
見た目は少女だけど歳は同じと知ってしまっているためちょっと恥ずかしい。
「俺もスライムのことについて色々聞いてはみたいんですけどこれからちょっと用事がありまして。また今度でもいいですか?」
俺がそういうとクリスは目に見えてしゅんとしながら「そう……」と落ち込んでしまった。
なんか俺が小さい子をいじめてるように見えないかこれ?
「そ、そうだ! タリオ村に来てくれればスライムに会えますよ! 俺も二日後には帰ってると思うので時間があったら来てくださいよ!」
「タリオ村っていうと王国東部の小さな村だったわね。記憶だとそこにスライムがたくさんいるということは無かったと思うのだけど?」
さすがスライム博士。
今度珍しいスライムのいるところでも聞いてみるか。
「ええ、ですけど俺が出会ったスライムたちをそこに集めてるんです。もしかしたらもう何十匹かいると思います。そいつらも全員喋れますよ」
「喋れるスライムがそんなに!? こうしちゃいられないわ!!」
クリスは口をつけてなかったアイスコーヒーを一口ですすり終えるとテーブルにダン! とお金を置いて荷物をまとめる。
「いいお話をありがとう!! じゃあ近いうちにお邪魔するからその時はよろしくね!!」
そう言い残してクリスは嵐のように去っていった。
「こりゃまた騒がしくなりそうだな……」
「じゅーすおいしー!」
◇
クリスと別れ喫茶店で一休みしているとちょうどいい時間になったので俺は待ち合わせ場所である王国の北にある『裏門』に向かった。
ちなみに入国するときに使った正門は南にある。
エクサドル王国は北と南に一つずつ門があるのだが裏門は正門に比べて小さく、更に利用するには許可証がいるため利用者が少ない。
まあ裏門から出ても小さな村がいくつかあるだけで、しばらく行くと海になってしまうので利用する機会がそんなにないのだろう。
そしてこの許可証、なんと冒険者の許可証でも代用が効く。
冒険者はこういう許可が必要な場所にも立ち入れる権限があるのだ。もっともランクの低い俺では大したところには入れないのだけど。
「お、来た来た」
俺が裏門に到着すると今回ご一緒するパーティーの『トライデント』の面々が揃っていた。
「紹介するぜキクチ。こいつらが俺のパーティーメンバーだ」
パーティーリーダーであるアンディがメンバーを紹介してくれる。
「こいつはウチの馬鹿力担当のモリーだ。パーティーの攻撃と防御を担ってくれている」
「ガハハ! よろしくなスライムマスター! 噂は聞いてるぜ!」
最初に紹介されたのはザガン並みの体格の持ち主の大男だ。
その体格に身合った大きい
そして背中にはその背丈ほどの大きさの巨大な剣。とても元の世界では振り回せないだろうがこの世界ではその常識は通じないようだ。
左手にはこれまた大きい長方形の盾を持っており、頼りになりそうだ。
「そしてこいつがウチの魔法担当のバズだ。小さいが魔法の腕は一級品だぜ!」
「よ、よろしくお願いします……」
三人目はゴツいモリーとは対照的で中性的な顔立ちの小柄な少年だった。
茶色いローブで全身を覆っており手には地面から肩ほどの長さの杖を持っている。やはり魔法使いには杖なのか。どんな魔法をつかうのか楽しみだ。
「そして俺がリーダーのアンディ! 一応職業はレンジャーだが魔法も少しは出来るし、剣での戦闘も出来るからパーティーのなんでも担当ってとこだな!」
「それって器用貧乏……くす」
アンディの挨拶を聞いたバズがぼそっと毒を吐く。
大人しそうに見えてユーモアのある人物のようだ。
「ガハハ! 確かにウチのリーダーは目立つタイプではないな!」
「な、なんだと! 誰がいつも面倒な手続きをやってやってると思ってるんだ!」
「ぷぷ、そういうところが地味……」
「おいバズ! 今地味って言ったな!」
三人は俺を置いてけぼりでぎゃいぎゃい言い合いを始める。
どうやらパーティー仲は良好みたいだ。
「なんかたのしそうなひとたちだね!」
「そうだな。退屈はしなさそうだ」
こうして俺の初めての冒険者生活は賑やかに幕を開けたのだった。
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