第十話 初依頼
「すごいですねキクチさん! まさかザガンさんを倒しちゃうなんて!」
「はは、ありがとうございます」
気を取り直して冒険者の登録手続きを行おうとすると受付嬢のローナさんが俺を尊敬の眼差しで見つめながら褒めてくれた。照れるぜ。
「いやぁまぐれですよ」
「いえいえ謙遜しないで下さい。ザガンさんは銀等級の冒険者です。ああ見えて凄腕の冒険者なんです、まぐれで勝てる相手じゃありません!」
冒険者はその強さや成果でランクが決まる。
その冒険者ランクによって受けれる依頼の幅が広がり、報酬も上がる。
そして高ランクの者は人々から尊敬され、ヒーローのような扱いを受ける。
ランクは下から鉄等級、銅等級、銀等級、金等級、白金等級と分かれており、ザガンは上から三番目だ。
「普通の人ではいくら努力しても銅等級より上には行けないと言われています。つまり銀等級以上の人は選ばれた人たちなんですよ!」
「へえ、そうなんですね」
「はい! ですが組合の規定でキクチさんには鉄等級から始めてもらわなければなりません。すいません……」
ローナさんはしゅんとしながら申し訳なさそうにそう言う。
「いえいえいいんですよ! それより何か仕事はありますか!?」
俺はそんなローナさんを慰めながら仕事の催促をする。
ローナさんは俺が気にしてないことに納得すると受付の奥から何かを持ってきてくれる。
「これは……?」
ローナさんが受付に置いたのは楕円状の鉄の小さなプレート。
ドックタグみたいな形をしている。
「これは冒険者プレート。冒険者であることの証明書みたいなものです。初めは鉄でできていてあまり効力はありませんがクラスが上がって銀や金になると様々な特典があるんですよ♪」
「へえ、これが……」
俺はそのプレートを手に持って眺めると字が刻印されていることに気づく。
そこには名前や登録日などが書いてあった。なるほどこれはなにかと便利そうだ。免許証の代わりといったところだな。
「色々とありがとうございます。ところで仕事は……」
「そうですね、今ある鉄等級の仕事ですと……」
ローナさんは受付に様々な依頼の書かれた紙を並べてくれる。
そこにはモンスターの討伐や薬草の採取、ペットの捜索など様々な依頼があった。
「うーん、どれにするか」
「あんた、ちょっといいか?」
「ん?」
俺が依頼書の山とにらめっこしてると背後より話しかけられる。
声の方へ振り返ってみるとそこには茶髪の青年が立っていた。革鎧に身を包んでいるその青年は腰にナイフや液体の入った瓶などをぶら下げており、いかにも冒険者といった感じだ。
「さっきはいい戦いっぷりだったぜ。俺は冒険者パーティー『トライデント』のリーダー『アンディ』だ。よろしくな」
「あ、ああ、こちらこそよろしく。俺はキクチだ」
俺とアンディは短い挨拶を交わし握手する。
いったい新米冒険者の俺に何の用だろうか。
「いきなり声をかけてすまないな。俺もまだ銅等級のひよっこ冒険者だから緊張しなくても大丈夫だぜ」
見ればアンディの首には銅色のプレートがぶら下がっている。あれにはそうやって自分のランクを周りに知らせる役目もあるんだな。
「それで新米冒険者である俺に何の用なんだ?」
「いや依頼を探してるみたいだから声をかけたのさ。今俺たちのパーティーはとある薬草を集めているんだが結構量が必要でな、人手を探していたんだ。この依頼は報酬がいいし、なにより銅等級の依頼だ。悪くないだろ?」
「銅等級の依頼? じゃあ俺は受けれないんじゃないのか?」
俺が疑問を口にするとローナさんが答えてくれる。
「付き添いであれば一つ上のランクの依頼にいっても大丈夫なんです。もしその依頼で活躍できれば早く上のランクに上がることもあるんですよ」
「へえ、そんな制度があるんですね」
「俺のパーティーは銅等級三人だ。危ないモンスターがでる依頼じゃないし悪くないと思うぜ?」
「うーん……」
聞く限りでは悪くなさそうだが鵜呑みにしていいのだろうか。
少し不安な俺がちらりとローナさんを見てみるとローナさんは大丈夫ですと言わんばかりに力強く頷いてきた。
しょうがない。信じてみるか。
「分かりました。お役に立てるかわかりませんが同行させていただきます」
「そうか! それはよかった!」
こうして俺の初依頼は決まったのだった。
◇
正式に依頼を受けることにした俺はその詳細を教えてもらった。
その内容はエクサドル王国北部に生えている薬草「ポポイ草」の採取だった。
その薬草自体は珍しい物ではないらしいのだが結構な量が必要らしく人手が欲しかったらしい。まあようするに荷物持ち要員ってわけだ。
そしてこの依頼は今日すぐに出発し明日の昼頃に戻る予定らしい。つまり俺たちは外で一泊することになる。今さら野宿ぐらいでガタガタ言いはしないが、もともと今日はロバートの馴染みの宿に泊まる予定だった。ここで急にいなくなってはロバートが心配してしまうので俺は出発前にその宿屋に行き店主のおっさんに伝言を頼んだのだった。
「よし、まだ少し時間は余ってるな」
俺は腕につけた腕時計と同じ機能を持つ魔道具で時間を確認する。
なんとこの魔道具、魔法の才能ゼロの俺でも使える優れものだ。
その秘密は「魔石」と呼ばれる希少な鉱石にある。この鉱石は魔力をため込める性質があり、現代で言うところの電池やバッテリーのような役割を果たせる。
この時計の魔石にはあらかじめ魔力が溜め込んであるので魔力を扱えない俺でも問題なくその恩恵にあずかれるってわけだ。
ちなみに魔石は鉱山で取れることもあればモンスターの体内にあることもあるらしい。
この時計に入ってる小さな奴は大した値段はしないが、大きな物はとんでもない値がつくらしい。
冒険者ならいつかでかい物をゲットできるかもしれない。楽しみだ。
「せっかくだし散策でもするか、何か食べたいものはあるか?」
「やったー! そらは『じゅーす』がのみたい!」
そらは肩でぴょんぴょん跳ねながらジュースをねだる。
食事を必要としないスライムだが味覚はあるらしい。村で試しに果物でジュースを作ってみたところ大喜びして飲んでいた。せっかくだし珍しいジュースでも飲んでみるか。
「ええと飲食店は……」
俺は飲食店を探すため、一旦人の波から外れ路地裏に入りそこから店を探す作ことにした。
雑多な店の中から飲食店を探していると、路地裏の奥から声が聞こえてくる。
「やめなさい! その手を離しなさいよ!」
「ぐへへ、いいじゃねえか嬢ちゃん。一緒に遊ぼうぜ!」
路地裏では少女がこれまた分かりやすいチンピラ二人組に絡まれていた。大通りからはうまく死角になっている位置なため通行人は気づいていない。
今までの俺なら見て見ぬ振りをしていたかもしれない。
でも後悔しないように生きると決めたばかりだ、ここで見捨ててはスライムたちに顔向けできないしな。
「……そら、力を貸してくれるか?」
「うんもちろんっ! それでこそキクチだよ!」
そらは不安そうに聞く俺に明るく答えてくれる。
よし! さっきの勇気を再び震わせて行くぞ!
「お、おい! 子供相手に大の大人が二人掛かりとは情けないんじゃないか!?」
啖呵を切りながら三人に近づくとチンピラ二人が俺の方を見てくる。
いかにもな厳つい顔をしている。身体中に生傷があり手には大きいナイフ。日本のチンピラの百倍怖くて危なそうだ。
そして絡まれている少女はそんな状態でも毅然としており涙ひとつ流さずチンピラを睨みつけている。服装はこの世界には珍しい白衣。黒い髪はぼさぼさに伸びていて目の下は濃いクマができている。
不摂生なのが見て取れるが顔立ちは整っているので健康的な生活を送れば綺麗な少女になるだろう。
「おいおい兄ちゃん、痛い目見てえのか?」
チンピラはナイフを俺の目の前でちらつかせ脅してくる。
だがそんなことで怯むわけにはいかない。
見せてやるぜスライムマスターの戦いを!
「ほいっ!」
俺はそのナイフに手をかざし、そしてスライムを1匹手のひらから呼び出しナイフにまとわりつかせる。
「す、スライム!?」
チンピラが驚いてる間にスライムはチンピラの手ごとナイフを覆い尽くし固まってしまう。こうすればもうナイフは意味をなさない。
捕まってる少女もその光景を見て目を見開き驚いている。スライムを見るのは初めてなのだろうか。
「く、くそがあ!」
チンピラはその固まったスライムで俺を殴ってくるが物理攻撃では俺にダメージはほとんど与えられない。攻撃が頭や腹にゴスゴス命中するが痛くも痒くもない。
ザガンに比べたら赤子みたいな攻撃だ。
俺はその攻撃を片手で受け止め、残った右腕でチンピラの鼻っ柱を撃ち抜く。
するとチンピラは「ぷぎ!」と面白い声を上げて吹っ飛んでそのまま壁に頭を打ち付け気を失ってしまう。
どうやら思っていた以上に俺の能力は上がっていたみたいだ。
「お、おい動くんじゃねえ!」
するともう一人のチンピラが少女の首元に刃物をあてて脅してきた。
チンピラの手元は震えている、どうやら今のやりとりを見て俺に怯えているようだ。本当に少女を殺してしまってもおかしくはない。
少女は気丈に「やめなさいよ!」抵抗しようとするが目は涙目だ。早く助けてあげなければ。
「へへ、まずは武器を捨てやがれ。そのあとは有り金置いて立ち去りな!」
武器、と言われても俺はスライムしか持ってないのだがな。それに金も子供のお小遣いくらいしかない。
よし、だったらこれをあげよう。
「わかったわかった。ほれ」
俺はあるもの手に持ちチンピラに投げつける。
チンピラは不意に投げられたそれをキャッチしようとする。
その瞬間。
「やれ、そら!」
「うん!!」
俺が投げつけたそれ。
つまりそらは空中で巨大化し、体を触手のように伸ばしチンピラに巻きつく!
「な、なんだこりゃあ!!」
巻きついたそらはそのまま硬質化しチンピラの動きを完全に封じる。完璧な動きだ。
あとで褒めてやらなきゃな。
「大丈夫かお嬢さん、怪我はないか?」
チンピラ二人をスライム達に任せ俺は少女に駆け寄る。
見たところ目立った怪我はない。間に合ったようだな。
「むむむ……」
しかし助かったはずなのに少女は俺をなぜか睨みつけてくる。
なぜだ。
「親御さんは近くにいるのかい? よければ一緒に行くか?」
俺が優しくそう言っても少女の顔は曇るばかり。
最近の娘は難しくてわからん。
俺がそんな感じでわたわたしていると少女は「はあ」とため息をつ話し始める。
「……まずは助けてくれたことに礼を言わせてもらうわ、ありがとう。でも私はあなたにお嬢さんと言われる年じゃないわ! 私は今年で28才! 立派な大人です!」
「ええ!?」
なんてこった。少女かと思ったら大人だった。
しかも俺より年上。ファンタジーだぜ。
「そ、それは申しわけない。俺はキクチ、新米冒険者だ」
俺は軽く謝罪し挨拶する。
すると目の前の少女、もとい女性も挨拶を返してくる。
「私はクリス。魔獣研究家よ」
魔獣研究家。そんな仕事があるのか。
面白そうな職業だと思っているとクリスは驚きの言葉を続けて言った。
「そして専門はスライム。ちょうどあなたを探していたのよスライムマスターさん♪」
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